88話 これが最高のご褒美です。
『月を見る会』の夜から二週間が経ちました。
宮廷内で王女様が殺されかけたなんて、グラン王国にとっては恥です。他国に付け込まれるのを避けるため、王様はすぐさま緘口令を敷きましたが、双子の妹を庇った王子の美談、バゼル・ソルトラークと邪神の繋がり、乗っ取られた【七本槍】との闘い――センセーショナルな内容が盛りだくさん過ぎて、参加者の口を完全に塞ぐのは無理でした。
結果、私やミラさんが大活躍したという噂もまことしやかに流れ、エッグタルトは大盛況。王子の命を救った薬を売ってくれ、なんて注文まで入ったりするようになっています。
利益ですか?そりゃガッポガポですよ。毎日、最高売上更新中。小さなお店に人が入りきらなくなるので、今日なんか販売スペースを軒先にまで拡げましたから。
それに王国からもたんまりお礼金が出ましたしねー。このお店、最近改築したばかりですけど、今度は増築しちゃいます?
あるいは二号店、建てちゃいますか?
信頼できる人がいれば、それはそれでアリですね。お客さんも分散して、忙しさも緩和されるでしょうし。
てなわけで万事順調、心配事なんて一切なし、と言い切りたいところなんですけど……、そうもいかないのが人生です。
「スラッドさんは、大丈夫ですかねえ……」
夜になり、店じまいをしながら私はため息をつきました。
魔人に身体を奪われていたとはいえ、王子を刺したことに変わりはありません。おとがめなしで釈放、というわけにはいかないのが世の常。私達が王都を離れるときも、まだスラッドさんは幽閉されたままでした。
「マリアンちゃんがいるから大丈夫っス!なんてったって、次の王様なんスからね!」
ガレちゃんが自分のことのように胸を張ります。バゼル・ソルトラークが失踪したことで王子派は空中分解、今や王女派が国を動かしている、というのは王国中に知られるところとなっています。
それがよかったのかどうか、は判断がつきません。あくまでマリアンちゃんが望んでいたのは理事長の放逐、そしてその後にエリオン王子が王位を継ぐことであり、自らが最高権力者になりたいなんて全く思ってなかったでしょうからね。
「マリアンちゃんは死刑には絶対させない。でも何年か牢屋に入るのは確実」
ミラさんは超現実的。相変わらず淡々としているのでわかりにくいですが、これでも彼女なりにスラッドさんを心配しているのです。だからこそ、悪い想像を膨らませちゃうんですよね……。
「ご主人様、落ち込まないでほしいっス。ほら、こういうときはガレちゃんを抱っこするといいっスよ?」
「ほんとだ……。あたたかい……」
ぺとー、とくっついてきたガレちゃんをぎゅっとすると、めちゃくちゃ癒されました。
「ミラも癒されたい」
そう言ってミラさんが手を拡げますが、ガレちゃんは器用に尻尾をぷるぷると横に振って拒否します。
「残念っスねえ。ガレちゃん、今はご主人様に貸し出し中っス」
「む。別にガレちゃんを抱っこしたいなんて言ってない」
ミラさんは奥の椅子から立ち上がり、私の背中に抱きつきます。
ガレちゃんをぎゅっとした私をぎゅっとするミラさんという構図です。安易に想像できると思いますが、これ私のポジションが一番お得です。あったかい抱き枕と、柔らかいお布団のダブルヒーリング効果。
こんなの、ありとあらゆる不安が溶けちゃいます。はー、なんか気持ちよすぎてあらゆることがどうでもよくなってきました。明日はお店を休みにしちゃおっかな?
「――おーい」
「んー?」
「お取り込み中か?せっかく遠路はるばる来てやったんだけどな」
「んにゃっ!?」
声の主が誰なのかに思い当たり、私はバタバタとミラさんガレちゃんの癒しサンドイッチをかきわけました。
戸締まりしたはずの店内に立っていたのは、なんとマリアンちゃん。
「ど、どうしてここに!?」
距離の遠さを恩着せがましく言ってましたが、転移の魔法を使ってひとっとびしてきたのは明らかでした。
それでもビックリはしますよ。ていうか、マリアンちゃんも私が驚くのを楽しんでますよね、絶対。荒々しい口調はわざとですけど、このお姫様、根っこの性格は悪ガキみたいなとこありますもん。
「いや、コイツがお前らに挨拶したいって言うからよ」
マリアンちゃんがパチン、と指を鳴らすと、横の空間ににゅるりと黒い穴が生まれます。
転移魔法の亜種。地下大迷宮で彼女が無意識に使用していた空間と空間を繋げる【ブラックゲート】。いつのまにか超高等魔法をさらりと使いこなせるようになってますよ、この人……。ここまで来ると王様なんかより、魔術師のほうが天職なんじゃないですかね。王様なんか、って変な表現ですけども……。
さて、出てくるのは誰でしょう。ミラさんに救われたエリオン王子かな――と思っていたら、現れたのは槍を背負った、もっと見慣れた顔のおじさんではありませんか!
「スラッドさん! 無事釈放されたんですか?」
ここに来ているということは、と安直に考えてしまいましたが、スラッドさんが作った表情はなんとも微妙なものでした。
「まーね。されたにはされたんだけど……、国外追放になっちまった」
「え?」
私は思わずマリアンちゃんのほうを見てしまいました。彼女は諦めの混じった苦い笑いを浮かべます。
「このあとオレは、スラッドを【魔の大地】まで送る。そのあとは二度と、スラッドはグラン王国の地は踏めねェ。すまねェが、これがオレの介入できる限界だ」
「別に構いませんよ、王女様。今や【魔の大地】こそが俺っちのホームなんですからね」
スラッドさんはマリアンちゃんをなぐさめるようにおどけ、肩を竦めます。
まあ、自由を奪われるよりは遥かにマシな判決ではあります。寛大も寛大。多分、王国のお偉い人達も、スラッドさんを牢屋に入れておくより、【魔の大地】で戦わせたほうがよっぽど有益と思ったのでしょう。
「でも、なんだか寂しくなりますね」
そんなに長い付き合いではないですが、スラッドさんと過ごした日々は忘れられません。
セシルとのカード集め対決、地下大迷宮の冒険、ダンスの猛特訓――コケて、コケて、コケまくった毎日。私がコケるたびにやせコケていくスラッドさん……。
うん、最後のは忘れたいんですけど、やっぱり忘れられません。
「そう思ってくれるんならさ、ハンナちんが会いに来てくれよ。特例ランクアップで、B級冒険者を目指すんだろ?」
……そうでした。私には再会できる方法があるんでした。それに気づくと、ぐぐぐ、と胸が熱くなります。
そもそも、私の目的ってそれだったんですよね。いつのまにか王国を守るなんて大きな話になってましたけれども。
「はい! その時にはプレゼントとして、とびきりできのいい槍を作って持っていきますね!」
「おー、そうなったらハンナちんの銘が入った槍を使ってやるぜ。今回の件でちょっと汚名もついちまったが、それでもセシルちんよりは広告塔になるだろ」
「あたぼーです! そうなったらすごく嬉しいです!」
……ていうか、もうスラッドさんの名前使っちゃってますしね。
今日も軒先で『あの【七本槍】も認める、冒険者にオススメの武器【七選】!!』と銘打って大々的に私の武器を売り出してましたし。
いや、嘘はついてない、ですよね?
私の作った鈍器がスラッドさんを倒したんですし……。それってスラッドさんが私の武器を、身をもって認めた、ということに他ならないわけで。
……え、アウト?
これって誇大広告、ですか?
ま、まあ、改めてスラッドさんに許可もらうのはやめておきましょう。ややこしいことになりかねません。
スラッドサン、コクガイツイホウダシナー。
キョカトリタクテモ、トレナカッタンダー。
誰かに突っ込まれたらこの棒読みでいきましょう。
とか思ってたら、じーっとスラッドさんが私の瞳を見つめてきます。
「な、なんですか。なにもやましいことなんてないですよ?」
「やましいこと?」
「い、いえ別になんでもないです」
どうやら、誇大広告の件がバレてるわけではなかったようです。ふう、危うく自白しかけるところでしたよ……。
「……なあハンナちん。セシルちんのことも、よろしく頼むぜ」
「へ? セシル、ですか?」
「ああ。あんなのでも俺っちの弟子だからな。それなりに心配なワケよ。アイツ、バゼルのおっさんがいなくなったらマジでダメだと思うから」
「確かにセシルのファザコンはヤバいですけど……、それ私に頼みます? 私が彼女と仲悪いの、もうわかってますよね?」
ていうか、スラッドさんだってセシルと仲悪いじゃないですか。私が彼女を嫌う理由だって理解できるはずです。
「そりゃそうだが、きっかけさえあればふたりは仲良くなれると思ってんだよな、俺っちは。だってよ――」
「だって?」
私が首をかしげると、スラッドさんはいっけね、といった感じで口を手で覆います。
「……いや、なんでもねえ。王女と王子の関係を見てたら、そう思ったってだけだ」
うわ、なんですか今の。思いっきりはぐらかされましたよ?
うっかり漏らそうとしたの、セシルの弱味かなんかですかね。だとしたら彼女を助けるためではなく、脅すために使うんですけど。あ、だから内緒にされたんですかね。
「そういえばマリアンちゃん。エリオン王子とのその後は?」
ミラさんが話の流れで、マリアンちゃんに訊ねます。スラッドさんを追及したいところですが、そっちの話題も気になりますね。
「あー、エリオンとは意外と気が合うことがわかったよ」
マリアンちゃんは照れ臭そうに髪の毛をいじりながら答えます。
「バゼルがいなくなってから政策について語り合ってみたんだが、考えてることがマジで同じなんだ。これなら二人で王位を継ぐのもアリなんじゃねェかと思ってる」
「二人で王様を、ですか?」
そんなの聞いたことがなかったので、私は思わずそう口に出してしまいました。
「ああ。前例はねェけど、考え方が同じならトップが二人いたって問題ねェだろ。指揮系統は混乱しねェし、負担は軽減される。いいことしかねェならな」
確かに。マリアンちゃんとエリオン王子が似た者同士だっていうのは、今回の事件を通じて骨身に染みましたからね。
「それ、いいと思う」
「そうなったら王様を休める日もできるんスよね?またマリアンちゃんと遊べるっスー!」
ミラさんとガレちゃんも同意を示します。
双星から双王へ。美しいふたりが並んで玉座に座るところを見られるのも、そう遠くない将来なのかもしれません。
いやー、想像しただけでうっとりしちゃいますね。
「二人で支えあえば、きっとこれからの王国は安泰ですよ。理事長――いいえ、バゼルのような人が入り込む余地なんて、もう生まれないでしょう」
「テメエらに賛同してもらえンのは、前に進むなによりの勇気になるぜ。……んじゃ、そろそろ行くか」
マリアンちゃんはポン、とスラッドさんの肩を叩きます。
「ええ。あんまり長くいても作業の邪魔になりそうですしね」
スラッドさんは神妙な顔つきになると、私達に頭を下げます。
「改めて礼を言わせてくれ。キミらには今回マジで助けられたぜ。ハンナちんは、次は【魔の大地】で」
「ええ。私、なるべく早くランクアップして、会いに行きますからね! あくまでスラッドさんはレイニーのついで、ですけど!」
「うわ、ひっでえ。それ一言余計じゃない?」
ヴン、と黒い穴が開き、手を振りながらスラッドさんが中へ入っていきます。それにマリアンちゃんも続こうとして――ふいに私のほうを振り返りました。
「あ、そうそう。ハンナに渡しとくモンがあるんだった」
ニヤリと意地悪な笑みをたたえ、マリアンちゃんが投げてよこしたのは、薄っぺらい一枚のカード。
「わわっ」
キャッチしようとしましたが、鈍くさいので当然、手からこぼしてしまいます。床につく前にガレちゃんがつかみとり、私に差し出してくれました。
魔人ダウトを思い出すから、カードは見たくないんですけど……なんて思ってた私ですが、そこに書かれた内容を見たら憂鬱な気持ちは吹き飛びました。
「マリアンちゃん、これって……!」
「今回のご褒美。冒険者ギルドにこれぐらいは出させなきゃ、王国の名が廃るからな」
驚いた私に満足げに頷いて、マリアンちゃんは空間を繋ぐ穴のなかに吸い込まれていきます。
そして私の手元に残ったのは――ランクが『C』に上がった冒険者の証でした。
どんきです。これで6章『鈍器救国』は完結です!
4~6章でかなり伏線を張ったので、7章からは回収できるように頑張ります!




