99話 魔導兵器、浮上します。
場面は再び切り替わります。
「ふぎゅうううう……! また、ハンナに負けた……!」
セシルが机に突っ伏して、泣きじゃくってます。
私があげた剣がそばに置かれているので、おそらくカード集め対決で負けたときの記憶ですね、これ。
「そんなに落ち込まなくていいじゃん。ハンナは鈍器レベルが1億もあるんだよ? セシルより強くて当然。認めれば楽になれるんじゃない?」
例のごとく、ローゼリアはヘラヘラとしています。彼女はセシルが私に負けたのが嬉しくてたまらない様子。
あたぼーですよね。これだけ大勢の前で敗北すれば、バゼルに伝わるのも時間の問題。父親に見捨てられたら、セシルは余計にローゼリアへの依存度を高めることでしょう。
親友とは名ばかり。要はセシルを屈服させたいだけなのです。徹底的に、他の存在が入り込む隙間もないほどに。
「でも、ハンナのほうが強いと認めてしまったら、ボク達のしてきたことは……」
「ん? なにがそんなに引っかかってるの?」
「だ、だってボクらは、才能のない人達を学園から追い出してきたじゃないか。ボクは、それが彼らのためだと思ったからやったんだ。冒険者になったって、無駄に死ぬだけだからって……」
「うん、そうだね。恨まれたりもしたケド、アタシ達は結局、同級生たちの命を救ったんだよ! ヤダヤダ、えっらーい☆」
「でもさ……、彼らにも隠された才能があったんだとしたら? ハンナみたいにただ遅咲きだっただけで、すごい冒険者になる可能性を秘めていたんだとしたら?」
ローゼリアはきょとんとしました。そんなこと、考えたこともなかったみたいです。
「ヤダヤダ、考えすぎだよ、セシルってばマッジメー☆ あんなイレギュラーがそうそういるワケないじゃん? ハンナに負けたからって落ち込みスギ! もっとポジティブにいこ、ポジティブに!」
「でも、もしかすると、ボクはいろんな人の未来を奪ってしまったんじゃ――」
「でもでも、でもでも、うるさいなあ……!」
いつまでもうじうじしているセシルに業を煮やし、ローゼリアは語気を荒らげます。
「だったら、ハンナに勝たなきゃダメでしょ」
「え……?」
「だってセシルがその子達の夢を潰してきたんじゃん? ならその責任があるんじゃないのぉー?」
うお。なに自分のことを棚に上げまくって、セシルだけの責任にしてるんですか。ここ、ツッコむところですよー!
「ど、どういうこと……?」
「つまりね? 追い出した子達がみーんな納得するだけの強さを、セシルが見せればいいんだよ。『なんだ、セシルさえいれば充分』『セシルならきっと邪神だって倒してくれる』。そう安心させられるくらいの強さをさあ。みんなの夢を背負ってるんだから、それくらいの覚悟は持たなきゃね?」
自らを正当化し、セシルをさらに追い詰めるために放った言葉。ローゼリア自身には大した考えも信念もありはしなかったでしょう。
「そうだね……。ローゼの言う通りだ」
けれど、セシルには響いたみたいです。
父親から認められようと、ずっと強さを追い求めてきた彼女。
だからこそ、その言葉を信じたのでしょう。自分が強くなりさえすれば、すべて解決するのだと。
はぁ……。なんでセシルから目の敵にされていたのか、わかった気がしますよ。
私って、彼女にとっては自分のやってきたこと、ひいては自分の存在そのものの、否定みたいに感じられたんでしょうね。
いい迷惑ですけど、共感できてしまう部分もなきにしもあらず、なんですよね。
「あ……」
そこで――目の前の景色が変化しました。
またもや記憶が進んだのかと思いましたが、今度は違うようです。
視界は真っ暗。手探りであたりをうかがうと、私を取り囲んでいるのは【土壁造】で生み出されたドーム状の壁でした。
それはアスピスの神鏡を覗き込んでしまったあと、とっさにハンマーで地面を叩き作り上げたもの。どうやら、長い長い時間の旅から戻ってこられたみたいです。
一体、どのくらいの時間が経ったのでしょう。
数秒? 数分? お腹の減り具合からすると、数時間ってことはなさそうですが……。
「鈍器スキル【壁解体】!」
私を取り囲んでいた四方の壁は、大ハンマーの一叩きでボロボロと崩れます。
便利ですよね。敵が破って侵入しようとしたら結構時間がかかりますが、鈍器スキルでの解体は一瞬なんですよ!
外に出てみると、聖堂にさっきまで戦っていたアスピスの姿はありません。彼女についていくと決めたセシルも。
「セシルとアスピスならもう行っちゃったよー」
いるのはただひとり。だらりと床に座り込んだローゼリアだけです。
「そうですか。てっきり神鏡で意識を失っているあいだにトドメをさそうとしてくるかと思ったんですが」
「それはねー、アタシが守ってあげたんだよ? ハンナを殺すつもりなら、まずはアタシを倒してからにしてって☆」
「はいはい。で、本当は?」
セシルならともかく、アスピスがそんなので引き下がるとは思えません。問いただすと、ローゼリアはうんざりといった様子で髪をくるくるといじります。
「別にィ。壁を壊してまでトドメさすのがメンドーだったんでしょ。ハンナのことなんて、なんかもーどうでもいいって感じだったし?」
「え? アスピスたちは、この街をアジトにしているんですよね? それを知ってしまった私たちを放置しておくとは考えにくいですけど」
レーゲンベルク――邪教徒のレッテルを貼られ、居場所を失った人々の住処。
その真実を知られないよう、アスピスは幽霊の噂を流し、自らが幽霊役を演じてすらいました。
そしてさらには、それでも街に足を踏み入れる私たちのような人間を排除していた――
なのに、全てを知った私たちへの対応がずさんすぎません?
「知らなーい。なんか、もうこの街も離れるとか言ってたケド?」
投げやりな彼女の態度に、私はイラっとしました。
「それで、あなたは親友がアスピスについていくのを、戦うこともせずに見送ったんですか? あれだけセシルに固執していたくせに!」
もしローゼリアが格上のアスピスと戦っていたなら、無傷では済みません。重傷を負うか、下手したら死んでいるはず。なのに、彼女には全くそんな痕跡がないのです。
ただここでダラダラと、私が目を覚ますのを待っていたに違いないです。
「私が意識を失ってから、どのくらい経ちました?」
「うーん。多分、一時間は経ってないと思んじゃない?」
それなら彼女たちは、まだ近くにいるはずです。
「探しましょう。今ならまだ、セシルを取り戻せます」
「探す? なんで? セシルは自分の意思で、あっちを選んだんだよ?」
うっ、と言葉が詰まりました。そりゃ、確かにそうなんですけど。
あれ……、そもそもなんで私、こんなにセシルのこと心配しているんでしたっけ?
めちゃくちゃ嫌いな相手だったはずなのに。
いや、まあね、理由はわかりきっているんですよ。あれだけセシル視点で物事を見させられたら、否が応でも共感しちゃうし、同情もしちゃうじゃないですか。
それに、私を退学にしたことを本心では気にしてくれてたみたいですし……。
「アタシのものにならないなら、セシルなんか知らない。あれだけ時間をかけてじっくり親友にしてあげたのに、ぽっと出の女なんかにかどわかされてさ……! ホント信じらんない。あんな浮気女、こっちから願い下げなんだよね」
セシルの内面を知って、余計に際立ったのはローゼリアの悪質さです。信じられますか? さっきまで親友ヅラしてたくせに、もう相手の悪口ですよ。
「あっ、そうだ! ハンナ、アタシの次の親友になってよ。うん、そうしよ☆」
しかもローゼリアはパッと表情を明るくしたかと思うと、意味のわからないことを言い出します。
「なに言ってるんですか、あなた……」
もう、ここまでくるとドン引きですよ。ドン引き。親友という言葉の意味が私のなかで崩壊します。え、親友ってなんでしたっけ? お互いダンスの相手が見つからないときに適当にコンビ組む的な、そういう浅い関係でしたっけ?
「ハンナ、お願い! アタシの親友になって。学園でイジメてたことならちゃんと謝るから、ね? 嘘だと思うかもしれないけど、アタシ、ハンナのことがすっごい好きなの!」
カッとなって、彼女の頬をバシンッ、とはたきました。かなり強めの力だったので、ローゼリアの顔は思いっきり横に流れます。
呆然とした表情で、ローゼリアは私に視線を戻しました。
「え、なんで……? なんでぶつの?」
「心底見損ないました。あなたは正真正銘のクズですけれど、セシルへの思い入れだけは人一倍だと思ってたのに……。あなたの言う親友って、そんな軽いものだったんですか」
私はローゼリアの胸をドンと押します。本当ならハンマーでぶっ叩いてやりたい気持ちでした。
「全部わかりました。本当は真っ直ぐだったセシルの性根を捻じ曲げたのは、ダメな父親と、醜いあなたです。その責任は、必ずとらせますからね!」
こんなのに構っている場合ではありません。
私は外に出て、廃墟の街を走りました。聖堂を取り囲んでいたアスピスの仲間たちも、どこにも姿が見えません。
いかんせん私ときたら、感覚の鈍さは折り紙付きなのです。闇雲に探したところで、見つけられるはずも思えません。
なので、こうなったら頼る相手は決まってます。
「この街に残っている神様たち! アスピスたちがどっちに行ったか教えてください!」
鈍器レベルが上がりまくったことによって見えるようになった、物にとりついている神様たち。鈍器の神様同様、彼らは話しかけてもまともに答えてはくれません。
しかし、それでも多少の反応はあります。道端に残された荷車の神様、錆びついたベンチの神様、崩れた屋根瓦の神様。彼らは一斉に、街の中央へと続く道へと視線を移しました。
きっと誰かが通ったのです。それも、ついさっき。
「ありがとうございます!」
私はぺこりと神様たちに頭を下げると、駆けだしました。
『あれは確かに【剣の巫女】じゃったよなあ』
『だとすると、よみがえらせるつもりか』
『やっとの思いでここに封印したのにのう……』
走りながらも耳に入ってきたのは、神様たちのあいだでやりとりされている不穏な会話でした。
レイニーとバゼルが記憶のなかで話していた内容が思い出されます。
レーゲンベルクに封印されていて、かつ起動に【剣の巫女】を必要とするもの。
魔導兵器――それが一体どのようものなのかまではわかりませんでしたが、あの【剣闘王】バゼルが、邪神を倒す切り札として使おうとしていた代物です。
使い方を間違えなければきっと素晴らしいものなのでしょうが……、嫌な想像ばかりが浮かんできます。その証拠に、レイニーだって封印を解こうとはしなかったんですから。
やっぱりセシルは、利用されているとしか思えませんよね。
セシルなら【剣の巫女】になれる――そうアスピスは言っていました。
あれは、セシルがもっと強くなれるという意味だったのでしょうか?
絶対に、違います。
魔導兵器を起動するための鍵になれる――きっとそういう意味で、あの言葉は使われたのです。
だとしたら、私はアスピスを許せません。バゼル、ローゼリアに続いて、彼女までもが、強さを追い求めるセシルの心をもてあそんだのです。
水の都レーゲンベルク。その象徴である大きな湖が正面に見えてきたところでした。
ズズン……ッ!
「わたっ!」
地面が大きく揺れ、私は盛大にずっこけます。
地震ですか? こんなときに?
いいえ、考えればすぐにわかること。これは、自然に発生したものではありません。
はっとして顔を上げると、湖の水面から震え、ぬるり、と巨大ななにかが姿を現しました。
「魔物……?」
ルドレー橋での記憶がよぎります。ガレちゃんが変身していたヒュドラやクラーケン。遠めでも、それらの魔物のサイズを遥かに超えていますのがわかります。
ゆっくりと上昇し、巨体が露わとなります。
それは、魔物ではありませんでした。
金属と木材を組み合わせて造られた、美しい楕円体。
長く水中にあったというのに一切汚れのない、白の両翼。
胴部の下に取り付けられた、巨人でも手に余らせるほどの大きな剣。
――宙に浮かぶ巨大な飛空艇。
「イクスモイラ……!」
冒険譚大好きっ子な私は、もちろん神話だって読んでいます。神々戦争時代に邪神を倒すべく用意された、空を舞う破壊の化身。
天空の要塞にして移動式の魔導砲台、飛空艇イクスモイラ。
これがのちに『イクスモイラ事変』と呼ばれる、グラン王国の根幹を揺るがす戦いの始まりになるとは、このときの私は想像だにしていなかったのでした。
どんきです。
次話は9/1(火)に更新します。表紙絵やキャラデザもその日に公開になると思います。
どうぞお楽しみに!
 




