106話 メンヘラチックな古代樹です。
翌朝。
宴の開かれていた広場に、私、ローゼリア、グレミール君の三人が揃います。
マリアンちゃんはいったん王都へ転移し、エリオン王子と今後の対応について協議するとのこと。
彼女が転移魔法で迎えに来るのは明日の朝。それまでに私達は飛空艇建造に必要なだけの古代樹を伐採しておかなければなりません。
「それでローゼリアさん。古代樹はどこにあるんです?」
グレミール君は爛々と目を輝かせて訊ねます。彼は師匠のアバティンともども、イクスモイラが復活する前から古代樹にはご執心だったみたいですからね。
まあ、あんな巨大なものを空に浮かべられるほどの力を秘めているんです。魔術師なら研究したり、魔法の道具に使ったりしたくなるのは当然なのでしょう。
「古代樹って、伝説では山みたいに大きいと記されてますよね。そんな木、どこにも生えてなさそうなんですが」
グレミール君の言うとおり。ハイエルフの森を構成している木々は、どれも樹齢百年は超えていそうな、立派なものばかり。けれども、特別に背の高い木はありませんし、どれも同じようにしか見えません。
「グレミールって言ったっけ? どうせもう、森のなかを何度も探したんでしょ? で、見つけられたらアタシ達の許可なしに伐って帰るつもりだった。アタリ?」
「ま、まさかあ。所有者の了解を得ずにそんなことするはずないじゃないですか」
「そう? なんかアタシとキミは似てる気がするんだけどなあ。欲しいものを得るためには手段を選ばないカンジ?」
「うーん。どうでしょうね。ボクは小心者ですから」
「ふーん。……ま、いいケド。古代樹はエルフ達が長年守り抜いてきた宝物だからね。そう簡単に見つかっちゃうような場所に生えてたらダメでしょ」
ローゼリアはそう言うと、森の奥へと歩き出しました。そんな彼女を見送るエルフ達の瞳は、どこか不安げです。
「森長さま、お気をつけください」
「これまでにも古代樹を伐ろうとして帰らなかった者はたくさんおりますので……」
……んん? なんだか不穏な内容が聞こえましたよ? もしかして今から行くところって、結構危険な場所?
「ダイジョーブダイジョーブ☆ ここにいるハンナは、鈍器レベルが一億もあるんだから! アタシが戦うまでもないってね☆」
「あのお、待ってください。もしかして私達、これから戦いに行くんですか?」
「ん? そりゃそうだよ。古代樹には意思があるんだから。ハンナだって、誰かが自分の指を切ろうとしてきたら抵抗するでしょ?」
「はぁあああああ!?」
「いやいや、大したことないって。そうは言っても、相手は木だもん? 邪神でもドラゴンでもないんだから楽勝楽勝」
……そんな言葉でごまかされる人がいたとしたらアホですよ。だって伝説の通りなら、古代樹は超巨大なんですから。
「お、あったあった」
そう言ってローゼリアが指さしたのは、なんの変哲もないただの木。
「え、これが?」
まわりの木と同様に幹は太く、樹齢は相当いってそうですが、ついている葉は弱々しく、疲れた老木といった雰囲気。木を隠すなら森の中、という言葉にふさわしい佇まいなのでした。
「……これが、古代樹ですか?」
ちょっとしたガッカリ感を抱きながらも訊ねると、ローゼリアはけらけらと笑います。
「違う違う。これは入り口」
「入り口?」
「そ。この森の裏に通じている、ね」
ローゼリアが老木に優しく触れると、幹の中心にズヌリ、と大きな穴――うろができました。そしてそのうろは、奥にあたかも空間があるかのように、ヒュウウ、とまわりの空気を吸い込んでいます。
「さ、ここに入って」
「ええ?」
入ると言われても、うろは小柄な私でさえ突っかかってしまいそうな大きさです。でも、ローゼリアがうろに手を差し出すと、なんと彼女の身体はにゅるりと歪み、穴に吸い込まれたではありませんか。
「なるほど。どうやらこの穴は異空間に通じてるみたいですね」
グレミール君が感嘆します。
「古代樹を隠すための、ハイエルフの知恵というわけですか」
彼は大して躊躇もせずにうろへ近づき、吸い込まれます。さすがは偉大なる実験者として知られるアバティンの弟子。恐怖や警戒心よりも好奇心のほうがはるかに勝っているみたいです。
森の裏……。進んだ先になにが待ち構えているのかはわかりませんが、ここまで来て引き返すわけにもいきません。私はゴクリとつばを飲み込むと、うろのなかに近づきました。
すると、ギュルンとうずまきみたいに目の前が歪みます。うええ、気持ちの悪い感覚にじっと堪えていると、やがて視界は落ち着き、そこはいつのまにか見知らぬ場所となってます。
「うわぁ……!」
思わず感動の声が漏れました。広がっていたのはエメラルド色の空。宙を舞う銀の蝶。地面に生い茂る豊かな苔。穏やかに流れる透明な川。
そして、そんな世界に堂々と鎮座する、一本の巨木。
「キレイなトコでしょ? ここはハイエルフの森の裏側。妖精界から切り分けられた神聖なる土地【フォレスティア】。で、言うまでもないケド、アレが古代樹ね」
その大きさといったら、伝説のとおり、もはや木というカテゴリーにくくるのはどうかと思うほどでした。山ですよ、山。だって、幹は街ひとつ飲み込めるくらいの太さで、そこから生えている枝一本一本が、ハイエルフの森に生えていた木々よりも太いのです。
「どう? 枝の一本や二本使ったって、どうってことない規模感でしょ? ケチるのもくだらないっていうかさあ」
「確かに。これなら遠慮なく持ってけそうです」
飛空挺を作る分だけ伐ったら、古代樹が失われてしまう、なんてことになったら、罪悪感すごかったと思います。
なんせ何千、何万年も前から守られてきたものなんですから。
でもそういう心配はしなくて済みそう。むしろ心配なのはさっき言われた、古代樹自身の抵抗ですね。
【マッドツリー】という、木のモンスターについて聞いたことがあります。森に生息する、木に擬態した魔物で、冒険者が近づくといきなり枝や根を動かして襲ってくるのです。もしこの古代樹も、同じような生態なのだとしたら、結構厄介ですよね。
なんせ、サイズが全然違うんですから……。
まずはこちらの戦力把握です。ローゼリアのことは大体わかってますから、あとは――
「グレミール君って、結構戦える人ですか?」
特A冒険者のアバティンほどではないにしろ、その弟子であれば相当強いのでは? そんな期待を込めて訊いたのですが、グレミール君はかわいい顔でにっこり笑い、首を横に振ります。
「この大きさの敵を相手に? そんなの【鈍器姫】にしか無理ですよ」
そう言うと、グレミール君は小さく呪文を呟きました。すると、彼のそばに転がっていた大きな岩がフッ、と跡形もなく消えました。
「おおー。今のって空間魔法ですか?」
「ええ。物質を異次元空間に収納し、あとから自由に取り出せる魔法【魔導庫】です。ハンナさんが木を砕いてくれれば、僕がきちんと回収しますよ」
なるほど。戦いに参加してもらえないのは残念ですけど、これはこれでめちゃくちゃ楽させてもらえそうです。古代樹と戦いながら木材をどう運ぶかは大きな課題でしたからね。
「僕はサポートに徹しますので、どうぞやっちゃってください」
「へー、すごいね☆ じゃあアタシは応援に徹するんで、どうぞやっちゃてください」
「おい」
私がツッコむと、ローゼリアは大げさにてへっと自分の頭を叩きました。
「ウソウソ。アタシも手伝うってば。といっても、あんまりアテにはしないでね。ハンナと違ってアタシ、か弱い乙女だし☆」
ウザッ! でも構っていると余計調子に乗らせそうなので無視します。
「で、木材はどのくらい集めればいいんですか?」
「そうですね。余裕を持っておきたいので、枝を百本くらいというところでしょうか」
「百本ですか……」
枝、と聞くと簡単に思えますけど、古代樹の枝は一本一本が大木サイズですからね。なかなかに骨が折れる作業になりそうです。
けれど、弱音を吐いていたってしょうがありません。
「躊躇っていても始まりませんしね。さっそくいきますか」
二人が頷いたので、私は意を決し、大きくジャンプしました。
「鈍器スキル【幹砕き】!」
すぐそばまで伸びていた古代樹の枝めがけ、ハンマーを振り下ろします。
【幹砕き】。響きは荒々しいですが、実際には木になるべく負荷をかけず、最低限の力で砕くことができるスキルです。
バキィッ! 枝が古代樹から切り離され、地面に落下しました。
ここまでは抵抗なし。さあ……、どうでます?
私の予想は、他の枝が伸びて襲ってくる、です!
それならそれで、襲ってきた枝を次から次へと伐採していけばいい。そう思っていました。
けれど――
ザアアアアアアアア……。
突然、突風が吹いたわけでもないのに、古代樹全体が大きく揺れました。
葉が周囲へ大量に撒き散らされ――それは一つどころに集まっていくのです。
空中に生み出されたのは、巨大なエルフの姿でした。といっても、胸から上だけですけどね。葉っぱが揺れ動き、エルフの悲しげな表情を作り出します。
「あ、あのう……。すみません。話って通じます? だとしたら、いきなり攻撃したことをお詫びしたい気持ちはあるのですが……」
そう声をかけてみたものの、エルフの胸像には謝罪は通じないみたいです。次第に泣きそうだった顔は怒りへと変貌し、目尻がつり上がっていきます。
『死ね』
怨嗟の言葉とともに、胸像の口から吐き出されたのは光線。慌てて避けましたが、光が通り抜けた場所は黒焦げ。それだけで恐ろしい熱量が込められていたことがわかります。
「う、うわあ……」
ヤバいです。今までいろんな敵と戦ってきましたが、これは素直に怖い。
こちらが相手を攻撃しているという罪悪感もあって、めちゃくちゃ戦いにくいんですけど……。
「古代樹さん、でいいんですかね? いったん落ち着きましょう。私はなにも、あなたを倒そうとしているわけじゃないんです。ほんの少し、あなたの一部をわけてもらいたいだけで――」
「【ダークカッター】」
私が説得しようとしているのに、ローゼリアは空気を読まず魔法を唱えます。彼女の手から放たれた黒い風は枝の一本をスパッと切断。
その行動により、古代樹さんはさらに怒り狂います!
「私が話してるの、聞いてました!?」
「いや、それ意味ないから☆ 古代樹には防衛本能はあっても、理性はないから。話すだけムダなんだよね」
「それにしたって、今の間はひどい! なんだか私が古代樹さんをだまそうとしたみたいじゃないですか!」
「ゴメンゴメン」
全然悪びれてない様子のローゼリア。まあ、彼女の言うことが本当なら、罪悪感なんて抱くべきじゃないのかもしれませんけど。
「枝はアタシが伐ってあげるからさ。ハンナは古代樹本体の相手をしといてよ。役割分担」
「どう考えても私のほうが損な役ですよね!」
でもわかりましたよ。古代樹さんの恨みつらみは、全部引き受けてやろうじゃないですか!
面倒な女の相手なら、そこそこ慣れたものなんですからね!




