80話 王女を狙う黒い影です。
ダンス曲に紛れて、私は王子様とひそひそ話を続けます。
「……命を狙われているというのは、王女様も知ってます」
「は? なんだって?」
「その上で、あえて狙われることで理事長の企みを暴こうとしてるんです。つまり、目的はあなたと一致してるんですよ」
「ふーん。あの姉上が、ね……」
本当かなあって顔です。彼女があえてダメな王女を演じてたって気づいてないからでしょう。
無駄に板についてますからねー、マリアンちゃんの不良っぷり……。
「まあいいや。それならそれで話が早いしね。ただ、そう簡単に姉上の殺害を阻止できると思わないほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「スラッドがこの場にいるからだよ」
「意味がわかりません。スラッドさんがいてくれたら、頼もしいじゃないですか」
「バゼルは、スラッドがいてさえ王女を守れない状況を用意しているはずなんだ。現役バリバリの特A冒険者で無理なら、引退済のバゼルが守れなくても責められない――そういう筋書きだろうからね」
うっわー、性格わるっ!
でも……、妙に納得してしまいます。確かに理事長にとって、スラッドさんは最高の隠れ蓑。
王女様が殺されたら、非難が彼だけに集中するよう、世論を操作するつもりなのでしょう。自分の名誉を守るために。
「スラッドでも守りきれない状況が用意されているのなら――勝敗を左右するのはバゼルにとって不確定な要素だとは思わないか? 例えば君のような、ね」
「なるほど……」
だから結界更新にも同行したという私に目をつけたわけですね。なかなか買い被られたものです。
「てやんでーです。理事長がどんな手を使ってこようが、私の鈍器で粉砕してやりますよ」
元々そのつもりなので、会場内にもちゃんと持ち込んでありますからね、マイ鈍器。
スラッドさんの槍と一緒にマリアンちゃんの従者に託し、いざというときはすぐに渡してもらえるように手配しています。
正直、これでどうやったら悪巧みを現実にできるのか、見当もつきませんよ。
「頼もしいね。じゃあ、お願いするよ。小さな冒険者さん」
エリオン王子がそう口にしたのと、ダンスの曲が終わるのはほぼ同時でした。
会場内に沸き起こる拍手。その多くは王子に贈られたものでした。
けれど、肝心の王子は大袈裟なほどに渋面を作ります。
「姉上に招待されたからといって、いい気になるなよ……。ここは本来、君のようなのが来るべき場所じゃないんだからな!」
わざと聞こえるように小憎たらしい台詞を吐くと、足早にセシルのいるほうへと戻っていきます。彼は表向き、理事長の信奉者ってことになってますから、カモフラージュのつもりなんでしょう。
ダンスができない私に恥をかかせようとしたのに、失敗して悔しい――というさまを、王子派に演出してみせたわけです。それがわかると、憎まれ口もなんだかかわいく思えてきますね。
「はー、双子って怖いです……」
どちらも性格悪い人を演じるの上手すぎじゃないですか?
王子派も王女派も、自分が推している相手のこと、本当に理解してるんですかねぇ……。
うーん。してないでしょうねー。どうせ己の権力争いのネタとしか考えていないでしょうから。
新しい曲になると、王子は次にセシルと踊り始めました。同時に湧き起こるのはキャアア、という黄色い声援です。
さっきはそんなの聞こえなかったですけど……。やっぱり私じゃ王子の相手としては不足だったみたいです。
そりゃね、セシルのほうが絵になりますとも。美男美女。お似合いのカップルって感じですし。
「ハンナ、次、私」
「なに言ってるの? アタシだってば!」
でも、こんな私の手を引いてくれる人もいるのです。ミラさんとローゼリアのふたりです。
「お、おおう……」
学園時代、授業でペアを作ってと指示されたとき、絶対に最後まで余っていたタイプなので、こうやって奪い合いみたいになるの、少し嬉しかったり……。
その片方がローゼリアでも、まあいいかと思えてきてしまいます。
「もー、ダンスなんかでもめないでください。ちゃんと両方と踊りますから」
いやー、すごいです。一生無縁だと思っていた、モテモテな人の発言ですよこれ。
当然、先に相手をするのはミラさんですが、それでも彼女は不満げ。心なしか、ジト目気味に私を見てきます。
「ハンナは優しすぎ。あんな女、ほっとけばいいのに」
「まー、それはそうなんですけど、私と踊りたいがためにミラさんとケンカを続けられても困りますしね。ダンス一回踊っただけで絡んでこなくなるなら安いじゃないですか。別に減るもんでもないですし」
「減っちゃう。ハンナの貞操が」
「……んん? 貞操?」
そんな重たいものでしたっけ、ダンスって……。
「ハンナの正妻は私。ガレちゃんは娘枠。他の間女はひとりもいらない」
「は、はぁ……」
マオンナ? 魔女のことですかね?
しかしミラさんとのダンスは、パーティで楽しみにしていたことのひとつだったのに、終始この調子でした。
奥さんにしたら絶対に束縛が強いタイプですね、ミラさん……。躍り終わる頃にはかなりげっそりさせられてしまいましたよ……。
別に誰かと一緒にダンスを踊るくらい、どうってことないのに……そう思って次の相手、ローゼリアと踊り始めた私は、それが安直な考えだったと、すぐさま後悔することになりました。
「ハンナって、意外とドレス似合うんだね。ビックリしちゃった」
「そ、そうですかね」
「黒っていうのがさー、すっごいエロいよね。ヤダヤダ、アタシ、ムラムラしてきちゃう……」
「ちょ、やめてください!」
「えー、なに? アタシ、別になにもしてなくなーい?」
「いや、だって、今!」
「足がもつれただけだし。あはっ、ハンナってば、自意識過剰だゾ?」
信じてください!
こ、この女、どさくさに紛れてチューしようとしてきました!
首をひねってなんとか回避しましたけど、これ、どういう嫌がらせですか?
下手なダンスをおちょくられるより、よっぽどぞっとするんですけど!
もちろん、しつこい彼女が一度や二度で諦めるはずもありません。幾度となく繰り返されるセクハラ行為。
ダンス上手いくせにやたらともたれかかってくるし、腰に当てるはずの手はやたらとお尻を撫で回してくるし、もう最悪の時間でした……。
曲が終わる頃には、ミラさんとのダンス後とはまた別の疲労感が、どっと溜まっていましたとも……。
「もう私、二度とローゼリアとは踊りません……」
「えええ、なんで? アタシ達、息ぴったりだったじゃん!」
「そういう問題じゃないです! どういう神経してるんですかあなたは!」
「ちぇっ。つまんない!」
なんですかその態度! どっちが悪いのかは明らかでしょ!
本当に減っちゃいましたよ、私の貞操が!
まったく、こんなことならミラさんの忠告をちゃんと聞いておけばよかったです!
「はぁ……、ミラさん、ごはん食べましょ、ごはん」
精神的ストレスには、肉体的満腹感で対抗しなければなりません。ミラさんとのダンスも楽しみでしたけど、やっぱり一番は立食形式のごはん!
ダンスの最中にフロアに運び込まれてきていたので、躍りながらいい香りを感じていたんですよね。
「ダメ。食べる前に、もう一度踊る」
けれども、ふらふらと立食スペースにいこうとした私の腕を、がしっと掴んで離さないミラさん。
「ええ、な、なんで行かせてくれないんですか?」
「見せつけられたから。こうなったら、ミラも不可抗力を使う」
ちょっとこの人、なに堂々とセクハラ予告してるんですか!?
さっきみたいなのはもうこりごりです。ゆっくりごはんを食べさせてください……。
「――皆様、ご歓談をさえぎり申し訳ない! 私に少しだけお時間をいただけないか!」
ところがどっこい。私のごはんタイムを邪魔せんとする者が、もうひとり現れたではありませんか!
声を張り上げたのは、キラキラと輝くシルクの服を着た、ヒゲの似合うおじさまです。
「オズワルド公だ」
「えっ、王女派筆頭の?」
「これはこの会、荒れるぞ……」
どうやらあのおじさまが王女派のリーダー格。理事長のライバルにあたる人みたいです。
「どうした、オズワルド……。このようなめでたい夜に」
玉座からの静かな諫めに、オズワルド公は頭を垂れます。
「グラン王の仰るとおり。結界が更新されたことで、グラン王国も三十年は安泰でしょう。しかし、我々の憂いは、決して邪神だけではありません」
「ふむ?」
「どうでしょう、グラン王。今宵こそ、グラン王国の後継者を決めるべきなのでは? マリアン王女の功績は、それにふさわしいと考えます」
どよめく会場。頷いて同意を示す王女派に対し、王子派は「なんと無礼な!」「それは貴公が口にすることではない!」と叫び、怒りを露わにします。
あー、始まってしまいました。マリアンちゃんに害をなす者が現れるとしたらまさにこのタイミング。ごはんなんて食べてる場合じゃありません。
「……バゼルよ、お前からはなにかあるか?」
王様は玉座で頬杖をついたまま、そばに控えていた理事長に問いかけます。
「私が推すのは変わらずエリオン王子ですが――確かに結界更新の功績はあまりにも大きい。グラン王がお決めになるのでしたら、なにも言いますまい」
マリアンちゃんの眉がぴくりと動きます。もちろん、理事長の言っていることがうわべだけだからです。このあと事件が起きても黒幕だと疑われないよう、猫を被っているのです。
いやー、これは本当になにか起きますよ。じゃなきゃ、我欲の権化である理事長が、あんなにしおらしくしているもんですか!
「そうか。では、私の後継者、次の王は――」
グラン王が立ち上がり、高らかに宣言しようとした、そのときです。
――バリンッ!
はい、来ましたー。案の定オブ案の定。
壁に取り付けられていたランタンが、大きな音とともに割れます。
それも、ひとつだけではありません。壁のランタンは時間差で次々と割れていき、参加者の多くはなにが起こっているのかわからないまま悲鳴を上げます。
瞬く間に全てのランタンが割れ、広間に差し込むのは月明かりだけとなりました。
「王族の皆様は早く避難を!」
悲鳴に混じって、よく通るオズワルド公の声がしました。けれど、マリアンちゃんはその提案を拒絶します。
「馬鹿野郎! 国を預かるオレ達が、他の者を置いて逃げられるか!」
マリアンちゃんは自分を囮に敵の正体を暴くつもりなので、最初から逃げるという選択肢はありません。でも、今のは参加者からしたらめちゃくちゃぐっとくる発言だったでしょうね。
危険に晒されているときにこそ、人の本性は垣間見えるものだと言います。王子派でも王女派でもない、いわゆる無党派だった人達は、今のでマリアンちゃん推しになったんじゃないでしょうか。
本人には、全然王位を継ぐ気、ゼロなんですけどね……。
暗闇に目を凝らすと、マリアンちゃんのそばにはスラッドさんの姿がありました。ひとまず護衛は彼に任せてもよさそうです。
「ローゼ」
「うん、わかってるよ」
セシルの意を汲み、谷間からペンダントトップほどの小さな杖を取り出すローゼリア。掲げると、先端から生み出された炎が周囲を照らします。
すると、ヒュン、ヒュン、という風切り音をさせて、視界を横切る細長い影。
「……なにかが、飛んでる?」
暗がりが多いせいでよく見えませんが、どうやら鳥のような飛行物体があたりを飛び回っているようなのです。
おそらくランタンは、あれがぶつかって壊れたのです。
魔物?
それとも、誰かの魔法?
いずれにせよ、こちらに害意を持っているのは明らか。一刻も早く撃墜すべき対象でしょう。
どんきです。明日も更新しますm(_ _)m
(なぜもっとバランスよく更新できないのか…)




