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Night Barker Fox  作者: yuki
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虚像こそ実体

強化兵


ジエンレン-01

 ある日葉子は、校長室に呼び出しを受けた。

「葉子、お前またなんかやらかしたな?」

 晴が問い詰めるも葉子は

「かもねー、心当たりなんて腐るほどあるし」

 と歯牙にも掛けない様子だった。

「ロバータも行く?」

 葉子はロバータも誘おうとしたが

「遠慮します」

 とキッパリと断られてしまった。

「職員室じゃなくて校長室と言うことは、余程の事じゃないでしょうか……」

 明が頬杖をつきながら気だるそうに言うと、晴は青ざめながら言った。

「まさか停学いや、退学の通知!?」

「かも知れませんね、彼女のヤンキー狩りのおかげでこの辺りの治安は随分と良くなりましたが……、少々やり過ぎたのかも知れませんね。死人が出たとか」

「死人!?」

「もしくは危ないヤマに手を出した……、とかね」

「小さくなる薬に関わるような?」

「いやそれは知らないですけど、てかどこの黒の組織ですそれ」

 二人が推理している内に、葉子が帰ってきた。

「あ、葉子!」

「何、どったの?」

「えと、退学とか言い渡されてない?」

「は? ないないそんなの」

「じゃあ、なんの呼び出しだったの?」

「一言で言うなら、『お願い』かな?」

「お願い?」

 それだけ言うと、葉子は次の授業の準備に取りかかる。

「い、嫌な予感しかしねえ……」

「お願いというと、何かしらの取引があったとしか……」

「まさか、退学取り消しの代わりに何かやましいことでもしろって!?」

「それもかなり背徳的な……」

 晴と明が話していると、麗が半狂乱になって叫びだした

「いやあああああ!! 信田様を汚すなー!! かくなる上は、校長を亡き者に……!!」

「落ち着けー!! お前ら取り押さえろ!!」

 暴れる麗に対し、一樹が取り巻きの男子を従えて取り押さえる。

「どっちでもないと思いますよ?」

「へ?」

 クラスメイト達は一斉にロバータに視線を向ける。

「まあ確かに、私ら学生に任せること自体、普通あり得ないことなのですが……」

 クラスメイト達は何が何だか解らないという表情になり、葉子に視線が集中する。だが当の本人は気にも留めていなかった。


 ほんの十数分前の校長室。葉子は西宇迦高校の校長である、スーツ姿で白髪をオールバックにまとめた男、蔵井白彦(くらいきよひこ)と話していた。

「信田さん、貴女に話しておきたいことがある」

「なんでしょう」

 白彦は数枚の写真を取り出し、机の上に広げた。厚めの黒いフードで体を覆った人物が、懐に銃らしき物を隠し持って夜の街を徘徊している写真だった。

「こんな集団が最近、徘徊するようになってね。私の『友人』が警告しにきてくれた」

「懐の武器……、グリップやストックの形状から、こっちはミニウージー、こいつはカラシニコフの小口径モデルか。何者ですこいつは?」

「友人曰く、最近日本赤軍の後継組織を名乗るテログループが水面下で活発化してるらしい。その構成員だ」

「日本赤軍だ? まーだ頭の中真っ赤っかな連中がいるんだな。脳出血でもすりゃ良いのに」

「最近連中がこの近くまで出没するようになってな、もし奴らの巣穴を見つけたら私に報告してくれ」

「潰してはダメか?」

 葉子がニヤリと笑う。しかし、白彦は首を横に振る。

「生徒に壊滅されたら上の面子が潰れてしまうだろう。組織の面子が潰れては、存在意義が問われるからな」

「解った、潜入任務ってことだな。あくまでアタシは匿名の情報提供者の体で報告するわけだ」

「話が早くて助かる」

「傍受されても解らないように、合言葉を決めておこうか? 山・川とか」

「そうだな。ああそうだ、もう一つ話さなければいけないことがある」

「何かしら?」

 白彦は一枚の写真を見せた。それは、全ての歯が尖り、色白で白目を剥いた、各部にプロテクターを装着した筋肉質の男だった。本来であれば地面に固定して使用する筈の、50口径の対物ライフルからスコープを外した物を携行し、色白の肌には奇妙な文字や模様が浮かび上がっている。

「強化兵ってとこか?」

「最近はこんな連中も出始めている。友人曰く、こいつのために十人の隊員が犠牲になったそうだ。さっきは戦闘は避けろと言ったな、これに関しては例外だ。データの収集に協力してくれ」

「厄介な部分だけ押し付けるねえ」

 口調こそ嫌そうだったが、表情はむしろ嬉々としていた。

「話は以上だ、頼んだぞ」

「了解、今夜にでも掃除しておきますよ。ロバータにも声かけとく」

 葉子は踵を返して校長室を出た。


 校長室から帰った葉子は、周囲から奇異な目で見られた。勿論当の本人は全く気にしていない。

「何持ち掛けられたんだ?」

「裏取引?」

「まさかいかがわしいこととか?」

「何それうらやま――けしからんな」

「それって援助――」

 しかし本人が無頓着でも、周りの人間までそうとは限らない。

「ちょっと~? 信田様を侮辱する口はどれですの?」

「ひっ!?」

 麗は葉子を噂していた男子の顎を掴み睨み付けた。

「これか、この口か!? ボンド詰め込んで二度とふざけた口叩けないようにしてやろうか、え!?」

「あががが……」

「落ち着けよ、稲垣……」

 一樹が割って入ろうとした。

「ふん!!」

「うごぉ!!」

 しかし麗は肘で一樹の腹を突き、ダウンさせた。

「なあ葉子、お前何頼まれたんだよ?」

 晴は恐る恐る尋ねた。前の事件で葉子の正体を知ってしまったことといい、今回のことといい、晴は気が気でなかった。

「んー、調査かな?」

 葉子はとぼけたように答えた。どうせそんな単純なものじゃないと思い、晴は食い下がった。

「何の調査だよ……、絶対碌な物じゃないだろう」

「想像に任せるよ。それより、最近危ない連中が動き出したそうだからアンタも気をつけな?」

「日本赤軍のこと?」

「さあね?」

「調査ってそれに関係あるの?」

「想像に任せるって言ったでしょ」

 葉子は面倒くさそうに答えた。釈然としないながらも、これ以上は無駄だと思い、晴は身を引いた。

「まあ、軽々しく話せる事じゃないですからね」

 ロバータが苦笑しながら言った。

「何か解るの?」

 ムスッとした顔で晴はロバータを睨み付けた。

「まあね。放課後にははっきりするでしょうけど」

「なんで放課後?」

「放課後から始まりますから」

「何が?」

「調査が」

 要領を得なかった。ロバータもまだ知らされていないのだろう。苛々しながら、晴は授業の準備を進めた。


 放課後、葉子とロバータは仮面を被り、草や蔦が生い茂った山道を登っていた。道とは言うが、地面を踏みならして出来た粗末な獣道で、足場が非常に悪い。

「ここに、日本赤軍の拠点があるんですか?」

「日本赤軍と言うがな、実質別物だ。旧日本赤軍には共産化を目指すという明確な政治思想があった。だが今回のは違う」

「どう違うんですか?」

「言ってしまえば、こいつはテロリストのペーパーカンパニーってことだ」

「テロリストのペーパーカンパニー……?」

「こいつらは革命なんて眼中にない。ただスポンサーの命令で動いている私兵だ。いや、捨て駒かな?」

「誰の捨て駒なんです?」

「中共と言われてる」

「てことは、スポンサーは中国なの!?」

「ああそうだ。お、見えてきた」

 葉子は山の中に佇む古い廃屋を発見した。建物は風化や腐食が進んでいるものの、外側に小型の真新しい発電機が置かれていた。

「よし、援護を頼む。見張りに注意だ」

「解りました」

 ロバータは高所に登り、弥作を構えて葉子の援護に回る。葉子は藪に身を潜めながら、見張りや警報システムを警戒しながら進む。

「ズィルバー、進路方向に見張りが三人」

「ああ、見えてる」

 葉子の目の前に、自動小銃を持った男達が何か喋っていた。だが日本語ではなく、中国語だった。

「おい、知ってるか」

「何の話だ?」

「公安の連中、俺達が共産党の回し者じゃないかと疑っている。日本赤軍の後継者という肩書きは意味を成さないかもな」

「だろうなあ……、上層部の詰めが甘いんだよな」

「ああ、求心力と国力を取り戻そうと必死だからな、細かいとこに頭が回らないんだろう。正直米帝と小日本(シャオリーベン)に本土上陸されていたら、それこそ後が無かった」

「日米がウイルスでフラフラでそれどころじゃなかったのと、本土が著しく汚染されているから被害拡大を恐れて見送ったって話だ」

「とにかくあの一件以来、世界中からの援助が無くなっちまった。感染者の発生に歯止めがかからない状態だ」

「香港は未だ援助を受けているみたいだけどな」

「日米と欧州に飼い慣らされているからな、特別なんだろ」

「……忌々しい」

「じゃあ俺はしばらく仮眠を取る。お前はしばらく警備を継続してくれ」

「了解」

 男の一人は廃屋に入っていき、残りは警備のために周辺を哨戒し始めた。葉子はこの一連のやりとりを、ICレコーダーで録音していた。そして見張りの目を掻い潜り、廃屋の窓の前に立った。入っていった男は粗末なベッドの上で鼾をかいている。

 室内には大量の銃器類とコンピューターと無線機が並んでいた。それを見た葉子は白彦に連絡した。

「“ハンターギルド”、こちら“ヴァイス”。“鼠の巣”を発見した」

「了解、発信源から座標は解った。後は友人に任せてくれ」

「でもクソガキの秘密基地にしてはやや豪華ね。とんでもない“花火”まである」

「“ロケット花火”か?」

「ええ」

 葉子は小さく頷く。葉子の視線の先には複数のロケット弾があった。

「こいつら、戦争でも始める気か……? とにかく一旦ここを離れる」

「解った、だが今日は一旦帰宅しろ」

「あら、もうお終い?」

「残りも友人が片付けてくれる、ここは帰ってくれ」

「仕方ない、帰るね」

 葉子は名残惜しそうに拠点を離れた。

「ゴルト、帰投だ」

「あれ? 他はあたらないんですか?」

「残りは全部やるとさ。あくまでアタシ達は、偶然テロリストを発見した匿名の情報提供者だ」

「解りました、もう帰りましょう」

 葉子とロバータは再び見つからないように、山道を離れた。


「うーん、一体葉子は何を……?」

「信田様信田様信田様信田様信田様信田様」

「落ち着けお前ら」

 夕暮れの政木通りで、葉子が気になって独り言を呟き続ける晴と麗を、一樹が宥めた。

「だって、葉子がどんな片棒担がされているか解らないじゃん!!」

「信田様信田様信田様信田様信田様信田様」

「言いたいことは解るけどよ……、つーか稲垣ちょっと黙れ」

 一樹はどこからかハリセンを取り出し、麗の後頭部を叩いた。

「まあまあ、やり口が危ないだけで、筋が通らないことは求めていないと思いますよ?」

 明は言い聞かせるように言った。

「筋が通ればヤクザみたいなことしても良いって言うの!?」

「まさか信田様を○俗嬢に沈めるような!?」

「ちょっと落ち着いて下さい、飛躍しすぎです」

 明はどこからかソフトエアガンのショットガンを取り出し、晴と麗に発砲した。

「ひでぶっ!!」

「あべしっ!!」

「おまっ、えげつなっ……」

 一樹も玩具とはいえ、銃を使うとは思っていなかったらしくかなり引いていた。

「というかそれ、イサカじゃなくてストライカーかよ。随分マニアックなもん持ってきたな」

 武志が明の銃を見ながら言った。

「サイガ12やAA-12でも良かったのですが、フルオートは可哀想なので止めました」

「いやセミでもフルでも変わんねえよ。とりあえずしまえ、警察がくる」

「はいはい」

 明は銃を畳んで鞄にしまった。

(つーか鞄、銃のサイズより小さくねえか……?)

 そんなことを考えた一樹だったが、考えることを止めた。

「……なんかうるさいわね」

 真理が怪訝そうに周囲を見渡す。

「いてて……、そう言えばサイレンが近付いてきたな……」

 晴が耳を澄ますと、救急車とパトカーのサイレンが近付き、ちょうど政木通り出口の丁字路を横切っていった。

「何があったんですの……?」

 麗が撃たれた所を押さえながら立ち上がった。

「というか、近くないですか?」

 明の言うとおり、サイレンはそう遠くないところで鳴り止んだ。

「言ってみます?」

 真理の提案で現場に向かってみることにした。現場は政木通りの外にある公園だった。そこには一台の救急車と三台のパトカーが停まっており、救急隊員が傷病者と思しき黒いスーツ姿の男を担架で運んでいた。

「うわ、ひどっ……」

 野次馬の隙間から状況を見た晴は呟いた。現場には血溜りが出来ており、運ばれていった男がかなりの重傷であることが想像できた。

「“また”かな……」

 同じく現場を見た真理がポツリと呟いた。

「どうした、またって?」

 武志が不思議そうに尋ねた。

「最近、入院患者に腕や足が千切れて運ばれてくる人が多いの」

「千切れる!?」

「うん。それでね、お母さんいわく千切れた箇所には銃創があったんだって。大きく見積もって、50口径クラスの銃弾が使われたものかと……」

「50口径……、デザートイーグルのような強力なマグナムを使われたのか?」

「マグナムじゃないみたいです」

「おいおい、てことはブローニングかバレットの方かよ!! そりゃぶっ千切れるわ!!」

 武志は信じがたいと言わんばかりに捲し立てる。

「そろそろ帰りません? ここにいても迷惑でしょうし」

「ああ、そうだな……」

 麗の提案で、現場から離れることにした。一樹も嫌な予感がしたため、それに乗ることにした。

「しかし、あのスーツのオッサン大丈夫か?」

 武志が不安げに真理に聞いた。

「かなりの失血だと思います。助かるか……」

 真理は否定的に首を横に振った。

 しばらく歩き続けてふと何気なく晴は、細い路地を見た。そこにはスキンヘッドで黒いトレンチコート姿の男が、電柱の陰に立っていた。

 その存在に気付いた晴は、男の顔を凝視した。すると、男も視線に気付いたのか、晴を睨み付けてきた。

「……!!」

 晴は恐怖のあまり固まってしまった。それを察した一樹は耳元で囁いた。

「お前も気付いたか……」

 晴は固まったまま首を縦に振った。

「信田に連絡しよう、おそらくあいつも無関係じゃねえだろうし」

 一樹は葉子に連絡するためスマートフォンを取り出した。

「……何か言いたげなのは解るが、アイツなら黙ってても突っ込んでくるだろう。むしろ知ってて黙ってたらこっちが殺されちまう」

 晴の刺すような視線を受けながらも、一樹は葉子と連絡をとった。


 一仕事を終えた葉子達は、政木通り近くを歩いていた。

「なんか騒がしくないですか?」

 遠くから聞こえたサイレンを聞き、ロバータは怪訝そうに言った。

「救急車とパトカー……、事件の匂いしかしないなあ」

 葉子は不敵そうに笑った。その時、スマートフォンが鳴った。白彦からだった。

「前々から思ってたんですけど、葉子のスマフォって古いですよね……」

「ほっとけ」

 葉子の使用しているモデルは今から三十年前のもので、ロバータが使用するモデルが三年前発売と比べるとかなり古い。性能は現在主流のものと比べるとかなり劣っているのは言うまでもない。どれだけの性能差かと言えば、スマートフォンが現れた時期に、未だ二つ折りのガラケーを使用しているようなものだ。

「もしもし」

「信田か、私だ」

「校長、どうだった?」

「完璧だ。これなら残りも片付くだろう」

 葉子も白彦も、傍受されても良いようにぼかした表現で話す。白彦の「友人」は既に拠点を制圧、そこから残りの拠点や残党も掃討するようだ。

「そう、じゃあアタシは適当に寄り道しながら帰るわ」

「ああ、くれぐれも『暴漢』には気をつけろよ」

「ええ、忠告ありがとう。それじゃ」

 それを最後に葉子は通話を切った。だがそれと同時に着信が来た。相手は一樹からだ。

「一樹か、何の用だ?」

「お前が絡んでいる事と関係あるんじゃないかと思ってな、政木通り外の公園に不審なハゲを見つけた」

「救急車とパトカーが近くにいるみたいけど、何があった?」

「スーツ姿の男が大けがしていた。篠原曰く、最近病院に手足が千切れる程の大けがする患者がよく入ってくるらしい」

(校長が言ってたのはこのことか……?)

 葉子は白彦から聞いた話を思い出す。

「分かった、それで特徴は無いのか?」

「ハゲ以外で言うなら、黒いトレンチコートで全身を覆っていた。今日は結構暑めなんだがなあ、脱ごうともしない。昔流行ったゾンビもののホラゲーの化物みたいだったぜ」

「ああ、なんとなく容姿が想像ついたわ。じゃあそいつはアタシがどうにかする、アンタ達はそこを離れな。『お嬢様』のエスコートはよろしく頼む」

「誰がお嬢様だ!!」

「うわ!!」

 どうやら一樹の隣にいた晴にも漏れていたようだ。受話器から怒鳴り声を叩き付けてきた。

「僕は男だ!! 坊ちゃんとか王子様とかならまだしも、女扱いすんな!! せめて男扱いしろ!!」

「あはは、そう怒るなって」

「……とりあえず信田、ええと『王子様』はこっちで預かるからくれぐれも気をつけろよ。校長から何を吹き込まれたかはこの際触れないでおくけど」

「ああ、よろしく頼むぞ」

 葉子はそこで通話を切った。

「よしロバータ、残業だ」

「うへえ……、本当に……?」

「依頼された標的かもしれない。何より、そんな危なそうな奴ほっといたら鼻歌も出来やしない」

「よく言うわよ、鼻歌どころか踊りながらながら敵を殲滅するくせに」

「誇張するな、せいぜい声真似しながらだ」

「いや結局余裕じゃないの」

 葉子達は人気のない路地裏に隠れ、仮面を被ると現場に向かった。その際奇妙な黒いマントを羽織った。羽織ると、葉子達の姿が周囲の景色に溶けるように消えた。

「便利ですね、このギリースーツ」

「あながち間違いじゃないけどね。『目眩蓑(めくらみの)』って言うらしい。ナナシには感謝ね」

「ナナシ……? ああ鵺さんのことですか」

 葉子は本名を明かさないため鵺のことを色んな名前で呼ぶ。そのためロバータは一瞬誰のことかと戸惑う。

「いい加減呼び名を統一したらどうです? 聞いてるこっちが混乱するじゃないですか」

「良いんだよ別に。あいつは名前どころか顔も明かさないんだから。髪に隠れて解らんだろうけど、あいつ顔まで微妙に変えているんだぞ?」

「え、そうなんですか?」

「だからこっちも、くそ真面目に呼んでやる必要はない。今度はポチとかタマって呼ぼうかしら」

「動物扱いは酷くないですか?」

「『人』じゃないもん、あいつ。そもそも自分の呼び名に執着するような奴でもあるまい?」

「いや、そうなんですけど。あ、あれが現場でしょうか?」

 ロバータの指さす先に大きな血溜りと、それを調べる警察官、そして群がる野次馬がいた。

「犯人は近くにいるんでしょうか?」

 ロバータは周囲を見渡す。

「連絡受けてから時間は経っていないけど、あの写真からしてただ者じゃないのは確かね」

「写真?」

「ああ、そういや忘れてた」

 葉子は白彦から渡された写真のコピーをロバータに見せた。

「コイツを見てくれロバータ、コイツをどう思う?」

「えーっと、『すごく、大きいです』? いや『筋肉モリモリマッチョマンの変態だ』?」

「どっちも間違ってないからOK」

「いや何が?」

「まあおふざけは置いといて、校長の『お友達』がな、この変態のせいでやられているって話だ」

「変態……?」

 ロバータは写真をまじまじと見つめる。写真の人物からは生気が感じられず、表情は虚ろげだった。

「これ、体を改造されているんですか?」

「ええ、でも科学的じゃなく呪術的なものでしょう。いや科学技術も多少加わっているでしょうが」

「一体何をされているんでしょうか?」

「呪術の正体には目星が付いているよ」

 葉子は古ぼけた書物を取り出した。

「それは?」

「呪術を纏めた本よ。知名度の低いものばかりだけど。ここに載っているのはマイナーなやつばかりだけど。これによると……」

 葉子は本を開き、目的のページを捲ると手を止めた。

「『経呪孔(けいじゅこう)』。恐らくこれね」

「どんな呪術なんです?」

「中国医学の経絡は知ってる?」

「所謂、ツボのことですか?」

「これは経絡の効果を呪術によって更に高めようとしたものよ。魔術を施した針を、体の経絡に刺すの」

「針?」

「ああ、針治療に使う針に術を施したやつな。これを引き出したい能力に合わせるように、刺していく。この奇妙な斑紋は魔術の影響ね」

「身体能力の強化にしては、なんか目が死んでますよね……」

「恐らく洗脳も施されているんでしょう。薬か何か使ってな」

「酷い……」

「どういう経緯でなったか不明だけどね。ま、拉致されて無理矢理ならともかく、志願して同意の元なら同情の余地無しでしょ」

「まあそれもそうか……」

「しかし、時間はそう経っていないとはいえ、まだ近くにいるかなあ、身体能力上がっているだけに短時間で離れてるかも」

 葉子は周囲を改めて見回すが、付近に一樹の言うような不審な人物は見当たらなかった。

「というか、藻利君達大丈夫でしょうか? 近くで見てるんでしょう?」

「目撃者として消されてなければ良いけどね。まあ周囲には野次馬がウジャウジャいるわけだし、そう消されはしないだろうけど」

「電話の様子から察するに平気そうでしたが」

「ああ、『あっち』はね」

「え?」

 葉子が見つめる先にはトレンチコートの男が周囲を見回しながら歩いていた。誰かを捜しているように。

「ひょっとしてあれ、私達捜してません?」

「多分ね。人気無いとこに誘い込んで始末するわよ」

「え!? 早速!?」

「戦闘データ取れって言われているし、やっちゃいましょ」

「そんな軽いノリで言われても……」

 ロバータは苦笑いしつつも、葉子の案に乗った。人混みを抜けて路地裏に来ると、目眩簑を外した。その際、男が自分達の存在に気付いたことをさりげなく確認してそのまま奥へ向かった。

「それで、ここからどうします?」

「この近くに更地予定になったビルがある。そこで片付ける」

 葉子は自分達の後ろから追いかけてくる男を見ながら、目の前の十字路を右に曲がった。

「さ、闘技場に到着だ」

「闘技場? 処刑場の間違いでは?」

 ビル跡に到着し、葉子は振り返って不知火を抜き、ロバータは紅を装備して二階部分に跳んだ。

 到着した男はコートから消音器付きの大型の自動小銃を出した。

「ズィルバー、あれはマズい。見たところ50口径。M2重機と同口径よ」

「あれをアサルトライフルとして扱ってんのか」

 男は表情を変えず、大口径でありながら片腕で発砲し始めた。消音器の効果か、銃声はほとんど無かった。しかし威力は本物で、当たったコンクリート片が砕け散った。

「おおー、強い強い」

「楽しんでないで、どう倒すんです?」

「まあ一つ言えることは、殺さず無力化して。連中の企みを聞き出す」

「オウムのオジイチャンを初見プレイでスタミナキルするのと同じくらい無理ゲーですよ……」

「それ、分かる奴いる?」

 無茶な方針に呆れつつも、ロバータは葉子の作戦に従う。

 葉子は男の射線に捉えられないように動き回り、攪乱しながら詰め寄ろうとする。一方でロバータは二階から援護射撃を開始する。

 ロバータは男のコートに数発撃ち込んでみたが、弾丸は弾かれてしまった。葉子も斬り付けるが、コートには浅い切り傷が付いただけだった。

「ゴルト、問題発生だ。相手のコートは特注品らしい」

「でしょうね、防弾・耐衝撃性のコートかと」

「こいつ絶対ラクーンシティ意識しただろ。コロナの次は何ウイルス漏らした?」

「ウイルスじゃなくて寄生虫かも? もしくはカビ……」

「あーあのゲーム、最近病原菌の種類増えてきたわよね。まあそれは良いとして」

 葉子はもう少し、相手の出方を見た。すると今度は大型のマチェットを取り出し、素早い動きで距離を詰めて振り下ろしてきた。

「おっと、思いのほか速いね」

 予想外のスピードに驚きつつも、葉子は余裕で回避する。

「あーあ、こんな力任せに振り回しちゃって……。刃こぼれすんの嫌なんだけど」

 不知火を痛めるのを避けるため、葉子は鍔迫り合いに持ち込まず、回避に専念した。

「どうしたの? アンタの取り柄は筋肉だけなの?」

 段々男の動きに焦りと苛立ちが加わり、乱れが生じ始めた。焦りは表情に表れていたようで、そのことで葉子は更に挑発し始めた。

「あらあら、思いのほか人っぽいとこ残ってたのな。感情の制御もされてるものかと」

 接近戦では分が悪いと判断したのか、男は一旦距離を置き、アサルトライフルを連射してきた。背後の鉄筋コンクリートの柱の表面が大きく剥がれた。

「おいおい、セミオートならまだしもフルでそんなの撃つんじゃないよ。てかそれ、バレットのコピーだろ。ホント節操ねえなあ中国の軍事産業は。てかそれ装填数何発よ?」

 葉子は相手の銃は50口径と聞き20発前後と予想していたのだが、よく見ると大型のドラムマガジンを装備し、僅かに聞き取れる銃声から45発前後の銃弾を装填していると予想した。

「まるでRPKですね。実用性あるかは微妙ですが」

「『人』には扱いづらい代物よね。それこそ『超人』とか『人外』じゃないと」

「まあ、その『超人』にも扱いにくいみたいですよ?」

 男はマガジンの交換をしようとしていたが、大型かつ複雑な形状のドラムマガジンは素早い交換が難しいようで手間取っていた。葉子はその隙を突き、峰打ちしようと延髄に狙いを定める。

男はそれを察してサイドアームとして持ってきた拳銃に持ち替えようとしたが、その手をロバータが撃ち抜いた。男は手に黒い手袋をはめていたが、流石にこちらには防弾加工はされていなかったようで、撃たれた右の手の甲から出血し、貫通した弾は背後の壁に突き刺さった。怯んだところで葉子が峰打ちを繰り出す。男はバランスを崩すがまだ意識はあり、反撃しようとするが続いて下顎にアッパーカットのように峰打ちを食らい、平衡感覚が大きく狂った。それでもなおマチェットで抵抗しようとするが、葉子の回し蹴りにより叩き落とされ、挙句持っていた左腕が折れた。

 仰向けで倒れる男の顔面を、葉子が鷲づかみにする。

「これで王手よ、超人さん」

 高々と掲げると、空いていた左手で男の両脚を握り潰した。

「あああああああ!!」

 ここでやっと男は悲鳴を上げた。そして葉子は手を離し、乱暴に放り投げた。

「さて、今のうちにしばらくゆっくり休んでくれないか。なんせアンタに話があるファンがたくさんいるみたいだからねえ。お休み」

 葉子は拳銃に特製の麻酔弾を装填すると、消音器を取り付け発砲した。銃声もなく撃たれた男は一発で眠ってしまった。

「葉子の銃ってリボルバーでしたよね? なんでそんな消音効果高いんです?」

 地上に降りたロバータが、不思議そうに葉子の銃を見た。リボルバーはオートマチックと比べガス漏れが多く、消音器を付けても効果は無いからだ。

「ああ、シリンダーに特殊な機構があってね、それで消音効果が高いの。しかし……」

 葉子の拳銃、鈍金(にびがね)の元は、二十六式。銀同様設計が古く、拡張性などたかが知れている。勿論、改造を施したのは鵺だ。こんな骨董品をここまで改造できる鵺の腕に改めて感心する。

 男の完全沈黙を確認すると、葉子は白彦に電話した。

「“ハンターギルド”、こちら“ヴァイス”。“狩りは成功した”、繰り返す、“狩りは成功”」

「了解、GPSで君の位置は確認している。そっちに“友人”を送るとする。……ちょっとマズいな」

「どうした?」

 電話の向こうの白彦の口調に焦りが出た。

「まーた変質者が出てきたよ、この場を離れる。“穴蔵”で会おう」

「あ、ちょっと」

 白彦が一方的に電話を切ったことで、葉子は嫌な予感がした。

「急ぐわよ、ヤバい予感がする」

「は、はい!」

 葉子達は簑を被り、白彦の場所へ向かった。


 白彦は帰り道、奇妙な集団に尾行されていた。

(あいつらどう出るか……)

 携帯電話を鞄にしまいながら、白彦は舌打ちをした。その集団は人目を気にせず行動に出るタイプか、気にして人通りの無い所で実行するタイプか。後者なら大通りから離れないようにすればある程度どうにかなるが、前者なら自分はおろか周囲の民間人を巻き込みかねない。

 何気なく上を見上げた。ビルの屋上には、集団の仲間らしき男が双眼鏡で自分を見ていた。しかも血色の悪い男まで一緒だ。

(張ってやがるな……)

 今までこのような手合いには何度か遭遇したことのある白彦だったが、今回は一筋縄でいきそうにない。何故なら「化物」が一緒だからだ。だからこそ、葉子に協力を仰いだ。

(呪いを軍事転用するとはな、ESPを研究していた旧ソ連かっつーの。オカルトなものにまで手を出すとは、共産主義国の考えることは一緒なんかね。いや、自称『化物』を利用している私も似たようなものか)

 白彦は少しだけ歩くペースを速めた。今自分がいる商店街は人が多すぎる。周囲を考慮せず襲ってくれば、影響が大きすぎる。だが合流地点である“穴蔵”ならば、そういったリスクを最大限に抑えるのに好都合だった。爆弾を放り込まれてもだ。

 しかし懸念点もある。そこは不良の溜り場ともなっているため、彼らを通して情報が漏れたり、真っ当とは言いがたいにしても一般人である彼らを巻き込みかねない。しかもそこに辿り着くにはやや長い獣道を歩いて行かなければならない。人目が少なくなれば追手は間違いなく躊躇無く攻撃してくるだろう。

 とはいえ、問題を表面化させず水面下で終わらせるのに都合の良い場所も、それも現在地から最も近い場所もそこしかないのだが。

(仕方ない)

 白彦は路肩に停車しているタクシーに目を付けた。

「急いでるんだ。まず出してくれ」

「あ!? は、はい!!」

 運転手は戸惑いつつも、車を発進させた。後ろの追手は舌打ちしつつも、別の場所に待機している仲間に連絡した。


 葉子との電話以降、晴の機嫌は悪いままだった。一緒にいる誰とも一切口を利かず、先頭を離れて歩いていた。

「おいおい、そんなに離れるなよ……」

 武志が窘めるも、全く聞く耳を持たないという状態だ。

「いつまで意地張ってんだ、女扱いされたのがそんなに不満か?」

「……うるさい」

 一樹の一言で、呟くように言い返してきた。だが決して目を合わせようとしなかった。

「やーれやれ、意地張るのは勝手だがよ、あんま離れるなよ? あのハゲもそうだが、最近この辺り人攫いが頻発してるんだ。可愛いこちゃんが特に、な」

「どういう意味だ?」

 晴が一樹に対し、鬼のような形相で睨み付けてきた。

「いやそのまんまだよ。可愛い子がよく攫われ――」

「そこだよ!!」

「どこだよ?」

「可愛いって僕のこと!? そんなに男に見えない!?」

「おおう、そんなに食いつくなよ……」

 あまりの剣幕に、一樹は怯んで数歩下がった。

「もういっそ、性転換手術でもしたらどうです? どんなに張り合ったって、信田様と並ぶには相応しく――」

「今度余計なこと言ってみろ……、バーナー喉に突っ込むぞ」

 晴の憎悪の目が麗に向いたが、麗は歯牙にもかけていない様子だった。

「まあまあ、皆さんそこまで」

 明が取り繕うように制した。だが話題を変えたりはせず、一樹に先程の話の詳細を聞き出す。

「さっきの続きですけど、人身売買でしょうか? それとも悪戯目的?」

「どっちかと言えば後者だな、大規模な組織によるものじゃない、単独犯だ。人目に付かない所に連れ去って行為に及ぶらしい。だが犯人は捕まっていない」

「でしょうね、あんな忠告するくらいですから」

「まず保護された女は、大抵男性恐怖症になってまともに口が利けない。利けたとしても相手は顔を隠してたから不明だった。更に不可解なのは、連れ去られた時に車とか乗り物に乗せられなかったことだ。にも拘らず、現場到着まで十分も掛からなかったらしい」

「単純に身体能力だけで……」

 明は以前、晴と自分を襲ってきた連続強盗殺人犯のことを思い出した。後にロバータから聞いた話では、呪具を使って身体能力を上げていたとのこと。今回もその手合いではないかと思った。

「晴君、これはちゃんとしないと危ないですよ。意地なんて張らないで、一緒にいて下さい」

「……ああ」

 渋々とした様子ではあるものの、晴は明の言葉に従った。

「なんか、泉君って和木君に随分と素直ですよね?」

 麗が声を押し殺して真理に言った。

「あー、確かにそれは私も思ってましたよ。……薄い本が厚くなりますね」

「篠原さん!?」

「冗談冗談」

 麗は真理の言うことが冗談に聞こえなかった。晴は兎も角、明の方はバイセクシャルの噂があったためだ。自分の身近にそんな性癖を持っている者がいると思うと、麗は少し複雑な気持ちになった。

「どうしました?何をひそひそ話しているんです?」

 明が訝しげに麗達に訊ねた。

「ああ、何でも無いですよ!?」

 麗は取り繕ったが、明は変わらず怪しそうに二人を睨んだ。

「たく、なんでも良いけどよ、さっさとここ離れるぞ。件の変質者どころか、色白のハゲだっているんだから――」

 最後まで言わず、一樹の口が止まった。

「わあああああ!!」

 目の前で晴が、猛スピードで走り去る何者かによって連れ去られてしまった。

「言ってるそばから!!」

「てか速っ!! あれ、でも被害者って女ばっかだよな? なんで晴を?」

「知らん!! とりあえず追うぞ!! あいつの逃げた方角からすると、恐らくは……」

 武志の疑問を無視し、一樹達は誘拐犯を追う。誘拐犯は晴を抱え、屋根を飛び越えながら街から離れた山を目指していた。

「ねえ藻利君、あそこには何があるの?」

 麗が一樹に尋ねた。

「あの山は以前、中国の金持ちが買い取って別荘か何か建てようとしていたらしい。だがその中国人は突如亡くなり、建設跡地だけが残った。以来そこは不良や暴走族、そしてテロリストの溜り場になっているそうだ。ついでに言うと、さっきの事件の被害者みんな、そこに連れ込まれている」

「うわ、犯罪者の溜り場ってこと?」

「そういうことだ。クソ、にしても遠いな……」

 一樹は周囲を見渡すと、「空車」の赤文字を出したタクシーが前から走ってくるのを確認した。

「止まれ!!」

 一樹はタクシーの前に立ちふさがるように立ち、運転手はブレーキを踏んだ。

「ちょっと!! 危ないだろう!!」

「あの山に向かってくれ!! 大至急だ!!」

 憤る運転手を無視し、タクシーに乗った。

「私も!!」

「僕も!!」

「俺も行くぜ!!」

「いやこれは……」

 真理は困惑した。流石にタクシー一台に、運転手を除いて五人も乗れないと思った。そのことは一樹も分かっており、真理と武志に指示した。

「篠原と黒川はここで待機! 通報もしとけ! 後は任せろ!」

 タクシーは一樹と麗と明を乗せ、問題の山に走り去った。見送ると武志は携帯電話で警察に通報した。


 追跡を圧倒的な素早さで振り切り、晴を山の空き地に連れ込んだ誘拐犯は、空き地に建てられた風化したコンクリート製の建物で早速行為に及ぼうと降ろした。ところが、晴の服装を見て愕然とした。

「こいつ男じゃねえかー!!」

(アホだコイツ……)

 どうやら誘拐犯は興奮のあまり、顔より下を見ていなかったらしい。

「じゃあ僕は帰るね、勿論警察にも通報するから」

 晴は半分呆れて帰ろうとするが、誘拐犯は後ろから腕を掴んで引き留めてきた。口封じかと身構えたが、何故か誘拐犯は息を荒くしている。

「いや……、これなら……、いける……!!」

「げぇ!?」

 どうやら新しい性癖に目覚めてしまったらしい。誘拐犯は晴が男と分かっても尚、襲おうとしている。

「気持ち悪いんだよ!! 来るな!!」

 晴はなんとか振り払うと足元に落ちていた瓦礫を拾い、誘拐犯に投げつけた。しかし、ぶつけた瞬間破裂音と共に誘拐犯の頭部が弾け飛んだ。

「え……?」

 晴は血飛沫を浴びながら呆然とし、その場にへたり込んだ。しかも壁には一センチ前後の穴が空いていた。そして再び破裂音が響き、壁に穴が空いた。

「うわ!」

 音が銃声と知り、晴は床に伏せた。その状態で入り口に近付き、外の様子を窺った。

(校長!? なんでこんなとこにいるんだよ!? てかあいつらって……!)

 外にいたのは白彦と、それを取り囲む武装集団だった。その中には、晴が見た不気味な男と似た特徴を持った者もいる。

殲人(ジエンレン)-01と言ったか、その強化兵達は。お宅らの飼い主は、他人を貶める努力だけは天下一級物だよ」

 白彦は武装集団から奪ったであろう自動小銃を向けながら、中国語で呆れたように呟く。相手に言い聞かせるように。

「黙れ! お前には洗いざらい吐いてもらうからな!」

「貴様、公安に我々の情報を流しているだろう! 今日も、付近の監視所の奴らからの連絡が途絶えたんだ!」

 男達は中国語で怒りと共に言葉を白彦に投げかけるも、白彦は薄ら笑いを浮かべ銃を肩に担いでリラックスした様子で話し出した。

「話してやっても良いんだが……、その前にお前さんここから出られるかねえ? まずそこが疑問なんだが」

「なんだと!?」

 その時だった。

「ぐお!」

 男達の後ろに控えていた強化兵こと、ジエンレン-01の後ろを何かが猛スピードで走り抜けていった。それと同時に背中と肩に深い切り傷を付けられ、ジエンレン-01は動かなくなってしまった。

「なんだ!? ぐわ!!」

 続いて男達が構えていた銃が突如破裂し、手が血まみれになる。

「よう、早かったな」

 白彦の目の前に、二人の人物が現れる。

(葉子!? ロバータまで!?)

 白彦の目の前に現れたのは、仮面を付けた葉子とロバータだった。

「あんな風に切られちゃ、ヤバいことになってることくらい察しが付くよ」

「ふっ、流石はナイトバーカー、勘が良いな」

「勿論です、プロ……ではないけどね」

 葉子はふと、廃墟の方に目を向ける。晴は目が合ったようで一瞬硬直した。

「そこ、隠れてんのは知ってるのよ、出てきなさい」

「誰だ?」

 白彦は警戒して銃を廃墟に向ける。晴は恐る恐る手を挙げて廃墟から出てきた。

「泉君!?」

 白彦は驚いていたが、葉子は吹き出した。

「アンタ、そんなことしなくても切りやしないって。てか、血だらけじゃん、何があったの?」

「あー、それがさ……」

 晴はここに連れてこられた経緯を話した。それを聞き、葉子は笑い出した。

「女と間違われて誘拐!? アハハハハハハハ!! 何それめっちゃウケるんだけど!! ギャハハハハハ!!」

「笑うな!! こっちは危うく掘られそうになったんだからな!!」

「ブハハハハハ!! 掘られるって、ヤバ、ツボにハマ……、ギャハハハハハ……ぐえっ!!」

 大笑いする葉子に怒りが沸いたのか、晴は葉子の顎を蹴り上げた。

「こっちの気も知らねえで笑ってんじゃねえよ!! 別目的だったら殺されてたかも知れないんだぞ!!」

「悪い悪い……。確かにアンタ、流れ弾当たりかけたんだもんね」

 仮面で顔は見えないが、晴は葉子が心なしか安堵しているように感じた。

「それよりここ離れません? 『パッケージ』は確保しましたし」

「パッケージ? ああ私か」

 ロバータのFPSに出てくる特殊部隊のような発言に戸惑いつつも、白彦は提案に従うことにした。

「だが気をつけてくれ、敵はかなりの大人数だからな。あの強化兵も何人投入されているか不明だ」

「そうね、しかもここ、視界も足場も悪そうだし」

 廃墟が建っている土地周辺はある程度整地されているが、そこへ続く道は、かつて大型トラックや重機が通った溝が薄ら残っているだけで、草が生い茂った獣道になっている。

「じゃあ、下りようか。ゴルト、後方支援は任せた」

「解りました」

 葉子が指示を出すと、ロバータは跳び上がって廃墟の二階に上がった。それを見て、晴は思わず呟いた。

「すっげ……」

「後ろは彼女に任せるとしよう。さあ行こう、一応応援も出しておこうか」

「それが良い」

 白彦が携帯電話を取り出すと、葉子は先頭に立って護衛を始めた。

「うーん、やっぱり待ち伏せされているわよね……」

 葉子が気を張り巡らせると、獣道から外れたところに何人もの敵が待ち伏せしているのを気配で感じた。

「ちょっと待っててね」

 葉子は二人を置いて先に進んだ。時折うめき声のような声が、晴の耳に入った。

「流石だな。敵に反撃する隙も与えずに制圧するとは」

 白彦にも聞こえていたようで、満足そうに頷いた。

「……葉子に頼んだ事って、殺し?」

 晴は睨み付けたが、白彦は首を捻って答えた。

「いや、相手の生死は特に問わん。如何にして無力化するかは、あいつに任せている。別に殺しを強要していない。今回頼んだことは、奴らの動向を探ってもらうことと、あの強化兵の情報収集だ」

「でも……」

「ああ、危険なことには違いない。本当はここまでさせる気は無かったのだがな。せいぜい、学校内の問題児や付近の不良の情報だけ集めてくれれば良かったんだが、あいつは引き受けてくれた。自分からな」

「自分から?」

「ああ。ただし、保名は付き添いのようなものだが」

「……」

 晴は白彦の言うことを完全には信用できなかったが。しかし、葉子には嫌がる様子は無く、むしろ嬉々としてやっている感すらあり、複雑な気分になる。

「そしてこうも要求してきた」

 途端に白彦の顔が暗くなった。

「『アタシが人間に戻れなくなった時は、どう抵抗しようが喚こうが有無を言わさず始末してくれ』とも」

「どういうこと?」

「あいつの能力は常人を超えている。もしそれが理由で正気を失ったら、力に溺れるようなことがあったら、と言うことだ。具体的に言えば、『自分が一番嫌っているものに自分がなってしまったら』、引導渡してくれって事だろう」

「葉子が嫌っているものって?」

「屍人と呼ぶ者達、簡単に言えば堕落した人間、心が腐った人間のことだ。因みに心の壊れた奴のことは化物と言うそうだ。今の信田は、人間と化物の中間といったところだな」

「葉子が化物って……」

「ああ、あいつがそう自嘲していたよ。私に自分を売り込んだのは、私を監視者とする意味合いもあるようだ」

 そう語る白彦の顔は名残惜しそうであり、寂しそうでもあった。

「終わったぞー」

 戦闘を終えて葉子が戻ってきた。

「粗方片付いたようだな」

「所詮素人に毛が生えた程度だもの。話にもならないわよ。ゴルト、そっちはどう?」

 葉子が電話でロバータに話しかけた。

「あー、今更だけどちょっとマズいかも」

「どうした?」

「例の強化兵が集まってくる! うわ、撃ってきた!」

 葉子の電話からは銃声は無いものの、弾が何かにぶつかる音が響いた。

「校長、晴、全速力で突っ切れ。対策も装備も無しにあれは危険過ぎる」

「間違っても死ぬなよ?」

「分かってら」

 白彦は晴を連れて逃げ、葉子は不知火を構え直し敵襲に備える。

「遅いぞー、待ちくたびれたわ」

 葉子の目の前に、滑り込むようにジエンレン-01の小隊が現れる。ジエンレン-01達はゆっくりと50口径の自動小銃を構えた。

「かかってきなさい」

 葉子は挑発するように手を前に突き出し、指を動かす。それと同時にジエンレン-01は発砲してきた。しかし葉子はそれを見切り回避、懐に潜り込んで両肩と背中を斬り付けた。

「ぐあ!」

 斬り付けられたジエンレン-01は崩れ落ちた。

「安心しろ、峰打ち……じゃないが殺しはしないさ。肩の腱と脊髄を断たせてもらったよ」

「ちっ!」

 一部のジエンレンはマチェットで反撃しようとしたが、それも肩の腱を斬られた挙句マチェットも破壊されて即座に無力化された。

「随分脆いマチェットだこと」

「銃も脆いですよ」

 ロバータはというと、葉子同様敵の関節や神経を狙って動きを封じ、念入り武器も破壊していた。

「あいつこそ化物かよ……」

 ロバータはジエンレンの銃の銃口に弾を撃ち込んで内部から破壊した。この規格外の精密射撃にはジエンレンも恐怖を抱かざるを得なかった。

「数で圧倒すれば問題無い!! かかれ!!」

 大型の通信機を背負った隊長クラスのジエンレンが号令を出すと、三十人近くのジエンレンと未強化の男達が葉子達を取り囲んだ。

「お友達まだこんなにいたんだねえ……」

 圧倒的に不利な状況にもかかわらず、葉子は不敵な笑みを浮かべていた。

「遊んで欲しけりゃかかっておいで!!」

 叫んだ瞬間、ジエンレン達は葉子に向かって一斉射撃を始める。しかし撃ち込んだ先には既に葉子はいなかった。

「どこだ!? どこに消えた!?」

「こっちだボンクラが」

「いっ!?」

 懐に潜り込んだ葉子はジエンレンの腕や肩の間接部を斬り付ける。更にオマケと言わんばかりに回し蹴りを放ち、脚を折る。

「こいつ……!! がっ!! ごほぉっ!!」

 武器も肉体も破壊されて尚抵抗を試みる者には顎を蹴り上げ、無防備に晒した鳩尾に踵落としを叩き込む。

「な、なんて奴だ……、なんて……うおっ!!」

 隊長クラスのジエンレンは銃を構えながら震えていた。そんな哀れなジエンレンの顔を掴み、無造作に振り回した。

「――!!」

 樹木や地面に叩き付けられ、或いは激しく擦りつけられ、隊長の体にはダメージが蓄積していった。しかも口を押さえつけられているせいで、悲鳴すら満足に上げられない。

「ほれ、見えないとこまで、飛んでいきな!!」

「あああああああ!!」

 最後に葉子は砲丸投げのように隊長を投げ、近くの木に叩き付けた。放された頃には隊長の腕や脚からは折れた骨が飛び出ており、恐怖のあまり涙や鼻水を垂れ流し失禁までしていた。

「ゴルト、敵は片付いた。合流するぞ」

「了解です」

 敵の殲滅を確認した葉子は白彦との合流を目指した。だが葉子とロバータには、まだ敵が残っているような殺気が感じられた。


 獣道を下ること二十分、清彦達の目の前に道路が見えてきた。

「や、やっと逃げ切れる……」

 晴が息を切らしながら言うと、白彦は首を横に振る。

「いや、むしろここからが本番かも知れん」

「なんで?」

「森は見通しや足場が悪いかも知れんが、それは敵にとっても同じだ。追跡しづらいし、こちらを捕捉しにくい。だが道路は隠れる場所が少ないし、足場もしっかりしている。こっちは丸腰だ、撃ち合いになれば圧倒的に不利だ。それにさっきからやたら静かすぎて不気味だ」

 白彦は別働隊がいるような気がしていた。葉子達が強化兵の足止めをして以降、どれだけ周囲を見回しても他に敵の追跡が無かったのだ。自分が標的なら、護衛の足止めをして追跡してくるだろうから、隙を見て何人かが追ってくるはずだ。だが敵は標的が離脱するリスクを意識してないように、あの場にいた全戦力を葉子達にぶつけていた。

「仕掛けてくるなら、俺達が道路に飛び出した後だろう、ん!?」

 白彦は向かい側の斜面を見て顔を強張らせ、晴の頭を掴んで伏せさせた。

「うわ!」

「伏せろ!」

 そしてゆっくり藪の中に隠れる。

「うえ、虫が髪に……!!」

「そのくらい我慢しろ。髪が食われるどころか、頭蓋骨にトンネルが出来るぞ。見えるか」

「え? うーん……!?」

 晴は白彦の指さす方を凝視すると、木々の間で何かが光った。

「何あれ? 何が光ってるの?」

「反射光だ、スコープのな」

「ってことは、ライフル!?」

「ああ、それも狙撃用のな」

「スナイパーがいるの!? てか、ライフルに狙撃用以外にあるの?」

「あー、君はライフルと言ったらそんなイメージなのか。まあそもそも広義的にいえば、実は拳銃やマシンガンはおろか、戦車砲も……」

「……」

 晴が難しそうな顔をしたので白彦は解説を止めた。おそらく晴は、ミリタリー系にあまり関心が無いのだろう。それどころか、SFにも疎いのかもしれない、と。

「まあとにかく、ここを真っ直ぐ出るのはよそうか。森に沿って、出来るだけ体を出さないようにな」

「まさかと思うけど……」

 晴は嫌な予感がした。

「匍匐前進だ」

「やっぱりかー!」

「仕方ないだろう、こっちは迷彩服も防弾着も無いんだ。狙われちゃひとたまりもないぞ」

 晴は渋々従うことにした。泥や枯れ葉が制服に纏わり付き、時々虫が露出した肌に触って気持ち悪く思った。

「わ、蜘蛛!」

「おいおい、そんな小さい虫にビビるなよ。ここには人殺すようなヤバい蜘蛛はいないんだからよ」

「いやビビるでしょ、見た目的に」

「そうか? なかなか可愛い見た目した蜘蛛もいるんだがな。ま、今は蜘蛛の巣より厄介な網を抜けないとな……」

 白彦は相手に察知されぬよう、少しずつ後退した。だがその時、後ろから複数人の足音が近付いてきた。

「先生、後ろ! 後ろ!」

「くそ、狩り出しに来やがった……!」

 敵は白彦達が予定のキルゾーンに入らなかったことに焦れて、自分から捜し出しに来たようだ。

「とにかく見つからないように行くぞ! 姿勢を低く……!」

 周囲には身を隠せる茂みや凹凸があったが、前後を挟まれた状況、見つかれば即座に挟撃されてしまう。

「ステルスはゲームでも現実でも心臓に悪いな……」

 白彦はボソリと呟いた。

「ステルスなんて、隠れん坊みたいなものでしょ?」

 晴が緊張感を誤魔化すため茶化すように言った。

「まあ確かに。君は好きか? 隠れん坊」

「銃で狙われなきゃね……」

「はは、そりゃそうか。おっと!」

 白彦は咄嗟に木陰に隠れた。真正面にジエンレンがいたからだ。一瞬視界に入ってしまったらしく、不審がって近付いてきた。

「こっちだ……!」

 なんとか別の茂みに隠れることが出来たが、それでも追い詰められていることには変わりなかった。少しでも音を立てれば、速攻でバレてしまう程の距離に相手はいる。

「畜生、隠密作戦するなら消音器くらい付けろよ……」

 白彦は敵から奪った銃には消音器を付けていないことにもどかしさを感じた。敵はバラバラになって捜索している、お互いをカバーし合うこともなく、練度も決して高くはない。やろうと思えばいくらでも倒せそうだが、派手に銃声を立てれば敵の注意も一斉に向いてしまう。

「……それにしても、随分手慣れていません?」

 晴は武器の構えといい、ここまでの行動といい、白彦はどうもこういう状況に慣れている感があった。

「まあな、今は気にせんでくれ」

 白彦は適当に相槌を打った、その時だ。

「うわ!」

「あ!」

 晴はうっかり足を滑らし、急勾配な斜面に転がり落ちてしまった。

「おいおい、冗談だろ……」

 敵の注意が一斉に晴へ向いてしまった。

「いてて……、ああヤバい……」

 ゆっくり起き上がる晴の元に、猛烈な勢いでジエンレンが接近してくる。無防備なのを知っているためか、銃ではなくマチェットを片手に突っ込んできた。しかし、それを白彦が牽制射撃をして抑える。

「先生……!」

「しかし、これじゃ時間稼ぎにもならんな……」

 白彦の銃撃はジエンレンの注意を一瞬逸らしただけで、構わず前進する。

「先生!」

「むおっ!」

 白彦の背後からナイフを振りかざした男が襲いかかってきた。だが敵から奪った拳銃でどうにか撃ち倒すことが出来た。

「泉! とにかく出来るだけ逃げろ! こっちは気にするな!」

「はい!」

 なんとか晴は立ち上がり、逃げ出した。白彦はライフルで援護射撃を行う。だが敵が使っていたライフルは工作精度の低い安物なのか、遠くの標的にはほとんど当たらない。

「くそ!」

 白彦は晴だけでも逃がそうと、撃たれるのは承知の上でカバーから離れ、晴の動きに合わせ移動した。

「くそ……」

 しかし足場の悪いこの状況、素人の晴が逃げ切るには不利だ。しかも追手は強化兵だ。そうこうしている内に、マチェットが晴の首にかかろうとしていた。

「マズい!」

 そう思った時だった。

「ぐあ!」

 マチェットが何か強い力で弾かれてしまい、しばらく宙を浮いて地面に突き刺さった。それと同時に肩と脊椎を斬り裂かれ、血が噴き出た。

「待たせたな!」

 晴の前に現れたのは、仮面を付けた葉子だった。

「危なかったですね」

 続いて紅を抱えたロバータが滑り込んでくる。仮面に遮られているが、疲れたように額を拭った。

「遅いぞ、年寄り待たせるな」

 白彦が悪態をついて胡座をかいた。

「悪かったって。ま、大方どっかの誰かさんがヘマこいたんだろうけど」

 葉子に見つめられ、晴はギクリと体を震わせた。

「まあまあ、こんな足場悪いとこじゃ仕方な――」

 ロバータが言いかけた時だった。

 バン!

「え!?」

 一発の銃声と共にロバータが倒れた。続いて二発、三発の銃声が鳴り、葉子の身体は粉砕された。

「まだいやがったのか!」

 白彦が振り向くと、既にジエンレンの部隊に包囲されており、銃を突き付けられていた。

「そこまでだ蔵井白彦、動くな!」

 大がかりな通信機を背負った隊長が、したり顔で白彦に詰め寄った。

「随分今までナメた真似してくれたな。公安辞めた後も、そのコネで俺達の情報を流していたんだろう? おかげで何人もの同胞・幹部が葬られた事か。この辺で仲間が何人も消えちまったのは何でかと思っていたら、まさか教鞭とっていた爺が元公安の犬だなんて思いもしなかったぜ」

「???」

 晴には中国語で話す彼らの言葉が解らなかったが、ただならぬ因縁を感じた。だがそれ以上に違和感を覚えた。

(なんでこいつら、こんな悠長に喋ってんだ……? こんなに仲間やられているのに)

 疑問に思っていると、背中を掴まれ持ち上げられた。

「う、うわ!」

 隊長はそれを見て、白彦に一歩近付いた。

「さあ、たっぷり礼をしてやろう。だがお前をただ痛めつけただけでは面白くない、まずは教え子を目の前でいたぶってやろう! その方が堪えるだろうからな」

「葉子ー!! ロバータ!!」

「くくく……、あの女狐、ガキの同級生らしいな。哀れだな、ショックのあまり現実逃避しているよ。お前も酷い男だな、教え子を自分の手駒に使うから、こうなるんだよ」

 隊長が嘲笑っているが、白彦は気にする素振りも見せずポツリと呟いた。

「……霧が、深くなってきたな」

「何だ、急に?」

 隊長も言われて改めて気付いた。辺りに霧が立ち込めてきたのだ。

「これは一体……」

 隊長を含め、ジエンレン達に動揺が広がった。

「一つ確認しておこう、お前はちゃんと殺ったのか? あの女狐二匹を。狐は人を化かすというからなあ、ひょっとしたら偽装されたかもしれんぞ?」

「何を馬鹿な!」

 声を荒げる隊長だったが、葉子達が倒れていた場所を改めて確認した。

「奴は、奴らの死体は、どこに……!?」

「……まさか葉子が死んだと思ってる?」

 晴が呆れたように呟くと、白彦は大きく頷いた。

「残念なことにな。こいつら目も頭も悪いらしい。筋肉ばかり強くなっちゃって、脳みそが小さくなったようだな、やれやれ」

「あー、そういう事か……」

 晴はようやく理解した。実は銃声が聞こえた時、晴の目に映ったのは、葉子もロバータも倒れはしたものの、直ぐさま起き上がって目にもとまらないスピードで姿を消してしまった瞬間だった。

「なら、奴らはどこに……」

 隊長は青ざめて周囲を見回した。

「さあて何処だろうな? おい、隠れん坊は終わりだ。早く決着つけてやれ」

「はいはーい」

 軽い返事と共に、霧が一箇所に固まって人の形を形成していき、やがて全身を白い鎧に身を包んだ葉子が現れる。少なくともジエンレンにはそう見えた。

「き、霧に姿を変えていたのか……、吸血鬼か貴様……」

「んー、違う。変えてない、化けてただけ」

 葉子は片言の中国語で話した。そして不知火を抜き、構える。そして一瞬で詰め寄り、武器を破壊する。

「こいつ! うわ!?」

 銃を破壊され、マチェットで反撃を試みる者もいたがそれは銃声と共に弾き落とされる。

「うふふ、私を忘れちゃ困ります」

 ロバータも黄色い軍服のような格好で、紅を発砲した。

「やっぱりお前も生きていたか!」

 ジエンレン達は反撃をしようとするが、葉子に脚を斬られバランスを崩した。

「コラコラ、お遊びは終わってないわよー?」

 葉子を狙えば狙撃され、ロバータを優先すれば斬られと、ジエンレン達は満足に反撃も出来ないまま翻弄された。そもそも、葉子が発生させた霧のせいで満足に姿を捕捉できない。

「くそ……」

 ジエンレンの一人は晴を人質に撤退しようとしていたが、それを葉子は見逃さなかった。

「ちょっとー? 黙って退場なんて酷いじゃなーい?」

 葉子は鈍金で脚を狙い撃ちにした。

「ぐわあ!」

「いてえ!」

 解放されたと同時に解放された晴は、打ち付けた背中を擦りながらなんとか離脱した。そして逃げたジエンレンに対し、葉子はその背に乗っかり、肩と脚の関節を念入りに撃ち抜いた。

「ぎゃあああああ!」

「後で念入りに、縄で締め上げてやるから大人しくしてろ」

 最後に背中を思い切り踏みつけて脊椎を破壊し、残党狩りを再開した。最終的には、隊長一人だけになってしまった。

「強化兵である俺達が手も足も出ないだと……」

 震える隊長に対し、白彦が嘲るように言った。

「お前達も化物の力を使っているようだが、こいつらとじゃ格が違う。お前達が通じるのは、ただの人と、その組織程度のもんだ。だがこいつらは、その気になれば国一つ潰せるアジア最強の妖怪、九尾狐の力を持つ者達だ。それが、ナイトバーカーフォックス。国一つぶつける気でなくては勝てんぞ」

「くそ、ふざけやがって!」

 隊長が拳銃を引き抜いて撃とうとした瞬間、ロバータが銃口に銃弾を撃ち込み暴発させ、怯んだ隙に葉子が肩と膝を斬り裂き動きを封じた。

「ぐあああああ!!」

「縄じゃ足りない。だから手足壊す」

 葉子はまたも片言の中国語で隊長に言い放った。更に追い打ちをかけるようにしゃがみ込み、不知火の切っ先を首筋に当てながら言った。

「次、首壊すか?」

「ひいいいいいい!!」

「おいおい、よせよ。もう流石にいないな?」

 白彦が疲れたように周囲を見回した。だが葉子の返答は、少々残酷だった。

「あー、ジエンレンの気配は無いけど、通常のチンピラの気配なら三十人近くいるわな」

「おいおい、勘弁してくれ……。どんだけ呼んだんだあいつら、チャバネか」

「何故チャバネ? まあ繁殖力ならそっちが上か。まあでも虎の子全滅してほぼ戦意喪失しているみたいよ~、どうする?」

「どうするって?」

 白彦が聞き返すと、葉子の仮面がニヤリと笑った。

「このまま狩り尽くすか、泳がすか。勿論こちらはまだまだ余力がある、追撃は充分可能だ。そちらの命令次第で、アタシは奴らをどうにでも出来る。アンタが後方で伏せてる間、アタシは奴らを殲滅しよう。刀はアタシが抜き、構え、突っ込み、斬り付け、或いは突き刺す。銃も同様だ。何なら奴らからの銃撃・刺突・斬撃も、全て肩代わりしよう。決めるのはアンタの意志だ、だから言ってよ~、どうすれば良いかさ~」

 葉子がねだるように言うと、白彦もまたニヤリと笑い力強く言い放った。

「分かり切っているだろうに、何を今更。完全破壊、完全破壊だ!! 無謀にも向かってくる奴らは、全て捻り潰せ!! 逃げ出して引き籠もるような奴らには、同胞の骸をぶち込んで追い詰めろ!! 我々に楯突く愚かな意識ごと、完全にへし折り砕け!!」

「アハハハ!! 流石校長、期待を裏切らん男だ!! 興奮してきたよ、ノッてきた!! では行こうかゴルト、奴らをアタシ達の縄張りから一匹も逃がすな」

「アハハ……、了解」

 ロバータは苦笑しつつも、葉子に同意した。

「では気分変えて化粧直しといこうか……」

 そう言うと葉子は全身を黒い姿になり、三孤神を構える。一方ロバータは緑の姿になり、弥作を構える。

「なんだ!? 奴の姿が変わった!?」

「う、撃て!! 撃ちまくれ!!」

 残った敵の残存部隊は震えながらも構えるが、葉子は一瞬で詰め寄り近くの男を殴り飛ばし、ロバータは姿を消すと同時に敵の両肩を撃ち抜く。

「だ、ダメだ敵わねえ!!」

「撤収!! 撤収ー!!」

 残存部隊は完全に戦意喪失し、一目散に逃げ出した。

「言っただろう? アタシらの縄張りから一匹も逃がさねえとな!! 逃げる奴にはこう!!」

「うわあああああ!!」

 葉子は三孤神に殴られ悶絶していた男の頭を鷲掴みにし、逃げる敵に向かって思い切り投げつけた。

「ひぃぃぃ!!」

「ぎゃあああ!!」

 ぶつけられた男は前のめりに倒れ、それを見ていた周囲の仲間もそれを見て腰が抜けてしまった。

「おい、しっか――はっ!!」

 遠くから見ていた仲間は助けようと近付くが、恐ろしいものを見て足を止めた。倒れた男達に無数の青白い腕が絡みついていたのだ。無論、葉子が発生させた霧の幻影だが、男達は知るよしも無い。そもそも、葉子達の圧倒的な戦闘能力の差を見せつけられ、恐慌状態に陥った彼らには冷静に分析する余裕も無いのだが。

「うわああああ!!」

 更に追い打ちをかけるように、逃げ出す男の後方から、銃撃しながら追いかけてくる旧式の軍服を着たゾンビのような兵士がいた。

「く、来るなぁぁぁぁ!!」

 焦った男はゾンビ兵を撃つが倒れると同時にその正体が判明した。

「えっ!?」

 そのゾンビ兵は自分の仲間だった。息はあるが、自力で動けない程の重傷を負っていた。仲間を撃ったという事実に動揺し、銃を向けたまま後ろに後退ると背中が何かにぶつかる。振り向くも何もいない。しかし――。

「ぐあ!?」

 右肩の脇に何か突き刺さったような感覚がしたと思ったら、その脇から出血。更にそのまま上に持ち上げられる。

「うわあああああ!!」

 パニックに陥った男は銃を手放して絶叫するだけになり、意味も無く脚をばたつかせた。やがて脇を突き刺した者の正体が現れる。

「終わりです」

 現れたのは、緑色の軍服のような格好をし、弥作の銃剣を突き入れるロバータだった。

「あああああ!! ああああ――がっ!!」

 持ち上げられた男はそのまま地面に叩き付けられ、失禁しながら気絶。

 葉子もまた、別の敵を三孤神を肩で担いで散り散りに逃げた敵を愉快そうに追撃していた。

「どうした!? まだ残弾は残っているだろう? 刃は折れていないだろう!?」

 笑いながら葉子は三孤神を振り回す。

「ぎゃあああああ!!」

「任務から逃げ、義務から逃げ、敵の目前から逃げ、アンタら何のためにここに来た!? 自身の命も、誇りも賭けられず、市民を、町を、文明を、美を、魂を破壊するだけ破壊し尽くそうとし、挙句自分達は尻尾巻いて逃げるのか!? 容易に殺せればいくらでの相手を踏みにじれるクセに、簡単に殺れない奴には背中見せてトンズラか!? アンタ兵士の風上にも置けんな、消えちまえゴミが!!」

 蔑んだ目を向けながら、再び葉子は三孤神を振り回す。

「ぎゃああああ!!」

 木に叩き付けられた男だが、まだなんとか意識は保っていた。気絶した方がいっそ楽だったかも知れないが。

「く、くそ!!」

 男は腰のホルスターに差してあった拳銃を、葉子に向けて撃った。

「クソ、クソクソクソクソ!! クソがああああああぁーっ!!」

 しかし銃弾は全て黒い鎧に弾かれ、貫通することはなかった。

「ああああああぁーっ!!」

 立ち上がって次はナイフを振りかざして突っ込んできた。それを見て葉子は感心したように笑い、三孤神を置くと男の脚を払い、一本背負いで地面に叩き付ける。

「がっ……」

「そうだよ、それだよ。やれば出来るじゃないか!! アハハハハハハハ!! アーハハハハハハハ!!」

 敵の抵抗を見て、何故か葉子は愉快そうに笑った。

「アンタ達もこいつ見習って抵抗、いや『戦って』みせろよおぉぉぉーっ!!」

「ひあああああああ!!」

 笑い声を上げながら、様子見をしていた他の男にも葉子は三孤神片手に容赦なく突っ込んでいき、男達は瞬く間に全滅した。

 敵の悲鳴と葉子の笑い声を聞きながら、白彦は呟いた。

「あれがナイトバーカー(夜の咆哮者)と言われる所以だ。奴に刃向かった愚か者共の悲鳴と断末魔、そして奴の狂喜の声は、そのまま奴の縄張りを主張する咆哮になる。それでも尚、そこに踏み入った敵はどうなるか。一度入り込めば、脱出は困難だ。平地は一瞬にして瓦礫と骸の転がる荒れ地と化し、地盤は泥濘み足をとられ、開けた空間は出口の無い迷宮に化ける。縄張りは奴の意のままに侵入者を捕らえる監獄になるんだ」

「でもそれって、敵が勝手に……」

「ほう、解っているじゃないか。そう、敵が勝手に幻の中に造った地獄。そしてこの霧は、敵の邪心を映し出す鏡。馬鹿共は自分の心に踊らされ、弄ばれ、殺される。侵入者を殺すのは、あの化け狐などではない。他ならぬ侵入者自身だ」

 改めて霧の中で繰り広げられる戦闘を見る二人。数少ない敵は何も無い所で跳びはね、着地をミスし転げ回る。或いは木に向かって何度もタックルを仕掛け、悶絶している。同士討ちをしている者までいる。誰もまともに葉子達を相手に出来ず、もはや戦いになっていない。悪趣味なデスゲームのようだった。

 最後の敵が倒れると、霧が晴れた。それと同時に葉子とロバータが白彦と晴の目の前に滑り込んできた。

「終わった」

 そう言って葉子はロバータと共に仮面を外した。

「ご苦労。後は、私の友人に任せても問題無い。しかし、予想以上の戦闘になってしまったな。まさか小隊規模で攻めてくるとは、この町もきな臭くなってきたな」

「それだけ、こいつらのパトロンも焦っているということでしょ。中国の影響力は日増しに落ちていっているらしいじゃない? あの紛争以来」

「ああ、あれから二十年近くは経った……」

 紛争とは尖閣諸島の領有権を巡ったもので、事の発端は領有権を訴える中国の公船が爆発に始まる。海保及び海自が乗組員の救助にあたったものの、中国側は公船の爆発は日本の攻撃によるもので、救助は実質的には拉致だとし非難。一方日本側は公船への攻撃は否定し、爆発は当時事故だと主張。

 痺れを切らした中国は乗組員の救助を名目に艦隊を尖閣諸島海域に派遣。警告のために緊急発進した海自の護衛艦及び哨戒機に攻撃。ここでも中国側は海自の護衛艦がレーダー照射をしたなどと主張。当然日本は否定し、逆に中国側の一方的な攻撃を非難した。そもそも当時の中国政府はタカ派の政治家と軍人の発言力が大きくなってきており、何が何でも戦争したかったのでは、一連の主張も自分達の戦争行為の正当化のためではないかとネットでは囁かれていた。

 その後も事態は悪化の一途を辿り、揚陸部隊を沖縄に送り込み、奇襲攻撃と新型ウイルスのによる士気低下から現地の在日米軍及び自衛隊は壊滅的な打撃を受け、沖縄全土を占領。その勢いのままに九州南部も陥落した。

 しかし、本土に残っていた自衛隊・在日米軍の全戦力を投入し、中国軍の北上を抑えつつ、特殊部隊を使って後方攪乱を行い、周辺諸国の情勢変化と中国軍の混乱も加わり、二年の歳月をかけどうにか撃退に成功した。

 しかしその爪痕は大きく、日本は中国軍が置き去りにした大量の銃器類が反社会勢力の手に渡ったことで、一時期テロが頻発した。ネットではこの大量の置き去り武器を、「中国軍の最後っ屁」と呼んでいる。

 中国側もまた、戦闘が長期化したことで他に領土問題を抱えるアジア諸国との対立が深まってしまい、武力衝突を生んでしまった。特に南沙諸島の中国軍基地はベトナム空海軍の攻撃を受け、陥落とはいかないまでも壊滅的なダメージを受けてしまい、戦力を割かざるを得ず日本侵攻に支障をきたす程だった。この周辺諸国との対立は中国の軍・政治・経済立て直しの足枷となっており、今も小競り合いが絶えない。中には中国国内の反社会勢力に軍事訓練を施すために工作員を送り込んだ国もいるらしく、少数民族との紛争も勃発している。

 この紛争以来、日本政府は野党の反対も押し切って大規模な軍拡を推進。自衛隊も「国防軍」に名を改め、これまでタブーとされていた弾道ミサイルのような戦略兵器にも着手するようになった。

 戦後以降初めてここまで態度を硬化させた日本政府に中国政府は国内の混乱もあって動揺を隠しきれず、国防動員法を以て日本の軍拡と戦後復興の妨害を画策しようとしており、それが今も続いている状況だ。

「それより先生、なんでこんな危ない奴らに狙われてるの? さっきあの人達と話してたみたいだけど」

 晴は少し前にあった、白彦とジエンレン達とのやり取りを思い出し訊いてみた。あのやり取りは中国語で解らなかったからだ。

「ああ、それな。連中のこと公安にチクったことバレちまったんだよ。いやー、ひでえ目に遭ったぜ」

 軽いノリで放す白彦の態度に、晴は不審に思った。何かもっと別の秘密を誤魔化し、隠していると。

「校長は元公安だったのよ。今でも元同僚・後輩とは連絡交わしているみたいよ」

 しかし葉子があっさり暴露してしまった。

「おおーい、簡単に暴露してくれるなよ……」

「良いじゃん、こんな状況にしょっちゅう巻き込まれるような人なんて普通じゃないでしょ。隠すだけ無駄でしょ」

「そういう問題じゃないんだよな……。まあ良い、とりあえず早いとこ離れるぞ。ここ蛇とか出るからな」

「蛇!?」

 晴は一瞬体が跳ね上がった。

「晴君って蛇とか虫とか苦手でしたっけ?」

 ロバータが不思議そうに顔を覗き込んだ。

「明が昔、デカい蛾とか蜘蛛を目の前に持ってきたりしてトラウマなんだよ……」

「あー、明って虫好きだからねー。特に水生昆虫はレア物って言って、偶に郊外の水田に虫取りに行くくらいだし」

 ロバータは懐かしむように上に視線を移して言った。

「アタシは虫好きだけどね~、カブトムシとかクワガタとか。蟻とか蜂も見てて面白いけど。あ、どうやらお迎えみたいね」

 道路に出た葉子の目の前に、自分達に向かってくるタクシーが見えた。それが停まると、中から見知った顔が三人出てきた。

「晴ー、大丈夫ですかー!?」

「あれ、信田様なんで!?」

「……校長、とりあえず説明頼む」

 明は晴に駆け寄り、麗は葉子の手を握り、一樹は白彦を訝しげに睨み付けた。

「ああ、手短に言えばテロリストに襲われた。これで良いか?」

 詳細を省いた説明に対し、一樹は食って掛かる。

「襲われたというが、何故襲われた? 藪を突いたせいじゃないのか?」

「君も鋭いね。まあ、大雑把に言えばそうだ」

 その大雑把な説明に対し、葉子が捕捉した。

「校長は元公安なのよ。そのコネと昔の勘を使って、独自に入手した情報をお友達に告発したのが連中にバレた。ま、そんなとこね」

「マジか、何かときな臭いオッサンだと思ったが」

「信田……!」

 白彦は歯を剥き出しにして葉子を睨み付けたが、葉子は上を見上げて知らんぷりを決め込んだ。

「あ、ところでさ……」

 晴が思い出したように口を開く。

「あの誘拐犯はどうするの? 派手に頭吹っ飛んで悲惨なことになってるけど……」

 顔を青くし、微かに震えながら言った。それに白彦が答えた。

「誘拐と監禁と暴行の容疑で書類送検になるだろうな。その辺は心配せんで良い」

「ああ、そうなの」

「ただし泉君には、事情聴取に付き合わされるだろうからそのつもりで」

「うわ、面倒だなあ……」

 その後の事を想像し、晴はげんなりした。

「アタシは帰って構わんよな? てかそうじゃなうとマズいだろ?」

 葉子は欠伸をしながらぶっきらぼうに言い放った。

「そうだな、最悪口を縫い合わせて焼き固めることになりかねんだろうからな」

 過去を言われた腹いせか、白彦は物騒な事を口走った。

「おお、怖い怖い。ではお暇するか、行くよロバータ」

「了解です」

 葉子とロバータは仮面を付け直すと、一瞬で消えてしまった。

「消えた……!?」

 晴が瞬きしながら、二人が消えた地点を凝視する。

「異世界に移動しただけだ、気にするな」

 何でも無さそうに白彦は言うが、晴は頭が整理できずにいた。

 そうこうしているうちにパトカーとSAT隊員を乗せた銃器対策警備車・救急車がやって来て、無力化されたジエンレンを含めた武装グループは救急車に乗せられた。

 一方で晴達は取り調べを受けていたが、慣れない取り調べにしどろもどろになる。晴の足りない言葉を補うように白彦が隣でサポートする。取り調べが終わった後、晴と白彦はパトカーに乗せられて家路に着いた。その際、白彦は葉子と初めて出会った頃のことを思い出していた。


~回想・白彦視点~

 アイツと出会って一年くらいか。私があの学校に着任して間もない頃だ。私は現役だった頃の知識と技術をフル活用して、当時周辺で起こっていた通り魔事件を追っていた。もし証拠を見つければ、それを警察に匿名で提出する手筈だった。

 犯人が現れる場所とタイミングは分かった。後は犯行現場であるゴミ処理場付近で張り込み、現行犯で捕まえるだけだった、筈だったのだが……。

 予想外の出来事が起きてしまった。それは『化物』との邂逅だ。私が追っていた犯人達は、まさにそれだった。人間離れした身体能力は、公安としての勘も身体能力もすっかり錆び付いた私を一蹴するには十分すぎた。どこからもたらされたか解らぬその力に、私は為す術も無かった。

 だがもう一つ、嬉しい誤算が起きた。そう、白い化け狐との出会いだ。奴は出会ったばかりの、全身ズタズタの私を、笑いながら言いやがったのさ。

「これはこれは、牙を隠した番犬かと思いきや、抜け掛かった老犬だったとはね。まだ鋭く研がれて折れちゃいないのに、それを使うには噛みつく顎も、獲物を追い詰める四肢も衰えてやがる」

「……歳なんか関係無いな。耄碌しなくても、元々体はガタガタだ」

 そう、私の体は現役時代に被った大怪我で、かなりがたついている。日常生活には影響は無いが、激しい任務について行けるだけの力は無い。現役を退いてるクセして、ここにいることが間違いだって言うのに。

「それよりお前は誰だ? そいつらの仲間か?」

 もしそうならせめて冥土の土産にそいつの正体だけでも知りたかった。だがそいつは返事の代わりに、エラい骨董品のリボルバーをぶっ放しやがったのさ。私をボロ雑巾にした化物共に。

「見えるか?」

「……さあ、どうだか」

 その行為が、油断させるフェイクかもと、私は気を緩めることは出来なかった。例え死を目前としていてもだ。

「はあ、まあ良い。だがこれだけ言っておく。あんな『屍人』共と一緒にするな。化物ってのはな、屍人を食らい尽くすための存在だ!!」

 奴がそう吼えると、どこからか発砲音がした。音からして目の前の女狐のリボルバーじゃない。フルオートの時点で大外れだが。

 その発砲音と共に化物共は次々と倒れていく。そしてついに、銃声の主が姿を現した。

「ズィルバー、そのご老人の護衛を。私は近付く敵を殲滅します」

 そいつは黄色い女狐だった。しかも、白い方のリボルバー程じゃないが、奴の自動小銃もかなりの古物だ。

「仕方ない、行くわよこっち!!」

「おお!?」

 白い女狐はこっちの体なんかお構いなしに腕を引っ張って立たせると、ダッシュで駆け出した。化物共も追いかけてきたようだが、全て黄色の女狐に阻まれる。

「いてて、おいおいもうちょっと労ってくれないか?」

「労らなきゃならん程死にかけてないでしょうが、ほら走る走る!!」

「無茶言いやがる……」

 一瞬でも足が縺れようものなら転倒しちまいそうな速さだった。なんとか化物共の追撃を振り切った私達は、朽ちたコンテナに逃げ込んだ。

「ちょっとここで待っててくれないか?」

 白い女狐はそう言うと、私を一人コンテナに置いていき、外に出てあの化物共とやり合い始めた。黄色い方も合流して援護射撃を始める。

 結果は女狐コンビの圧勝だった。化物共は結局二人に掠り傷一つ負わせることすら出来ず、関節を切断され身動きが出来ない状態に。

「おい、あのクズ共始末してやったぞ」

 全てが終わり、白い方が私に近寄ってきた。

「そうか……」

 ここで私の視界がぼやけた。舌打ちが聞こえたかと思うと、女狐は携帯電話を取り出しているのを見ると、やがて意識を失った。

 気付いた時は病院のベッドの上で、ある程度落ち着いたところで警察から取り調べを受けた。私の職歴を知っている奴だったらしく、無茶やったことには小言を言われた。

 最後に私は、私を助けてくれた狐の面を付けた妙な二人組の事を聞き出そうとしたが、通報を受けて駆け付けた時はそいつらはいなかったらしい。だが同時に、警察の間ではちょっとした有名人であるとも聞いた。どうも、不良や化物が絡む事件には必ずと言って良い程こいつらが現れるらしい。

 再会までに時間は掛からなかった。何故なら私は退院後も性懲りもなく事件の独自調査を続けていたからだ。もっとも、再会したのはただの不良少女としてだったため、一目で同一人物と気付けなかったが。

 場所は生徒の大部分が帰宅ルートに通っている公園前。そこで白い女狐こと、信田葉子がいた。数人の男に絡まれている最中だった。相手は成人男性、がたいも良いし武器を忍ばせている。男共はこの付近で女児生徒にちょっかいを出している奴らでもある。手助けついでにしょっ引こうと思った私だったが、そこでも彼女は強かった、いや容赦なかった。襲いかかった男共を、全て素手で制圧してしまった。

「ぎゃああああああ!!」

「腕がああああああ!!」

「なーんだ、意外と大したことないや。ま、武器と外見で脅してる時点で底が知れてるか」

「ああああああああ!!」

 信田は今掴んでいる男の腕を、折れるんじゃないかと思うくらい捻り上げていた。

「てめえ、こんなことしてタダで済むと思っているのか!!」

 尻餅ついて銃を構える男に対し、信田は掴んでいた男を、まるで人質のように立たせた。

「は? 文句あるなら撃てば? 腕っ節に自信が無いからそんな玩具に頼るんだろ? ま、それ使っちゃアタシを殺せるけどコイツも死んじゃうかもよ?」

 なかなかえげつない手を使いやがる。人質を盾に脅迫するわけじゃない、ただこのまま続けるなら自分の手で仲間を殺すことになると牽制している。

「ざけんな卑怯者!!」

 男が捨て台詞を吐きやがったが、いやどっちが卑怯者だよ。自分より弱い奴にしか相手できない下郎が。信田も同じ事思っていたのか、嗤いながら拘束する男の懐から拳銃を引き抜くと、その捨て台詞ほざきやがった男の腕と膝を撃ち抜く。

「ぐああああああ!!」

「馬鹿だねえ、せめて遮蔽物確保してから吼えなさいよ。真性の馬鹿だ。今のアタシ、下らない捨て台詞吐かれて黙っていられる程、寛大じゃないの」

 撃たれた男は関節をやられたせいか、動けなくなってしまった。こうなれば反撃も出来ない。

「アンタはどうしようかな~?」

 信田は悪戯な笑みを浮かべるが、捕まっている男は逆に恐怖で半泣き状態になっている。だが信田の体術を受けてグロッキー状態になっていた男が立ち上がると、サバイバルナイフを持って突進してきた。

「うおおおおお!!」

「ほいさ」

 ドスッ

「ぎゃあああああ!!」

「ああ!?」

 だが信田が咄嗟に方向転換したせいで、ナイフは盾にされていた男の脇腹に刺さってしまった。

「おいそこの爺さん」

「はっ!?」

 どうやら呆けて見ていた私に気付いたらしく、声を掛けられた。

「今すぐ救急車を。警察もセットで」

「お、おう!!」

 私は自分の携帯電話を取り出し、119と110通報をした。それにしても、到着するまでこのチンピラ共の体保つかねえ……、と変な心配をしてしまった。

「さてと、こいつはもうどうでも良いとして……」

 信田はナイフが刺さった男を放り投げ、刺した男にジリジリと詰め寄った。

「はっ、ひっ」

「おいアンタ、さっき『無理矢理系は高く売れる』って言ってたよなあ?」

 この男達、どうやら若い女を襲っていかがわしいビデオを裏サイトにでも流して稼いでいるらしい。信田にもそんな目的で近付いていたんだな。

「そのビジネス、アタシも混ぜなさいよ」

「お、おい!?」

 一瞬犯罪の片棒を担ごうとしているのかと思ったが、違った。

「ただし、無理矢理襲うのはアタシの方。タイトルは、『ヤろうとした女子中学生に逆襲される豚野郎』はどうだ!?」

「はああああああ!?」

「ちなみに裏サイトじゃなく、SNSで流させて貰うわ。バズってどんな面白いコメ書き込まれるか楽しみで仕方ないわ。ま、少なくともアンタら後ろ指指されることは確定だし、これをきっかけに訴訟問題になるでしょうねええええ!?」

 とことん追い詰めるな。こりゃ、チンピラ共は逆恨みする暇も無くなるだろうな。娑婆に出られても、奴を捜すことも復讐の用意も出来なさそうだ。

 その後、警察と救急車がやって来た。信田は事情聴取に応じると、何事も無かったように自販機でジュースを買っていった。

「待て!」

 聴取を終えた私は、その立ち去る背中を呼び止めた。

「アンタ、どこかで会ったか?」

 単刀直入に訊く私だったが、信田はあしらうように笑うと、そのまま無言で去ってしまった。

 そしてこの事件の後、私は信田の尻尾を掴むことが出来た。と言っても偶然なのだが。場所は古い木造アパートが建ち並ぶ、言っては悪いが、スラム街に毛が生えたような貧相な住宅街だ。そこで私は化物一匹に襲われるチンピラ二人組を発見した。近くにはそのチンピラの仲間らしき男が数人血塗れで転がっている。

「おい! 何をやっているんだお前!」

 私は化物に向かって叫んだ。化物の注意が私に向くと、二人組は逃げ出してしまった。さて問題はこれからだ。相手は髪を振り乱し、鉈を持っている、般若のような奴だった。しかも大の男をボロ雑巾にするような奴だ、武器も無しに挑むなど振り返ってみれば無謀すぎた。私は一旦逃げ出した。

 この辺りの地理は把握している。だから細い路地や物を利用してなんとか振り切るつもりだったが、身体能力は奴の方が上。到底振り切れない。体力的にも限界だった。

「ああ、クソ……」

 遂に私は膝を着いた。今度こそ終わりかと思い、目を瞑る。だが金属音が耳を小突いたかと思うと、それ以上何も起きなかった。目を開けると、あの白い女狐が刀で鉈を受け止めていた。

「お爺さん、正義感強いのは結構だがな、ちょっと無謀すぎない? ひのきの棒で魔王殴りに行くくらい無謀だと思うけど」

「はは、確かにな……」

 苦言を言われてしまったが、まあ仕方ない。女狐は化物を押し返すと戦闘を開始した。化物の鉈を躱し、反撃の好機を窺おうとする女狐だが、鉈が仮面に掠り、僅かにずれた。その時、素顔が見えてしまった。

「お、お前はあの時の!」

「……あーあ、見られちゃったよ」

 女狐……いや信田は仮面を戻すと再び化物と対峙する。

「ま、良いか。後のことはアンタをシメてからでね」

 信田は仮面を指先で押さえながら、心なしか集中しているように見えた。すると仮面から霧のようなものが溢れ出し、道着のような白い鎧が現れる。気のせいか凄みが増した。化物もそれを感じたのか一歩半引いた。

「さてと、可哀想だがアンタを放っておくわけにはいかないんだ。あの屍人には近いうちに報いを受けるだろう、だからそれまで大人しくしてくれないか」

 気のせいか、信田は化物に対して同情しているようだった。だが化物は怯みつつも止まれないのか、信田に突撃する。しかし振り回す鉈が銃声と共に砕け散った。

 信田の後方、そこには黄色い旧日本軍そっくりの軍服を着た黄色い女狐がいた。そいつは以前と同じ自動小銃を構え、アパートの屋根にいた。あの銃は狙撃銃じゃないが、軽く80メートルは離れている距離から一発で撃ち抜くとは大した腕だ。

「サンキューゴルト、これでやりやすくなった」

 信田は刀を構えて化物に突っ込んでいく。だが攻撃は全て峰打ちだった。今までも化物やチンピラ相手にしながら殺そうとする様子が無かったが、今回は特に手加減している感がある。それは黄色い方も同じだった。鉈は偶然ではなく、狙って破壊したようだった。射撃位置からして、鉈を破壊した時の弾道の延長線上には頭や心臓といった致命傷に繋がる物は無かったからだ(と言っても、化物が脳天や心臓撃たれて死ぬような奴かは不明だが)。

 化物は武器を破壊されたからか、信田の気迫に押されたためか、それとも両方合わさったせいか、終始押されっぱなし遂に膝を着いた。

「これで終わりにしようか。奴らを手に掛けるのはアンタじゃない。アンタは化物ではない。アンタの手は、汚れるべきじゃない。奴らを食らうのは、アタシだ」

 そう言うと信田は刀を真っ直ぐ振り下ろす。だが化物は真っ二つになるわけでも、出血するでもなく、全身から黒い靄のようなものが発生したかと思うと、黒く長い髪をした、やつれた様子の若い女性の姿になって、うつ伏せに倒れた。

 信田は刀を納めると、黄色い女狐、確かゴルトと呼んでいた方に声を掛けた。

「ゴルト、その人の介抱を任せる。119番しといてくれ」

「はいはい。で、貴方はどうするんです?」

 仮面を被っているのに、信田は笑っているように見えた。私は背筋が寒くなった。まるで仮面として被っているその面こそ、奴の本当の顔のように思えたからだ。獲物を見つければ、どこまでも追いかけ捕食する、獣の顔が。

「追い詰めるに決まってるでしょ。あの詐欺師共を」

 詐欺師? 私はあることを思い出した。隣町で最近、女性をターゲットにした詐欺が多発していることを。手口は様々だが、結婚詐欺や投資詐欺を掛け合わせたようなものだ。だがこの詐欺グループ、最近しくじって逃走中だと聞いた。

 なんでも交渉に失敗し、グループの一人が半分強盗に近い形で、一人の女性から金を脅し取ったらしい。被害女性は地下アイドルをしていたらしいが、顔に大きな傷を負ってしまい、精神的に参ってしまったとか。

 だが彼女には大学生の仲睦まじい妹がいて、この妹が何やらとんでもない呪術に手を出して、詐欺グループを追い続けているという噂があった。大学を中退する程だから、かなりの怨恨を抱いているのは想像に難くない。

「分かりました、では彼女は私に任せて、どうぞやっちゃって下さい」

 ゴルトの方も、仮面なのにやたら爽やかに笑っているように見えた。そんな軽々しく復讐代行みたいなことさせるなよ……。

「んじゃ行ってきまーす」

 信田は一瞬にして姿を消した。

「おおい!?」

 私は驚きつつも後を追った。後ろでゴルトが何やら騒いでたような気がしたが、私はそれどころじゃなかった。

 信田の標的はもう分かっている、だからあのチンピラ集団の痕跡を辿れば追いつけるだろう。奴らは負傷していた、それも流血する程に。案の定、奴らがいた場所には血痕が道路に落ちていた。これを辿ってあの男共と信田を捕まえる、そう思ったのだが――。

「ぎゃあああああ!!」

「ひいいいいいい!!」

「助けてくれー!!」

「!?」

 血痕を見つけた瞬間に奴らの悲鳴がした。しかも結構近い。正直今までに無い程の恐怖を感じたが、それでも私は気になって悲鳴の元に向かった。

 血痕は細い路地に続いていた。確かこの先には潰れたか余所に移動した定食屋があったはずだ。老朽化して買い手がいないが、犯罪者や浮浪者が一晩雨風凌ぐのが度々目撃されている。予想通り、あの時逃げた連中の一人が、店から転び出てきた。

「来るな、来るなー!! 止めてくれええええええ!!」

 転げ回り、懇願するように手を前に出したり、逆に引っ込めては丸くなってうずくまっている。まるで大勢の人間に包囲され、責め立てられているような感じだ。屋内に残る男達も大体同じような反応をしていた。リーダーと思しきパンチパーマの男を除き。

「おい、一体何をしやがったんだ!?」

 リーダーは信田に問い掛けるが、向こうは最初から応じる気は全く無いようで、リーダーが懐に持っていた携帯電話を抜き出すと、操作し始めた。手を止めた瞬間、仮面の口がニヤリと緩んだように見えた。

「詐欺以外に副業してたんだー? 麻薬とか」

「なっ!?」

 なんて野郎共だ。詐欺どころか薬の売買までやってやがったのか。どのように売買していたかは、彼女が解説してくれた。

「なるほどねー、女騙してたのは、(ヤク)を仕入れる資金源にするためか。あれあれ~? アンタ達この後新事業起ち上げるつもりだったの? 東南アジアに高飛びして、現地の女性攫って人身売買。どんだけ女食い物にすりゃ気が済むんだ?」

 最後の言葉には、怒気を孕んでいた。詐欺を繰り返している時点で最低な野郎だと思っていたが、このグループとことん外道だな。

「うるせえ!! お前らに俺達のビジネス邪魔される謂われはねえんだよ!! 俺はただ客の需要に応えてやってるだけだ!!」

「だからこんな汚い商売を?」

「何とでも言えよ! こっちは望まれてやっているだけだ! お前が綺麗事言おうが足掻こうが、このビジネスは無くならねえのさ!!」

 男は嗤いながら虚勢を張っていた。信田はそれを見て、声を押し殺すように嗤っていた。

「何笑ってんだテメエ!!」

 一転して男は怒りを露わにする。

「そうだね、無くならないよなあ、人ってのは欲張りな生き物だから。でもねえ、その逆の欲もあるんだ。『無くなって欲しい』っていうね」

「なっ!!」

「アタシもそんな欲張りの一人でねえ、だからさ、消えて」

 信田は下顎に右手を添えると、男が左右に首を振って狼狽え始めた。

「なんだこいつら……、く、来るな!!」

 この反応、他の奴らと同じだ。何かに纏わり付かれているような反応。そして徐に信田は、懐から眼鏡を取り出し、私に差し出した。

「見たい?」

「はっ?」

「こいつらが見ている光景さ。アンタには掛けなかったからねえ」

 掛けなかった? 言っている意味がまるで分からなかったが、その眼鏡を掛けてみた。

「うっ!?」

 私は絶句した。痩せこけミイラのようになった女達が、男に群がっていたのだ。首を絞める者、噛みつく者、手足を捻ろうとする者、殴ったり蹴ったりする者など様々。

「それはアタシの幻術を第三者に見せるための道具。幽幻鏡(ゆうげんきょう)。ま、玩具みたいなものだけどね」

 訊いてもいない解説をしてきた。それにしても気分の悪い光景だ。絵巻物の地獄を見ているようだ。

 暫くしてパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。

「あら、意外と早く来たのね。そろそろお暇しようか」

「待て!」

 私の制止を聞かず、信田は消えてしまった。しかしどういう因果か、また会ってしまった。

 それは休日のことだった。以前信田が暴漢を返り討ちした公園のベンチで、私は休んでいた。ここにいれば、あいつと会えるような気がしたからだ。だがなかなか現れない。やがて私はうたた寝してしまい、気付けば時間は一時間は経っていた。無駄に使ったなと思いつつ立ち上がろうとした。

「やっと起きた」

「!」

 後ろからの声で眠気など吹っ飛んでしまった。振り返ると、背もたれで頬杖をついて笑う信田がいた。

「いやあ、結構頻繁に会うよねアンタ。十代の子が好みなの?」

「そんなわけあるか。手ぇ付けたら、後ろ手に縄が掛かるだろうが」

 冗談のつもりで言ったんだろうが、一応反論した。とはいえ全く興味も関心も無いわけじゃない。

「お前、一体何者なんだ? 昨日のあれ、お前だろう?」

「やっぱ見られてたんだ……」

 溜息を吐いていた信田だが、あまり深刻そうにはしていない様子。思いのほか、素性については無頓着のようだ。

「それよりお爺さん、アンタこそ何なの? ヤクザ? 公安?」

「警察より先に公安かよ……。今の私は教師だ。校長をしている」

「今のってことは、昔は公安だったんだ」

「だからなんで公安って分かるんだ!?」

 適当に言っているように見えるが、彼女は確実に私の前職を知っている。そう思うと段々寒気を感じた。

「うーん、知ってるから?」

 しれっと言いやがった。

「どこで知った!?」

「この資料で」

「資料!?」

 信田はA4サイズの紙をホチキスでまとめた資料を私に渡す。中を見て私は驚愕した。中身は公安の名簿だった。嘗ての同僚や上司、そして退職した者の名前が顔写真と共に載っていた。当然私も……。

「お前、この資料どこで手に入れた!?」

 私は思わず、信田の襟を掴んで詰問してしまった。十代の女子に、しかも借りがある相手に大人げないとは思ったが。だが信田は怯む様子も無く淡々とした口調で言った。

「人間観察が趣味の変わり者にね」

 変わり者!? これ程のデータを、誰にも悟られること無く収集できる奴がいるというのか!?

「と言っても人じゃないんだ」

 人じゃない……? 一体どんな人脈を持っているんだコイツは。全く頭が追いつかない。

「それよりさ~、お爺さんこの後どうするの?」

「は? どうするって?」

「アンタ、現役退いた今もこんな綱渡りしているんでしょ?」

 この口ぶり、何らかの取引を持ち掛けてようとしているのか。だが何のために?

「何が言いたい?」

「アタシさー、誰でも良いから殴りたくて殴りたくて、腕が疼いちゃうのよ~。ムカついて気が狂いそうなくらいにね」

「まるで連続通り魔みたいな言い方だな。言っておくが……」

「そんなつれないこと言わないでよ~?」

「応じなければ昨日の奴らのように廃人にするか? 私はお前の顔を知ってしまったからな」

「やーね、そんな脅してるわけじゃないのよ」

 全く意図が分からん。口封じでないなら、何らかの片棒を担がせる気なのだろうか。まあ私は邪な誘いには乗る気は無いが。

「アンタさ、これからもあんな綱渡りするんでしょ?」

「まあな、見過ごせない(たち)なんでね」

「脚に古傷あるのによく頑張るねえ、職業病?」

「なんで古傷まで知ってるんだ……」

 私は前職で、任務中に脚を負傷した。これが原因で退職したんだ。

「言ってはなんだけど、そんな体じゃあんな連中とやり合っちゃ命幾つあっても足りないでしょ。歳もあるしさ」

「歳は余計だ、まあ確かに現役時代と比べりゃ衰えた気はするが」

「ましてや相手は化物だ。警察時代に体術は習っただろうけど、素手であんなの制圧できると思うの?」

「……確かにあれはな」

 通り魔といい、昨日の鉈女といい、あれを武器も無しに倒すのは無理だ。いや武器があっても制圧できるか疑問だ。

「手伝ってあげようか?」

「何?」

「アンタの趣味? を手伝ってあげるって言ってるの」

「趣味じゃない。まあ、仕事とも言い難いが。それにお前、見たところ中学生じゃないか? そもそもあんな事件(ヤマ)に子供が突っ込むべきじゃない」

「それを言うなら、アンタも同じだ。現役を退いた老体が、手を出す義理も義務も無い、ただの独りよがりだろ?」

「ぐう……」

 痛いところを突いてきた。通り魔の事件で入院したときも、現役の警官に小言を言われたからなあ。

「だがお互い共通しているものがある」

「何が?」

「知ってしまったら、見て見ぬ振りは出来ない質だと。そうでしょ?」

「……ふん」

「アンタは事件のネタを仕入れる。アタシはそれを頼りに不届き者をぶっ潰す。そっちは結果だけ見て、告発するなり隠蔽するなり好きにすれば良い」

「良いのか? あんな化物や闇深そうな犯罪シンジケートにも喧嘩売らせることになるが? こっちはいざという時は知らん振りするぞ?」

「むしろ過激な奴らの方が都合が良い。手加減しちゃかえって鬱憤たまるから。なんなら都市伝説やSCPにだってカチコミするけど?」

「お前は悪魔王や神にまで殴り込みしそうだな。やれやれ……」

「あ、言っておくが、理にかなわないことや逆恨みの私情・私怨は受け付けないからな。筋が通らんことは嫌いなんでね」

「はっ、そうかい。……なら騙されたと思って、頼ってみるかね」

「おっ、マジ!? それじゃこれから先ご贔屓に!!」

 奴はやっと私から離れ、軽い足取りで立ち去ろうとした。だが公園出口手前で急に立ち止まり、僅かに振り向いて言った。

「ああそうだ、もう一つ頼めるか?」

「注文が多いな、何だ?」

 その横顔はどこか寂しげで、背中にも哀愁が漂っていた。

「アタシが人間に戻れなくなった時は、どう抵抗しようが喚こうが有無を言わさず始末してくれ」

「は? どういうことだ?」

 あの約束は、ここで交わされたものだった。最初はどういう意味か分からなかったが。

「アタシは今、辛うじて自分の中の人間を保っている。だが同時に化物も棲んでいる。コイツがいつ暴れ出すか分からん、抑圧するのには限界がある。だから昨日のような連中相手に発散する必要があるわけだが、戦いに身を投じ過ぎた結果、自分の中の人間を見失う恐れがある。そうなればどうなるか、分かるでしょ?」

「ああ……」

 言いたいことは分かった。そうか、こいつはチンピラや化物以前に、自分の弱さと日々戦っているのか。だが、昨日見たような力を行使する奴だ。味方にすれば頼もしい反面、敵に回せば危険だ。だからこそ、この約束を守れるか不安が残るが……。

 私は信頼できる人間に彼女の事を報告した。そしてくれぐれも他者に口外しないことも付け加えた。

 私は彼女に興味を持って、いや魅了されてしまったといった方が正しいのかも知れない。彼女との関係が、いずれ自分に破滅をもたらすことになっても構わないとさえ思った。それは向こうも同じなのかも知れないが。

 後日、私は彼女が通う学校を突き止め、推薦状を送った。彼女の力があれば、我が校の周辺で起こるトラブルに対する抑止力になると思ったからだ。彼女の破壊衝動を抑えるのにも良いだろう。

 因みに、ここでは信田の事ばかり語っているが、保名の方を知るのは、もっと先の話だ。

~「お願い」とは?~

麗「ああ、信田様がアブノーマルなことに……!!」

一樹「落ち着け、俺に言わせりゃ今のお前も充分アブノーマル……」

麗「ふん!」

一樹「いって!!」

晴「でも実際、何をお願いされたんだろう?」

武志「さあな、ただかなりのくせ者って話だぞ?」

晴「どういうこと?」

武志「あの先生、学校内の数々の問題に首を突っ込んでは解決してきて表向きは敏腕教育者として知られているが、手段を選ばないって話だ。卒業生の話じゃ、苛めの証拠を集めるため、生徒にICレコーダーや隠しカメラ持たせたりしたそうだ」

晴「うわ……、ガチで殺しにかかってる……。社会的な意味だけど」

武志「だがそれ以上にヤバいのは、先生の生活だ」

晴「生活?」

一樹「……聞いた話によると、校長らしき男が夜な夜な不特定多数の人物と立ち話していたり、或いは襲われていたり……」

晴「襲われる!?」

一樹「目撃者によれば、襲ってる奴らは銃らしき武器で武装していたとも」

麗「一体何者なんです? 校長先生は……」

武志「もっと解らねえのは、先生の経歴だ」

麗「?」

武志「どうも他の先生の話によれば、最初から教師だったわけじゃないらしい。公務員だったらしいが、昔については不明瞭な部分が多い」

一樹「ま、考えられるのは一つしかないが……」

武志「ともかくそんなくせ者が直接お願い出したんだ。碌なものじゃないだろう」

麗「一体信田様は何をさせられるんですの!?」

武志「解らん。学校に纏わる話には違いないだろうが……、危険な綱渡りさせられているのは想像に難くない」

麗「信田様ぁ……」

晴「……」


~テログループとスポンサー~

ロバータ「最近日本で騒がれているテロ事件、中国が援助しているんですか?」

葉子「当の本人は否定しているがな、まあ当たり前だが。中国の工作機関は日本に潜伏する反社会勢力に、武器や資金を提供し日本社会を混乱に陥れようとしている。狙いは治安の悪化と国力の衰退だ。これまでも嫌がらせはあったがな」

ロバータ「迷惑すぎるでしょ」

葉子「テロリストの内容だが、旧日本赤軍と違い日本人が少ない」

ロバータ「え?」

葉子「メンバーの大部分が外国人だ。中でも中国人・朝鮮人が圧倒的に多い」

ロバータ「朝鮮人っていうと、いつも反日活動しているイメージがありますね……」

葉子「中にはそれにウンザリしている者もいるらしいけどな。まあとにかく、中国の工作機関はこいつらに銃器や活動資金を提供し、日本で暴れさせようとしている。だが、デメリットも多い」

ロバータ「と言うと?」

葉子「反社会勢力と言うが、何も全部中国の味方ってわけじゃない。中には資金をちょろまかして中国国内の反社会勢力に横流しにされている。そのせいか、中国国内でも少数民族なんかが反政府軍を結成し、中国政府に反旗を翻したって聞く」

ロバータ「完全に裏目に出ているじゃないですか……」

葉子「敵の敵は味方とは限らないんだよ。アフガニスタンのムジャヒディンにCIAが援助した結果どうなったと思う?」

ロバータ「9.11テロですか……」

葉子「諸説あるがな。正直な所、成果は上がっているが芳しくない。それどころか自国内に副作用が出ている始末だ。中国政府の求心力は、落ちたままだ」


~コードネーム~

ロバータ「ところで、あのコードネーム? みたいなのなんです?」

葉子「事前に打ち合わせしといたんだ。電話越しで言うと、なんて言えば良いかってさ」

ロバータ「それでヴァイス?」

葉子「ああ、白狐からとった。ヴァイスはドイツ語で白だからね」

ロバータ「それにしても、何故わざわざ違うコードネームを? ズィルバーで良いのでは?」

葉子「使い回しは危ないと思ってね。だからズィルバーは現地で呼び合う時だけ。電話越しで校長と話すときはヴァイスでいく。なんせ敵さんは、どんな手段でこっちの情報盗もうとしているか分からんからなあ。こちらの防諜能力は劣悪だし、スパイ天国だし」

ロバータ「ああ~……」


~修羅場への誘い~

晴「なんで葉子をわざわざ巻き込もうとするんだよ!?」

一樹「そりゃあいつが望むだろうからさ。むしろ言わなかったらこっちがどやされる」

晴「あいつどう見たって普通じゃない! あんなのと殴り合いにでもなったら……」

一樹「ただじゃすまないだろうな。あのハゲは」

晴「いやそっちの心配!?」

一樹「俺だってあいつの実力は高く見ている。実際俺は、アイツと喧嘩したときほとんど勝負にならなかったし、それに」

晴「それに?」

一樹「普通じゃないのはあいつも一緒だろう。なんてったってナイトバーカーだからな。あんな奴パルチザンや民兵如きで殺れるかよ。一国の軍隊総動員させなきゃ」

晴「流石に買いかぶり過ぎじゃ……」

一樹「どうだろうな? あいつが本気になれば、小国は全滅、大国なら良くて半壊するだろうな。物理的にも、経済的にも、何より心理的にも……な」

晴「……!!」

一樹「最後の部分については、お前も前回見ただろう。奴がその気になれば、個人はおろか集団の精神すら破壊し尽くす。抵抗の意志も、何より怨むことも怒ることも恐怖で塗り潰される」


~経呪孔~

葉子「元々経呪孔は、兵士の怪我や病気の回復力を上げるためのものだった。これを更に発展させ、身体能力の向上も図られるようになった」

ロバータ「それで異様な姿に?」

葉子「容姿に関しては別理由だろうけど。ただ、初期の頃は代謝とか血圧とか上がりすぎて、副作用で廃人になることも多かったとか。そのせいか、ごく一部で細々と続けられていたけど、やがて廃れて表舞台から消えてしまった……と思われていたんだけどね」

ロバータ「赤軍、もしくは中国がどこからか方法を見つけ出した?」

葉子「化物や呪術関係の話は日本だけじゃない、中国どころか世界中で現れている。今後も、現代社会で『非科学的』と一蹴されたものが現れる話は出てきそうだな」


~鈍金~

葉子「二十六式は日本製のリボルバーね。で、そいつを改造したのがこの鈍金ってわけ」

ロバータ「なかなかユニークな見た目ですよね、それ」

葉子「ヨークの形状のせいかもしれない」

ロバータ「ところで威力の方は?」

葉子「あー、かなりの低威力だって話ね。元の銃は、発射ガスが前方に多く漏れるようになっている。意図的にね」

ロバータ「つまり腔圧が低いって事ですね。でも腔圧が低いって事は、弾丸の初速が下がったりして威力が弱くなる原因になるんですよね」

葉子「VP70もそうだったわね」

ロバータ「それ、大丈夫なの?」

葉子「何が?」

ロバータ「威力不足に問題無いかって話」

葉子「それは大丈夫。銃身をガス漏れの少ないものに変更されて、合わせてシリンダーも変更された。弾薬も38口径に合わせている。元々近かったしね」

ロバータ「と言うことは、見た目だけで実質別物?」

葉子「そうね。アンタのも大概だけど」

ロバータ「ですよね。……ところで、消音器も付けてたけど」

葉子「ええ、合わせて鵺に用意してもらった」

ロバータ「でもリボルバーに消音器は……」

葉子「前例が無いわけじゃない。ナガンM1895がそれね。銃身とシリンダーの間の隙間を埋めて、ガス漏れを防ぐ機構が備わっている。それをコイツにも備えたんだ。鵺曰く、改造に苦労したらしい」

ロバータ「そりゃ古いし、拡張性なんてねえ……」

葉子「まあアタシは消音機能だけでも充分だったけど」

ロバータ「威力は良いの?」

葉子「ぶっちゃけどうでも良い。必ずしも標的を殺害する必要ないからね」

ロバータ「そう」

葉子「何より、くたばっても笑っていやがるクソったれもいるしね。そいつの面を崩してやらんと気が済まん」

ロバータ「ええ……」


~穴蔵について~

白彦「君も災難だったな、まああいつらと合流できたのはむしろ幸運だったとも言える」

晴「ところで、ここなんなの? 先生はどうしてここに?」

白彦「いざという時の避難場所にしているんだ。人目を避け、トラブルを処理するのに好都合だからな。まあ、それは他の犯罪者にとっても同じ事だがな。今回は信田達との合流に使わせてもらったということだ」

晴「ふーん。でも元々はどんな施設だったの? 最初から怪しい施設だったわけじゃないでしょ?」

白彦「どうだかな、何せこの一帯を買収したのは中国の資産家だ。以前から中国を含め外国人による日本の土地買収があったんだが、この土地を買い取った中国人というのが中国共産党のシンパだったという。だから、この土地を拠点に悪巧みしようとしてたのではという噂があった」

晴「工作員が密会したり?」

白彦「それだけならまだ可愛いもんだ。建設計画、施設の見取り図によると、地下室もあった。広く奥行きがあって、等間隔に配置された配線があったりしたそうだ。おまけに防音対策もされていた、念入りにな」

晴「配線はともかく、この山の中で防音?」

白彦「さらに分厚い鉄筋コンクリートで一際頑丈に作られる予定だった部屋もあったんだ。言い換えれば、『頑丈な造りで、音漏れしない建物である方が好都合な事』を、ここでしようとしていたんだろう。例えば訓練場のような」

晴「訓練場?」

白彦「配線についてだが、これは射撃訓練用だろう。ほら、撃ったら自動で倒れたり、起動したら起き上がったりするやつ」

晴「あー、アニメかドラマで、警察官の射撃訓練とかでそんなシーンあったっけ……」

白彦「頑丈な造りの部屋は、恐らく弾薬庫だろうな。引火や誘爆などを防ぐためにな」

晴「つまり在日中国人から現地採用して、工作員に仕立て上げる施設だったって事!?」

白彦「ああ、中華人民共和国には、国防動員法という法律がある。大雑把に説明すれば、中共が『緊急事態だ』と宣言すれば、中国国民はその命令に従わなければならないというものだ。『国外』にいてもそうだし、外資にしても『中国国内』にいれば管理下・指揮下に入れってことだ。例え、命令を遂行する者達にやる気も愛国心が無くてもな。破れば罰せられる、義務だから」

晴「つまり、昨日まで中国人の知り合いに過ぎなかった人が、一度向こうの命令が下れば殺しに来るかも知れないって事!?」

白彦「おぞましい話だがそういう事だ。しかしどういう事か、この施設の建設を依頼した本人は、随分前に『突然』亡くなってしまった。以来建設計画は中止、引き継ぐ者もいない」

晴「その言い方胡散臭いんだけど……」

白彦「ふふふ、社会の『裏側』にも何度も出入りしてたような奴らしいからなあ、きっと裏の支配者の怒りを買ったんじゃないかな?」

晴「そんなことだろうと思ったよ……」

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