73話 チョロくて便利な王女様です。
結界の更新を終えた王女様を連れ、私達は地上に戻ってきました。
「いっそのこと、巨大魔石までの近道を作っといてよ。そうすりゃ三十年後も使えるじゃん?」
スラッドさんに迷宮をいじる許可をもらえたので、帰りはめちゃくちゃ早かったです。鈍器スキルで完全直通の階段を作っちゃいましたからね。
これでもう、地下大迷宮を舞台とした冒険は生まれないでしょうねー。魔物とも戦わず、地下十層目まで往復するなんて、冒険じゃなくて作業。
迷わなくなった迷宮にもはや価値なんてないんですよ(冒険譚好きの私見)。
でもまあ、できることなら、もう二度と結界の更新なんてしなくて済むように、この三十年のうちに邪神を倒してしまいたいですね。
大昔、優秀な魔物に自らの力を分け与える契約をした邪神ドルトス。
そのドルトスが北の大地で生きている限り、その契約は有効。深い眠りについていても、配下の魔物、そして魔人達は邪神の力を代理で使うことができるわけです。
王女様の結界とは【邪神の恩恵】と呼ばれるこの契約の力を無効にするもの。
邪神から認められ、強い契約を結んでいる者ほど、結界の効果は絶大。
故に、邪神に次ぐ力を持つ四天王は決して【人の大地】に足を踏み入れようとはしません。己の力が削がれまくってしまうからです。
毎日ステーキ肉をたらふく食べていた太っちょ貴族が、いきなり飯抜きにされるのに近いですね。最初から腹ぺこな庶民ならともかく、貴族がそれで力を発揮できるわけないですから。
さて、私は貴族でもなんでもありませんが、たまにはステーキを食べてもいいはずです。なんと、王女様から高級牛を一頭、丸っと買えちゃうくらいのお金をもらえたんですよ!
今回、私はAランクの依頼を受けた訳ではなく、ついていっただけ。なので報酬はなしのつもりだったんですけど、もらえるものはもらっておく主義。
どうせこのあと、無理難題に立ち向かうのは決定事項なんです。お肉くらい堪能しなきゃやってられませんよ。
叩くことで旨味を倍増させる鈍器スキル【肉叩き】と、ミラさんが栽培していた一緒に漬けると肉が柔らかくなるキノコのおかげで、ステーキは脳がとろけるおいしさでした。
「お、おいしすぎる……!」
「くぅーん、肉汁とよだれで口が満たされるっスー!」
冒険疲れもなんのその、私とガレちゃんは一瞬でペロリと皿の上をたいらげました。もちろんまだまだ食べられるので、ミラさんに二枚目を焼いてもらいます。
「で、王女様は、もう帰ったの?」
炎系魔物の魔石で熱されたフライパンで肉を調理しているミラさんが、私に訊ねてきます。
「ええ、迷宮から出たその足で、すぐ王都に帰っちゃいました。王女様って、邪神勢力からはもちろん、弟を支持する貴族達からも命を狙われているらしくて、外にいればいるほどリスクになるみたいなんですよね。結局、具体的なことは王都に行ってみなきゃわからないです」
告げられたのは「王宮に来て、弟を叩き直して」だけ。なんのこっちゃです。
しかも、十日後には王都に到着していてほしい、と……。ティアレットから王都までって、地味に五日間もかかるんです。そんなにのんびりはしてられないんですよね。
特例ランクアップを目指す以上、文句は言ってられませんが、ぶっちゃけ面倒くさいです……。
「ミラ、今度はついていくから」
私の皿に新たなお肉をよそいながら、ミラさんがぼそりとつぶやきます。
「一週間以上ハンナに会えなかったら、ミラ、孤独死する」
「どこのウサギさんですか!?」
しかし、こちらに向けられたつぶらな瞳を見るに、マジなようです。
私としては、どんな無茶振りが降り注いでくるかわからないので、ミラさんには残っていてほしいんですよね。彼女を危険にさらすわけにはいきませんし。
「でも、店はどうするんです?」
「ガレちゃんにお留守番させる」
「ええ、ズルいっス! ガレちゃんだって王都に行きたいっス!」
「ダメ、次はミラの番」
「ぶーぶー。ご主人様の独り占め反対っス!」
「独り占め、先にしたのはガレちゃんのほう」
「異議あり! 地下迷宮では邪魔ばかり入って、全然独り占めできてないっス!」
「そんなの知らない」
……これはほっとくとケンカが始まりそうです。
「いや、冷静に考えて、ガレちゃんは絶対に連れて行けませんよ。だって、王宮では死んだことになってますよね?」
「はっ、そういえば!」
「当人が大事なとこを忘れないでください! なんで私が王女様から誤解されてたと思ってるんですか!」
犬の姿ならバレないでしょうけど、首輪をつけて王宮内を連れ回すわけにもいきませんしね。書いてはないでしょうが、王宮内は犬お断りに違いありません。愛犬家に優しくないです。
「じゃあ、ついていくのはミラで決まり?」
やだ怖い。いつのまにかどちらかは連れて行くことになってますよ。
「うーん、でも連れて行ってもいいか王女様に聞けてませんし……」
上手くミラさんを留まらせる口実をひねり出そうとしたときです。
「それは構いませんよ?」
突然、横から声がして私はぎょっとしました。
「王女様!?」
いつのまにか隣の席に、王都への帰路へついたはずの王女様が座っていたのです!
「ハンナ様。ご機嫌うるわしゅう」
丁寧な口調ですが、私をビックリさせられたのがよっぽど嬉しかったようです。王女様は口元のニヤニヤを隠しきれていません。
今のは、誰だって驚くでしょう! ていうか、もうティアレットを離れたはずでしたよね?
「ま、まさか瞬間移動ですか?」
「ご明察。空間魔法【転移】です。ハンナ様のいらっしゃる場所を想像したら、簡単に飛ぶことができました。コツさえ掴めば容易いものでした」
すごすぎないですか? 超初級魔法すら唱えられない私からしたら、神として崇め奉りたくなるような才能ですよ!
うらやましい……。転移魔法があれば、もう馬車なんていらないじゃないですか。あー、相手が王女様じゃなければ「お金払うんで、私の足になってください!」とお願いしてるところです。
なんせ私、馬に乗れないのでね……。
「王女様、会いたかったっスー!」
後ろに回り込み、王女様にぴっとりくっつくガレちゃん。会いたかったって、さっきまで一緒にいたでしょうが……。念願の膝枕までしてもらってましたし。ほんと甘え上手な子!
「ところで、そちらの美しいかたはどなたかしら?」
ミラさんを見つめて、王女様が訊ねてきます。
私への態度を改めてくれたのは嬉しいんですが、すでに、ガラの悪い印象がこびついてるんで、なんか気持ち悪いです。
「この店の共同経営者、ミラさんです。無表情でわからないと思いますが、多分すごい驚いてます」
「ほんとに王女様? わあ、びっくり」
淡泊な驚き方! 説明しておかないとおちょくられてると勘違いされそうですね。
「これでもすごい薬師さんなんですよ。ミラさんの調合した薬は、店でも大人気なんです!」
「まあ、それはぜひ試してみたいですね。グラン王国王女、マリアン・グランフレートと申します。以後、お見知りおきを」
わざわざ椅子から立ち上がり、優雅に一礼する王女様。当たり前ですが堂に入ってます。
「よ、よろしくお願いします。ええと、ハンナから聞いてたのと、違う」
「どう違うのです?」
「もっと、不良みたいだって聞いてた」
「ちょ、ちょっとミラさん!」
言わなくてもいいことをなんで言っちゃうんですか! 陰口みたいで印象悪いでしょ!
「間違っていませんよ。私、人前では不良で通しております」
不良で通す! 聞いたことのないワードが出てきました。普通、通すなら優等生じゃないですか?
いくら王位を継ぎたくないからって、やってることが特殊すぎます!
「うふふ。ハンナ様にも、最初は横柄な態度をとっておりましたのよ?」
ううむ。こういうのもデレた、って言っていいんでしょうか……。いえ、やっぱり違いますよね。すごく距離を感じてしまいますし。
「あのー、王女様? そう畏まった喋り方をされるとやりにくいというか、違和感があります」
「違和感? ですが、ハンナ様は私の認めた英雄。そんなかたに失礼はできません」
「でも……、様づけされるのも慣れないですし……、ぶっちゃけ不気味です」
ああ、王女様相手に爆弾発言をしてしまいました!
だって、怖いんですよ! いきなり人格が変わっちゃったみたいで!
「……わかったよ、ハンナ。そこまで言うなら、これまで通りに接するぜ。あとでやっぱり上品に、って言われても直さねェからな」
王女様は苦々しげに言います。
「そうそう、その顔! 顔を歪ませてこその王女様です!」
「テメェのなかでオレはどういうイメージなんだ……。まあ、そもそも悪く思われるのが狙いでやってるから、別にいいんだけどよ。あ、そうだ」
いいことを思いついた、とばかりに王女様が指を鳴らします。
「ならテメェも『王女様』はやめろよな。ちゃんと名前で呼んでくれ」
おお、やり返しにきましたね。王女様を名前で呼ぶとか、なかなか親しくないとできませんよ。
「じゃあ、マリアン様?」
「『様』をやめてくれって言っといて、オレにはつけるのかよ」
「え、え。様もつけちゃダメなんですか!?」
簡単簡単と思ってたら、さらに高い壁を用意されました!
むー、てやんでーです。王女様が許してくれるのなら、距離をつめてやろうじゃないですか。
「じゃあ――マリアンちゃん?」
「ちゃん!?」
奇襲を食らったみたいに、王女様が盛大に後ずさります。
「あれ、呼び捨てよりかはいいかと思ったんですけど、ダメでしたかね?」
「べ、別にいいけどよ……」
そのあと王女様はごにょごにょと口ごもってしまいます。すごい早口でなにか言ってるみたいなんですけど、小さすぎて上手く聞き取れません。
「なんでいきなり『ちゃん』なんだよ。『さん』とか間を挟むだろ普通。いやでも、ちゃんづけは友達っぽくていいかもな。うん、かなり友達っぽいぞ……。そうだよ、昔からガレちゃんにもちゃんづけしてほしかったのに、なかなか言い出せなかったんだよな。自分からちゃんづけしてほしいとか頼むの、ちょっと子どもっぽいしな……」
「あのー……、変えてほしいならちゃんと言ってくださいね?」
「変えてほしくないぞ! あ……、いや、一番いいってわけじゃねーけど、構わねェって意味だ! 決して気に入っているわけじゃねェ!」
「じゃあやっぱり変えたほうがいいんじゃ――」
「必要ねェ! ちゃんづけを許可する!」
「は、はぁ……」
王女様、改めマリアンちゃんに、妙な勢いで押し切られてしまいました。その様子を見ていたガレちゃんがぽつり。
「王女様、二年前と口調は変わっても、根っこのぼっち気質が全然変わっていないっス……」