47話 悪者に人の痛みを知らしめます。
【破壊と再生】。
まさに鈍器の力を体現したようなユニークスキルです。
『ドえらいカッコつけた名前つけたもんやなー』
『単純に【叩き出し】でええんちゃうか? この子の身体から悪いモンを叩き出したんやから』
神様がくそダサいネーミングを提案してきますが、無視です無視。
せっかくの私だけのスキルなんです。横から命名権をとられてなるもんですか。
「……にしても、まだまだ未熟ですね、私」
ガレちゃんの頭には獣の耳が、お尻からは尻尾が生えています。
どうやら完全にフェンリルの因子を叩き出すことはできなかったみたいです。
まあ、ガレちゃんのかわいさは少しも損なわれていないようなので、自分的には及第点ではありますが……。
「う……」
ガレちゃんがうっすらと目を開けます。目覚めた彼女の瞳に映るのは、私、そして心配して集まってきた大工さん達です。
「ガレちゃん、大丈夫か?」
「どうして、化け物のなかからガレちゃんが?」
大工さん達は状況がいまいち飲み込めてないみたいです。
「あ、あのですね、これは……」
しどろもどろになりながらも弁明しようとした私でしたが、胸に抱かれているガレちゃんは目を細め、彼らに告白します。
「みんな、騙していてごめんなさいっス……。橋を壊していた魔物は、その正体は、全部ガレちゃんだったんスよ……」
フェンリルに変化してしまっていたあいだの記憶も、多少は残っていたのでしょう。
ガレちゃんは生きて再び元の姿に戻ってしまったことを恥じ入るように、涙を流します。
「そ、そうだぞ! お前らが『癒される』とか言ってかわいがってたガレは、本当は橋を壊していた魔物だったんだよ! ざまあみろ間抜けどもが!」
ワイズがやけになってわめきたてます。自分は無関係という無理筋な主張を繰り広げる気はないようで、開き直りともとれる態度です。
「ガレは私同様、いやそれ以上の罰を受けることになるぞ。くくく、私を告発するなら、こいつも絶対に道連れにしてやるからなあ!」
いや、まだ往生際の悪い考えは残ってるみたいですね。万にひとつでも逃げ切れるチャンスがあるのなら、手段を選ばない。最後まで人として終わってる男です。
「ガレちゃん、みんなにひどいことしてたっス。だから……、どんな罰でも受けるっス」
力なくつぶやくガレちゃんに、ようやく状況がわかってきた大工さん達が声をかけます。
「そんなの……、そんなの責めるわけねーじゃねえか!」
「ワイズの野郎に無理やりやらされてただけなんだろ?」
「俺は魔物だろうとなんだろうと、ガレちゃんを家族みたいに思ってるぜ!」
「おお、ガレちゃんは俺達全員の、かわいい娘だ!」
くうう、大工さん達、いい人ばっかりじゃないですか!
この光景を見ても、鈍器を使う人が邪教徒だなんて言える人がいるでしょうか。もう、涙で前がかすんできましたよ……。
「み、みなさん……」
わあああん!
ガレちゃんが号泣します。けれどその涙は先ほどまでとは違い、悲しさや後悔によるものではありません。
そう、ガレちゃんにはワイズなんかよりもよっぽど誇れる、心で繋がった家族がいたのです。
「……いいかお前ら、ガレちゃんはここで死んだってことにする!」
親分さんがみんなを見回しながら力強い声で宣言します。
「バラバラになったとはいえ、魔物の死体は残ってるんだ。ガレちゃんが生きてるって主張するのがこのクソ野郎だけなら、役人だって信じたりはしねえ!」
おお、と私は拍手したくなりました。それは素晴らしいアイデアです。
けれどワイズはなんとかして罪から逃れたいようで、なおもみじめったらしく食い下がります。
「そ、そんなの通用するはずがないだろ! おい、そこのダークエルフ!」
「え、アタシ?」
気を失ったままのセシルを介抱するローゼリアに対し、ワイズは続けます。
「お前はバゼル殿のところの卒業生だったな! もしこいつらが私を告発したら、お前はこちら側に立って証言してくれるよな!」
そうでした。彼女がいたんでした!
ガレちゃんともほとんど面識のない彼女が口裏を合わせてくれるとは思えません。
ところが――です。
「……うーん、わかんないなあ、ダークエルフって意外と夜目がきかないんだよねー」
ローゼリアは見事と言いたくなるほど盛大にすっとぼけました。
「な……! 闇に生きるダークエルフが、夜目がきかない? そんなわけないだろう! 貴様のやっていることは、貴族である私、ひいては我が同胞であるバゼル殿への反逆だぞ!」
「ヤダヤダ、しつこーい。闇に生きるトカ、ちょー偏見だし。アタシ、セシルの世話しなきゃいけないから、もう話かけないでくれる?」
なに考えてるんですかね、ローゼリア。彼女からしたら、アタシが魔物を庇おうとしたって理事長に告げ口したほうが、お得な気がするんですけど。
もしかして、私に恩を売ろうとしているんでしょうか。うーん、後になって面倒くさいことを言い出さなければいいんですが……。
「ありえないありえないありえない。お前ら全員、バゼル殿に頼んで人生終わらせてやるからな……、覚悟しろ!」
「はあ、見苦しい……。覚悟するのはあなたのほうなんですよ」
まあ、ローゼリアのことはとりあえず置いておくとしましょう。
私は大工さん達にガレちゃんを預けると、改めてハンマーを握りしめます。
「な、なにをするつもりだ! まさかとは思うが、無抵抗の人間を殴ったりはしないよな?」
「もちろんです。でもあなた、さっきから無抵抗でもなけれは、元から人間ですらない、いわゆる『人でなし』じゃないですか。だから、ぶん殴っても、誰も文句言わないと思うんです。ね、みなさん?」
呼びかけた大工さん達は、みな一様に頷いてくれます。それも深く深く。
私のハンマーがセシルの技を破り、狼を爆散させたのを目の当たりにしているワイズは、尻餅をついて震えています。
「や、やめろ! お前みたいな馬鹿力で殴られたら、間違いなく死んでしまう!」
「安心してください。死ぬほど手加減してあげますよ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。……あくまで一発一発は、ですけどね」
「ひ、ひぎィー!!」
鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ッ!
ズ鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ッ!
鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ッ!
高速でハンマーを叩きつけられ、ワイズはボロ雑巾になって後方へと吹っ飛びます。
「ぎゃ、へっ!」
そして大木に背中をぶつけ、白目をむいて気絶してしまいました。
「……あなたに虐げられていた人達の心の痛み、鈍器の痛みで知りなさい」
大工さん達がわっと歓声を上げます。
ルドレー橋の再建、そして橋を壊し続けていた魔物の退治は、こうして終わりを迎えたのでした。




