61話 セシルへの罰を執行します。
「あはっ。ハンナもスラッドさんもキビシーなあ。アタシの友達をあんまり泣かせないでほしいんですケドー」
同級生達が出て行き、セシルが立ち直れずにいるなか、ローゼリアだけが元気です。
「なに笑ってるんですか。あなただって、今出て行った子達と似たようなものでしょう?」
「え、アタシ? アタシは自分にプライド持ってるし、セシルのことだって助けてるもん。学園でハンナをバカにしてたのだって、別に下に見て自尊心がどうとかっていうより、単純に楽しかったからだし☆」
「いや、それ一番タチ悪いんですけど……」
なんで彼女はこんなに堂々できるんでしょうね。セシルが負けたのにむしろ喜んでいるようにさえ見えるんですが。
彼女がなにを考えているのかは、本当によくわかりません。
「それで結局、難度Aクエストには連れて行ってもらえるんですか? スラッドさんに倍以上の差をつけられてなければ、って条件つきでしたよね」
クエストの内容は王女の護衛。そんな責任の重い仕事だと知ってしまった後なので、勝負が始まる前のような無邪気な気持ちではいられません。でも、特例ランクアップを受けるための近道であるのは間違いないです。
「ん、ああ。そういう条件になってたんだっけ?」
……忘れてたんでしょうか。
私とセシルに条件つけておきながら、三日間ここで飲んだくれてただけなんてことは……。
いやいや、まがりなりにも特A冒険者ですよ? 自分の仕事を放棄しているわけない、ですよね?
「……で、スラッドさんは何枚カードを集めたんです?」
「俺っちか? うーん、わからん!」
「わからん、とは? 数えてないなら、今持ってるカードを広げてみせてくださいよ」
すると、お酒のグラスを片付けに来たマーチさんが、スラッドさんを横目でじろっとにらみます。
「わからん、じゃなくて、一枚も集めてないんでしょ? スラッドさん、この三日間ずうっとここで飲んでたじゃないですか」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくれる? 俺っちは俺っちでちゃーんと働いてたんだよ?」
「へぇー……」
「ハンナちんまで。そんな疑いの眼差しで見ちゃイヤッ!」
腕を抱き、身体をくねらせるスラッドさん。それ、顎髭のおじさんがやるとだいぶ気持ち悪いです。
「いやいやいや、だってカードも手元にないんじゃ、信じようにも、ねえ……?」
「ああ、それなら大丈夫。もうすぐ届くから」
「へ?」
おどけていたスラッドさんの表情が一転し、真剣なものに変わりました。
バリィン! 直後に鳴り響く、ガラスの割れる音。
窓から飛び込んできた一本の槍。それは野次馬冒険者達の頭上を飛び越え、スラッドさんの高く伸ばした手の中に納まります。
黄金の槍先に突き刺さっているのは――カードの束です!
今さら私はハッさせられます。
初めに会った時は七本あったはずの背中の槍が、六本しかありません!
スラッドさんは自分自身が仕事をするのではなく、自分の槍に仕事をさせていたのです!
「俺っちが誇る七本槍のひとつ【自動追尾槍スティンガー】。指定した条件に見合う敵を攻撃し続ける最凶の追跡者。この槍から逃れる術は――ない」
槍を掴まえたポーズのまま、決め台詞を放つスラッドさん。
「カ、カッコいいです! ただの飲んだくれなおっさんなのでは……、なんて一瞬でも疑ってすいませんでした!」
「ふっ、わかってくれればいいのよ、わかってくれれば」
特Aランクはやっぱり凄いです!
これがレイニーの仲間、【七本槍】のスラッド・アークマンですよ!
並の冒険者じゃ、彼の槍一本分にすら及ばないんです!
くうう、冒険譚ファンとして、今日のこのシーンは記憶に焼き付けておかなければ!
「……スラッドさん」
ひとり盛り上がっていると、マーチさんがスラッドさんに後ろから声をかけます。
「なあに? マーチちんも俺っちのこと、見直しちゃったかな?」
振り返ったスラッドさんは、キメ顔をすぐにひきつらせました。マーチさんは表情こそニコニコしていますが、全身からゴゴゴゴ、と恐ろしいまでの殺気を放っています。
「凄いのはよくわかりましたが……、窓を壊す必要はありませんでしたよね?」
「はっはっは。カタいこと言わないでよ、マーチちん……。今のは窓を割ったほうがカッコいいかなと思っちゃったんだよね……。いや……、マジさーせんでした」
「いいんですよ? 弁償さえしてくれれば。あと、この三日間で飲まれた酒代もすごい金額になってますけど、それも払えるんですよね?」
「……難度Aクエストの報奨金から差し引いといてください」
「手数料もしっかりいただきますからね?」
それを聞き、ガクッとうなだれるスラッドさん。特A冒険者にすら反省を促せるマーチさんが、一番凄いのかもしれません……。
気を取り直して……、私はスラッドさんの槍に突き刺さっているカードを抜き、枚数を数えます。
「32枚ですね」
結果を伝えると、スラッドさんがぺしんと自分の額を叩きました。
「あちゃあー。ハンナちんと同数じゃない。いや、ダウト本体を入れたら負けちまってるかー。いやあ、倍の差がどうこう言ってたのが恥ずかしいね!」
いや、槍一本でこの枚数なら充分だと思います。というかこの槍、いつから飛ばしてたんでしょう。絶対勝負開始と同時ではないですよね。二日目から、とかだったりして……。
かなりハンデをもらってた感は否めないです。まあ、それでも条件クリアには変わりありません。
「んじゃ、これで本当に決着だね。ハンナちんを約束通り、難度Aのクエストに連れて行くとしよう!」
わああ、とギルド内に歓声が満ちました。
「よかったなー、ハンマー・ハンナ!」
「鈍器姫バンザイ! おかげで儲かったぜ!」
「新たなティアレット最強伝説の誕生だ!」
あまり気に入っていない異名まで広まってしまったのはどうかと思いますが、鈍器への偏見を多少なりとも払拭できたのだとしたら嬉しいです。
この勝負、受けてよかったです。お楽しみもまだ残っていますしね!
「さて……、じゃあ最後にやることやっちゃいましょうか」
そう声をかけると、セシルはふん、といつものように鼻を鳴らしました。
「ボクへの罰が残ってる、って言いたいんだろ」
「殊勝ですね、セシル。それがわかっていて、ちゃんとこの場に残ってるなんて」
てっきり負けがわかった途端に、うやむやにして逃げるかと思ってました。同級生が出ていったときとか、それができそうなタイミングもありましたしね。
「約束を破るなんてソルトラーク家の名に恥じる行為だ。ボクがそんなこと、するわけないさ」
「ソルトラーク家がそんなに立派だとは私には思えないですけど……、あなたにしては素晴らしい心がけなんじゃないですか?」
他人の立場に立てる思いやりの心が、その誇り高さの半分でもあったら、もうちょっと仲良くなれてるような気がします。
あと、なんだかんだ私が舐められているのもありますよね。
今回の罰、勝った方が負けた方になんでも命令できるんですよ? 普通だったら、もっとしおらしい態度をとるものじゃないですか?
『どうせハンナは大したことは命令してこないだろう』という思い込みが見え見えです。
でも甘い、甘すぎですよ。
だから彼女には最大限の辱めを、永久的に受けてもらうことにします!
「じゃ、セシル。とりあえず脱いでもらいましょうか」
「な……、ぬ、脱ぐ? ボクの聞き間違えかな?」
そんな不穏な言葉が出てくるとは思ってなかったのでしょう。セシルの顔にさっと怯えが走ったのを、私は見逃しませんでした。
「……ローゼリア、セシルが逃げないように後ろから押さえつけといてください」
「しょうがないなあ。わかったー」
ローゼリアはあっさり命令に従い、セシルを後ろから羽交い締めにします。
「ロ、ローゼ!?」
「ごめんね、セシル。でも、これもセシルが約束を守るためだから!」
ローゼリア、そんなこと言いながら完全に楽しんでますよ……。顔を見れば一目瞭然です。
「や、やだぁー!」
「ちょっと暴れないでくださいよ。怪我しても知りませんよ?」
じたばたするセシルをおさえつけ、鎧をはがしていきます。
やっぱり間近で見ると、セシルって完璧な容姿をしてますよね。
胸や腕、脚を覆う鎧を取り外しながら、ゴクリ、と思わず生唾を飲んでしまう私。恥じらう美少女剣士を少しずつ無防備にしていく――なんだか新しい趣味に目覚めてしまいそうです……。
「はい、できましたよー」
セシルがぎゅうーっ、といつまでも目を閉じたままなので、私はパン、と手を叩いて合図します。
「わあー。セシル、似合ってるじゃん☆」
「え……?」
どういうこと、と言いたげな声を漏らし、おっかなびっくり目を開けるセシル。
「こ、これは一体どういうつもりだ……!」
着替えは終了。彼女の身体はすでに新しい鎧に包まれています。
「なんなんだい、この鎧は……」
「あ、わかりませんか? あなたにはウチの広告塔になってもらうことにしたんですよ」
「こ、広告塔……?」
「鎧の胸元をよく見てください。ウチの店、エッグタルトのエンブレムが入ってるでしょ?」
「な、なんだって!?」
エッグタルトのエンブレムは、卵とハンマーを組み合わせたなかなかカッコいいデザインです。鎧に使われている色はセシルをイメージした銀と青、出来たてホヤホヤの完全特注品となっています。
「そして腰の剣も。ほらほら、抜いてみてください?」
そう言われてようやく、腰に提げた剣が見慣れぬものに変わっていることに気づいたようです。
セシルに抜かれ顕になった剣身は、ランタンの光を反射し七色の輝きを放ちます。鍔には繊細な鳥と蔦の意匠を施し、柄はホワイトバッファローの革を編んで握りやすくしてあります。
手抜き一切無し、我ながら素晴らしい出来の剣。
そして最大の特徴は、剣先と鍔のあいだ、鎬の部分にはデカデカと刻まれた『製造 ハンナ・ファルセット』の文字でしょう。
「ふ、ふん。こんなもの、プレゼントされたからってボクが使うとでも?」
つい先日までエッグタルトを『邪教徒の店』と罵っていたセシルです。どんなに見栄えと性能が良かろうと、通常の渡し方では絶対に使いはしないでしょう。
でも――だからこそ今回の罰が威力を発揮するのです。
「あたぼーです。だって【銀閃】セシル・ソルトラークは、これから一生、私の作った装備しか使えないんですから」
「まさか、ボクへの命令って……」
「そうです。あなたの武勇伝には、これから常に【ファルセットの剣】と【エッグタルトの鎧】が登場するんですよ! あなたが活躍すればするほど、鍛冶師ハンナ・ファルセットとエッグタルトの評判も高まるという仕組みです!」
「そ、そんな……!」
セシルの顔面はみるみるうちに生気を失っていきます。
「も、もっと別の罰にはならないのか? いくらなんでもヒドすぎる!」
「ヒドすぎる? 私に『鈍器を持つな』と命令しようとしていた人よりは、ずいぶん優しいと思いますが」
「うっ、そ、それは……」
こちらに一切譲る気がないことがわかり、言葉を詰まらせるセシル。
「そうだよなあ。エッグタルトの剣って性能抜群だし、むしろ得してねえ?」
「文句言える立場じゃないよね。もっとヒドいことを要求されてもおかしくなかったんだし」
「これは器の違いまで見えちまったなぁ。次、同じような勝負があったら【鈍器姫】に賭けよ」
「あ、俺もそうするー」
「くそっ。あんな罰なら俺も受けたいわ……」
ギルドにいる冒険者達も私の正当性を認めてくれます。というか、羨ましがっている人もいるくらいです。
「う、うう、ううううううう~……!」
セシルは目頭に涙を溜め、心底悔しそうです。そして、誰にも聞こえないくらいの小声でぼそり。
「ぐすっ。こんなのお父様にバレたら、ボク生きていけない……」
うわ、なんか幼い子どもみたいなこと言ってますよ。こんなキャラでしたっけ、と思ってたら、すかさずローゼリアが彼女に寄り添います。
「まあまあ、セシル。今回はダメだったけど、また今度、汚名を返上すればいいじゃない」
そのフォローを聞いて、セシルの瞳にほんの少し輝きが戻ります。
「そ、そうか。……そうだよね! 次勝てばこの剣と鎧だって突き返せるんだもんね!」
「うんうん。その意気だよ! アタシ、何度負けたってセシルを応援するからさ!」
よしよしとセシルの頭を撫でながら、ニチャア……、とローゼリアは薄気味悪い笑みを浮かべてます。
今回で完全に決着ついたと思ったんですけど、まさか、まだ勝負をする気なんでしょうか……。
ま、まあ、何度挑まれようが鈍器で叩き返してあげますけれどね!
どんきです。第4章終了です!
5章からは新キャラの王女が登場します、どうぞお楽しみに!




