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98話 ローゼリアは百害あって一利なしです。

「あなた、セシル・ソルトラークだよね! アタシ、ローゼリア・シュルツ。エルフの森ではローゼって呼ばれてたんだあ☆ これからよろしくね♪」


 ソルトラーク冒険者学園の入学式から一週間。


 すでに理事長の娘として注目されまくっていたセシルは、疲れて学園の裏庭へと避難していました。そこへ気安く声をかけてきたのが、ローゼリアでした。


「……どうせキミも、ボクが理事長の娘だから親しくなろうって言うんだろ?」


 鉄製のベンチに腰掛け、うんざりといった様子でセシルは返します。彼女の取り巻きになりたいって人はたくさんいますからね。理事長の娘と親しくなれば、色んな恩恵に預かれるからと。


 でもそういう打算って、伝わってしまうものです。鈍感なセシルにもわかってしまうくらいに。人間関係に嫌気がさしたからこそひとりになれる場所へ来たのに、そこへこんなうるさい女が現れたらめちゃくちゃ嫌ですよ。私だったら鈍器でぶん殴ってますね。問答無用で。


「理事長の娘だから? ヤダヤダ、ヒッドーい☆ 全然違うってば。アタシ、理事長なんかに取りいらなくてもいいくらいには優秀だしー」

「なら、ボクの才能が羨ましい? ボクをチヤホヤしたって、才能が手に入るわけじゃないよ」

「だから違うってば。アタシが仲良くなりたいのは――セシルがかわいいからだよ?」


 それまでローゼリアと目を合わせようとしなかったセシルは、そこでようやく彼女を見ました。


「……かわいい?」


 凛々しい。カッコいい。そんな風に言われ慣れているセシルにとって、かわいいという言葉は新鮮だったのでしょう。


 ようやく興味を持ってもらえたローゼリアはにたりと微笑み、セシルの隣に座りました。


「そうそう。かわいいよお。理事長に認められたくて必死なんだよね、セシルは」

「なっ!」


 本質を見抜かれたセシルは咄嗟にのけぞって、ベンチから立ち上がろうとしました。


 けれど、ローゼリアは逃さないとばかりにセシルの腕を掴みます。


「みんな誤解してるよね。セシルは才能の人じゃない、努力の人なのに」

「え……」

「ほら、この手。剣ダコがすごいできてる。毎日何千、何万と剣を振らなきゃ、こうはならないよね……」


 ローゼリアはセシルの手のひらを慈しむようになで、そして指と指を絡ませます。蛇のようにしっとり、ねっとりと。


「セシルって、生まれたときからママもいないんでしょう? こんなに頑張ってるのに、誰も甘えさせてくれなかったんだよね。辛かったよね」

「う、うん……」


「でも、もう大丈夫。アタシがセシルを褒めてあげる。セシルを甘やかしてあげる。誰よりも頑張ってるセシルを認めてあげる。アタシがセシルの()()になってあげる。だからもう、心配しなくていいんだよ?」


 本当に、お母さんが赤子をあやすような声音で、ローゼリアは言います。


「ふ、ふざけるのはやめてくれ。ボクはそんなもの、望んでない!」

「ふーん。じゃあ、なんでセシルは泣いてるの?」


 ローゼリアが指摘した通りでした。なぜかセシルの瞳からは、とめどなく涙が溢れているのでした。


「おかしいな……。なんで……」


 ずっと無理をして、必要以上に肩肘はっていたのです。


 そこへ――本当の姿を見抜き、弱さを知った上で、仲良くなりたいと言ってくれる子が現れたなら。その子が己の全てを全肯定してくれたなら。


 そりゃあハマりますよね。沼に。弱った人が宗教にのめり込む瞬間を見させられたような、嫌な気分……。


 頬を拭うセシルを抱き寄せ、ローゼリアは優しく頭を撫でました。


「かわいいよ、セシル。アタシの赤ちゃん」


 堤防ギリギリまで水位が上がっていた川の決壊は、早かったです。


「う、ううう……。ママァ……」


 ああ……、このときセシルを認めてくれたのが聖母のような人だったなら、どんなに良かったでしょう。


 けれど――ローゼリアは違うのです。はっきり言ってその真逆。聖母の仮面をかぶった悪魔です。


 しかし、そんなことは露知らず、セシルはどんどんローゼリアに心を許していきます。


 二年に上がる頃には……、ふたりの関係性はズブズブ。もうなにをするにもふたり一緒みたいになってました。


 ところがそんなとき。セシルの耳にローゼリアに関する悪い噂が届きます。


「なあローゼ、キミが同じクラスの子をイジメてるって話は、本当なのか……?」


 出会ったのと同じ裏庭で、セシルがローゼリアを問い詰めます。元々正義感が強い彼女。親友が誰かをイジメてるなんて、絶対に認められない事実でしょう。


 ちなみにローゼリアがイジメている同じクラスの子、というのは私のことですね……。


「あはっ。なんだ、ハンナのことかぁ。大事な話があるって言うから、告白でもされるのかと思っちゃった☆」

「はぐらかさないでくれ、ローゼ。ことと次第によっては、ボクはキミと親友でいられなくなる!」

「………………は? なに言ってんの、セシル」


 ゾッとするほど冷たい声が、ローゼリアの口から出ました。


「アタシと親友でいられない? それで困るのはどっちなの!? アタシなしじゃすぐダメになっちゃう泣き虫のくせに……! いいよ、別にセシルがその気なら。セシルがアタシのこと全然理解してくれてないのわかったし! もう絶交しよ?」


 すごい剣幕でまくし立てられているうちに、心臓の鼓動はバクバクと強くなり、汗がじっとりと手のひらをぬらします。セシル視点だからこそ、彼女の動揺、ビビりっぷりが直で感じられました。


「お、怒った? ローゼ、ごめんね……」


 さっきまでの厳しい口調はどこへやら。あっさりと攻守逆転。セシルはへなへなと媚びるような声で許しを請います。


「キミがイジメなんてするわけないのに……。ボクは噂なんかより、ローゼを信じなきゃいけなかったんだよね……! 怒っちゃやだよ、ローゼ。ごめんなさい……」


 一年間で、どんだけ骨抜きにされてるんですか、この女は!


「いいんだよお、セシル。わかってくれれば」


 にちゃあ、と満足げな笑みを浮かべるローゼリア。


「それに、アタシにだって悪いところはあるし。クラスの子をイジメてるっていうのは本当だしさ☆」

「そ、そうなのか……? でも、ローゼのことだから、なにか理由があるんだよね?」


 あーあ。残念すぎます。学園首席、【銀閃】ともあろうお方が、親友に嫌われたくないものだからって、勝手に意図を汲み取る『忖度モード』に入っちゃってますよ。


「もちろん! アタシね、冒険者に向いてない子は、積極的に退学に追いやるべきだと思ってるんだぁ☆」


 うわ、なんかまたすごいこと言い出しましたよこの悪魔は。


「な、なんで? みんな、この学園で冒険者になるために頑張ってるのに……」

「いやー、でもそれ、偽善じゃない?」

「偽……善……?」

「だってそうでしょ。才能のない子はどれだけ頑張っても最後には試験に落ちる。万が一通ったとしたら、余計に悲惨だよ。魔物との戦いで、すぐに死んじゃうんだから」

「それは……」


 本当はイジメを楽しんでいるだけのローゼリアは、己の正当性を自信たっぷりに主張します。決して頭がいいとは言えないセシルが弁で対抗するのは不可能。まして、ローゼリアに依存しまくってる状態じゃ、流されるのは自明の理。


「わかるよね。セシルのお母さん、【青の聖女】だって、冒険者として命を落としたんだから。その死が理事長やセシルをどれだけ苦しめたか」


 てやんでーです。これぞ詭弁。セシルのお母さんは、実力不足で亡くなったわけではありません。くうう、今の私がこの場にいたら、ローゼリアの言い分を徹底的に叩きのめしてやるのに……!


「冒険者には、優秀な人だけがなるべきだと思う。そのためにアタシは、自らの手を汚しているんだよ?」


 哀愁まで漂わせちゃってまあ……。よくこんなに上手く演技できるものですね。


「……ローゼの考え、よくわかったよ。それならボクも手伝う。キミにばかり、悪役をさせるわけにはいかないからね……!」


 パアア、と瞳を輝かせるローゼリア。


「うん、セシルならそう言ってくれると思った!」


 こうしてその日から、セシルは自らの独断で、学園の生徒に退学を言い渡すようになります。


 不真面目な者、授業をサボる者、まわりに迷惑をかける者。


 そういった自業自得な、退学にされても仕方ない人たちもいましたが、次第にその対象は、私のような頑張っても結果を出せない人たちへと拡がっていきます。


「ど、どうして退学なんですか?」


 あー、ついに私の番がやってきました。バゼルから受けた退学通告に対して、必死に食い下がっています。


 セシル視点で自分のこと見るの、ちょっと嫌ですね……。


「私、なんにも悪いことしていません! それなのに、なんで!」


 なんで、じゃないですよ全く。過去って気づかないうちに美化されるものなんだなあ……。


 このときの私、今よりも格段にみすぼらしくて、頼りなさげで、冒険者としてやっていけるようにはとても思えません。ローゼリアの言うとおり、冒険に出たら死亡者第一号になるのは目に見えています。


「このセシルと戦え。もし我が娘に剣を当てられたなら……、いや、かすめでもすれば、学園に残ることを許そうじゃないか」

「この子の剣がボクにかすめる? ……お父様。万にひとつもありえません」


 剣を抜くセシル。悪者ぶった口調はわざとです。実力なき者に夢を諦めさせる――そのために彼女は、相手を完膚なきまでに叩きのめすと決めていたのです。


「ボクの動きにはあの【至剣の姫】レイニーですら追いつけない。決まり切ったことさ」


 無謀にも勝負を挑み、がむしゃらに剣を突き出すへなちょこな私に、剣技【ウインドアリア】を放つセシル。


 決着がつきました。回想内の私は地面に倒れ、起き上がることができません。


「ううううう……」


 バゼルの後ろにつき、その場を立ち去ろうとしたセシルが聞いたのは、絶望した私のうめき声。


「……ごめんね」


 誰にも聞こえないくらい小さく、セシルがそうつぶやいたのが聞こえました。

どんきです。

このあいだ、好き鈍の表紙イラストを共有してもらったんですが、ハンナが可愛すぎて震えています。

多分、9月頭に公開されるので楽しみにしておいてください…!

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[良い点] セシルの株上がりすぎワロタ うーん喧嘩姉妹百合まじであるな [一言] 表紙くっそ見てぇ… 楽しみにしてます!
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