77話 ダンスに鈍器は似合いません。
スラッドさんは自室に宮廷仕えの楽士さんを呼ぶと、弓を用いる伝統の弦楽器ヴィオレで曲を奏でさせます。
そしてその音色に合わせ、見本としてごく簡単なステップを見せてくれました。
流麗で軽やかな足さばきでした。ひとりなのに、対面で女性が踊っているかのような幻覚が見えましたからね。
いきなり呼び出された楽士のかたも、最初はめんどくさそうにしていたのに、曲が終わる頃には良いものが見れた、というホクホク顔に変わっていました。
「んじゃ、今のステップを真似してみて」
同じ曲が始まります。スラッドさんは手拍子とリズムを口ずさみ、私達がより踊りやすいようにしてくれます。
が、ぐぬ、ぬぬぬぬ……。
私、同じように踊れてます? なんだか、肩が張って、足がもつれるんですが。
「ワンツースリー、ワンツースリー、ワン、ツ、ツー、ス、ブフォッ!」
スラッドさん、ついに噴き出しました。
理由なんてわかりきっています。私のダンスが、あまりにもひどいからです。
あー、楽士さんも笑い出しそう。しかし、曲には乱れかありません。さすがはプロ、といったところでしょうか。
はあ……、ようやく曲が終わりました。果てしなく長く感じましたが、きっと笑わないよう耐えていた人達はもっと長く感じたに違いありません。
「どうですか?」
踊り終えたミラさんがスラッドさんに訊ねます。
「ミラちんは、めっちゃ筋いいね。これなら少し練習すれば、他の参加者に全然見劣りしないところまで行けると思うよ」
「本当? お世辞じゃなくて?」
「ほんとほんと。なにより美人だしね」
グッと親指を立てるスラッドさん。それね。めっちゃ大事なポイントですよね。
正直、多少ステップがたどたどしくても、それそれでかわいいんです。美人って、得ですよね!
しかし、褒めるのはいいですが、私のミラさんに手を出したら、相手がスラッドさんでも容赦しませんよ?
なんて。まあ、ミラさんの心配はそんなにしてないんですよ。大体、他人の心配をしていられるような立場ではありません。
「スラッドさん、わ、私は……?」
「うーん……」
ミラさんに見せた好反応とは対照的に、腕を組んで険しい表情になるスラッドさん。
「……首輪で犬小屋に繋がれてるワンコみたいだった」
「え、それってどういうたとえですか?」
「ご主人様を見つけて飛び出そうとしたら首輪に邪魔され、それでも前に出ようとよたよた二足歩行になってる感じ」
ひどい。女の子が本気で頑張ったのに、それが大人の男性が言うことでしょうか?
「うまいたとえ。ハアハア言ってるところも似てる」
「ちょっと、ミラさんまでなに感心してるんですか!」
「踊りは変だったけど、ワンコだと思えばかわいい……」
「う、裏切り者ー! 一緒にダンスを習う私達は、同じ立場でしょ? 仲間でしょ? それなのに、それなのにー!」
「怒らないで。はい、お手」
「だから、ワンコ扱いしないでください!」
ふん、いいですよいいですよ。どうせこうなるのはわかってました。
どうせ私は運動音痴。ダンスの才能なんて、砂一粒ほどもありはしないのです。おまけに豊満な胸とか、すらっとした手足とか、そういった舞踏会で映えそうな身体的長所も一切ないですからね。ないものづくしで、生み出せるのはただただ笑いだけ。
こうなったら【月を見る会】のすっぽんにでもなってみます? みんな幸せな気持ちになれるんじゃないですかね。そのみんなのなかに、私だけは入っていませんがね……!
「スラッドさんはセシルの剣の師匠でもあるんですよね? その教え上手を見込んでお願いです。【月を見る会】までに見れるダンスに仕上げてもらえないでしょうか……」
「ええええ。無理くせぇえええ」
「そこを、そこをなんとか……!」
いや、セシルとローゼリアさえいなければ諦めもつくんですよ。でも、あのふたりに馬鹿にされるのだけは絶対に嫌です!
土下座も辞さんばかりに頭を下げた私に、スラッドさんは大きく溜め息をつきました。
「やるだけやってみるかあ……」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「先に言っとくけど、過剰な期待はしないでね。ほら、死んだばかりの人間には蘇生魔法が効くけど、ゾンビには効かないじゃない?」
「いつの間にワンコからゾンビにランクダウンしたんですか!?」
しかしこのあと、私は本当にゾンビになりました。
スラッドさんの練習は、マジで厳しかったのです。なにが大変って、同じ動きをひたすら反復させるのです。
「運動神経が切れているなら、筋肉に覚えさせる。考えなくても、それこそ寝ていても踊れるようにしてやる」
スラッドさんをパートナーに、ステップ、ステップ、ターン、ステップ――なんて言うと聞こえがよいですが、ミラさんと違って私のほうはドタドタと振り回されているだけ。端から見たら、とてもダンスを踊っているとは思わないでしょう。
非行少女が夜遊びしているところを親に見つかり、家に連れ戻されるのに必死で抵抗している――そんな感じです。ヤバいですよね?
その完成度は、その日が終わり、二日目、三日目と時が過ぎても一向に進展しませんでした。
毎日疲労困憊、肌から血の気が消え失せ、土色になるまで頑張ったんですよ?
それでもダメなんて、才能のなさがスリラーの域に達しています。
「……ミラちん。君に教えることはなくなったよ」
「わー。ありがとうございます」
四日目。【月を見る会】を翌日に控え、ミラさんのダンスはついに完成を迎えました。
つい最近まで町内会でしか踊ったことのない少女だったとは思えない出来映えです。元からの美貌も相まって、舞踏会の主役になれるところまで到達しています。
「……ハンナちん。君に教える自信もなくなったよ」
「わー……。申し訳ないです」
私、居残り練習もいれたらミラさんの二倍は練習しているはずなんですけど。
「あのさあ、どうして戦闘のときはあんなに動けるのに、鈍器を手放したらそこまで鈍くさくなるの?」
「スラッドさん、言い方に気をつけてください?」
「ごめん。言われ慣れてるかと思って」
もちろん、言われ慣れてますとも!
しかし、こんなにも努力が実を結ばないのは学園以来ですからね……。さすがに落ち込むんですよ。
「あーあ。鈍器レベルの高さが、ダンスにも活かせたらよかったんですけど……」
諦めも込めて、私はつぶやきました。鈍器とダンスじゃ、全然別物ですもんね。高いのが剣レベルとかなら、剣の型や足さばきを活かせたのかもしれませんけど。
ところが、私のぼやきを聞いたスラッドさんは、妙に神妙な顔つきで顎に手を当てます。
「……それ、もしかしたらいけるかもしれないな」
「いや、なに真剣になってるんです? 今の冗談ですよ?」
私のあまりの無能さに疲れて、頭が回らなくなっているんじゃないですかね?
「……ハンナちん。ちょっと騙されたと思って、作ってもらいたいものがあるんだけど」
「え、ええ。別に構わないですが、なにを作ればいいんですか?」
「ダンス用の靴」
靴。まずは形から入れ、ということでしょうか……。本番は明日なのに、今さらじゃないです?
それに――
「実は私、革製のものを作るのはあんまり得意じゃないんですよね……。鍛冶の師匠も金属専門でしたし」
「ガラスの靴は? そういうの履くお姫様の話、聞いたことある」
ミラさんが目を輝かせていいます。確かに透明でキラキラな靴は綺麗かもしれないです。ミラさんの足にも似合いそうですし。
でもねえ……。
「そんなの、割れるに決まってるじゃないですか。怖くてとても履けないですよ。スラッドさんだって、そんな特殊な靴を作らせたいわけじゃないですよね?」
「いいや、ハンナちんに作ってもらいたいのは鋼の靴だ」
「鋼の靴……?」
なんだか、ガラスなんかよりさらに聞き慣れない材質が出てきたんですけど……。
「それも、めちゃくちゃ重たくてハンナちんじゃなきゃはきこなせないようなやつ。それこそ、人を蹴ったら殺せる、みたいな」
「は、はああ? それじゃまるで鈍器じゃないですか」
私がツッコむと、スラッドさんは「ああ、そうさ」と大真面目な顔で指を弾きます。
「むしろ鈍器じゃなきゃ困る。なにせハンナちんにマスターしてもらうのは、鈍器ダンスなんだからね!」
「鈍器……ダンス?」
なんとも怪しげなワードが飛び出してきました……。
そんなものマスターしても、全く華麗に踊れそうな気がしないのですが、このおじさんを信用してもいいのでしょうか。
不安で不安で、仕方がないのですが……。




