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29話 上々のすべり出しじゃないですか?

「さあさあ、新装開店記念に、お店で売っている薬も無料でお試しできちゃいますよ?」


 私は言いながら、蓋をとった小瓶をお客に配っていきます。


 武器が売れたって、この店が立て直せたとは言えません。あくまでミラさんの薬が売れないと。


 そのためには、一度試してもらうのが一番です。効き目の体感に優る説得なんて、ありはしないのですから。


「へえー、買う前に試せるなんて、気が利いてるぜ」


 くくく、薬の効き目に驚くがいいです。


「ハンナ、悪い顔になってる」

「そうですか? ちょっとニヤけてるだけですけど」


 冒険者達が小瓶に口をつけようとした――そのときでした。


「待ちなさい!」


 大声とともに店へ入ってきたのは、昨日ミラさんにクレームをつけていたおばさんでした。


 ガラの悪い、脅し役の男も一緒です。


「あなた達、騙されちゃダメよ。あの子の作る薬は全部不良品なんだから!」


「そうですぜ。見てくだせえ、奥様の肌を。この店の薬を飲んだせいでこんなにガビガビになっちまったんだ」


「ガビガビとはなによ! 失礼ね!」


「あ、すんません。でもね、この店はヤバいって伝えるには一番でしょう? いいですかみなさん、薬師ミラは客を実験台としか思ってない、性根の腐った女なんですよ」


 なんてこと言うんでしょう。せっかく店が新しくなってミラさんの表情も明るくなっていたのに。


「マジかよ。こ、これもヤバい薬なのか?」


「なるほど。質のいい武器をエサにして、俺達に怪しい薬を試させようって魂胆だったわけか……!」


 ああ、ミラさんがしゅん、とうつむいてしまいました。


 みんな好き勝手なこと言い過ぎです。どんどんムカムカしてきました。けれど、私が言い返したって、物事は解決しません。


「ほら、ミラさん」


 ぽん、と肩を叩くと、ミラさんは私の言ったことを思い出してくれたみたいです。


 伝える努力。彼女自身がそれをしなければ、誤解は誤解のまま。


 変わる必要があるのは店の外観だけではありません。ミラさんの内側も変わらなければならないのです。


 おずおずとではありますが、ミラさんはクレーマーおばさんの前に立ちました。


「な、なによ。私の言ってることは本当でしょう?」


「……そう。おばさんの肌がそうなったのはミラのせい」


「やっと認めたわね! だったら責任をとってちょうだい!」


「でも……、それは途中。このあと、その肌は新しくなって、すごくツヤツヤになる」

「えっ?」

「もし一週間して綺麗にならなかったら、賠償する。……だから、信じて」


 手を握り、瞳をのぞきこんでくるミラさんに、おばさんはたじろぎました。


 ええ、わかりますその気持ち。ミラさん、絶世の美女ですからね。そんな彼女に潤んだ瞳で見つめられて、平静でいられるわけがないんですよ。


「ま、まあそこまで言うんなら? あと一週間くらい様子を見てあげてもいいけど……」

「奥様! なに言ってるんですか!」


 おばさんの態度変容に一番驚いたのは、脅し役の男です。


「だってそうでしょ? 店にこれだけお客が来るようになったなら、前と違ってちゃんとお金は用意できそうだし。大体、私は別にお金に困っているわけじゃないから。見せてほしかったのは誠意なのよね」


「それじゃ困るんですよ! ここにはウチの店を新しく建てる予定だったのに!」


「それこそ、私には関係ないわ。それに今この店を潰して、一週間後にツヤツヤになってご覧なさい。もうその薬が手に入らなくなっちゃうのよ? そっちのほうが困るでしょ」


 自己中心的な物の考え方までは変わっていませんが、おばさんはとりあえずミラさんを信じる気になってくれたみたいです。


「じゃあ、また一週間後に」


 そう言ってお店を出ていくおばさんを、悔しげに男が追いかけます。


「クソッ。こんないい土地、なかなか手に入らないっていうのによ……!」


 どうやら男は脅し役ではなく、おばさんを利用していた黒幕だったようです。


 ふふん、いい気味ですよ。ミラさんの薬は絶対効きます。一週間後、おばさんが嬉々として店にやってくるのが目に浮かぶようです。


 状況の変化についていけてないのは冒険者のみなさんです。


 小瓶を持ったまま立ち尽くしている彼らに、ミラさんが向き直って言います。


「みんなに配ったのは、疲れにくくなる薬。三日間くらい効果があるから、冒険に役立つはず。……信じて」


 またしても出ました。ミラさん会心の「信じて」攻撃。上目遣いオプションつき。


 敵意むき出しだったおばちゃんにすら効いたんです。男達に効かないはずがありませんでした。その場にいた全員が、ミラさんに落ちていく音が聞こえるようです。


「お、俺は飲むぜ。こんな綺麗な子に信じてって言われたんだ。これで死んでも本望だぜ!」

「そのとおりだ。これで飲まなきゃ、冒険者として、いや漢として終わっている!」


 みんな一気に薬を飲み干して、ふーっと息をつきます。


「ん? うおおおお、なんじゃこりゃあ!」

「疲れが完全に吹っ飛んだ! 頭もキンッキンに冴えてやがる!」

「全身の筋肉にエネルギーが行き渡って……、うおおお力こそパワー!」


 そのあとは大変でした。


 みんなひっきりなしに武器と薬を買っていき、お店の棚は空きだらけになってしまいます。


 やや客の流れが落ち着いたところで、ふと店の外を見ると、中に入るのをためらっている一団がいることに気づきました。


 よく見れば、それは冒険者試験の時にも私を馬鹿にしていた同級生達。私が魔石をローゼリアから奪ったのだと主張していた連中です。


「お前ら、どうしたんだよ。買い物していかないのか?」


 事情を知らない先輩の冒険者が、彼らに言います。


「ここで武器と防具を揃えないのは損だぜ? この品質のものは、他の店に行ったら倍はするぞ」


「何言ってるんだよ。買うなら薬だろ薬。こんな上質なの、王都でも手に入らねえよ」


「いや、でも……」


 店の前で立ち止まられていても迷惑です。仕方がないので、私から声をかけることにしました。


「どうしたんですか、みなさん。お客様は神様です。お金さえ払えば、誰にでも売ってあげますよ?」


 私の言葉が上からに聞こえたのでしょうか。見下していた相手から歩み寄られたのが不快だったのでしょうか。


「だ、誰かドンケツハンナの店なんかに金をおとすかよ!」

「そ、そうよ。どうせ武器や防具だって、すぐに壊れる不良品に決まってるわ!」

「薬だってあとでどんな悪影響が出るかわかんないし!」


 彼らは口々に言って、悔しそうに店を立ち去っていきました。


 まったく、営業妨害もいいとこです。私がどんどん認められていってるのが、気にくわない感じですかね……。


 ま、私も別に無理してまで仲よくしたいとは思ってないので、構いません。


 今度店に来たときは土下座して謝らなきゃ、入れてあげませんから!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 薬ガンガン飲むのでミラちゃんの上目遣いオプションして欲しいです!(鈍ッ!)
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