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84話 鈍器の土俵に引きずり込みます。

 自動で襲いかかってくる槍【スティンガー】の対応に、再び追われる私。


「くうう……!」

 

 一撃一撃が急所狙い。ハンマーで弾くごとに、集中力をごっそり持って行かれます。


 それにしてもこの槍、なんて硬さでしょう。何度叩いても、槍先が欠けることも、槍柄がへし折れることもありません。

 

「が、がんばれー! 【鈍器姫】!」

「槍に負けるな! ハンマー・ハンナ!」


 応援してくれるのは兵士の皆さん。どうやら彼らは王からの命令で、ダウトへの手出しは止められているみたいです。


 国を守る役割の人達がそれでいいのかとも思いますが、責める気にはなれません。相手のレベルが違いすぎます。加勢に入ってもらっても、一瞬でなぎ払われるのがオチです。


 もしこの場で戦力になるとしたら、【剣闘王】バゼル、それにセシルとローゼリア、といったところでしょうか。


 あー、助けを求めたい相手がひとりもいないですね!


 しかし、自分だけで頑張るつもりでも、そうは問屋が下りないわけです。


「――セシル、いつまでへたり込んでるの? このままだと、ハンナにいいところを全部持っていかれちゃうよお?」


 ユニークスキルを破られ、床に手をついたセシル。ぐったりとした彼女の肩に手を置き、耳元で囁くのはローゼリアです。


「王子様を刺した魔人を倒せば【銀閃】の名は国中に広まる。それこそ【鈍器姫】なんてメじゃないくらいにね。今こそ理事長に認められるチャンスじゃない!」


「ボクが、お父様に認められる――?」


 ローゼリアの甘言で、セシルが無駄にやる気を取り戻します。けれど、そばでやりとりを聞いていた理事長は、そんな彼女に呆れ顔を向けます。


「やめろ、セシル。貴様では、ヤツには勝てん」


 うわー。『親の心、子知らず』という言葉がありますが、今のは真逆ですね。火に水をかけたつもりで、油を注いでますよ!


 理事長からしたら、魔人ダウトは本来味方。倒すべき相手ではないのです。ダウトが真実を暴露し、理事長を売らない限りは、ここでセシルが戦っても得なんてありません。


 けれど、セシルは事情をなにも把握していないのです。自分の父親が邪神側についているだなんて、思ってもいないことでしょう。


「お父様……、やってみなければわかりません!」


 だからこそセシルは勘違いします。ここで魔人を倒せば、敬愛する父親から褒めてもらえると。


 細身剣を構え、敵へと突進するセシル。大嫌いな相手ですが、なんだか少し憐れにも思えてきました。


「【銀閃】のセシルだ!」

「いいぞ! 敵はほとんどの槍を投げきっている!」

「今なら勝てるかも!」


 歓声を上げる兵士達。【剣闘王】の娘というのもあって、彼女は王都でも有名みたいですね。


 そして図らずも、彼女の特攻は絶好のタイミングでした。【七本槍】の強さ――その理由のひとつに数えられるのは、選択肢の多さ。


 私との戦闘で、ダウトは【七本槍】のうちの六本をすでに投げ終え、背にあるのはもはや槍一本のみ!


 その唯一残された槍に手をかけたダウトに小さな杖を向け、ローゼリアが叫びます。


「【ダークバインド】!」


 するとダウトの足下からぬるりと這い出した黒縄が身体にまとわりつき、キツく縛り上げました。

 

 身動きのとれなくなったところへ、セシルが一気に距離を縮めます。


「【ガスティラッシュ】!」


 魔力を追い風に変換し、速度を飛躍的に上げる剣技。細身剣の連撃は軌道上の空気を押しのけ、周囲に突風を撒き散らしました。


「うっ!」


 目に塵が入るのを防ぐため、私は【スティンガー】に対応しながらも、とっさに瞼を閉じます。

 

 すごい攻撃でした。【ホーリーエンド・レクイエム】ほどの威力はないものの、溜めがない分、より躱すのが困難。並の相手ならば、勝負は決していたはずです。

 

 ――が、もちろんスラッドさんの身体を奪ったダウトが、並の相手なわけがありません。

 

 風が止み、開いた私の目に飛び込んできたのは――ダウトの薄気味悪い微笑でした。

 

 その肉体は無傷。彼の手元に残った最後の槍は【ダークバインド】の黒縄を切り裂き、セシル渾身の連撃を全て受け止めてきっていたのです。


「弟子の貴女なら知っていたはずですよね。スラッド・アークマンが槍を投げるだけしか能のない男ではないと」

「くっ」


 飛び退こうとしたセシルでしたが、それを待っていたかのように、ダウトは槍を後ろへ引きます。


「――槍技【ショット・インパクト】」


 間合いはすでに切れ、長槍をもってしても攻撃が当たる距離ではありません。ですがダウトが突くと、槍先から放たれた衝撃波がセシルを襲い、吹き飛ばしました。


「がはっ!」


 壁に叩きつけられ、口から血を吐くセシル。慌てて駆け寄ったローゼリアが回復魔法を唱えますが、とても戦線復帰できるような状態には見えません。


「この槍の名は【グリフィン】。七本のなかで、これだけは魔槍でもなんでもない、なんの変哲もない槍……。故に磐石。故に最強。この最後の一振りを突破できる者はない」


 選択肢の多さこそが、スラッド・アークマンの強さ。

 

 ですが――選択肢がひとつに絞られたとしても、彼が弱いはずはないのです。

 

 スラッドさんが【七本槍】と呼ばれるようになったのは、特A冒険者になったあと。

 

 それまでは【一本槍】と呼ばれていたのです。ただ一本の槍でどんな魔物すら屠る男、という意味で。


「惜しかったですね。そして……、今のが最後のチャンスでした」


 ダウトはただの槍である【グリフィン】を高く頭上へ掲げました。


「戻れ」


 その一言が発せられると、あたりに散らばった魔槍達がふわりと浮き上がりました。

 

 そしてそれらの槍は彼の背、それぞれの収納されるべきところへ戻っていくではありませんか。


「これが、スラッドさんのユニークスキル【親愛なる我が槍(ディア・マイ・スピア)】ですか……!」


 噂に聞く、槍という概念に括られるものを全て支配する能力。

 

 槍をどれだけ遠くに投げようが、このスキルさえあれば一瞬で手元に戻すことができます。

 

 スラッドさんに勝つ――それは彼を守る七本の槍をくぐり抜け、攻撃を当てられるかと同義。

 

 せっかく六本までは消費させられたのに、また振り出しです。私はまた、七本の槍をかいくぐらなければならなくなりました。

 

「どうせなら私を襲い続けている【スティンガー】も手元に戻してほしいんですけど……!」


 大ハンマーを【スティンガー】の防御に当て続けているせいで、さっきからいいとこなしです。


「ふふふ。それは駄目です。貴女に時間を与えるのは愚策中の愚策ですからね」


 さすが、よくわかってますね。鈍器スキルの弱点を的確に捉えられてしまっています。

 

 この自動追尾槍を封じるのは、決して難しいことではありません。自動なだけあって、動きは単調。だから【土壁造】を用い、飛んでくる槍の軌道にセットすれば、回転で突き破ってくるまで時間を稼げます。

 

 けれど――床を叩いて壁を建築するための、肝心の隙がないのです。【スティンガー】はとにかく小刻みに私を攻撃してきて、鈍器スキルを発動させられません。しかも、このままではいつか、体力も気力もすり減って、防ぎきれなくなるでしょう。


 いえ、そうなるまで、ダウトが悠長に待ってくれるとは思えません。先ほどのように【スティンガー】に織り交ぜて、別の魔槍で攻撃されたら一巻の終わり。次は躱しきれる自信が全くないのです。

 

 こんなとき、鈍器以外にもスキルがあれば……、もっと攻撃や防御に選択肢があれば、状況を打開できるかもしれないのに……!


 でも、私には鈍器しかありません。スラッドさんに習ったダンスだって、結局は鈍器スキルの応用だったんですから。

 

 どこまでも鈍器を信じ、どこまでも鈍器と心中するしかないんです!


「ぐっ……」


 そのときです。魔人ダウトの表情が苦悶に歪んだのは。

 

 心なしか、頬に浮かんでいた蔦状の痣も薄くなったような気がします。


「……ハンナちん、君の武器は、そのハンマーだけじゃないはず……、だろ?」

「スラッド、さん……?」


 漏れた口調は、紛れもなく彼自身のもの。


 スラッドさんは意識を眠らせていたわけではなく、ダウトの支配に必死に抗っていたのです!


「ちっ。往生際が悪いですね、スラッド・アークマン!」


 けれど、それはほんの一瞬。禍々しい痣は色を深め、左右非対称な笑みは支配権が再びダウトに戻ったことを示します。


「貴方はその特等席で、私がハンナを殺すのを、ただ眺めていればいいんですよ!」


 ダウトはそう叫ぶと、毒槍【ブリムストーン】をこちらへ投げつけてきました。その動きに合わせ【スティンガー】も逆方向から迫ってきます。


 大ハンマーを片方の防御に回せば、もう片方には間に合わない。まさに絶体絶命というやつです。


 しかし、私にはある閃きが舞い降りてきていました。

 

 スラッドさんの言葉で、思い出したのです。

 

 私の武器――つまり鈍器は、ハンマーだけではないことを。


 ぶっつけ本番。できるかどうか、根拠も自信もありません。

 

 でも、こうなったらやるしかありません!

 

 大きく脚を振り上げて――


 (ドン)


 鋼の靴を、思いっきり力強く、床に叩きつけました。


「――鈍器スキル【土壁造】」


 靴先から、垂直に立ち上がる壁! それが【スティンガー】を阻んだ隙に、私は大ハンマーで【ブリムストーン】を弾きます!


 ……二方向からの同時攻撃は防げない? てやんでーです。


 この鋼の靴もハンマーと同じ鈍器。ならば――ダンスのステップが上手くなるだけでなく、鈍器スキルを発動させることもできる。


 さっきスラッドさんが私に伝えようとしたのは、このことだったのです。


「ありがとうございます、スラッドさん……。これもあなたが、私の練習に付き合ってくれたおかげです」


 鋼の靴を、自分自身に鈍器だと思い込ませるという発想。そこに行き着けていなければ到底、不可能でした。


 そして――私はついに、戦闘における鈍器スキルの弱点をも克服したのです!


「なん……、ですって……?」


 勝利を確信していたダウトは、明らかに動揺しています。スラッドさんと記憶を共有していても、なにが起こったのか理解まではできなかったみたいですね。

 

 今のダウトを倒すことはスラッドさん本人を倒すことに等しいと思ってましたけど――どうやら思い違いだったようです。

 

 目の前にいる魔人は、やっぱりスラッドさんには遠く及びません。

 

 さらにはスラッドさんが私に用意してくれた『選択肢』によって、敵は敗北することになるのです。


「勝利までの設計図は描けました、魔人ダウト。あとはこの戦いを完成させるだけです!」


 さあ――ここからは鈍器の土俵、私の反撃タイムです!

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― 新着の感想 ―
[一言] セシル…どこまでも迷惑なやつ!?
[一言] 勝利までの設計図~って決め台詞が最高にダサカッコいい あ これ最上級の誉め言葉です
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