105話 これがダークエルフのやり口です。
「いいんじゃない? 古代樹の枝の一本や二本、伐らせてあげてもさ」
話を聞いたローゼリアは、たいしたことじゃないとばかりに言います。
「えっ、で、でも古代樹はこの森の守り神で――」
「はあ? 森長のアタシに逆らうの?」
その言葉を聞き、森長代理のピーファはピンと背筋を伸ばしました。
「滅相もありません! 森長さまのご意思は絶対!」
「うん。そだよね。そもそも森の守り神って、アタシのことでしょ?」
「そうでした!」
「みんなもそれでいいよねえ?」
「もちろんです! 全ては森長さまの言うとおりに!」
さっきまで渋られていたのはなんだったのか、と思いたくなるほどの豹変っぷりでした。
ぽかーんと口を大きく開けるしかない私とマリアンちゃん。一方、グレミール君だけは計算どおりとばかりにくすくす笑っています。
「じゃ、決まりね。アタシ、今日はもう疲れてるから、古代樹を伐るのは明日ってことで」
「かしこまりました、森長さま!」
「それでは宴の用意をいたします!」
「森長さまのお戻りを祝して!」
エルフ達は興奮の色を隠そうともしません。ローゼリアが帰ってきたのが嬉しくてたまらないみたいです。
「ハンナと王女さまもバッチリもてなしてね。ふたりともアタシの大切な友達なんだから」
「はっ! よろこんで!」
ローゼリア登場までは歓迎ムードなんて一切なかったのに、対応が一気に国賓レベルまで引き上げられます。
まず持ってこられたのは頑丈な蔦を編んで作った、座り心地のよい椅子。次に新鮮な葡萄のジュース。ついには足のマッサージまで始まりまってしまいました。
「いやー、森長さまと親交がおありなら、言っていただければよかったのに」
「そうですよ。エルフが悪い……じゃなかった。お人が悪い。森長さまがここを出てからの三年間を聞けるのが、今から楽しみです」
「えーっと、あはは……」
ローゼリアが森長だなんて知りませんでしたからね。それに親交……、もあるといえばありますが、関係性がいいとは言えないですし。
なんだかローゼリアのすごい武勇伝を求められている雰囲気があるんですが、私、彼女を助けたことはあっても、助けられたことはないんですよね。
学園時代のイジメの話とかも、エピソードとしては全くふさわしくなさそうです……。
そもそもなんでダークエルフがハイエルフの森を従えてるんですか? 説明がほしくてたまりませんが、ローゼリアのまわりにはエルフ達が我先にと群がっていて、とても近づける状況じゃありませんでした。
そうこうしているうちに夜が更けて、ドンチャン騒ぎになりました。
炎を囲んで披露される、弦楽器や太鼓、それに合わせた美しい舞踊。
ハイエルフって、もっとこう、穏やかで物静かなイメージがあったんですけど、酒を飲んで陽気になっている彼らは、パリピそのものです。
幸い、私のほうからローゼリアについて語る機会はあまり訪れず、逆に聞き役をさせられる羽目にはなりました。
エルフ達は代わる代わる私達のそばにやってきては、いかにローゼリアが森長にふさわしいか、どれだけこの森に貢献してきたかを語っていくのです。頼んでもないのに。
「森長さまは、森で起きた大火にいち早く気づき、木を切り倒すことで全焼を防いだのです!」
「森に突然現れた魔物をたったひとりで退治したんだ! そして掠われていた子供達を救出してくれた!」
「川の水が毒に冒されていることを発見したのも森長さまだった! 森長さまがいなかったら、みんな水を口にしていたに違いない!」
出るわ出るわ。ハイエルフの森におけるローゼリアの功績は、なかなかのものでした。しかし話を聞いていると、妙な違和感を覚えるのです。
ローゼリアはどうして、誰より早く火事に気づけたんでしょう?
子供達を掠っていた魔物を直接見た人が、誰もいないのはどうして?
川の水が毒に冒されているなんて、どうしてわかったんですか?
他にも、彼女が解決した事件はたくさんありました。どれもひとつ間違えば大惨事、という事件なのに、誰一人として犠牲者が出ていないのはなぜ?
――自作自演だからに決まってます。
昼の疲れもあってか、マリアンちゃんは早々に席を外し、グレミール君もお酒が飲める年齢ではないから、とさっさとどこかへいなくなってしまいました。
そのせいで、ひとりでひたすらローゼリアの話を聞かされる羽目になり、解放されたのはエルフ達がみんな泥酔し、なし崩し的に会がお開きになったあとでした。
「うう……、お酒飲んでないのに、ローゼリアの武勇伝だけで悪酔いしそうです……」
しばらく風に当たって休みたいと思い、私は川のそばに座り込みました。
空は雲ひとつなく、お月様がきれいです。今日が終われば、あと七日。イクスモイラが王都へ到達するまでに、こちらも飛空挺を造らねばならないのです。
やはり落ち着きません。心にはざわざわと、さざ波が立っています。マリアンちゃんの心痛やいかばかりか、と思ってしまいます。
「どう? 宴は楽しかった?」
後ろから声をかけてきたのは、もちろんローゼリアです。他のエルフ達の姿は、まわりにありません。どうやら人払いをして、こちらへ来たみたいです。
「説明してください。どうしてダークエルフのあなたが、ハイエルフの森長になろうなんて思ったんですか」
「なろうと思った? ヤダヤダ、勘違いしてなーい? アタシは別になろうとしたワケじゃなくて、みんながアタシを森長にしたんだよぉ?」
「てやんでーです。白々しいにもほどがあるんですよ。あなたのやり口に気づかないとでも思ってるんですか?」
私がすごむと、ローゼリアはやれやれと肩をすくめ、私の隣に腰を下ろしました。許可してないんですけど。
「ま、今さらハンナの前で取り繕ってもしょうがないか。そうだよ。アタシは森長になるためにがんばったの。もちろん、茨の道だったよ。そもそもアタシ、ここには人質として連れてこられたんだしねぇ」
「人質?」
「そ。このハイエルフの森と、アタシの生まれたダークエルフの森には長年の確執があってね。お互いに森長の子供を人質を交換し合うの。もし攻めてきたら、子供の命はない。弱味を握り合うことで、なんとか平穏を保ってきたってワケ。つまりアタシは、ダークエルフの森長の娘なんだよ? 意外といい血筋でしょう?」
むむ、なんだか思っていたより重たい話になってきました。
「人質として連れてこられた子供がどんな仕打ちを受けるかくらい、わかるよね。種族が違う。肌の色が違う。それだけのことで、アタシはひとりぼっちだった。どこにも逃げ場なんてなかった。親友なんて、ひとりもいなかった」
「それで、あなたはがんばったんですね。森に火を放ったり、いもしない魔物の噂を流したり、川の水に毒を混ぜてみたり」
「なんか言い方にトゲがあるなあ……。大体、森に火を放ったのはアタシじゃないからね?」
「え?」
「ヤダヤダ、ヒッドーい! 全部が全部、アタシがやったと思ったの? そんなワケないじゃーん! ま、他のは残らず自作自演だケドー!」
「やっぱり、ほとんどはそうなんじゃないですか! 謝ろうとして損しました!」
なんて人なんでしょう! 手段を選ばないとはこのことですよ!
「森に火を放ったのはね、当時まだ子供だったピーファ――森長代理をしてた子だよ。あの子が炎の魔法を練習していたときに、木々に燃え移ったのが原因。炎がどんどん燃え広がって、手をつけられなくなって、あの子は逃げ出したの。パニックになって、火事が起きたのを大人達に伝えることもせずにね」
子供の頃、ローゼリアは人気者のピーファにあこがれていたのでした。相手にされなくても、いつもこっそり、そばをついて回っていた。だから、ピーファが失敗し、逃げ出すところも陰で見ていたのです。
そして本来ピーファがすべきだった連絡を大人達にすることで、彼らに恩を売ることができたのでした。
「アタシはピーファの名前を出さなかった。だから火事の原因は不明ってことになった。そうするとね、あの子はアタシに気を遣ってくれるようになったの。今まで仲間外れにしたことを謝ってくれた。真相をバラされたくなかっただけかもしれないけど、アタシはそれが気持ちよくて仕方なかったんだ。ずっとあこがれてた相手が、アタシに上目遣いで接してくるんだよ?」
人質として連れてこられたハイエルフの森で、誰ともまともな関係を築けなかったローゼリア。
そんな彼女に初めてできた友達。
けれどそれは、聞けばとても歪なものでした。
弱味を握ることによる、上下関係の逆転。相手の罪を隠し、許すことで成り立つ友情。
そこからのローゼリアは止まりませんでした。
彼女が解決したとされる様々な事件。それらで得たものは、森での信頼だけではありません。彼女は巧みに、関係者の罪悪感につけこんでいったのです。
「子供を掠う魔物が出た事件ではさ、お母さんが育児放棄してたんだよね。だから魔物に掠われたのに、しばらく気づけなかった。でもアタシはお母さんとちゃんと口裏を合わせてあげたの。川の水が汚染されたときだって、毒物の管理をしてた人をかばってあげたよ? みんなアタシに泣いて感謝してくれたんだ。ホント、嬉しかったなあ……」
「なに言ってるんですか……。子供を掠ったのも、川に毒を流したのもあなたじゃないですか!」
「アハハ、そうだよね。でもさ、誰も傷ついてないと思わない?」
「はぁ?」
「だってさ、そのお母さんは子供が掠われたあとからは、ちゃんと子育てするようになったんだよ? 毒物の管理をしてた人だって、それからはしっかり防犯するようになったしさ。なにより孤独に殺されそうだったひとりのダークエルフの少女が、森長にまでなることができたんだから。めでたしめでたし!」
ずいぶんと都合のいい解釈もあったものです。彼女らしいといえばらしいですが。
「……今聞いたことを、私がエルフ達に話したら?」
「わかってないなあ、ハンナは。真実なんてものはどうでもいいんだよ? みんな、信じたいものを信じるんだから」
彼女の言うとおりなのでしょう。私が真実を告げたところで、きっと相手にはされません。それどころか森長を侮辱したと思われ、古代樹を伐らせてもらうという話がなくなってしまうかもしれないのです。
「可哀想な人ですね……。相手を屈服させるやり方でしか、愛され方を知らないなんて」
「そう思うなら、ハンナもアタシの親友になってよ☆ 本当の愛、教えて教えてー!」
「うう、皮肉も通じないんですか……」
セシルとの関係だけが特別なわけではなかったのです。
彼女は、誰かに愛されたいと思ったら、その相手を屈服させずにはいられない。弱味を握ることでしか愛されないと思っている。親友を作れないと勘違いしている。
「あなたが森を出た理由、なんとなくわかりますよ。結局、森長にまで上り詰めても、あなたは満たされなかったんでしょう? あたぼーですよね。あなたには本当の親友がひとりもいないんですから」
「なに言ってるの?」
ローゼリアは私の苦言を笑い飛ばしました。
「この森にいるエルフ達は、もしアタシが死にそうになってたら、全員が代わりに命を投げ出してくれるよ? 親友ってそういうものでしょう?」
「そうですね。でも逆に、あなたが代わりに命を差し出せる相手はいるんですか?」
「……なにそれ」
返ってきたのは考えたこともないという顔でした。
「やっぱりです。あなたは相手を見下すことでしか愛せない。親友っていうのは対等な関係のなかにしか生まれないんですよ?」
「……知ったような口を聞かないでくれる? 森のなかで、自分だけ仲間外れ。そんな立場だったらハンナはどうする? そのコミュニテイのなかで、自分が一番上になるしかないでしょ?」
話しているうちに、ローゼリアの口調は次第に興奮していきます。
「そうすれば馬鹿にされない。見下されない! 誰かに認められようとか考える必要はなくなる。だって、アタシは認められる側じゃなく、認める側なんだから!」
そこまで話すと、ローゼリアはハッと我に返ったようでした。
「あ、ごめん。知ったような口を聞かないで、って言ったのは間違い。ハンナだけはアタシの気持ちがわかるよね。だって、ハンナはアタシと一緒なんだもん」
おそらく学園で馬鹿にされていたこと、そのあとに鈍器の力に目覚めたことを指しているのでしょう。底辺から這い上がったという点で、自分達は同じだと。
てやんでーです。鈍器に愛されているからって、私は誰かを下に見たりなんかしませんからね。むしろ鈍器のせいで差別されることだってあるんです。弱く、無力だったときの自分を忘れるもんですか。
でも、これ以上の問答は無駄です。ローゼリアはあれだけ仲よく見えたセシルさえも屈服させようとしたのです。
どうせ飛空挺の建造に協力するのだって、自分のモノになるはずだったセシルを横からかすめ取った相手に、一泡ふかせたいだけなのです。
「とりあえず、古代樹の伐採に許可を出してくれたことだけは感謝しておきます」
「ん。ま、許可を出しただけで、伐採できるかはまだわからないケドね」
「どういう意味ですか?」
「ま、明日になればわかるよ」
ローゼリアは立ち上がると、背を向けて去っていきます。
そして彼女の意味深な発言の真意を、私は翌日に思い知ることになるのでした。




