20話 怪しげな薬師ってマジですか?
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<クエスト内容>
依頼主 :ミラ・カーライト
依頼内容:トルフキノコの採集。
素人にキノコは見分けられないから、ミラも同行する。
当然護衛は仕事のうち。
報酬 :300ペル
ランク :E
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キノコの収集?
……なんだかパッとしない依頼です。報酬も高くないですし、ランクもE。
おまけに、なんか依頼内容の書き方が丁寧じゃないっていうか、ぶっきらぼう。依頼主のとっつきにくそうな性格がうかがい知れます。
しかし、熊さんの口にした【封魔の壺】というワードが、どうにも気になりました。
【浅闇の洞窟】にロックドラゴンが現れた時、古びた壺が転がっていたのを思い出したからです。普段は喋らない熊さん達が、その壺に反応していたことも。
【封魔の壺】――あのときも確かに熊さん達は壺をそう呼んでいました。もしかしなくても、私が倒したロックドラゴンはあの壺の中に封印されていたのだと思われます。
だとすると、その気配を感じるという依頼を、放っておくわけにはいきません。
「これに決めました」
掲示板から依頼の貼り紙をはがすと、マーチさんのところへ持っていきました。
「へえ……。難度Eだし、最初に受ける依頼としてはいいんじゃない? ただまあ、依頼主には気をつけたほうがいいかもしれないけど……」
「え? なんでですか?」
「その子、薬師なんだけどね……。客に得体の知れない薬を渡すって悪名が立ってるのよ」
「え、得体の知れない薬?」
薬師は花や草、キノコなんかを混ぜ合わせ、傷や病気に効く薬を作り出す職業。
なにをするにも危険が伴う冒険者にとっては、切っても切れない存在です。
「試作品の薬を試したいからって、客を実験台にしてる変人……らしいわよ」
「ええええええ!?」
なんですかその頭おかしい薬師は! 変人ってレベルじゃなくないですか?
急に会うのが怖くなってきました!
「や、やっぱりやめ――」
別の依頼にしようとした瞬間、マーチさんに両肩をがっちり掴まれました。
「みんなが受けたくない依頼を、率先して受ける! さすがハンナちゃん、やる気あるわあー。特例ランクアップも夢じゃないかもね!」
誰もやろうとしない依頼を押しつけるつもりなのが見え見えです。でも、どれだけ見え見えだろうが、特例ランクアップの話を持ち出されたら断れません。
「は、はは……。あたぼーですよ……」
こ、こうなったらやけくそです。
得体の知れない薬師? 上等です。
鬼が出るか蛇が出るか、どっちが来ようともばしっとクリアしてやろうじゃないですか。
「ねーねー、ハンナ」
気を奮い立たせてギルドを出ようとすると、後ろから声をかけられます。言うまでもなくローゼリアです。
「アタシを連れてかない? 今日はセシル、クエストを受けないみたいだから暇なんだよねー」
「なに遊びに行くようなノリで言ってるんですか。パーティ組んでるわけでもないのに」
「そうなんだケド。一緒にやったほうが仕事も早く終わって、Bランクにも近づけるんじゃないカナって。ほら、アタシがいれば、変な薬を飲まされそうになっても鑑定魔法で見抜けるしさあ」
「ふうむ、確かに……なんて思うとでも? 絶対嫌ですよ」
「えー、遠慮しなくていいんだよ? アタシ達、親友なんだからさぁー」
彼女の中では、これまでのイジメはなかったことになっているんでしょうか……。
「親友どころか、友人ですらないですし。私、あなたに馬鹿にされてたときのこと、全然許してないですから」
「そ、そっか……」
ダークエルフの長い耳が、ぺろんと垂れ下がりました。
そんなあからさまにしゅんとしないでください!
なんだか私が悪いことしてるみたいじゃないですか!
*
そのお店は、ティアレットの中心とも言える【マグダラ商店街】の中に建っていました。
「ここが、依頼主の……?」
カーラント薬剤店。
そう看板のかかったお店は、あまりにもボロでした。木造なのですが、屋根には穴があき、扉はガタガタ、全体的に傾いているようにも見えます。
ここは本当に営業しているのでしょうか……?
今にも崩れ落ちそうで、こんなところにお客さんが入ってくるとはとても思えないのですが……。
「お、お邪魔しまーす……」
軒をくぐってみると、意外や意外。お店には何人ものお客さんが入っています。なんだ、もしかして隠れた名店みたいな感じですかね?
「ミラさんよぉ。この落とし前、どうつけてくれるんだ?」
「そうよ! あなたからもらった薬のせいで、お肌がこんな風になっちゃったじゃないの!」
……うん。お客じゃないっぽいです。なんか怖そうな黒ずくめのお兄さんと、ヒステリックなおばちゃんが、店の奥にいる薬師に文句つけてますね。
「……綺麗になりたいって言うから、ミラは薬を出しただけ。文句を言われる筋合い、ない」
「な、なんですって!? これのどこが綺麗だって言うの!?」
おばちゃんの肌はカッサカサにひび割れちゃってます。
確かに、薬でああなったんだとしたら大変マズい状況と言わざるを得ません。
なのに薬師の女性は無表情に、淡々と告げます。
「前よりはまし」
「な、なんですってぇー!?」
カンカンに怒り出したおばちゃんは、誰がどう見ても美とはかけ離れた存在です。
一方、私の目は薬師、そして依頼主でもあるミラ・カーラントに引きつけられます。
この人、めっちゃくちゃ美人です。
年齢は私よりひとつかふたつ上といったところだと思いますが、体型は比べものにならないくらい大人びています。
もっと端的に言うと、お、おっぱいがデカい、です……! それはもう、うらやましくなるくらいに……!
アッシュブラウンの長い髪が右目を覆い隠していますが、露出している片側だけで、彼女の顔がいかに整っているかは計り知れます。
猫っぽさを感じさせる、丸みを帯びたつり目。長い睫毛。くっきりとした鼻梁。
ただ――残念ながら、彼女には表情というものがまったくありませんでした。
怒られている最中だというのに、眉をぴくりとも動かさず、時折行われる瞬きも非常に規則的で、瞳も遠くを見つめてるみたいに焦点が合っていません。
神秘的な美しさ、と言えば響きがいいのかも知れませんが、本当に、人形みたいに感情が見えないのです。




