85話 最強の槍VS最強の鈍器、決着です。
私が足で【土壁造】を発動させたのを見て、ダウトは大きく目を開きました。
「鈍器で叩かずに、スキルを発動したというのですか……」
驚くのも無理ありません。彼だけでなく、その場に残った全員があんぐりと口を開けていました。
「本当にビックリさせるのはこれからですよ!」
楽しいです。『ハンマーで叩く』という絶対条件から解放されたことで、スキルの新たな使い方が次々と浮かんでくるじゃないですか。
『やれやれ、やっと調子が出てきたみたいやな』
『思う存分、鈍器の可能性を見せつけたれ!』
大ハンマーと小ハンマーに宿る二匹の熊さんが、今は両足の靴の上に一匹ずつ、ちょこんと載っています。どうやら鈍器の神様たちも、この靴は鈍器だと認めてくれたようです。ただの思い込みにお墨付きをもらえたからには、鈍器の名に恥じぬ使い方をしなければいけませんね!
さっそく私は右足を振り、空中を蹴りつけました。
「鈍器スキル【千本釘】!」
鋼の靴から生み出された、数えきれないほどの魔力の釘。それは一本残らずダウトへ襲いかかります。
「ふふ、なるほど。要は足でもスキルを使えるというわけですね。ですが――【ミーティア】!」
床に突き立てられた槍から発生した衝撃波が、魔力の釘を残らず吹き飛ばします。
「その技は効きませんよ、さっきだって同じように――なッ!」
余裕綽々で講釈をたれようとしたダウトは、途中で口をつむぎ、飛び退かざるを得なくなりました。なぜなら、彼を守っていた衝撃波が止んだ瞬間、時間差で【千本釘】が襲いかかってきたからです。
そう。私は右足で宙を蹴った後、その勢いを活かしてぐるりと回転、左足で後ろ回し蹴りを放っていたのです。当然、鈍器スキルを使うために。
「【千本釘・乱れ打ち】です」
「くっ!」
ダウトが体勢を整えながら、苦し紛れに投げつけてきたのは【万年炎槍ヘルファイア】。けれど、そんな攻撃、怖くないです。だって両足で二発の【千本釘】を放っても、まだ私には大ハンマーが残っているのですから。
「【物理返し】!」
あらゆる攻撃を、物理の力で跳ね返す鈍器スキル。ハンマーヘッドに触れた槍先からは凄まじい業火が拡がりますが、私は怯まずに踏み込み、【ヘルファイア】を弾き除けました。
【ブリムストーン】はさっき打ち落としたので、ダウトの手元に残る槍は、これで三本。けれど、それ以外で厄介な槍が一本。
【自動追尾槍スティンガー】が【土壁造】を破って、またもや襲いかかってきます。ですが、私は意に介さず、ダウトへと一直線に突き進みます。
「鈍器スキル【壁立ちぬ】!」
走る。それはすなわち、一歩ごとに床を叩いている、ということに他なりません。
ならば、一歩ごとに鈍器スキルを使うこともまた可能、ということ。
鋼の靴が地面を叩くたび――背後に【土壁造】による壁が出現して【スティンガー】の行く手を阻みます!
その数、実に十枚以上。この枚数を突き破ってくるには、相当な時間がかかるでしょう。自動追尾というだけあって、この槍、壁を避けてくるような器用な動きはできないみたいですしね!
これで【スティンガー】はしばらく無視できます!
「鈍器スキル【空気の杭】!」
靴を移動と防御に使っているあいだに、大ハンマーでは攻撃です。大きな魔力杭を作り、ダウトへと向かわせます。
「なるほど、私に槍を全て使い尽くさせようという魂胆ですか。【パトリオット】!」
ダウトは魔法迎撃用の槍で【空気の杭】を相殺。そして私自身の突進を、近接戦闘用の唯一の槍【グリフィン】で迎え撃ちます。
ぶつかりあう、鈍器と槍。
「ふふふ、結局のところ接近戦で敵わなければ、どれだけ槍を消費させようと無意味。そうは思いませんか?」
ダウトはそう言うと、後ろに下がって間合いをとると同時に、恐ろしく鋭い突きを繰り出してきます。
ひええ。以前の私ならとてもかわせなかった速度です。けれど鈍器ダンスを習得し、フットワークを身に付けていたのがここで活きました。
すんでのところでステップを踏むと、私はハンマーを床に立て、柄を支えにして回し蹴りを食らわせます。
「【ぶちかまし】!」
鈍器スキルにより、身体の軽さ(なにか異議が?)をカバーして余りある威力が、靴に込められます。
が、ダウトには届いていません。蹴りを食い止めていたのは【絶対零槍ジャベリン】。
マズいです! このままの体勢で氷漬けにされては困るので、私は慌てて足を引っ込めました。
しかし、一瞬の焦りを見逃してくれる相手ではありません。
「いい反応ですね。ならばこちらを凍らせるまで!」
ダウトは不敵に笑い、大ハンマーに槍を叩きつけました。瞬時に周囲の水蒸気が凍りつき、ハンマーはガチガチに固定されてしまいます!
「むむっ!こんな氷、【火造】で!」
すぐさま鈍器スキルで大ハンマーを発熱状態にします。しかし、魔力の混じった氷だからでしょうか。なかなか溶けきってはくれません。
一気に畳み掛けてくるか、と思いきや、ダウトは私との距離をあけました。
もちろん、それは温情なんかじゃありません。私を確実に仕留めるための選択です。
「集まれ、槍よ!」
ダウトが高々と手を掲げると、固唾を飲んで戦いを見守っていた兵士さん達から「えっ?」「うわっ、なんだ?」などの声が漏れました。
なんと、彼らの手から槍がするりとひとりでに離れ、瞬く間にダウトの頭上へと集まっていくではありませんか。
ユニークスキル【親愛なる我が槍】の効果。その対象は自身の槍に限ったものではありません。
他者の槍でさえも操れてしまう。だからこそ彼は、最強の槍使いなのです。
このスキルがある限り、槍で彼に敵うことなど、天地がひっくり返ってもありえないのですから。
ああ……、最悪です。この場にあった槍はおよそ二十本。その全てはダウトの頭上に集まり、例外なく私のほうに先を向けています。
さすがにこの光景には、背筋にぞっと悪寒が走りました。
「どうです? 言うなればこれは【七本槍】にとっての八本目の槍ですよ!」
槍の数が多すぎて、急造の【土壁造】では到底防ぎきれないでしょう。
かといって、鋼の靴による蹴りで一本一本撃ち落とすなんて、それこそ無理です。大ハンマーも一緒に使えばなんとかなりそうですが、氷が溶けるまでには、あと三秒はかかります。
あの槍たちが私を貫き殺すまでに――どう考えても三秒も要りません。
「この無数の槍を、貴女に防ぎきれますか? ハンナ・ファルセット!」
勝ち誇ったダウトの言葉。……ムカつきますね。確かに凄いですけど、これはあくまでスラッドさんの能力であって、あなたの実力じゃないんですよ。
防ぎきれない、ですって?
てやんでーです。だったら私は、攻め、あるのみ!
「はああああああ!」
鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ッ!!!
私は鋼の靴で、小刻みに地団駄を踏みました。
目には目を。
歯には歯を。
――槍には槍を、です!
「鈍器スキル【槍ぶすま】!」
地団駄で床を踏んだ数だけ、遅れて鈍器スキルが発動!
槍のように出現した三角錐が、飛来する攻撃に対応し、次々と撃墜していきます!
「ほう。これでも倒せませんか。ならばやはり私自ら――」
槍同士の空中戦を見上げていたダウトは、やがて正面へと向き直り、私めがけて突撃を仕掛けんと【グリフィン】を構えました。
そこに――私はいません。
止まってなんか、いません。
「ど、どこに――上かっ!」
はい、大正解です。
【槍ぶすま】は、ただ敵の攻撃を撃ち落とすためだけのものではなかったのです。立ち上がる一本の上に私は乗り、ダウトが目を離した隙に上空へと駆け上がったのです。
「ふふ、少し驚きましたが――気づかれてしまっては不意打ちになりませんよ。上から私に向かってくるのなら、この槍で串刺しにしてあげましょう!」
【グリフィン】を上に構え直し、床を蹴って跳び上がろうとするダウト。
けれど――その行動は設計図で想定されたものです。
次の瞬間。
ぐらり、とダウトの体勢が崩れました。その原因は、足場。
ダウトの蹴った床がひび割れて、大きく陥没したのです。
なぜかって? そんなの決まりきってます。
私が鈍器スキルで生み出した【土壁造】や【槍ぶすま】は、なにでできていたと思います?
言うまでもなく、ぜーんぶ、王宮の床を加工して作られたものです。
スカスカになった床は、脆くなって当たり前。おまけにダウトの立っている場所からは【槍ぶすま】を作るときに多めに材料を引っ張ってきましたからね。そうすることで次に力をかけたら、壊れるようにしておいたんですよ!
陥没した床に足をとられたダウト。その隙を見逃さず、私は縦回転を加えた踵落としを浴びせかけます!
「鈍器スキル【鈍痺れ】!」
バァ――ン!
ダウトは咄嗟に、鋼の踵を防御します。しかしその衝撃は殺しきれず、最後の、七本目の槍が彼の手から離れました。
いえ、単純に衝撃とか、威力だけの問題ではないでしょう。【鈍痺れ】は、鈍器を激しく振動させることで、受けた相手の手指をじぃーんと痺れさせるスキルです。
これをかわすのではなく、受け止めようとした時点で、勝負は決まっていたのです。
そして――私はついに丸腰となったダウトの前に降り立ったのです。
「……かいくぐりましたよ、貴方の持つ槍、その全てを」
「はっ!」
もはや背中に手を回しても槍がないことに気づき、さっと顔が青ざめるダウト。人を小馬鹿にした雰囲気は霧散し、深刻な状況をようやく理解したみたいです。
「も、戻――」
それでも往生際悪く、ユニークスキル【親愛なる我が槍】で武器を取り戻そうとします。
けれど、そんなの待ってあげる私ではないのです!
「はあぁぁあああああ!」
ズ鈍ォ―――ッ!!!!
大ハンマーはついにダウト、そして彼が取りついているスラッドさんの腹に違わず食い込みました!
グッ、とさらに力を込めると、肉体の奥にあるものに到達した手応えを感じます。
「グ、グエエエ……」
スラッドさんの背中のほうから、ズアアア、と黒い影のようなものが剥がれだしました。
影には顔に似た切れ目があり、口の部分がパクパクと喘ぐように動きます。
「な、なぜです。私を身体から無理にひっぺがすなんて、不可能なはずなのに……!」
「それができちゃうんです。鈍器ならね。さあ、さっさとスクラップにされちゃってください!」
「バッ、バカな――ッ!ぐぎゃぁあああああ!」
その影は断末魔の雄叫びをあげ――散り散りになって消滅しました。
「……鈍器スキル【破壊と再生】、完了です」
このスキルの存在を知っていたのなら、ダウトも警戒してここまで近づけたりしなかったでしょうね。ま、鈍器の前では、その慢心が命取りというわけです。
「や、やったー!」
「ハンマー・ハンナが魔人を倒したぞー!」
王国の兵士さんたちがウオオオオオ、と歓喜の声を上げるなか、私はぐったりと膝をつきました。
過重労働にも程がありますよ、こんなの。これは王国からなにか手当てでももらえなきゃやってられません。
「ハンナちん……、どうやらやってくれたみたいだな」
仰向けに倒れたスラッドさんが、気だるそうに上半身を起こします。【破壊と再生】は破壊力抜群に見えますが、ダメージを与えるものとそうでないものをきっちり選別します。
そのため、スラッドさんにはさほどダメージはないみたいです。顔の不気味な痣も、ダウトが消滅したことで綺麗さっぱりなくなっています。
「はああ。よかったです。スラッドさんを無事助けられて」
「ああ、すまない。俺っちとしたことが、魔人なんかに操られるなんてね……」
鳴りやまない拍手に包まれ、喜びと達成感にひたりたいところではありますが、私にはまだ気がかりなことが残っていました。
エリオン王子の安否です。
ミラさんという、薬師として最高に信頼できる人に預けたので、大丈夫だとは思いますが……。




