傲りと誇り
武器商妖狐
魅壬
魅癸
中国人の武装集団を一蹴し、ゴールデンウィークを目前に控えた頃のこと。警察署ではジエンレンの呪術がどこから渡ったのか、そのルートを探していた。
「そもそもこいつら、何なんですかね?」
新米刑事がジエンレンの報告書を読んで首を傾げた。無理もない、経絡を利用してパワーアップを図ったと言っても、強化兵の力は異常だったからだ。人間なのかを疑う者すらいた。
「さあな、これの出所が分かったら、提供元を締め上げて吐かせるだけだ。」
強面のSAT隊員も、乱雑に報告書を机に投げ捨てるように言った。しかし、強気な態度を見せたものの、不可解過ぎる敵の戦力に内心恐怖を抱いていた。なにせ敵は、50口径の対物ライフルクラスの自動小銃を使っていたし、強化兵一人のために何人もの公安警察が病院送りにされてしまっている。
「いやいや、それもそうなんですけど、俺はやっぱこっちのが気になるんですよ」
「は、何が?」
「また“出た”らしいじゃないですか」
報告書に記載されている情報には、拘束された武装グループは発狂しており、警察病院に担ぎ込まれたと書かれている。
「こんなの、例の“手術”の副作用じゃないのか?」
このSAT隊員は化物やオカルトの類いをあまり信じていないらしく、ジエンレンに施された呪術も、未知の技術による改造手術くらいにしか思っていなかった。
「いいや、また“奴”が出たんですよ。“奴”が出ると、犯罪者やテロリストはみんな廃人になっちまうんです」
「馬鹿な……」
SAT隊員は鼻で笑いつつも、動揺していた。ナイトバーカー、これまで単なる都市伝説と思っていた。だがこの町に配属されてから凶悪犯や素行不良者が次々と発狂する事件が挙がっている。そして彼らは事情聴取の際には、必ずと言って良い程供述する。「白い化け狐に襲われた」と。
「じゃあどうする? ナイトバーカーとかいう変人をとっ捕まえるか?」
「うーん、そいつが犯人と決めつけるのは良くないですね。俺としては、味方と言い切れずとも利用価値のある奴だと思いますし」
「……お前、出世できそうにないな」
SAT隊員がちょっとした嫌味を言ってみた。
「そんなの気にしてたら、警察出来ませんよー?」
しかし新米刑事は最初からどうでも良いと言わんばかりの反応を見せた。むしろ、立場を気にするSAT隊員を小馬鹿にしている感すらあった。
「ちっ……」
「まあそれより今は、奴らから押収したパソコンから、何か出ないか調べましょうよ。アドレス先を虱潰しに当たっていけば、まあ分かるでしょ?」
「適当すぎないか?」
「意図的に嘘の証拠でっち上げたり、恫喝して無理矢理吐かせるよりマシでしょ? それに今は捜査の初期段階、もうちょっとのんびりしましょう」
「たくお前は……」
SAT隊員は新米刑事の不真面目な態度に苛立ちつつも、押収したパソコンの画面を覗き込んだ。
時を同じくして、西宇迦高校。三時間目の授業以降、ロバータは抜け殻のように呆然と席に座っている。
「葉子、あいつずっとあんなんだけど何があったの?」
晴が葉子にそっと耳打ちした。実は三時間目の授業に身体測定があった。ロバータの様子がおかしくなったのはそれからだった。
「ああ、それね。早い話が、胸の話だ」
「胸? サイズのこと?」
「そうよ」
「ひょっとして、葉子の方が大きかったとか?」
「ご名答……」
葉子は興味なさそうな、というよりは面倒くさそうに溜息をついた。
「信田さん羨まし~い」
「私もあれくらいのカップ欲しいな~!」
葉子と一緒に測定していた女子達が羨ましそうに持て囃す。
「何て言ったって88センチで堂々のDカップですもんね~!!」
麗が褒め称えるが、葉子はうんざりした様子で再び溜息を吐いた。実は葉子、胸が大きいこと良く思っておらず、むしろ悪く見ている。むしろ76センチでBカップのロバータの方を羨んでいた。と言うのも、葉子は一昨年から動く度に胸が揺れ動くことを気にしており、行動に支障が出ることに度々悩まされていた。更に男からは卑しい目で見られるようになってしまい、その視線に虫唾が走ることも。
それ以来、胸が揺れないようにするため、そして突出しないようにするための措置としてサラシをきつく巻くようになった。学校内では基本的にサラシを巻いた状態であるため、測定時に解いた際には一緒の女子からは衝撃を受けた。それはロバータも同じだったようで、今まで自分と同じサイズだと思っていた葉子が、カップで比べれば二段階上だったのだから尚更だ。
「へー、信田ってそんな大きかったんだ~」
「へへ、そんなに大きいのか、へへへ……」
当然、女子の胸の話となれば、思春期の男子が大人しくする筈がない。鼻の下を伸ばし、何かを揉むように指を動かす。それを見逃さなかった葉子はポツリと、しかし聞こえるように呟いた。
「揉むなんてケチ臭いことしなくて良いわ。枕にしてあげても良いわよ?」
「へっ!?」
「何っ!?」
「マジで!?」
男子達が素っ頓狂な声を上げて喜んだ。
「ちょっ、葉子本気!?」
晴だけは焦っていたが、悪そうな葉子の笑みを見て裏があると見て安堵した。
「ただし、北枕になるがな!! 人生最後の眠りにありつきたい奴は、遠慮せずにアタシの胸に飛び込みな、ホラ!!」
葉子が腕を広げて挑発するも、凄まじい殺気に男子達は萎縮し
「すみません、何でもないです……」
と言ってガタガタ震えてしまった。
「それより稲垣さん? 何男子の前でデリケートな話題ペラペラ喋っているわけ? お昼休み覚悟しなさいよ?」
葉子はギロりと睨み付けながら、麗に殺気を向けた。しかし麗は怯むどころか冷静に返した。
「……分かりました。信田様の命令でしたら、どのような仕置きも覚悟します」
「そう」
「というかなんなら今からでも!!」
麗は突然自分の体に亀甲縛りを施し、どこに隠していたのか鞭や三角木馬を席の周辺に並べながら土下座した。
「誰かSMプレイするって言ったぁ!? そんなんで済ませるかボケ!!」
「でしたら、介錯頼みます。さあ、お好きな方法で!!」
これまたどこに隠していたのか、白装束に着替えた状態で小刀を自分の腹に向けた状態で正座。他にも近くにアイアンメイデンやファラリスの雄牛まで置かれていた。
「こんな事でタマなんか取るかタコ!! こんなことで人ぶっ殺す程落ちぶれてねえよ!! 大体どこにそんな小道具隠してた!? ちょっと小突くだけだっての……」
叫んで疲れたのか、葉子は席でうつ伏せになる。
「ところで、小突くって言うがどんな風に? 俺らの常識じゃ、お前の小突くは小突くにならねえ気がするが……」
一樹が頬杖をつきながら尋ねる。
「そうね、ま簡単に言えば……」
葉子は立ち上がり、麗の後ろに回り込んで肩を掴んだ。
「まずはヘッドロック! からのコブラツイスト! 続いてジャーマンスープレックス! とどめはジャイアントスイング!」
「ぎゃあああああ!!」
麗はプロレス技を四連続も食らい、教室後方の壁に叩き付けられた。
「いややっぱ小突くってレベルじゃねえだろうがああああああっ!!」
この惨状には、喧嘩好きの一樹もツッコまざるを得なかった。
「我が生涯に一片の悔いなしっ!!」
しかし麗は片腕を上げて、恍惚とした表情で叫んでいた。
「お前もこんなので喜ぶんじゃねえ!!」
そして麗のマゾヒストぶりに再び一樹がツッコんだ。
「ところで気になったんですけど、稲垣さんはいくつだったんです?」
今まで黙っていた明が口を開いた。
「確か78でCだったと思うけど?」
葉子が椅子に腰を掛けながら言った。
「あ、ロバータよりも大きめだったんですね」
明が悪戯な笑みを浮かべながら言った。すると、ロバータが闘志を溢れさせながら立ち上がり、麗に近付いた。そして怒りを露わにし、麗の胸を引き千切る勢いで鷲掴みにした。
「寄越せよおおおおおっ!! そのデカメロン寄越せよおおおおっ!!」
「いだだだだだ!! もげるもげる!! 千切れるからやめれれれれれれ!!」
両者の攻防戦を見て、明はクスクス笑った。それを見て一樹は尋ねた。
「和木、お前……、謀ったろ」
「うーん? 何のことでしょう?」
「ああなること分かってただろう?」
「まあね、面白いこと起きそうでしたし」
「悪魔かお前は」
そうこうしているうちに四時間目を担当する女性教師が教室に入ってきた。
「はい、授業始めま――」
教師の目に飛び込んできたのは、麗を押し倒し胸を鷲掴みにするロバータの姿だった。
「あのー、趣味に口出す気はありませんが、そのー……」
女性教師は顔を赤らめながら、口元を隠してもごもごする。
「いやそういうのじゃねえから!! てか止めろおおおおおっ!!」
一樹のこのツッコミを皮切りに授業が始まるのだった。
昼休みになり、武志は人目を避けるようにベランダでスマートフォンを操作している。
「何してるんです?」
真理が後ろから画面を覗き込んだ。
「あー、ちょっとデータを纏めてる」
「何のデータですか?」
「葉子のだよ。ナイトバーカーとしてのな」
画面には犯罪者や怪異と戦う葉子とロバータの写真が写っていた。
「今までもラジコン使ってあいつのバックアップしていたがな、こうして纏めてみると結構色んなことが分かるな」
「例えば?」
武志は画面をタップし、白い形態の葉子の画像を拡大する。
「この形態が、あいつの基本形態と見ている。俺はミストフォームと仮称しているが」
「ミスト?」
「ああ、白いし、相手を幻惑させるからな。それで次がこいつだ」
続いて赤くなっている形態の画面を拡大する。
「こっちはペインフォームと呼ぶことにした。因みに、ペインってのは『痛み』を意味する」
「痛み?」
「ああ、この形態でやられた敵は、人だろうが怪異だろうがみんな苦悶の表情を浮かべているからな……。そして最後に」
今度は黒い形態の画像を拡大する。
「こっちはフィアーフォームと呼んでいる。フィアーってのは『恐怖』って意味だ」
「ホラーじゃなくて?」
「んー、なんかその呼び方はイマイチだったんでフィアーにしたんだ」
「でもなんでそんな名前に?」
「気のせいか、この状態で相対してる敵がビビっているように見えてな。見た目も処刑人みたいだし」
「ふーん」
画面を戻し、次は動画を再生する。
「見てくれ、ミストを基本とすると、ペインは動きが俊敏だ。敵の急所を的確に突いていく。反対にフィアーは動きが緩慢だがパワーがある。一撃貰えば粉砕されちまう。しかも防御力も格段に上がっている」
「本当ね」
「で、次がロバータの方だが……」
動画を停止し、ロバータのデータを見せる。
「あいつの基本形態はこの黄色い姿だ。俺はウィスプと呼んでるが」
「ウィスプ?」
「ウィルオウィスプって言う海外の怪異から取った。狐火や鬼火に近い。で、こいつはどんな形態になるかっていうとだ」
ウィスプ形態の画像を戻し、緑色の形態の画像を拡大する。
「こっちはエンドと呼ぶことにした」
「なんでエンド?」
「狙撃銃使っているからな。一発で終わらせる! 的な?」
「あ、そう……」
真理は呆れながら、紺色の形態の画像を見る。
「こっちはフューリーと呼ぶことにした。意味は『怒り』だな」
「怒り?」
「いやー、なんかこの形態のロバータってさ、日頃の鬱憤でも晴らしてるような感じがしてな……、気のせいか怒りの感情が漏れ出ているような……」
「た、確かにロバータって普段お淑やかだけど、時々ヤンキーみたいなとこあるから――」
真理は背後に気配を感じた。
「誰がヤンキーですって……?」
背後には仁王立ちで立っているロバータがいた。表情こそ笑っているが、目が笑っていない。僅かにこめかみの血管が浮き出ている。
「いいいいいいや、何でもないです深い意味はありませんかららららら!」
「落ち着け」
必死に取り繕うとする真理に対し、武志が軽く頭を叩く。その様子を見て、ロバータは背中を見せながら言った。
「口には気をつけて下さいね? 私、ヤンキー呼ばわりされるのが嫌いなので」
そう言って教室に戻っていくのを確認すると、真理は手すりにもたれかかった。
「す、凄まじい殺気だった……」
「そういや明が言ってたな、あいつヤンキー呼ばわりされるの嫌いなんだとよよよよよよよ!?」
「それを早く言いなさい……!!」
真理は武志の襟を掴み上げ、そのまま締め上げた。
同じ頃、SAT同伴で刑事と捜査員が施設の調査をしていた。この施設は町に潜伏するテログループが集会のためによく使っていた場所だ。以前葉子が提供した情報から、芋づる式に見つかった場所でもある。ここは最初訪れた時に件の強化兵はおらず、SATだけで制圧することが出来た。
「改めて見ると、派手に暴れたな」
SAT隊員は部屋の状態を見て、当時を振り返る。訓練通りに閃光弾を投げ込み、怯んだテロリストの手足を撃って身柄を拘束。閃光を免れた一部の者達とは銃撃戦になったが、これもなんとか制圧できた。相手は防弾チョッキを身につけていたが、新しく配備された個人防衛火器の高い貫通能力のおかげでこれも難なく倒せた。
一連の戦闘の痕が、弾痕や焦げ痕という形で生々しく残っている。ベテランの隊員達は、自分達の世代でこんな銃撃戦をすることになるとは想像もつかなかった。同時に、それがいかに自分達が平和ボケしているかを痛感させられた。
「監視カメラ……、こんなものまで設置していたとはな」
「備え付けのパソコンに、何か残っているかも知れん」
「了解、見てみます」
捜査員はパソコンを起ち上げ、中のデータを探る。
「おお、これは連中のやり取りか? ここから武器の流れが分かるかもな」
「雑すぎるがな。どこに何がどれだけ運ばれたかまでは分からなそうだ」
メール履歴には、各拠点で待機しているであろう仲間とのやり取りが残されていた。しかし、何時にどこに運ぶといったかなり大雑把な内容で、詳細は分からなかった。しかし、今の目的は謎の強化兵の技術の出所である。
「監視カメラの映像が残っています」
「何か映っているか?」
SAT隊員も混じって、映像の分析を始める。
「止めろ」
「何です、こいつ……」
銃を持った男三人に囲まれて、黒いスーツに黒いハットという出で立ちの人物が、スーツケースを持って部屋に入ってきた。
「女性だと言うことしか分かりませんな」
捜査員の言うとおり、映像の人物は腰が細くなっており、スーツも女性物だ。女性はケースを机の上に置き、開いて中身を見せた。
「これで、強化兵を?」
中身は針治療で使われるような細長い針だった。SAT隊員の疑問はテロリスト達も同じだったようで、疑り深く食い入るように針を見て、何やら文句を言っていた。しかし、女性がじっと男を見つめると、さっきまで文句ありげに腕を激しく振っていたのが、嘘のように大人しくなった。
「顔は分かりませんね、かなり深めに被っていますし、カメラはこれ一つしかありません」
映像の部屋は、今捜査員達がいる場所だったのだが、カメラは一つしかなかった。
映像を進めていくと、女性は呆然とする男達とケースを置いて、部屋を出て行ってしまった。
外に出た直後の映像も残っていた。だがそこには、黒いキャップ帽と黒い戦闘服という出で立ちの女性が、銃器を持って待機していた。そしてスーツの女性がカメラに目を向けると、手を振りながら消えた。
「き、消えただと!?」
「つーかあの一緒にいた女、専属の護衛か?」
「知るか! くそ、テロリストに化物と続いて超能力者か!? どうなっていくんだ、日本は!」
SAT隊員は得体の知れない存在に、頭を抱えた。冷たい汗が額を伝って滴り落ちる。
「とにかく、この女を徹底的に調べろ! なんとか尻尾を掴むんだ!」
「分かってますって、それにしても嫌な事件になりそうだ……」
「事件自体碌なものじゃないと思うがな、だが今回は別格だ……」
現場はかつてない緊張感に、背中が凍り付くような感覚を覚えた。そして誰かが小さく呟いた。
「ナイト……バーカー……」
こっちも大概訳の分からない怪人物だが、何故か縋り付かずにはいられなかった。
「なんかむず痒いな……」
葉子は鼻を指先で擦った。
「変な噂でも立てられたんじゃねえのか?」
一樹は帰り支度をしながら興味なさそうに呟いた。
「噂はくしゃみだろ……」
「変わらねえだろ」
武志は呟くように突っ込んだが、一樹には丸聞こえだった。
「じゃ、アタシ帰るね」
「あ、待って下さい!」
ロバータが慌てて荷物を鞄に詰め込み、後を追う。葉子が昇降口に差し掛かると、上履きにメモが貼られていた。
「あれ、校長か」
葉子には内容から、白彦からだと分かった。
「前の強化兵の件でしょうか?」
「だろうね」
メモには警察がテロリストから入手した情報から、武器商人らしき姿が映っていたことが書かれていた。しかし、まるで瞬間移動でもしたかのように突然映像から姿を消してしまい、葉子に協力を仰いだわけだ。
「瞬間移動ね……、一体何者なんだか……。とりあえず名無しにでも聞こうかな」
「鵺さんに? ですが、宵闇堂は骨董屋であって情報屋ではないでしょう?」
「変な物売る同業者ってことで、何かしら知ってるかもよ?」
「そういうものでしょうか?」
「さあね、とりあえずまずは行動あるのみさ」
葉子とロバータは仮面を呼び出して被ると、そのまま校舎から姿を消した。
常夜通りに着き、葉子達は早速宵闇堂に入った。そして入るや否や、鵺に詰め寄った。
「最近経呪孔をばらまいてる奴に心当たりある?」
「挨拶も無しにいきなりそれか!!」
「まあまあそう言わず、良いお肉が手に入ったからさ」
葉子は装飾が施された小さな木箱をカウンターテーブルに置いた。ロバータはその箱から不穏な気配を感じて一歩引いた。
「ちょっ、それどこから持ってきたんですか!? まさかそれコトリバコ……」
「ええ、しかもチッポウよ? 質も量も良質」
「人からしたら悪質どころか劇物レベルなんですが!? てちょっとぉぉぉぉ!?」
あろうことか、葉子は二人の目の前で無造作に箱を破壊した。中からは干からびた小さな生き物の死骸があり、板の内側は血液らしきものでどす黒く汚れていた。
「これを対価に情報をよこせと? とんでもないことするね君は……、まあ良い」
鵺は死骸を手に取ると、そのまま口に頬張り、飲み込んだ。
「で、味は?」
「……あんまり美味しくないね」
「そうなのか……」
「なんで君が残念がるんだ、どうせ食わないくせに」
鵺は呆れつつ、自分が知る情報を葉子に話し始めた。
「確かに最近、人体強化のためにテロリストや工作員が経呪孔を買いあさっているという話をよく聞くね」
「で、誰が広めている?」
「人間を唆して呪物を広める輩はいくらでもいるがね。ただ、『最近』・『大量』・『付近』を付け加えると、ある二人組が出てくるんだなこれが」
そう言うと鵺は二枚の写真を取り出し、並べた。
「誰です?」
写真を覗き込みながらロバータが尋ねた。
「魅壬と魅癸、武器商人紛いなことをしている妖狐だ」
「ヨウコ?」
ロバータは葉子の顔を見る。
「違うわ。要するにあれか、『本物の化け狐』ってわけ?」
「そういうことだ。この二人は幽界と現世との繋がりが再構築されてから、曰く付きの品を犯罪者やテロリストに売りつけている。ジエンレンだっけ? あれを作った経呪孔の針もこいつらが提供したんだろ」
「何が目的で? ま、妖に人間の行動心理は当てはまらんだろうけどね」
「いやいや、私ら妖にだって人に近い感性はあるよ」
「嘘つけ、目の前でゲテモノ食ってたくせに」
「味覚についてはほっとけ! 大体そのゲテモノ提供したのは誰だ!?」
「アタシだ」
「開き直るな!」
見かねたロバータが間に入って仲裁し、話の続きを促した。
「まあまあ、それより動機はなんでしょう?」
「憂さ晴らし、悪戯、単に人間に興味があるとか色々だけどね。だけど今回の場合、プライドかな」
「プライド?」
「人間にもいるだろう? 自分は誰よりも優れていると勘違いしてるアホが。そして周りに自分より優れた奴がいると、見境無く対抗心燃やすような奴が」
「あーいますねー、そういうの。でもそれと何の関係が?」
「妖も同じでね、自分が強いと思い込んでいる奴は、似ている力を持つ者を激しく目の敵にする。そして最悪、その相手を何が何でも排除しようとする。どんな手を使っても」
「あー、いますよねー。単純な実力で勝てないから、周り巻き込んでまで何としてでも蹴落とそうとするの。ブラック企業のクソ上司とか」
「そ、そうだね。まあ纏めるとだ、君達はこの二人を刺激してしまったんだよ。君らが妖狐を皮を被って暴れ回るから、癪に障ったんだね」
「ヤクザや不良グループも、余所のチンピラが自分達の名前騙られると落とし前付けるって話をよく聞きますが、私達はこの方の名前どころか存在すら知らなかったのですが」
「騙りようが無いってのに、一方的に睨まれてもねえ~」
今まで黙っていた葉子がうんざりした様子で口を開いた。
「つまりあれかい? 日本国内でテロが頻発するようになってから、テロリスト利用してアタシら葬ろうってワケ?」
「そうだね、まあ実際はテロリストどころか犯罪者にまで手を出しているようだけど」
「ん? てことは奴が扱っているのは経呪孔だけじゃない?」
「恐らくここ最近、君の周りで起きている化物騒動はこいつらが原因だね。呪具を提供するだけじゃ無い、呪法の配信まで行っている。インターネットを利用してね」
「最近の妖はインターネット使うのか」
「そこ突っ込むところじゃないだろう……。現に私も使っているし」
そう言って鵺はテーブルに置かれた自分のパソコンに触れた。
「レジ代わりに使ってるものかと、いやレジと勘違いしてるんじゃないかと」
「違うわ! 物の管理のためだ! 大体私は、君の世界の通貨には一切の関心は無いし、そもそも幽界で通貨って概念自体無いの!」
「知ってる、言ってみただけ」
「はあ、全く……。とにかく、奴らは自己満足のために君達を葬ろうとするだろう。気を付けることだよ」
「ええ、そうしよう」
「君らが直接襲われることもそうだが、近しい者も同様の被害を被る恐れがある。そこも注意してくれ。恐らく君達の弱みを握った上で攻めてくるだろう」
「あらあら、人質取ってくるとか? それとも洗脳して嗾けるとか? まあ何にしても、アタシは売られた喧嘩は高額で買い取ってやるけど。釣りも全部押し付けてやるさ」
「油断するんじゃないぞ、相手は妖狐だ。肉体的より精神的な面で攻めてくるだろう。心の弱さにつけ込まれたら終わりだ」
鵺が忠告すると、葉子は自嘲しながら背を向けた。
「心ねえ……、そもそもそんなもん、とっくの昔に粉々にぶっ壊れてしまったからな。弱さ以前の問題だよ」
「ようちゃん?」
「アタシに残っているのは衝動だけ。屍人をぶちのめさずにいられない衝動だ」
「……君にとって屍人っていうのは、餌というより鎮静剤みたいなものなのかねえ。ああ、それはそうと」
鵺はロバータに話を振った。
「君向けに面白い武器を用意したんだ。見るかい?」
「なんです?」
「ついてきてくれ」
鵺はカウンター後ろにある部屋へ、ロバータを案内した。
「こ、これは……」
ロバータは絶句した。中には重機関銃や対空機関砲・無反動砲といった、重火器が所狭しと並んでいた。
「どうだい? なかなか良い眺めだろう?」
「ここは戦争博物館ですか? いや、あっちにも新旧色んな小火器がありましたけど」
「確かに、ちょっとした博物館になってるよ。そして、ここの子達も君に惚れ込んでいるみたいでねえ。例えばこの子とか」
鵺は床にテーブルに置かれた重機関銃を撫でながら言った。
「ブローニング重機ですか……。今そんな気分じゃないんですよね、てか前にも言いませんでした?」
「ああ、まだアメリカ嫌い抜け切っていないんだねえ」
「ハンバーガー一つ食べられる程度には治りましたけど……、そっちは?」
ロバータは鵺が触れている重機関銃の隣にある銃を指した。
「一式機関銃・ホ一〇三だね。こっちのが良いのかい?」
「そうですね」
「だけど、元を正せばこれもブローニングだよ?」
「コピー品とは言え、日本製だからまだ抵抗は薄いわ。それに、これなら面白い芸当も出来るでしょうし」
「マ弾かい?」
「ええ、専用の榴弾がね」




