68話 状況証拠が揃いすぎです。
「な、なに言ってるんですか。私は見ての通り、しがない鈍器使いですよ? 瞬間移動なんてできるわけないじゃないですか」
予想だにしていなかった容疑をかけられてしまいました。
瞬間移動って、要は離れた空間同士をくっつける魔法でしょう? そんな大それたこと、魔力すら感じ取れない私にできるはずありません。
「そうかな? テメェが魔人だとしたら、不可能じゃねェだろ?」
「ま、魔人? どこをどうすればそんな話になるんです?」
王女様は、私の怪しい点をひとつひとつ指摘します。
滅びた村で【封魔の壺】らしきモノに入っていたこと。
ただの犬の嗅覚でダウトを発見できたと言い張っていること。
「そもそも、なんで瞬間移動したのがテメェとオレなんだ? どっちかが瞬間移動を使えて、片方を連れてきた、そう考えるのが自然だろ。オレがもちろんなにもしてねェ以上、必然的にテメェが怪しいんだよ」
ふん、と鼻を鳴らす王女様。
「どうだ? まだ説明が必要か?」
うわっ……、私の状況証拠、多すぎ……?
王女様から胡散臭く思われるのも仕方ないです。誰かにはめられたんじゃないかと疑いたくなるレベル……。
王女様は魔石に触れたまま、こちらにもう片方の手を向けました。手のひらに集められた魔力は、激しい炎へと変わります。私を攻撃する気満々といった様子です。
「誤解です! 私は魔人じゃありませんし……、それに私が邪神の手先なら、ふたりきりになったときに王女様を殺そうとするはずでしょう?」
そうすれば、結界を更新されることはできなくなるんですから。
邪神の恩恵は【人の大地】隅々にまで行き渡り、魔物の軍勢は攻め込み放題じゃないですか。
「いいや。テメェが人間側に送り込まれたスパイだと考えるなら、そんな短絡的な行動はとらねェだろ。結界の更新阻止なんかより、もっとデカい目的のために動いてるに違いねェ」
「じゃ、じゃあ、なにが狙いだって言うんです?」
「一億の鈍器レベルをもって、人類の希望、英雄になること。そして各国王家の信頼を勝ち取り、誰もがテメェ頼りきったそのとき、手のひらを返して裏切る――そういう筋書きなんだろ? ズル賢いやり口だぜ。単に結界を破っても、待っているのは人と魔物の戦争。消耗戦になるのは目に見えてるからな……!」
「は、はぁ……」
すごい被害妄想――とも言いきれませんね。確かにそんなプランが邪神側で立てられていたとしたらぞっとする内容です。
ただ、私なら送り込む人材のスキルを『鈍器』には絶対にしないですけど……。そのせいで私がどれだけ偏見の眼差しで見られていると思ってます?
英雄になるまでのハードルがバカ高くなってますし、現に今もこうしてひどい容疑をかけられてる真っ最中ですよ。
「それに、なにより許せねェのはな――テメェがルドレー橋でフェンリルを殺したことだ」
「え!?」
「オレはテメェが殺したフェンリル、ガレちゃんとは友達だったんだ。橋を壊したことを、ガレちゃんは大工達に謝ってたって聞いてるぜ?」
王女様の瞳から大粒の涙がこぼれました。
「なのにテメェは特例ランクアップのために殺して、踏み台にした……。無慈悲にもな……!」
がーん! や、やってしまいました!
あーもう、私の鈍感、鈍感、ド鈍感!
王女様が最初から敵意むき出しだったのは、私がガレちゃんを殺したと思っていたからです!
そして、敵意を向けられた私は、王女様の人となりがいまいちわからず「やっぱりガレちゃんについては言わない方がいいかな……」なんて考えていたのです。
悪循環とはまさにこのこと……!
ガレちゃーん! こんなに仲がいいなら最初からそうと言っておいてください!
「ち、違います! 私はガレちゃんを殺してなんかいないんですよ!」
「どの口がほざきやがる。伯爵以外はみんなテメェがブチ殺したって証言してんだぞ」
「それは……、口裏を合わせてもらったんです。じ、実はですね、私が迷宮に連れてきたワンちゃん。あの子がガレちゃんなんですよ!」
「………………テメェ、ナメてんのか?」
王女様の眉間に、未だかつてないほどのしわが寄ります。
「言うに事欠いて、ガレちゃんが生きてる、だあ? 誰が信じるかンなこと!」
ゴオウッ!
王女様の手のひらから【ファイア・ボール】が飛んできます!
「ふひゃあ!」
咄嗟に大ハンマーを掴み【ファイア・ボール】に叩きつけます。
誰もいない方向へ打ち返すつもりだったのですが、魔石の力が加わった火の玉の威力は、思いのほか強力でした。
押し込まれた鈍器は【ファイア・ボール】を、なんと王女様のいるほうへと弾き返してしまったのです!
危ない、と思いましたが、命中する寸前、王女様は自らの前に魔法の障壁を作り出しました。
さすが結界術を得意としているだけあります。火の玉はその透明な障壁に触れると、一気に霧散してしまいます。
「ようやく本性を現したな、魔人ハンマー・ハンナ……!」
なんかその呼び方だと『魔人』がついてもしっくりきてしまいますね……。
「今のは事故です……、と言っても、信じてはもらえないんですよね……」
「たりめーだろ。もうオレは決めたぜ。テメェの陰謀はここで打ち砕くってな!」
そう言うと王女様は、片手で素早く印を結びます。
すると突如、私の目の前に、黒い靄のような球体が現れました。
なんでしょうこれ、と思っていると、ぐん、と球体の方向へ身体が引っ張られます!
「封印魔法【ブラック・ゲート】。悪しき者を異次元に閉じ込める、オレの切り札だ」
「ぬ、ぬぐぐ……!」
強風に煽られてるみたいにふんばりがききません。小ハンマーの背についているネイルを地面に突き刺し、なんとか耐えます。が、気を抜くと一気に吸い込まれてしまいそうです。
「その闇の先がどうなっているのかは、オレすらも知らねェ。一度入っちまったら、抜け出すのは諦めたほうがいいぜ?」
これはヤバいです。炎や魔力の塊といった、わかりやすく弾き返せる攻撃と違い、この【ブラック・ゲート】は鈍器でどうにかすることができません。
叩いても、その瞬間に異次元に吸い込まれてしまうだけ。
闇のなかがどうなっているのかは知りませんが、こっちの世界よりおいしいものがあるとは思えませんし、そんなところで余生を過ごすなんてまっぴらゴメンです。
こうなったら、鈍器で地面をぶち破り、階下へ脱出するしか手はありません!
ガレちゃんと合流できさえすれば、王女様の怒りは鎮められるのです。それまでの時間稼ぎくらいなら、なんとかしてやりますとも!
しかし、そんな私の考えを嘲笑うかのように新しい【ブラック・ゲート】が出現します。
……嘘でしょう? ひとつでもすごい吸引力なのに、倍になったらとても保ちません。
ああ、さようなら、ガレちゃん、ミラさん、レイニー。
そして、大好きな肉とお米……。
諦めかけた私でしたが、突然ふっと吸引力が弱まりました。
「あれ……?」
不思議に思って【ブラック・ゲート】を確認すると、ふたつあった黒い球体が合わさり、より大きくなっているではありませんか。
ですが【ブラック・ゲート】に引っ張られる感覚はもはやありません。
それどころか、黒い球体からズルリ、と大きな腕が突き出てきたではありませんか。黒く長い爪を伸ばし、トカゲのように鱗に覆われています。
「な、なんだ。テメェ、一体なにをしやがった!」
這い出してきた不気味な腕を見て、狼狽する王女様。
「え、これ、王女様の召喚魔法かなにかじゃないんですか?」
「オ、オレが……? バカな! このタイミングでわざわざ召喚魔法なんか使うか!」
「まあ、そうですよね……」
吸引力が弱まらなかったら、勝負は決まってました。
けれど、基となった【ブラック・ゲート】を唱えたのは王女様自身。これが彼女の魔法であることは間違いありません。
だとすると考えられるのは――巨大魔石を用いた事による、暴走。
『えらいこっちゃ。なかなかヤバいモンが出てきそうやで……』
鈍器の神様に言われずとも、そんなのはわかりきったことでした。