64話 冒険の定番、地下迷宮です。
地下迷宮への入り口は、ティアレットを守る王国騎士団の駐屯地内にありました。
迷宮の門へ辿り着くためには騎士が両脇を固める通路を進まねばならず、厳重に守られているのがよくわかります。
スラッドさんが騎士さん達に迷宮に入る許可をもらうあいだに、私は後ろのほうでガレちゃんに話しかけます。もちろん他の人には聞こえないよう、ひそひそ声です。
「ガレちゃん……、マリアン王女、聞いてたのと全然違ったんですけど……」
「ガレちゃんもビックリしたっス。二年前とは大違いっス……」
「ガレちゃんが王女様を好意的に見過ぎているのかと思ったんですけど、そうじゃないんですか?」
「それなら【聖なる双星】なんてまわりから呼ばれないっスよ。盗賊の格好だから、それを踏まえて演技してるんスかねぇ……?」
うーん、そんな付け焼き刃な演技には見えないですけどね……。
マリアン王女。先入観を脇においたら、確かにすごく美形です。
うなじが出ているせいで髪も短いのかと思いましたが、よく観察すると後ろにまとめて隠してあるだけ。
多分、それをおろせば綺麗なサラサラの金髪が露わになり、王女様らしさが増すはずです。露出の多い革製の盗賊衣装を脱ぎ、純白のドレスに着替えたら、もっといい感じになるに違いありません。
が、それはあくまで想像の域。
なんせもう、彼女の作る表情ったらとにかくひどいのです。
舌打ち顔。唾吐き顔。眉間しわ寄せ顔。左右非対称ニヒル顔。
少し一緒にいただけで満腹になるくらい、王女様が絶対にしてはいけない顔のオンパレード。
「……なに見てんだよ、テメェ。文句があるなら言えっつってんだろ」
ガンつけ顔、追加で入りました。
「な、なんでもありませんよ。王女様はお綺麗だなーと思ってただけです」
「へっ、クセェお世辞使いやがって。オレの耳が腐ったら、テメェのせいだかんな」
ツン、とそっぽを向くマリアン王女。
はぁ……、これからこの方の護衛を何日かやんなきゃいけないんですか。
特Aクエスト、マジしんどいです……。
騎士さんの許可が下り、駐屯地の奥まで進むと、灰色をした石造りの建造物へとたどり着きます。まわりの建物と比べ、明らかに年代が異なっています。
入り口を守る騎士さん達が、スラッドさんの姿を確認して、最後の門を開きます。
ゴゴゴゴゴ……。今までの門とは重たさが違います。
「魔力濃度が濃いですね……」
神官服の女性がつぶやきます。出ましたよ、私の感じとれないやーつ!
「ええ。魔力、プンプンにおいますね……」
入り口から漏れ出してきた、湿った土のにおいを感じ、私は知ったかぶってみます。
「え? におう? 魔力に、においはありませんけど……」
「あ、あたぼーですよ。あくまで今のはたとえです」
「は、はぁ……」
失敗です。もしかしたら今、私の鼻は初めて魔力を感じとっているのでは、なんて淡い期待をしてみたわけですが……。
んなわきゃない。
でも、そんなこと考えてしまうくらい、私が今まで訪れたことのある場所と比べ、地下迷宮は遥かに魔力濃度が高いはずなのです。
なんせ、このなかでは魔物は魔力以外の栄養をとらずとも生きていけるばかりか、繁殖行動なしに魔物が勝手に生み出されると言うんですからね。驚きの魔力濃度ですよ。
おそらく、深くに眠る巨大魔石が、この環境を作り出したんでしょうね。
「じゃ、役割分担を決めるねー」
迷宮に入ってすぐ、地下への階段が現れました。そこを下りながら、スラッドさんが皆に話しかけます。
「言うまでもなく、王女様は後ろで守られるのが仕事。ウォードちんは彼女を守るのに専念してくれる?」
「おお、わかった」
戦士風の男性、ウォードさん。私にいきなり勝負を挑んでくるくらい好戦的なのに、護衛専念を命じられるのはちょっとかわいそうですね……。
ちなみに格上のスラッドさんにタメ口なのは、若い頃、同じパーティいたからだそうです。スキンヘッドなので、大分年上に見えますが、多分スラッドさんと年齢もそう変わらないのではと思います。
「スニフちんは弓で後方から援護。でも無理しないで。開けた場所じゃなきゃ、俺っち達の背中に刺さるかもだし」
「そんなヘボな腕はしていないつもりだが……、了承です」
弓使いの優男はスニフさん。感覚が優れていて、ティアレットに着くまでの索敵を主に担当していたみたいです。
王女様をここまで無事に送り届けた時点で、役割の大半は終わった様なもの。ダンジョンにもぐる前ではありますが、どことなくほっとした様子です。
「クレアちんは、誰か怪我したら治療してね。あと、ないとは思うけど邪神勢力が襲ってくるかもしれないし、引き続き王女っぽくしててもらえると助かる」
「かしこまりましたわ。治療魔法が必要になったら、遠慮なくお申し出ください」
私が王女様だと勘違いした女性は、クレアさん。白い神官服に身を包んだ、おしとやかなお姉さん。回復魔法のエキスパートとのこと。疲労をとる魔法も使えるみたいなんで、あとでかけてもらおうと思ってます。
なんせ、お目当ての巨大魔石があるのは十階層。最短距離を進んでも、片道で一泊二日の道程なのです。
「魔物への対処は、基本的に俺っちとハンナちんでやる。いけるよね?」
「てやんでーです。やってやりますよ!」
スラッドさんの横で戦える――こんな機会は滅多にありません。いいところを見せて、レイニーへの土産話にしてもらいましょう。
……あ、そういえばレイニーに育ててもらったこと、スラッドさんに伝えてませんでした。
今言うのもなんですし、迷宮内で休息をとるときにでも話すとしましょうかね。
ゲキャ、ゲキャキャキャ……。
通路の先から、甲高い声と足音が聞こえます。どうやらさっそく、魔物のお出迎えみたいです。
「光よ……」
クレアさんが魔法を唱えると、通路が明るく照らし出されます。
奥からやってきたのはゴブリン。緑色の肌をした小鬼で、背は小柄な私と同じくらい。腰巻を身につけ、古びたショートソードやナイフで武装しています。
五体いますが、大した敵ではありません。鈍器スキル【千本釘】を使えば全滅させられるでしょう。
しかし、私がハンマーを構えるより早く、スラッドさんが「よっ」と手にした槍を投擲します。
槍はゴブリンには命中せず、ガスン、と勢いよく地面に突き刺さりました。
もしかして外したのかな……と思っていたら、槍が穿った穴から炎が吹き上がり、一気にゴブリン達を包みます!
「七本槍のひとつ【万年炎槍ヘルファイア】。敵を焼き尽くす無慈悲の業火は、全てを灰燼に帰すまで消えることは――ない」
ゴブリンの悲鳴を背景に、例によってスラッドさんがカッコつけます!
いや、茶化しているように聞こえるかもしれませんが、スラッドさんのキメ顔、本当にカッコいいんですよ。
冒険譚のなかでも使われる頻度が高い【万年炎槍ヘルファイア】。
生で使うところが見られて、正直感激です!
でも……。
「【ヘルファイア】って、握って使うんじゃないんですか……?」
冒険譚では炎を纏った槍を華麗に振り回す姿が描かれているのに、このあいだの自動追尾槍といい、まだちゃんと槍を握っているスラッドさんを見ていない気が……。
「おいおいハンナちん、考えが古いなー。槍は投げてナンボ、これが【魔の大地】における最新トレンドなんだぜ?」
「そ、そうなんですか!?」
「騙されたらダメだぞー。こんなふざけたスタイル、スラッド以外やってないから」
付き合いの長いウォードさんが嘆息します。
や、やっぱりそうですよね! あんまり真顔で言うものだから信じてしまいそうでしたよ!
「ちぇっ。俺っちからしたら、なんでみんな投げないのか不思議だよ。投げたほうが絶対強いのにさあ」
不満げにぶーたれるスラッドさん。
槍をたくさん背負っているのは、臨機応変に使いわける目的以外に、投げたあとに武器なしで戦わなければいけないリスクを減らす、という狙いがあるんでしょうね。
言わば槍投げスタイル。私も試しに鈍器を投げてみましょうか……。
鈍器スキル【ハンマー投げ】!
うん、響きだけなら行けるような気がします。
でも、スラッドさんみたいにたくさん武器を背負わなくちゃいけなくなったら、ただでさえ鈍くさい見た目がもっとひどいことになりますね。
槍だからカッコいいのであって【七本鈍器】とか、もう大工以外の何者でもありませんし……。
「――ワンッ!」
私を考え事から引き戻したのは、ガレちゃんの鳴き声。それが警戒を促すものであることはすぐわかりました。
「罠? それとも別の敵?」
私が訊ねると、ガレちゃんが鼻フンフンと動かして、壁を指し示します。
「んん……?」
目を凝らしてみると、その壁にはうっすらと顔らしき窪みがあるじゃないですか……。
「まさか……」
気づいてますよ、という意思を込めて鈍器で叩くと、ズズズズ、と壁がひとりでに動き出しました。
腕が生え、脚ができ――岩石の壁はついに立派な人型の魔物と化します。
「ゴーレム……! こんな魔物が低層に出てくるんですか!」
しかし、さすがガレちゃん。気づかずに進んでたら不意打ちを食らうところでしたよ。
「ハンナさん、気をつけてください! そいつはかなり強いですよ!」
ありがたいことにスニフさんが私を心配してくれてます。
が、私にとってはちっちゃくすばしっこいのより、こういうデカい敵のほうが与しやすいんですよね。
「鈍器スキル【ぶちかまし】!」
鈍ガーーーン!!
問答無用で、ゴーレムに鈍器を叩きつけます。
岩石の頭は一発で粉々に砕け散り、首なしになった身体はドスンと地面に崩れ落ちました。
「す、すげえな……。あのサイズのゴーレムを一撃かよ……」
「あの……、彼女とスラッドさんがいれば、後方援護なんていらなくないですか?」
「それを言ったら回復魔法も、なんですが……」
私の戦いを初めて見た三人が、驚きの声をあげます。
「いやあ、ガルちゃんが敵を見抜いて教えてくれたからです。じゃなきゃ私、全然ゴーレムに気づいてなかったですから」
今のは完全に彼女の手柄です。さっそく連れてきてよかったと思わせてくれました!
「おー、ワンコちん偉いぞ。さすがは【鈍器姫】の愛犬。ご主人様が鈍い分、敏感じゃなきゃいけないもんなぁ」
「そうそう、なんせドンケツハンナですからね……って、地味に私をディスるのやめてもらえません!?」
「ワンワンッ」
「ガルちゃんも、スラッドさんを肯定するような鳴き方しない!」
どっと迷宮内に笑いが響き渡ります。くっ、この即席パーティのなかでも私はいじられポジションですか、そうですか……!
でも、場の雰囲気が少し柔らかくなったように思います。皆の緊張をほぐすのに一役かえたのなら、それはそれでいじられ甲斐があるというものです。
気になることは、ただひとつ。
「……ケッ。【鈍器姫】か……。ルドレー橋でフェンリルを倒したってのも、本当だってワケだ……」
王女様だけは相変わらず、私に明らかな敵意を向けてくるのでした……。
どんきです。やっぱりダンジョンに入ると冒険っぽさが一気に出てきますね!
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