75話 王都に来たからには食べ歩きです。
一週間後。約束通り転移の魔法を使い、マリアンちゃんが迎えに来てくれました。
「転移の魔法を使ったってことはあんまり大っぴらにしたくねェから、王都の入り口で降ろすからな。申し訳ねェけど、そこからは徒歩で王宮に来てくれ」
などとぶっきらぼうに言うのですが、あまり耳には入ってきませんでした。
「マリアンちゃんって、やっぱり綺麗ですねー……」
いい意味で開いた口がふさがりません。
だって、ですよ? 今までは身軽な盗賊風のいでたちで、髪も束ねてショートっぽくあしらっていたわけです。
それが、いきなり真紅のドレスで金髪ロングなんですもん。
開店前の締め切られた店内に、いきなり直射日光が注がれたかのようなインパクトです。
「マリアンちゃん、本当に王女様だったんですねぇ……」
しみじみと噛みしめていると、マリアンちゃんが頬を赤くしました。
「バ、バッカじゃねェの? いいドレス着てるから騙されてるだけだっての」
「えー、照れなくていいのに」
「うるせェ! ああ、そうだ。テメェらがパーティに出席するときの衣装はこっちで用意しとくからな! 覚悟しとけよ!」
そう叫びながら、マリアンちゃんは【月を見る会】の招待状を差し出してきました。
三十年に一度、結界を更新した後にのみ開かれる【月を見る会】には、グラン王国への貢献が認められた者だけが参加を認められます。
貴族はもちろん、騎士、豪商、大地主、研究者などなど。冒険者で喚ばれるのは、ほんのひと握り。
その中で選ばれるというのは名誉なことです。まあ私の場合、マリアンちゃんを守る役割を与えられているので、半分仕事なんですけど。
「ああ、あとこれ」
招待状のあとに渡されたのは、王都の地図でした。ところどころに印や文字が手書きで加えられています。
「王都の食べ歩きマップだ。詳しいメイドに頼んで作らせておいた」
え、それはありがたいです! 間違いなくありがたいんです……が、なんだか前もって用意されていることに釈然としないものも感じてしまいます。
「あのー、マリアンちゃん? もしかして私を食い意地お化けみたいに思ってません?」
「ん? だって、その通りだろ?」
そう言い切られちゃうと、ぐうの音も出ませんけど!
迷宮でむちゃくちゃな量を食べてるの、見られてましたからね……。
こうなったらマップに書いてあるお店、全部回っちゃいますよ! ブヒブヒ!
「じゃ、そろそろ転移するぞ。もっと近くに寄れ」
マリアンちゃんに言われ、私とミラさんはお互いを抱きしめられるくらいの距離まで詰めました。
前に決めた通り、ガレちゃんはお留守番。店のことを一通り任せています。
お会計や、常連さんにいつものお薬を渡すのはガレちゃんひとりで充分いけます。それに、マリアンちゃんの転移魔法のおかげで往復に時間がかからないので、空けるのは四日間だけですしね。
「ご主人様、マリアンちゃんをよろしく頼むっス!」
ぺこりと頭を下げる、健気なガレちゃんです。ついてこれない彼女の分までマリアンちゃんを守らなければと、決意を新たにさせられます。
「任せといてください! ガツンと敵を叩きのめして、お土産を買って帰りますからね!」
「期待してるっス!」
「ガレちゃん……、ミラにはなにかないの?」
「ミラさんは、ご主人様の食べ歩きに付き合って、ぶくぶくに太ってしまえばいいっス!」
「これはいいツンデレ」
「むむむ、ミラさんには別にツンデレしてるわけじゃ――」
文句を返しかけたガレちゃんでしたが、言い終わる前に景色がぱっと変わりました。
「あ、やっちまった……。まだイマイチ制御しきれてねェんだよな……」
ポリポリと頬をかくマリアンちゃん。
「もっかいティアレットに戻るか? 微妙な別れ方になっちまったし」
「いえ、いいんじゃないですかね?」
変に長くなっても、ケンカが始まりそうでしたしね。まあ、といっても、以前とは違って仲がいいからこそ発生するような、かわいいやつなんですけどね。
「ここが王都ですかー。初めて来ました」
私達が転移したのは、城壁に囲まれた街。中央には大きな王宮がそびえ、朝の明るい日差しで白く、神々しく光っています。
周囲には商店が立ち並び、街の人々はすでに道に溢れて一日の始まりを待っているようです。
ティアレットも大きな街ですが、やはり王都は比べ物になりません。
「すごい。きれいに整ってる」
ミラさんの率直な感想には頷かざるを得ません。街が整然としているんです。計画都市っていうんですかね。家や道、川の流れ。全てが行き当たりばったりではなく、人が暮らしやすいように意図して作られているみたいです。
なにより景観の統一性が素晴らしいです。屋根や壁に派手な色は全然使われてなくて、白、もしくは白を混ぜた淡い色に限られているんです。だから落ち着きがあって、しかも明るい印象になるんですね。
「オレはバレないうちに先に王宮へ帰るから、しばらく街を楽しんでいってくれ」
そう言い残すと、ふいっとマリアンちゃんはいなくなってしまいました。
そっけない感じですけど、それも仕方ありません。既に街を行く人の何人かに「あれって王女様じゃない?」「まさか。似てるだけでしょ?」なんて指さされてましたし。
そりゃそうです。あの格好は街中じゃ目立ちますよ。
「さて。マリアンちゃんもああ言ってくれてたことですし、このまま王宮に直で向かうなんて野暮なことはしませんよね?」
ミラさんはこくりと頷きます。
「うん。ハンナとデートする」
「デート……かどうかはともかく、食べ歩きましょう! 私達には強い味方、オススメ店の地図があります!」
「わぁー」
地図を開いた私に、パチパチと拍手を送ってくれるミラさん。なにはともあれ、まずは肉ですよ、肉!
「王都名物、魔力熟成肉を食べに行きましょう!」
魔力熟成肉。
それは魔力濃度を高くした空間で一定期間保存し、熟成させたお肉のこと。旨味が全然違うらしく、噛んだ瞬間に肉汁とよだれで口の中が大洪水になるらしいです(ガレちゃん談)。ヤバいですね?
地図に書いてあるオススメ店はすぐに発見できました。すでに店は開いていて、軒先で網を使って肉を焼いてますよ。たまらない匂いが漂ってきていて、それにつられるように、お客さんがどんどん集まってきてます。
ちょっとお高いらしいですが、金ならありますよ! マリアンちゃんからたくさん報酬もらってますから!
「おじさん! 熟成肉をふたつください!」
「あいよ。30パーセントと、50パーセント、どっちにする?」
「え、なんですかその数字……」
「お嬢ちゃん初めてかい? 魔力濃度の差だよ。濃度の高いところで熟成させた肉の方が美味いんだ。値段も張るけどね!」
ふむむ。看板を見ると、30パーセントが15ペルで、50パーセントが30ペル……。なかなかいいお値段するじゃないですか。
ここは思い切って50パーいっとくべき? でも、まずは30パーを知ってからのほうがいいのかも。いきなり舌を肥えさせると戻れなくなるかもしれません。
いやー、でもそう何度も来れるとは限りませんし。うーん……。両方ふたつずつ行く?
「――80パーセントだ」
私がうんうん悩んでいると、後ろから割り込みで注文が入りました。
80? そんなの看板に載ってないのに、と思っていたら。
「裏メニューを知っているなんて、お嬢さん、通だねぇ」
店主のおじさんがニヤリと微笑むではありませんか。裏メニュー、そういうのもあるんですね……!
「ふっ、決まりきったことさ。ボクを誰だと思ってるんだい?」
……ん? なんだか聞いたことがあるフレーズです。
「げ」
振り返ると、そこには案の定、私の会いたくない相手が立っていました。
言わずもがな、セシル・ソルトラークですよ。
「うわっ、ハンナ・ファルセット……!」
会いたくなかったのは、どうやら向こうも同じみたいです。セシルは思いっきり仰け反り、後ろに立っていたダークエルフにぶつかりました。
「ちょっとセシル、危ない――って、あー! ハンナじゃん! どうしてここにいんの? 奇遇? それとも運命!?」
あちゃー、ローゼリアまでいますよ。いつもふたりセットなのはわかってますが、ほんと嫌になりますね。
なんで王都にまで来て、彼女達と鉢合わせなくちゃならないんでしょう……。それもこれも、食い意地のせいですかね?
「そっちこそ、なんで王都にいるんですか?」
訊ねると、セシルはふふんと鼻を鳴らし、カバンから一枚の紙をこれみよがしに取り出しました。
ええ、ご想像の通りです。とても見覚えのある紙でしたとも。
「ボク達はね、王族が主催するパーティ【月を見る会】に出席するんだ! すごいだろう、この招待状は、王国に貢献した人間にしか来ないんだぞ! これも日頃の地道な冒険者活動の成果だね!」
「……最悪です。その会、あなたたちも出るんですね」
「そうだよ! 羨ましいだろう! キミみたいな鈍くさい人間には、一生無縁だろうね!」
などと優越感たっぷりにのたまった後、セシルはふと小首を傾げます。
「ん? あなたたち『も』? ま、まさか……」
「はい。私も招待されてます!」
招待状、オープン! セシルの自尊心を破壊! ターンエンドです!




