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Night Barker Fox  作者: yuki
3/5

力に溺れし者

狂乱呪具


剛忌輪

 夕暮れ時、事件が起きた。

「ひぃぃぃ!!」

「た、タンマ!! マジタンマ!!」

 学校の校門で尻餅をつき後退りしながら、涙目になっている不良達を見てせせら笑う男子高生がいた。

「どうした? まだ膝が擦り剥けただけだぞ、かかってこい」

「あばばばばば」

「『白い悪魔』の学校には化物しかいないのかー!?」

「なんで『千の無貌』までいるんだ!!」

 白い悪魔とは葉子のことだ。千の無貌とは今不良達が相手している男子高生、藻利一樹(もうりかずき)。あだ名の由来は変装の達人だから――ではなく、変幻自在な戦い方をするためだ。予め用意していた物からその辺に落ちている物まで、ありとあらゆる状況を利用しトリッキーな喧嘩を得意とする。場合によっては、相手の武器すら奪って返り討ちにする。その上誰に似たのかかなりのサディストだ。

 ちなみに今回の喧嘩も一樹が素手だったのに対し相手側が武器を持ち込んでいたのだが、上述の通り返り討ちを受けている。ちょうど一樹は奪ったナイフを目の前にかざし、これ見よがしに折り曲げてしまった。

「脚は折れてないだろう、立て! 拳を握り締めろ! 決して振り返るな、敵だけを見据えろ! さあ、さあ! さあさあさあさあさあ!! まだ終わっちゃいないぞ!! カモーン、来い!」

「何盛り上がってんだ」

「いたっ!」

 突如後ろから現れた葉子に、後頭部を叩かれた。

「信田、台無しじゃねえか」

「何ラスボス気取ってんだ。まあそいつらの自業自得だろうから別に咎めねえけどさ」

 葉子が不良達をじっと見つめると、不良達は硬直してしまった。

「で? ユー達は何しにスクールへ?」

 葉子が笑顔で近付くと、不良達はガタガタ震わせる。

「ひっひっひっひっひっひつれいしまひはーっ!!」

 呂律の回らない不良達は手足をばたつかせながらなんとか立ち上がり、逃走した。

「ふー、やれやれだぜ……」

「で、一樹。話って何?」

 葉子は一樹に向き直り、尋ねる。二人はここで待ち合わせしていたのだが待っている間、二人に怨みを持つ不良達に絡まれてしまったわけだ。ただし葉子が指摘した通り完全に逆恨みで、以前オヤジ狩りをしていたのを一樹に止められ逆襲しこの結果になった。

「そーだった、はいこれ」

 一樹はブレザーのポケットに手を突っ込み、中に入っている物を取り出した。

「あいつらの仲間が持っていた物だ。お前の『お友達』なら分かるんじゃないか?」

 一樹が取り出したのは、装飾の施されたブレスレットだった。しかし色あせており、近所の宝飾店で売っているような物では無いことは一目瞭然だった。

「良いでしょう、預かっておく」

 葉子も快く受け取った。そのブレスレットが明らかに曰く付きだということは一目で分かったからだ。

「……最近オヤジ狩りやホームレス狩りが悪質化の一途を辿っている。いや『凶暴化』といった方が正しいか、用心しろよ。なんせそんな曰く付きのアイテムがどこからともなく出てくるようになったんだからな」

「分かってる、忠告には感謝するさ」

 ニヤリと笑い、葉子は一樹と別れた。


「うーん……」

 武道館で晴は、弓を構えながら首を捻っていた。

「どうした泉、悩み事か?」

 何か察して、顧問の先生が話しかけてきた。

「うーん、同級生のことなんですけど……」

「恋の悩みか?」

 それを聞いて晴は顔を真っ赤にした。

「違う! そんなんじゃ、いやでもあながち間違いでもないっていうか……」

 深呼吸して、自分の抱えていることを告白した。

「信田のことか~」

「うん。あいつ結局どこの部にも入ってないし、所謂帰宅部状態なんだけど。なんかあちこちで喧嘩騒ぎ起こしてるし、なんか落ち着かないんですよね」

「その話は俺も聞いてる。その割には停学や退学の話を一切聞かない。相手の方が悪いっていうから、大目に見られているんだろうけど」

「だけどさ、中には対人恐怖症になっちゃった人までいるんでしょう? これは流石にマズいでしょ。それに……」

「それに?」

「ナイトバーカーの噂、知ってます?」

「ああ知ってる。なんでも襲われた奴は発狂したり錯乱したり、中には原因不明の激痛や体の不随を起こした奴もいる。まあ俺に言わせておくと、自業自得としか言いようがないからな」

「というと?」

「だって被害者の大半が、犯罪者とかネットでDQN(ドキュン)とか言われてるような奴ばかりだからな。まるで動画や掲示板で投稿されている、スカッとする話で出てくるような。――で、ナイトバーカーがなんだって?」

 一瞬黙り込んだ晴だったが、意を決して話した。

「そいつの正体が、葉子じゃないかって……」

「どうしてそう思う?」

「ここのところ、不良やチンピラが発狂した状態で見つかる事件が連続で起こっているでしょう? それであいつ、まるで自分がやったかのようなこと言ってるって話があってさ……」

「うーん、ただの噂じゃないのか? ほらあいつ成績も授業態度も良いし、何かやらかしても大目に見られてるだろう。評判落とそうとしている奴がそんなこと言ってるんじゃないのか?」

「だけど、あいつ帰宅部なんです。事件は平日の夕方過ぎ、休日はほとんど規則性は無いけど。辻褄が合うっていうか、言われても矛盾が無いっていうか……」

「信用していないのか?」

「と言うより心配なんです。そのうち取り返しのつかないことになってしまわないか……」

「まあ確かに危ない奴に目を付けられたりすると、学校としてもマズいよな」

 しばらく顧問は考え込むと、晴に提案してきた。

「そんなに気になるなら、今から行ってみれば?」

「え?」

「早退して構わないから、自分の目で確かめれば良い。こんな状態じゃ、集中できないだろうからな。ただし噂が噂だ、危ないと思ったら引き返せよ?」

「はい!」

 晴は更衣室で制服に着替えると、すぐに下校した。校門から一歩踏み出した瞬間、胸のつかえが僅かに消えたような気がした。


 昇降口から、明が肩を落として出てきた。彼は現代音楽部に所属していたが、演奏中にギターの弦が切れてしまった。

「ついてませんね……」

 修理のため早退したが、校門でそわそわしている晴を見つけた。

「?」

 気になって後を追うことにした。

「和木、サボりか?」

 突如後ろから声をかけられた。

「藻利君ですか……。サボりじゃないです、ギターの弦が切れたんです」

「ほう」

「それじゃ、僕はお先に。修理しなきゃいけませんからね」

「和木」

「なんです!?」

 しつこく呼び止める一樹に苛立った調子で返した。

「お前、泉を追おうとしたよな?」

「それが?」

 一樹は微笑を浮かべながら言った。

「止めるなら早い内が良い。あいつ、引き返せないとこまで行っちまうぞ」

「はぁ?」

「まあ見ないふりするのもありだがな」

「ご安心を、その辺りの引き際はわきまえてますから」

「そうか、まあせいぜい気をつけるんだな」

 一樹は興味なさそうに立ち去った。それに特に歯牙にもかけず、明は引き続き晴を追った。その背中を見送った一樹は、スマートフォンで連絡した。だがどういうわけか電話が繋がらず、舌打ちする。

「やっぱダメか……。まあ、『あそこ』に行くのは予想してたけどなあ。道草は大概にしてくれよ……」

 呟きながら一樹は、何処かへ向かって歩き出した。


 真っ赤な明かりが通りを照らす繁華街、ここに葉子とロバ―タは来ていた。

「いつ来ても不気味ですよねー、ここ」

 仮面を被ったロバータが、心にも無いことを言う。だが普通の人間からしたら、彼女達のいる空間はかなり異様な場所だ。繁華街を照らす明かりの正体は赤い提灯で、中身は電球では無く蝋燭だ。しかも街を歩く者の姿は、黒い半透明の影や腕が十本以上生えた人、頭が無い人など異形ばかりだ。

「だねー、でもお化け屋敷みたいでアタシこの雰囲気大好き」

 冷淡なロバータとは裏腹に、葉子は少しはしゃいでいるようだった。

「なんでもない大通りを夕暮れ時歩いていると、気付くと異形が行き交う(あやかし)達の街。そんなシチュエーション良くない?」

「私は喜んでトラブルに巻き込まれたくありませんよ。しかも気付かない間に幽界(ゆうかい)に迷い込むなんて……」

「ジャパニーズホラーの鉄板だね。日常に潜むどこかズレた非日常、普遍と思いきや妙な違和感。そして異変に気付いた時には……」

「もう日常には戻れないって? まあ私達は好きなだけ行き来出来ますから関係無いんですけど」

「あっはっは、この『常夜通り(とこよどお)』に現世(うつしよ)からわざわざ入りたがる物好きはアタシ達ぐらいのものでしょうね」

 この「常夜通り」は葉子達が住む現世とは異なる平行世界、「幽界」に存在する街だ。本来であれば深夜になると稀に入り口が開いて現世の住人を誘い込んでしまう場所だが、葉子達は任意で出入りが可能だ。

 ここでは現世には無い珍品が陳列されているが、大抵は相当な曰く付きの代物で、普通の人間が扱える物では無い。葉子達の装備品もここで入手した品だ。

「お、開いてる開いてる」

「ここに開店も閉店も無いと思いますけどねえ……」

 葉子達の目の前に、粗末な佇まいの小さな建物があった。いくら異形が開いていると言っても、通りの店の殆どは鮮やかに彩られているのに比べ、この店は建物全体が黒く塗り潰されている。入り口となっているガラス張りの引き戸には、「宵闇堂(よいやみどう)」と書かれた和紙が看板代わりに貼り付けられているが、文字がやけに達筆なせいでミスマッチな感が否めない。

「ジョンドゥ、お客さんですよー!!」

 店に入り込み、葉子は店主の名前を呼ぶ。店内は古そうな道具が棚に整然と並べられていた。店主は店の奥のカウンターで、気だるそうに煙管を吹かしていた。

「ようちゃーん、その変なあだ名はやめてくれないかい?」

 店主は黒い浴衣姿で、前髪後ろ髪共に長く顔はよく見えない。声色は男とも女ともとれる。そもそもジョンドゥとは日本でいうところの「名無しの権兵衛」にあたり、葉子が彼(彼女?)を「ジョンドゥ」と呼ぶのは彼が名前を明かさないため。もっともジョンドゥが女性である場合は「ジェーンドゥ」となってしまうが。

「ならもう一つ候補として『アンノウン』があるけど? あ、『ネームレス』ってのも……」

「どれも却下。全くこれ程関わりたくないお客さんも珍しい」

「アンタがそれを言うか?」

 ジョンドゥは本来人を食ったような態度をとる性格なのだが、ロバータに対してならともかく、葉子が相手ではほとんど振り回されている。特に変なあだ名を付けられたのが運の尽きと言うほか無い。

「しゃーない、じゃあ(ぬえ)で勘弁してやる」

「なんで上から目線なんですかねえ……、まあジョンドゥよりかマシか……。いやそれより、ここに来たってことは用があって来たんじゃないの?」

「あーそうだったそうだった。いやー、アタシも歳かねえ~」

「何言ってんだかコイツは……」

 葉子は一樹から預かったブレスレットを出した。鵺はそれを、ルーペを使って隅々まで観察した。

「うちは色んな()達扱ってきたけどねえ、これは普通の人が使っちゃいけない物だよ」

「どういけないんですか?」

 興味深そうにロバータが尋ねた。

「これは剛忌輪(ゴウキリン)。あてがわれる漢字は様々だけど、いずれも碌なイメージわかないよ」

 鵺はカウンターに備え付けられたパソコンに文字を打ち込んだ。

「アンタ、パソコン使えたの?」

「私をなんだと思ってんだ」

 葉子の茶々を流しつつ、腕輪にあてがわれている漢字を羅列した。業鬼輪・傲気輪・神棄輪と、あまり良いイメージが沸かない漢字の組み合わせだ。

「もう字面からとんでもない危険物ってことがよーく分かりますよ。漢字って怖い」

 ロバータが画面を覗き込みながら言う。

「そりゃねえ、これは装着者の身体能力を上げることが出来る。でも同時にその魂を掻き乱し壊してしまう。鬼のように気性が荒くなる奴、ハイになっちゃって調子に乗りすぎる奴、理性の(たが)が外れて罰当たりなこと平気でする奴、末路は様々だけど」

 鵺は冷めた口調で淡々と説明する。

「ところでこれ、どこから手に入れた?」

 鵺は葉子に向き直り尋ねた。

「同級生から預かった。なんでも不良共から掻っ払った物らしい」

「よくその子生きてられたねえ」

「アイツのことだ、隙見て上手いこと出し抜いたんだろう。アイツもなかなかのバーサーカーだが、流石に分の悪い相手に喧嘩ふっかける程無謀じゃない」

「ああ、そうかい」

「とりあえずコイツは預けておくぞ。間違っても転売は止めろよ?」

「しないしない、現世の金に興味は無い。私はこうやって客と物の縁にしか関心は無いよ。まあ、中には嫌がっていたのに(縁が無かったのに)今はこうして懐いている稀有な例もあるけど」

 鵺は葉子の腰を見つめた。そこには普段戦闘で使っている刀をぶら下げていた。幽界では現世で隠している物が所持者の意志とは無関係にさらけ出してしまう。

「ああ、この『不知火』も懐くまで時間がかかった」

 葉子が不知火と呼ぶ刀もまた曰く付きで、始めて使った時は錆びているわけでもないのに鞘から刀身が抜けなかったり、抜けたところで突然重くなったり軽くなったりと気分屋で使い物にならなかった。そのため葉子一時期、鞘に入れっぱなしで鈍器として使ったことがある。その際は念入りに固定して鞘がすっぽ抜けないようにした。

 そんな扱いをしているうちに何となく鞘から抜こうとしたところ、何の抵抗もなくするりと抜け、急激に重量が大きく変動することもなくなった。これについて鵺は、「刀として刃物として扱って欲しい」という懇願と、「使いこなせるだけの技量がある」という判断からそうなったらしい。

 この不知火は宵闇堂に並ぶ物達の性質を示す代表例と言って良い。この店に並ぶ物達は鵺曰く「物が客を選ぶ、客が物を選ぶのではない」らしい。そして客と物の縁があって始めて客の手に物が渡るわけなのだが、葉子と不知火の間には特に縁が無かったらしく、葉子もまた手頃な武器くらいにしか思っていなかった。縁が存在しない場合、無理矢理買い取った客には何らかの不利益を被るらしいが、葉子には今のところ特別大きな不幸は起こっていない。むしろ自分からわざわざ不幸に飛び込んでいく。

「しかしその子だけならまだしも、他の子にまで手を出して妬かれたりしないのかい?」

 鵺は葉子の背に背負っている大槌と、両脇に差している小刀を見てからかうように笑った。

「その程度で妬こうもんなら、その根性釜で鍛え直してやる」

妬き(焼き)違いですやん……」

 真顔で答える葉子に鵺は僅かに引いた。

「この三狐神(みけつ)も懐くのに時間かかったな~」

 葉子は大槌を撫でながら言った。

尾裂(おさき)飯綱(いづな)は割と早く懐いたけど」

 続けて刃こぼれした小刀を尾裂、よく研がれた方を飯綱と呼んだ。

「ところでそっちは取り替える予定はある? 君は色んな縁があるようだから」

 鵺はロバータを見ながら、壁にかけられた銃器を見せた。どの武器もかなり昔に作られた古い物ばかりで、中には製造国では生産打ち切りになった最初期モデルまである。

「別に今のままで不便はありませんよ。この子達も気に入ってますし」

 ロバータが主に使っている銃器は日本で作られたか、輸入やライセンス生産され使われている(いた)物だ。

「この子なんかオススメなんだけどねえ」

 鵺はアメリカ製の自動拳銃とアサルトライフルを見せた。

「ガバメントにストーナーライフルですか……、アメリカナイズは今のところ遠慮したいところなんですけど」

「じゃあこっちのトカレフとカラシニコフはどうかな?」

「悪くないですけど、もう少し今の武器使い続けたいですね」

「そうかい、まあ無理強いしないけどさあ。しかし刀も大概なんだけど、君の武器えらい古いねえ……」

「余計なお世話です」

 ロバータの使用する武器は自衛隊に採用されたが耐用年数が切れて廃棄された物か、第二次大戦で敗戦後に民間市場に流れた物だ。いずれも幽界に流れ着いた後に宵闇堂に拾われ、結果ロバータの手に渡った。

 ロバータの使用する二挺拳銃「(しろがね)」は十四年式拳銃、アサルトライフルの「(くれない)」は64式小銃、狙撃銃「弥作(やさく)」は三八式小銃、機関銃「八尾(やお)」は62式機関銃のカスタム品だ。ちなみに名付け親は鵺。

「ふーん、まあ君にはここの物達と縁が多いみたいだし、好きに取っかえ引っかえしても構わないんだよ?」

「私、そんな尻軽に見えます? ま、気が向いたら使ってみますよ」

 そう言うと、背中に背負っていた八尾が震え出す。

「コラコラ、そんなに拗ねないで」

 八尾は現役時代には散々ポンコツ呼ばわりされたことを根に持っており、機嫌を損ねると暴発するという悪癖を抱えている。鵺の改造により欠点は過去の物どころか開発時の要求性能をクリアした上、大きく性能向上も果たしたのだが、宵闇堂の道具達が意思を持っている関係上心無い批判や侮辱には敏感で、怒らせたらかつての欠点をさらけ出す。

「さて、随分と長話してしまったね。そちらの用は他にあるの?」

「ああ、あるよ」

「まだあるんかい……」

 鵺はうんざりしながらも聞くことにした。

「あの腕輪は、現世幽界合わせていくつ生産されている? こいつを渡してくれた同級生が、オヤジ狩りやホームレス狩りが凶悪化してると言っていた。この話聞かされる以前にも、かなり不可思議な事件が相次いでいてな……」

「ああ、現世ではそんな事が起きてるんだねえ。それってあれだろう? 若い衆が端金や憂さ晴らし目的で強盗紛いなことするやつだろ。昨日にも三十代の男が遺体で発見されたんだってね」

 その事件は司法解剖の結果、昨日の午後六時頃に起きたとされている。被害者は殺され金品を略奪された後、現場から十キロ離れた林の中に遺棄されたと見られている。しかし、殺害現場から遺棄現場までの道のりに不審な人物や車両の目撃情報が無い。しかも同様の事件が同日に他にも十件以上報告されている。複数犯にしても手際が良すぎるのだ。

「そういや腕輪の具体的な効果を聞いてなかったな。どう強化される?」

「腕力が上がるね、重たい物を軽々と持ち上げられる。脚も速くなるね、普通のアスリート如きじゃ追いつけやしないな。少なくとも昨日起きた事件の数々を強引に力技で実現できるだけのスペックはあると断言出来るよ」

「犯人が使っていてもおかしくはないか……」

「ついでに言うと、生産数についてだが正直不明だ。こいつは複数の複製品が外法を身につけた様々な呪術師の手で大量に作られてきたんだ。スペックにはばらつきはあるがな」

「少なく見積もってどのぐらいあるんだ?」

「ざっと百万は下らないかな」

「呪物のカラシニコフってとこか……」

「それよりは少ないだろう」

「色んな奴の手で海賊版が作られたって話が似てるんだよ」

「ああそうそう、ちなみに最初の一つ目は当然ながら破格の能力を持っている」

「“当然”ね……、二作目以降は量産性重視で性能落としたんかね」

「まあね、こいつの力を求めて大量生産を要求した集団がかつていたのさ。だから過剰性能だった試作品から色々削り、二作目以降は生産性重視で必要最低限の性能に抑えた。呪力を込めるのには手間も材料もかかるからね」

「でしょうね、呪いってのは場合によっては大きな犠牲を払うことになるだろうから」

「実際これを発注した集団は、相当な代償を払ったようだよ。裏切り者であったり捕虜であったり、ああ余所から攫ってきた人なんかもいるね」

「ふーん、しかし“代償”ってのはその程度ではないだろう?」

「その通り、呪いの代償っていうのはそれを得るためにかき集めた材料や、それを得るための労力だけじゃない。使用する際のリスクも含まれている」

「……とりあえず長生きは出来そうにないアクセサリーってだけはよーく理解したよ」

 それだけ聞くと、葉子は店を出ようと踵を返した。

「葉子、結局どうするの?」

「どうするって?」

 ロバータの質問にとぼけた口調で返した。

「外で起こっている事件って、その腕輪のせいなんでしょう?」

「いや確かに事件の内容は無茶苦茶の一言に尽きる、あれの力借りないといけないくらいにな。だが確証が無い。一樹が奪ってきた奴らも、その事件に関わっているのかはっきりしていないし」

「どう考えてもあれのせいでしょ……」

「思い込みで捜査してると、捕まえられる犯人もしばけないぞ」

「そんな警察みたいに……、てかしばくってちょっと!」

「そもそもこっちは犯人の顔も分かんないんだ、適当にあたってみようや」

 葉子達は通りの路地裏に入った。どういうわけか奥の方から光が射している。実はここ、現世との出入り口になっている。いわば門だ。

 この門は通常は閉じているが開いていることがあり、この状態なら労無く出入りが可能だ。しかし幽界からならこのように現世からの光が射して分かりやすいのだが、現世から観測するのは普通の人には出来ず、迷い込ませる一員になってしまう。

 光の中に一歩踏み出すと、夕暮れの商店街・政木(まさき)通りに出た。既に日は地平線に完全に沈みかかっている。

「開けたら閉めるのがマナーだな」

 葉子は札を取り出し、門を封じた。これでうっかり現世から迷い込むことは無くなる。

「よし、では今後の予定についてだけど……」

 葉子は周辺を見回してから再び口を開く。

「ゴルト、アンタは高所に登り観測を頼む」

「よ……、じゃないズィルバーは?」

 本名を口に出しそうだったロバータだったが、何かを察してコードネームで呼んだ。

「事件現場を廻ってみる。犯人は事件現場に二度現れるとも言うしな」

「分かりました」

「調査は八時までに切り上げるとしよう」

「早いですね」

「今日はそうしたい気分なんでな」

「そうですか、では行きましょう」

 葉子達は姿を消し、それぞれ捜査に向かった。


(噂通りだ。ナイトバーカーはこの通りに来るんだ!)

 晴は「ナイトバーカーは政木通りによく出入りしている」という噂を知り、張り込んでいた。動揺か興奮か、鼓動が激しくなった。何より晴は聞き逃さなかった。

(今『よ』って言いかけたよな? 黄色い方……)

 仮面のせいか声がくぐもっていたが、両方ともどこかで聞いた声だった。

(白い方は葉子なのか? 黄色はロバータ? それにしても……)

 晴は仮面をつけた葉子と目が合った気がした。

(バレた……かな? そうだったとしたら、僕どうなるんだ? ひょっとして、消される?)

 顔を隠しているということは、知られるとまずいことをしているということ。その一部始終を見てしまったらどうなってしまうのか。晴は体を震わせていた。

「動くな……!!」

「ひっ!!」

 後ろからドスの効いた女性の声がしたかと思うと、肩を叩かれた。

「お買い物ですか、晴君?」

「明……!!」

 声をかけたのは明だった。妖艶な笑みを浮かべるその姿はさながら黒幕の悪女のようだった。男だが。

「あれ、お前部活は?」

「弦が切れてしまいまして、修理に出そうかと。でもそっちはどうなんです? 怪我したわけではなさそうですが?」

「ああ、それはね……」

 晴はここまで来た経緯を洗いざらい吐き出した。

「葉子がねー」

「ストーカーみたいで気持ち悪いだろ? はあ、何やっているんだか……」

 自己嫌悪で暗くなる晴を余所に、明は真剣な顔をしていた。

「晴、これだけは忠告しておきますよ」

「え?」

「明かりも無しに闇には踏み込まないことです。さもないと、何が何だか分からないまま、戻れなくなりますから」

「それってつまり、ナイトバーカーを追いかけるのは止めろってこと?」

「単刀直入で言えばそういうことです」

「……何か知ってるの?」

 思わせぶりな言い方に疑問を感じ、明を問い詰める。

「どうしてそう思うんです?」

「その言い方が怪しいから。あいつらが何なのか知っているからそう言うんじゃないの?」

「さーて、どうでしょうねー。ただ危なそうだから言っただけなのを厨二っぽく言っただけかも知れませんよー?」

 さっきとは打って変わってまたもや妖しげに笑いながら言った。

「まー、これだけ確かなことはありますよ」

「?」

「撒きましょう、ヤバいです」

「え、何?」

 明は目配せして、後ろを見るように促す。晴が後ろを見ると、ガラの悪そうな男達が下卑た笑みを浮かべながら近付いてくる。

「さーてホットゾーンからエスケープですよー!!」

「おわちょっとちょっと!!」

 明は晴の手を引き強引に連れ出した。男達は焦った表情を浮かべ駆け足になる。

「残念、ここは僕の庭なんですよねー」

 明は涼しい顔して入り組んだ路地裏を走り回り、壁に開いた穴をくぐり抜け、強面の店主が経営する店に逃げ込んだ。

「おう、あっちゃんじゃないか! またストーカーかい?」

「ええ、ですからちょっと追い払ってもらいません?」

「あっちゃんの頼みなら喜んで!」

 店主は明に満面の笑みを見せ、店を出ると一変して恐ろしい形相になり、男達を怒鳴りつけた。

「なんだテメエら!! 店荒らしやがるとタダじゃおかねえぞ!!」

「ひぇ!」

「おい野郎共!! この不届き者共をぶっ潰してやろうや!!」

 店主の一声で、他の店の店員が次々と出てきた。

「一旦退くぞ!!」

 政木通りの住民は明達の味方で、男達を電気ハエ叩きや包丁、さらにはソフトエアガンやスプレーとライターを組み合わせたバーナーまで取り出し追い払った。

「ひえええ、ここ過激な奴多いな」

 晴は住民の血の気の多さに引いた。

「自営業の人多いから、自分の身は自分でっていう考えの人が多いんですよ。だからかこの近くは児童の通学路として使われているんです」

「敵に回したくないな……」

「ですよねー。……さてそろそろ行きましょう、もう真っ暗になっちゃいましたし」

「うん……」

 もう男達がいなくなったことを確認すると、明は晴の手を引き店を出た。

「晴」

「何?」

「さっきも言いましたけど、ナイトバーカーを追うのは止めて下さいね。それと明日は早めに帰ること。良いですね?」

「ええ~?」

「彼女は闇の住民です。下手に関わると、引き返せなくなりますから。今日のことは忘れ――」

 しかし途中で遮るように晴が口を挟んだ。

「『彼女』? あいつ女なの?」

「あ……」

 明は「しまった」と言うような顔をして口を塞いだ。

「随分と『彼女』に詳しいみたいじゃないか~?」

「あー、えーと……」

 問い詰められてしどろもどろする明。たたみ掛けるように晴が続ける。

「実はさ明……、僕葉子がナイトバーカーの正体だって小耳に挟んだんだ。そしてあいつのこと『彼女』と言った――一体何を隠している?」

「えーっと……」

「おいおい、釘を刺すつもりが詰問されてんじゃねえか」

「あ」

「げ……」

 割って入ってきたのは一樹だった。晴は一樹が苦手だ。

「どうすんだこの状況。余計言い逃れできなくなってんじゃねえか」

「アハハハハ……、口滑ってしまって……」

「お前、スパイには向かねえな」

「ちょっと?」

 置いてけぼりにされた晴は一樹に詰め寄った。

「なんだよ?」

 思わず笑いそうになったが、一樹はこらえた。一樹が175以上あるのに対し、晴は160を超える程度。どうしても見下ろす形になってしまう。

「お前、葉子のことなんか知ってるだろ!? 知ってるんだよ、たまにお前が葉子と一緒になんか話してるのを!」

「なんだヤキモチか?」

「違う!」

「違わねえだろ。お前、俺が信田と一緒にいるとすんげえ睨んでいるじゃん」

「誤魔化すんじゃねえよ!!」

 激昂し、晴は一樹の襟を掴んだ。

「……たく、少しは頭冷やせ!!」

「うおっ!?」

 一樹は足払いをし、体勢を崩した晴をそのまま組み伏せた。そしてそのまま、諭すように言った。

「……俺が例えあいつの何を知っていようとお前にわざわざ答える義務は無い。だが一つだけ忠告しておく。生半可な覚悟であいつを追いかけるのはやめろ。お前が犠牲になるのを奴は望んでいない」

「はっ!?」

「奴の正体に勘付いている奴はお前だけじゃ無い。しかも目星を付けた上で行動を起こそうとしている奴がいるんだ。奴が憂さ晴らしに追いかけている連続強盗殺人犯とかな」

「それって、ホームレスとかサラリーマンとか襲ってる?」

「ああ、それでお前を利用して揺さぶりをかけようとしているらしい」

 拘束を解いて一樹は続ける。

「奴にとってお前は最後の砦だ。お前に何かあれば、それこそ奴は人間でいられなくなるだろう。だからもう今日は帰れ、また襲われても知らんぞ」

「……」

 黙り込んだ晴は、落とした鞄を拾って静かに商店街から去った。

「藻利君、その話どこまで本当なんです?」

 明は一樹に尋ねるが、一樹は渋いをして話す。

「さっきのがあいつを遠ざけるための作り話だと思ったか? 全部本当だよ、現にお前ら襲われただろう」

 そう言われて、明の額に嫌な汗が滲み出た。

「あの男達が……?」

「あれは強盗集団の下っ端だな。奴ら、ヤバい呪具の力を持ちながら、捜査攪乱のためかチンピラや不良を末端に使っている」

「本体はどんな連中なんですか?」

「とりあえずゴミだと言っておく。末端には死体(ホトケ)の始末を手伝わせている。持たせている呪具はあくまで最後の切り札として扱っているみたいだ」

「うっかり流してしまいましたけど、呪具ってなんです?」

「ああ、直感的に思ったんだ。俺も末端の奴と一悶着起こしてな、その時変な腕輪落としていったから、あいつ(信田)に渡したんだ。使われていたらどうなっていたのか、正直ゾッとする」

「そういえば、起こってる事件ってかなり不可解なところがあるって……」

「ああ、実際の殺害現場と死体発見現場が遠過ぎるのと、その上不審な車や人物の目撃情報も無い。呪具の力はよく分からんが、悪用している可能性はある」

「具体的には?」

「知らん。まあ物が物だからな、とんでもない力持っていることだろうさ」

「へー」

 気が付けば街灯に明かりが点り始めていた。

「今頃、“彼女達”は何しているんでしょうね?」

「犯人の一味をしばいてるとこじゃないか? つーか、あの可愛い子ちゃんのエスコートはしないのか?」

「藻利君……、そんなこと言うから嫌われる――っていうかホモ疑惑持たれるんですよ?」

「げっ、俺そんな風に見られてたのか……」

 一樹は引きつった笑みを見せた。晴が一樹を苦手とするのは不良のような風貌や体格差・葉子と何かと連むからというのもあるが、一番の原因は同性愛者疑惑からだ。勿論そんな性癖は無いが、初対面で晴のことを女扱いするような発言をしたせいか避けられるようになってしまった。

「俺に言わせればお前の方がそれっぽいぞ?」

「うふふ……、否定はしませんけど」

「えっ!?」

「冗談ですよ、冗談」

「いや、結構本気っぽかったぞ?」

「そりゃ半分ですから」

「半分マジなんかい!!」

 明は別に同性愛者というわけではない。が、晴だけは特別視している感じだ。しかし晴はというと、満更でもないという感じだ。

「ふふ……、お喋りはこれくらいにして“王子様”のエスコートに参りますか」

「おう、せいぜい気をつけろよ。特に例の強盗にはな」

「はいはい」

 明は項垂れ気味に歩く晴の背中に駆け足で追いつく。二人が並んだのを確認すると、一樹は電話を入れる。

「ズィルバー、一樹だ。お前の正体が、晴に漏れかかっている」


「なんだって?」

 強盗団の下っ端に制裁を加えている最中、葉子の元に一樹からの忠告が入った。

「現に、お前のこと探っているようだった。しかも和木の奴が口を滑らしやがった。それで余計疑惑が深まったぞ」

「ちっ、女狐のくせに嘘が下手だな」

「性別・肩書き共にそりゃお前の方だ。てか、男の方は狸って呼ばないか?」

「どうでも良い」

「それからもう一つ。お前にとっちゃこっちの方が問題かもな」

 葉子は眉間に皺を寄せながら聞き返す。

「なんだ?」

「お前が今追っている奴も、お前の弱みを掴むためか晴を狙っている。現に下っ端らしき連中が、あいつらを追っていた。セーフゾーン(商店街)が無きゃ危なかったぞ」

 葉子はそれを聞き、瞳孔を大きく開き口元を吊り上げた。

「あいつら、それでアタシの弱み握った気になるんだ、へ~」

「お、おいおい……」

 葉子の不敵な笑い声に、一樹は呆れつつも鳥肌が立った。

「一樹、晴のこともう暫く監視しててくれ。そして拉致でもされたらすぐ連絡を」

「……分かった」

「もしもの時は、奴らに思い知らせてやるさ。てめえらがやってるのは虎よりヤバい化け狐の尻尾を踏もうとしてるってな」

「ははは……、本命はともかく下っ端には程々にしろよ?」

「ああ、下っ端捨て駒にしていい気になってるクズ野郎よりは、“優しく”接してやるよ」

「お前の手加減は信用ならんなぁ……、まあ良いけど。それじゃ切るぞ」

「はいよ」

 電話を切ると、改めてボロボロになった下っ端達に向き直る。既に彼らはボロボロで、肉体よりも精神的ダメージの方が大きいらしく、土下座や命乞いを繰り返す者が殆どだった。

「ちょっとアタシのダチから連絡来たんだ」

 一番手前の男に対し、葉子は顔面を近付けて尋ねる。男はチェーンのネックレスをかけ、金髪に染めている上サングラスをかけていたが、この状況では威嚇のためのアクセサリーや身だしなみは全く意味を成さず、むしろ滑稽に見える。むしろ服装は普通なのに、顔に狐の面を被って表情を見せない葉子の方が不気味で威圧感を感じさせるかも知れない。

「な、なんて……?」

「アンタの仲間が、可愛い子猫ちゃん追いかけ回してたようで。これはどういうことかな?」

 男は顔面蒼白になった。

「は、吐けば見逃してくれるのか?」

「んー、正直に言えばね」

「本当だな!?」

「正直に言えば」

 男は懇願のように、強く聞き返す。

「実はボスから、お前らの弱みになりそうな奴の写真を送られて、こいつらを攫ってこいって命令されたんだ……」

「ほう、それで?」

「さ、攫ったら監禁して、お前らに揺さぶりをかける計画だった」

「ふふふ、そうだったんだ~。まあアンタ達未遂で済んで良かったね~。もし完遂していたら……」

「していたら?」

「アンタ達でも~っと遊んでるとこだったよ」

 男達は葉子に対し本気で戦慄した。仮面越しで表情は分からないが、確実に自分達を見下し、嘲笑い、飽きたらいつでも捨てられる“物”と見ている。少なくとも“人間”扱いはしていない。

「あーそうそう、もう一つ訊いておきたかったんだ。アンタ達のボスのこと」

「ぼ、ボス?」

「知っておきたいんだ。こんなバカ騒ぎ起こされては、アタシもおちおち眠れなくてね~。アンタもこんなとこで、人生終わらせたくないよなあ?」

「何を言ってる!?」

 男は声を荒げたが、微かに震えている。

「そう怖がるな、ただボスの正体――名前が知りたいんだ。欲張ったこと言うと、顔写真も無いかな? 教えてくれないかなー?」

「うう……」

「ジグソーパズルはお好き?」

 男はこれを聞き、背筋が跳ね上がった。

「あ、なんのことか分かっちゃった? まあアタシも概要しか――」

「ぼ、ボスは笹井聖(ささいさとし)だ!! アパート飯倉(いいぐら)二号棟近くの廃墟を隠れ家にしている!!」

「あらそうだったの?」

 葉子は微笑を浮かべながら、妖しく目を光らせ、ゆっくりと下がった。

「お、俺達下っ端で……、当座の金が欲しくて、こんな……」

「……では、今日のとこは、ここらでお暇しましょうか」

 男達は一瞬安堵の表情を浮かべていたが、再び恐怖に染まる。葉子の周りに、正体不明の白い靄が発生しているのだ。

「あ、あ……」

“それ”は徐々に形を成し、最終的に人の形になった。一連の被害者達の姿に。

「うわああああああ!!」

 男達は絶叫するが、恐怖で腰が抜けている上に制裁の影響でまともに動ける状態ではない。そのまま嬲り殺しにされるしかなかった。幻に。

「さて、そろそろ移動だ。ゴルト、飯倉アパート二号棟に集合だ」

「オーケー」

 離れた狙撃位置で待機していたロバータを呼び、飯倉アパート二号棟に徒歩で向かった。

「あれ、ズィルバー徒歩で行くの?」

「ここからそう遠くない、徒歩で十分だ。それに、幽界を通るのはリスキーなとこあるしな」

 葉子達は長距離を移動する際は幽界を通り抜ける。現世の法などに縛られないし、車や電車より速い乗り物が何種類もあるが、異形達が(ひし)めいていることもあり、身の安全については完全な自己責任となる。

「分かった、私もあんなのがウジャウジャいるのは気分悪いし」

「この前もイソギンチャクみたいな全身触手の化物と出くわしたからな。襲われたら薄い本一冊分の事件になっちまうよ」

「ズィルバーと関わったら、暴漢だろうが化物だろうがR-18にGが付くでしょ」

「ああ、Z指定モンだ」

 小走りで笑いながら、二人は飯倉アパートに辿り着いた。

「見るからに、安くはないって見た目ですね」

「木造だが造りはしっかりしてるし、その上管理も行き届いている。監視カメラがそこかしこにあるな。これで近くに化物じみた凶悪犯がいるっていうんだから、知れば住民はどう思うかな」

「で、犯人(ホシ)はどこに何号室に住んでるって?」

「ああ、スマンスマン。住んでるのはアパートにじゃなくて、近くの廃墟らしい。この近くで廃墟となると、まああそこしかない。というか、向こうは隠す気あるのか」

 葉子はアパートに近付くにつれ、邪気を感じていた。それを辿っていくと、アパート裏の藪に覆われた雑木林があり、その中央に朽ちかけた一軒家があった。しかも人の出入りが頻繁にあることを示すように藪が踏み折られ、道が出来ていた。

「ビンゴ。しかも人がいるみたいだ。ゴルト、消音器の準備を」

「了解」

 ロバータは消音器を取り出し、持ち込んだ全ての銃器に取り付けた。この消音器は、鵺のオリジナルだ。

「ワイルドハントの始まりといこうや」

「了解」

 ロバータ凄まじい跳躍力で近くのアパートの屋根に飛び上がり、紺色の鎧に身を包みスコープも取り付けた八尾を構える。

 葉子は赤い鎧に身を包み、尾裂と飯綱を構えて藪に踏み込んだ。屈んだ状態で藪に隠れるように侵入し、敵の数を調べる。廃墟に近付くにつれ、声が聞こえてきた。

「何!? ガキを逃がしただと!? ふざけんな!! 使えねえゴミ共が!! 女狐に邪魔されたならともかく、商店街の爺婆相手に逃げ帰るたぁ、とんだ腰抜けだな!! 良いか、あのガキが女狐に対する牽制になるんだ!! 捕まえねえとこっちが危ねえんだよ!! たく、稼ぐのにもサツをぶっ潰すのにも良い道具が手に入ったっていうのに……」

(今怒鳴っているのが笹井か。やーれやれ、道具の力を自分の力だと勘違いしているお馬鹿さんか。これだから“屍人”は困る)

 葉子は呆れたように溜息を吐くと、閃光弾代わりに爆竹を複数廃墟に投げ込んだ。

――パンパンパン!!

「ぎゃあああ!!」

「なんだ!? 襲撃か!?」

「こんばんわー」

 中にいる男達が怯んでいる中、葉子は武器を背中に隠しながら陽気に挨拶した。

「なっ!! テメエは!!」

「はーい、皆さんお初にお目にかかります。(わたくし)、巷でナイトバーカーと呼ばれている者です」

「ひいいっ!! 本当に出てきた!!」

「馬鹿野郎!! 相手はたった一人だ!! それに、なんのために“アレ”を用意したと思っている?」

 中央にいる下唇と両耳にピアスを付けた赤毛の男が言うと、周りの男達が安堵の表情を浮かべた。

「そうでした、忘れてましたよ笹井さん」

「おやおや、誰かと思えば……」

 葉子は笹井の顔を観察した。視線に気付いたのか、笹井は睨み返した。

「なんだクソガキ!!」

「あー、思い出した。確か三十年前の連続通り魔強盗事件で逮捕されたオッサンじゃん」

「んな!? なんでテメエがそれを知ってる!?」

 笹井は動揺していたが、葉子は笑いながら続ける。

「古い掲示板サイトで残ってたんだ、しかも写真付きで。十五年近く服役して変わってないどころか悪化してやんの……、ホント屍人は存在し続けるだけ害悪よねー。腐敗した魂を引き摺って、腐臭をまき散らす公害よ」

「うるせえ!! 生憎だが今回ばかりは前のようにはいかねえからな!!」

 笹井が周りの男達に顎で指示を出すと、男達は腕輪をはめてその力を解放する。

「うがああアアア……」

「うわーお、キショ」

 腕輪をはめた男達は、全身の血管が太く浮き出るくらい筋骨隆々な外見になり、白髪化し爪や牙が伸びた。だが同時に理性まで吹き飛んでしまったらしく、目の焦点は合わず涎を垂れ流している。

 腕輪を使わなかった他の男達はその光景を見て後退った。

「笹井さん、これどういうことですか!?」

「あ? どういうことって見たまんまだ」

「こ、こんな化物になるくらいなら、フリーターやってた方がマシだ!!」

 男の一人が逃げ出そうとすると、笹井が拳銃を発砲した。

「かっ……!」

 逃げ出した男は、胸を撃ち抜かれ前のめりに倒れ込んで絶命した。

「バカが、もう手遅れなんだよ。お前らもな」

「ひっ!! ぎゃああああアアアアア……」

 笹井の腕輪が光ると、それに呼応するかのように残った男達の腕輪も解放し、全て異形になってしまった。

「アンタ、その呪具……!!」

「そうだ、コイツをはめた奴は意思など関係無く俺の奴隷になるってわけだ。俺の腕輪は特別らしくてなあ、どういうわけか波長のあった他の腕輪を遠隔操作できるみてえでよ。強制的に使わせることも、中断させることも出来るんだよ」

「骨抜きにしてカマを掘るって発想は無かったんだ?」

「あってたまるか!! そんな趣味ねえよ!! あー、でもお前なら顔と体次第によっちゃ――」

「よーしゴルト、援護射撃開始。化物と変態に対し制圧射撃始め!!」

「了解です」

 最後まで言わせず、葉子はロバータに支援を要求した。屋根からの弾幕射撃に男達は散り散りになる。

「うわ!! スナイパー!? どこから!?」

 笹井は怯んで遮蔽物に隠れた。

「ええい、目の前の女狐とスナイパーを始末しろ!!」

 笹井の命令で、男達が葉子に襲いかかる。

「尾裂、化物でも痛みには逆らえないって事を思い出させてやれ」

 葉子は飯綱を防御や攻撃の受け流しに使い、尾裂で斬り付けた。

「ガアアアアア!!」

 斬り付けられた男は切り傷を押さえて仰け反った。その隙に葉子は回し蹴りで吹っ飛ばす。倒れたところで腕輪を腕ごと踏み潰した。

 腕輪を破壊された男は白髪はそのまま、筋肉が萎んでしまったものの元の姿に戻った。

「あらら、ファーストキルは盗られちゃいましたか。セカンドは私が貰いますけど」

 ロバータは葉子から少し離れた所にいた男に向けて発砲、手足を撃って怯んだ隙に腕輪を撃ち抜く。

 二人の連携によって男達は次々に無力化されていく。

「ええい、役立たず共が!!」

 笹井は憤り、ついに自身の腕輪の能力を解放する。

「あらら」

「ここからでもよーく見えますよ、自棄になったんでしょうか?」

「いや、あれは元々奴の切り札だ。制御する術はあるだろう」

 変異した笹井は他の男と同じような身体的変化に加え、黒いオーラが鎧のように体に纏わり付き、刀剣のような武器も形成していた。

「ひひひひ……、俺の腕輪は特別なんだよ。こいつらと一緒にするなよ?」

 だが一番の違いは、理性が強く維持されていることだった。

「“腕輪”はな。アンタ自身が強いわけじゃない」

「ほざけクソガキ!!」

 笹井はまだ戦闘可能な他の男と共に襲いかかる。が、これも二人の巧みな連携によって瞬時に撃破される。残った笹井は葉子と鍔迫り合いになった。

「強い武器を持っててもなー、使い手がショボいと意味が無いのよ。解る?」

 葉子が嘲るように笑うと、笹井は激昂した。

「なめるなー!!」

 驚異的な身体能力で一旦距離をとる笹井だが、そこにロバータからの集中射撃が入る。

「うおっ!! ちぃっ、スナイパーが!! いやこれマシンガンか!?」

 笹井はアパートを睨み付け、八尾を構えたロバータを発見した。

「あら見つかってしまいましたか。まあ位置バレしても大して痛くもかゆくもないのですが」

 スコープ越しに笹井と目が合ったロバータだったが、特に気にすることなく立ち上がると一瞬で姿を消した。

「なっ!! 消えた!?」

「余所見すんな、ド素人が!!」

「しまった!!」

 笹井は咄嗟に回避したものの、葉子の尾裂に太腿を斬り付けられてしまった。それは掠り傷にしかならなかったのだが――。

「うぎゃあああああ!!」

 痛みのあまり、笹井はバランスを崩して転倒した。

「こ、この俺が……、“痛む”だとぉ……!? 何でだ!? この状態なら、疲れも痛みも、あらゆる負担が無くなるんじゃないのか!?」

 動揺する笹井に対し、葉子は嘲笑って説明した。

「妖刀“尾裂”。こいつは斬り付けた相手に、傷以上の“痛み”を与える。例え普通の人であろうが痛みに鈍感な化物であろうがな。化物は鈍いだけだ、だが一度でも感じたらもう抗えない。アンタもそうだろう? 今一番解っている筈だ。傷ではなく、痛みに足を引っ張られていくんだ」

 相当な激痛を味わっているらしく、笹井の顔には無数の脂汗が滲み出ていた。

「テメエの抱える痛みにも耐えられん屍人が、他人傷付けてんじゃないよカス」

「んだとぉ!!」

 いくらかに痛みに慣れたためか、刀を構え直して攻撃を再開した。しかし、やはり痛みが響いているのか最初より動きが鈍っている。

「辛そうだな。ちょっとだけ楽にしてやる」

 見かねた葉子は、今度は飯綱で斬り付ける。数カ所斬り付けたものの、笹井の動きは衰えを見せない。

「なんだ? 体が軽くなった……?」

 むしろ痛みが引いていった。これを好機と見たのか笹井は笑い、更に攻撃を激しくした。

「へへへ、腕輪の力はここからが本番だったようだな!! いくぞナイトバーカー、ペイバックタイムだ!!」

 笹井は刀を力強く振り下ろす。力任せで乱暴な振りだが、それを尾裂で受けた葉子はよろめいてしまった。

「くっ」

「おらおらどうした!! さっきの威勢は何処行ったよええ!?」

 相手が劣勢とみるや、さらに乱打する。葉子はひたすら防御に徹していたが、足元がふらつき始めた。

(駒が全滅した時はどうなるかと思ったが、なんだ俺達と同じく呪具に頼ったただのガキじゃねえか。女子供と大の男とじゃ結果は見えてる。勝てる!!)

 形勢がひっくり返り、安堵と焦燥が湧き上がる笹井。しかし、葉子の方はブツブツと何か呟いていた。

(なんだ? 念仏でも唱えているのか?)

 そう思い嘲笑する笹井だったが、よく聞くと違った。

「48、47、46……」

 カウントダウンをしていた。何がしたいか解らず、苛立ちをそのまま暴力に変える勢いでさらに叩き込んだ。とうとうバランスを崩し転倒した葉子だったが、それでもカウントダウンを止めない。

「26、25、24……」

「ちぃっ、なんのつもりか知らねえが、おちょくられてるのはムカつくぜぇ……!! おらぁ!!」

「19……」

 笹井は力任せに刀を振り回したせいで、近くに生えていた木の幹に刀が食い込んでしまった。

「だぁクソが!! 邪魔すんなでくの坊が!!」

 引き抜くのに手間取っている隙に、葉子は立ち上がった。

「8、7、6……」

「ああああああ!! そのウザいカウントダウン止めろっつってんだろうがクソアマ!!」

「3、2、1……」

 怒りに任せ、葉子を串刺しにしようと突っ込んだ時だった。

「ゼロ」

 カウントダウンが終了、それと同時に笹井の体から力が急速に抜けていった。

「あ、れ……?」

 とうとう膝を地面に着き、途端に凄まじい疲労と激痛が体中を駆け巡った。

「うがああああああ!! なんだこれはあああああ!!」

 その激痛は傷によるものではなく、筋肉痛だった。

「残念でした、トリックの種はこの子よ」

 これ見よがしに、葉子は飯綱を笹井に見せつけた。

「妖刀“飯綱”。尾裂と正反対の性質を持つ小太刀だ。こいつは痛みこそ無いが、斬り付けた相手の体力を確実に奪っていく。中には、アンタのように自分から浪費するアホもいるがな」

「疲れや痛みが消えたのは……!!」

「ようやく気付いたのか間抜けめ。最初から腕輪は最大限に力をアンタに与えた。痛みが消えたのは、こいつが消したからだよ。アンタに分があるように錯覚させるためにな」

 葉子は悪戯っぽく笑うが、笹井は今の自分の状態と相手の意図が解らず混乱した。

「なんで……、そんな……、回り……、くどい……」

 消耗しきって言葉も上手く出せなかったが、それに対し葉子は笑みを崩さず答えた。

「鼻は伸ばせば伸ばす程、折りやすくなるからな。伸びきった状態でへし折ってやると、効果は大きい」

 笹井は意図を理解した。所謂上げて落とすタイプの奴なんだと。それも一番最悪な。

「痛みも疲れも抜いてやって、気分良く頭空っぽで暴れまくるアンタは滑稽だったよ? 調子に乗って有頂天になって、思いがけないアクシデントに足を躓いた瞬間、きっと面白いくらい絶望しきった顔を見せてくれるんでしょうねって、楽しみにしてたのよ~?」

 いつの間にか葉子は黒い姿になり、三狐神を肩にかけている。

「餅つき大会と逝こうか?」

「ひっ!!」

 葉子は三狐神を勢いよく振り下ろした。

「ひああああああっ!!」

 情けない悲鳴を上げながら、笹井は逃げ回った。三狐神は笹井の体に触れるか触れないかギリギリの所を掠める。

「そうだ、恐怖だ。恐怖を感じろ!! 存分に恐怖を楽しめ!!」

 葉子のこの口ぶりから、恐怖心を煽るためにわざとギリギリ外していることを察した。

「うっ、クソ!! クソクソクソクソ!! なんだこのザマ!?」

「あら」

 笹井は葉子に背を向けて、全力疾走で逃げていった。疲弊していたとは言え、離脱する程度の力はあったようだ。

「ゴルト、問題が発生。ターゲットが逃げた」

「了解、こっちも今し方周囲の残党片付けておきましたよ」

「どれどれ? おーういるわいるわ、街灯の下で干からびてる羽虫のようだね」

「なんて例えしてるんですか……」

 藪から出て確認すると、衰弱し砕けた腕輪が腕に引っかかっている男達が、周りで倒れていた。

「さてズィルバー、ここからはどうします?」

「何、手は打っているさ」

 葉子は道路に落ちていた血痕を指でなぞり、付着した血を嗅いだ。その時、パトカーのサイレンが近付いてきた。

「それよりサイレン聞こえません?」

「笹井が見せしめに消音器も付けずぶっ放しやがったからなぁ……、面倒ごとに巻き込まれる前に撤退するぞ。逃がした害獣も追わんといかんし」

 警察の接近を察知し、葉子達は笹井の追撃のために現場を離れた。


 商店街での騒動から一時間程経った頃、晴は真っ直ぐ家に帰る気にもなれず明とゲームセンターで時間を潰していた。だがナイトバーカーや葉子のことで頭が一杯で、ゲームに身が入らない。慣れた筈のゲームでも凡ミスを連発した。すっかりやる気が失せてしまい、店外に出てしまう。

「……パトカー?」

「ああー、なんなんでしょうね?」

 明には何となく分かっていた。だがあえてとぼけてみせた。もう意味は無いが。

「最近この近くで通り魔だか強盗やらが頻発してるっていうし、多分それじゃないですか?」

「ナイトバーカーも絡んでる?」

「かもしれません」

「……」

 晴の表情が曇った。

「なあ、明」

「何です?」

「ある日、自分の友達が自分の知らない全くの別人になってしまったら、どう思う?」

「さあ?」

 明は曖昧に返した。晴は続ける。

「僕さ、小学校卒業までは葉子と一緒だったんだ。でも中学で別れちゃって、高校で再会出来るって知った時は嬉しかったんだ。最初はね」

「と言うと?」

「髪が全部白髪になっちゃって、見た目だけでも衝撃が大きかったのに、性格も荒っぽくなってさ。いや荒っぽいっていうかサイコパスみたいで、昔は包容力があって気遣いが出来て、みんなの憧れの的みたいな存在だったのに」

「ほう」

「ましてや、今のあいつがナイトバーカーの正体だって話も出てさ。もしそれが本当なら、僕これからどんな顔してあいつと付き合わなきゃならないの?」

「無理して付き合う必要も無いのでは?」

「簡単に言うなよ!!」

 晴は声を荒げた。その時だった。

「ああああああああっ!!」

「……何なの?」

「酔っ払いか?」

 後ろから男の奇声が聞こえてきた。振り向くと、鬼のような姿をした男が必死の形相で全力疾走していた。その後ろから、狐の面を被った二人組が追いかけてくる。

「ナイトバーカー!?」

「あの男、確かずっと前に連続強盗殺人事件で捕まった男じゃ……? 確か、笹井って名前でしたっけ?」

「いやそれよりこれヤバくない?」

 三人の進路状には晴達がいる。そして笹井は晴の顔を捉えると ニヤリと笑った。

「えっ?」

 晴は不穏な気配を察し、後退ったが手遅れだった。笹井は猛スピードで明を押し退け、晴を葉子に見せびらかすように拘束した。

「わっ!?」

「ハーハッハッハ!! 形勢逆転だなナイトバーカー!! いや、信田葉子!!」

「え……?」

 晴は愕然とした。笹井はニヤニヤしながら晴に言い聞かせるように語る。

「何だ知らなかったのか? あいつはあんな仮面被っちゃいるが、中身はお前と同じ高校生なんだよ」

 晴は葉子を見ながら尋ねた。

「……やっぱりお前、葉子なのか?」

 しかし葉子は刀を抜いたまま黙り込む。その様子を見て笹井が嗤う。

「ははは、どうだ幼馴染みに今の落ちぶれた自分を見られる気分は? もう以前のような生活には戻れないな!!」

「黙れ!! 早く彼を解放しなさい!!」

 ロバータが銃口を向け警告する。

「おーっと、そっちは保名ロバータと言ったか? こりゃ傑作だ、こいつと一緒にいたのは和木明か。お前はどんな気持ちだ? そんな化物みたいな姿見られてよぉ」

「いえ僕既に知ってましたし」

 明がピシャリと言ってしまったせいで、笹井は一瞬止まってしまった。我に返ると逆上して捲し立てた。

「余計なこと言うんじゃねえよ!! ぶち殺すぞ!!」

「おお、怖い怖い」

「……はあ、まあ良い。それよりだ、コイツを殺されたくなきゃ俺の言うことに従え!!」

 笹井は拳銃を取り出し、晴の頭に押し付けた。

「葉子……」

 晴はか細い声で葉子に助けを求めた。

「どうだ、こいつの頭を風通し良くしたくないだろう!? 分かったら言うことを聞け!!」

「……それで人質取ったつもりなのか?」

「この状況見て何も感じないのかお前は!!」

 笹井が怒鳴ると、葉子の仮面が一瞬笑ったように見えた。見間違えかと思い凝視すると、今度は怒りに満ちているように見えた。

「何も感じないってことはないが、これだけははっきり言える。お前が掴んでいるのは弱みじゃ無くて逆鱗って言うんだよ。おっと、狐に鱗は無いだろツッコミは無しな。ああ類似した言葉に、『虎の尾を踏む』ってのがあったか」

「だからなんだ!! こいつがどうなっても――」

「黙れ」

「ひっ!?」

「お前は無謀にも、虎より危ない九尾狐の尻尾を踏んじまったのさ。アタシを怒らせた以上、簡単に死んで逃げられると思うなよ? そいつを殺したら、アンタはアタシの気が済むまで何度でも殺してやる」

 気付けば周囲に霧が立ち込めていた。笹井は周りをオロオロと見回す。

「では処刑を始めるとしよう。ただし一度では終わらない、アタシの気の済むまで、死の恐怖と苦しみを何度でも味わわせてやる」

 葉子は手始めに、拳銃で笹井の指を撃ち抜く。

「ぎゃあああ!!」

 引き金に掛けていた指が千切れ、笹井は動揺した。

「お、俺の指が!!」

 狼狽えている隙に、晴は拘束から抜け出した。

「ああ、しまった!!」

 すぐ捕まえようと手を伸ばすが、濃霧のせいで見失ってしまった。その様子を見て、葉子は溜息混じりに嗤った。

「どうした? まだ指が一本千切れただけじゃないの。これからだぞ、アタシの処刑は」

「はっ!?」

 霧に紛れ、葉子が不知火を笹井の腕輪目がけて突いた。腕輪はひび割れて、砕けた。

「あ、ああ……!!」

「囚人がそんな贅沢なアクセサリーなど感心しないな。お前には手錠だろう!?」

 続いて峰打ちで、笹井の両肩を打つ。

「ぐああああ!!」

「まあ、砕いちゃえば拘束具も要らないか」

「てめえ!! はっ!?」

 笹井は腕輪が破壊されたことで大きく弱体化した。

「ま、マズい……」

 著しく肉体が衰弱してしまったせいで、立つこともままならない状態になってしまった。

「さあ、処刑の続きだ。身ぐるみ剥がされて嬲り殺しにされる気分はどうだ? 今までアンタは攻める側だったんだ、今度は受ける側に立っても罰は当たるまい。あー、むしろ今罰を受けてるとこか」

 葉子の姿がぼやけて霧の中に消えていった。

「だがこんなものでは終わらない。目には目、歯には歯、殺しには殺しだ。アンタは殺しすぎたからな、死刑一回で済まないと思いな」

 笹井は濃霧の中を見渡すが何も見えない。だが荒い息遣いと足音が聞こえる。音がする方に向くと、霧の中で影が動いていた。それはゆっくりとこちらに近付いてくる。

「はっ!?」

 影の正体は、腕輪で変異した男そっくりの姿をした、頭部に二本の角を持つ鬼だった。しかし大きな体格の割に、ナイフや拳銃と武器が小さい。しかしその武器に笹井は見覚えがあった。

「お、俺の……?」

 鬼が持っている武器は、笹井が一連の犯行に使った物と同じ物だった。そして鬼は笹井を捕まえると、腕を抉るように突き刺した。

「ぎゃあああああ!!」

 絶叫する笹井を無視して、鬼は一切表情を変えず脚を突き刺す。わざと急所を外し、痛めつけるようなやり方に笹井は既視感を感じた。これは、自分が被害者達に行った殺し方だ。そして相手が苦しむ様子を見て楽しんでいた。

 鬼は手足を繰り返し抉ったが、心臓や喉は狙ってこなかった。しかし何度も繰り返されると失血はするし、激痛のあまり気が遠くなる。

「も、う、ダメだ……」

 笹井の意識は途絶えてしまった。完全に意識が無くなる寸前、葉子の声が聞こえたような気がした。

「残念だが、一回死んだくらいじゃ終わらねえ。さっきも言ったよな?」


 どれだけ時間が経ったのか、笹井は再び目を覚ました。

「い、生きてるのか、俺は……?」

 何とか死なずに済んだという安堵したが、意識を失う前の葉子の言葉を思い出し凍り付いた。

「一回死んだくらいじゃ終わらねえ」

 死なない程度にやられたのか、或いは本当に殺されて生き返ったのか、それは分からないが、唯一つ理解しているのは、悪夢はまだ終わっていないということだった。

 上半身を起こした笹井の背中に衝撃が走る。

「ぐあ!!」

 前のめりに倒れ、背中を擦ると9ミリ程度の穴が開いて濡れていた。拳銃で撃たれたようだ。後ろを振り向くと、拳銃を向けた鬼が自分を睨んでいた。

「うわあああ!!」

 笹井は立ち上がろうとするが下半身に力が入らない。さっきの銃撃で脊髄をやられたようだ。

 鬼は最初の時と同じように、わざと急所を外して何度も何度も笹井をいたぶり続けた。

「ぎゃああああああ!!」

 再び意識を失う時、鬼の後ろに更に大勢の鬼達が控えているのが見えた。まるでいたぶる順番を待っているかのように。しかも鬼達には、これまで笹井が殺してきた者達の面影があった。

「いつになったら……、終わるんだよ……?」

 殺してきた人達全員からの復讐を受けるまでか、それ以上なのかも分からない絶望感の中、笹井は再び意識を失った。


 翌日の学校は、笹井の事件がちょっとした話題になっていた。新聞やニュースサイトには、「連続強盗殺人犯逮捕」の見出しが大きく掲載されていた。取り巻きは心身共に大きく衰弱しており、笹井に至っては錯乱状態になってまともに会話も出来ない状態だった。

 笹井には前科があったこともあり、捕まった時の状態に対して世間の反応は「いい気味」「死ねば良い」というものから、錯乱状態であることから「これ精神おかしいからって無罪にならないよな?」というものまであった。

 ニュースサイトの反応を見て、葉子はほくそ笑んでいた。

「むしろ死刑の方が優しいと思うわよ? それにあんな有様じゃ檻の外じゃまともに生きられないだろうし」

「……」

 そんな葉子に対し、晴は黙って葉子を見つめていた。

「それにしてもあの男、どこで私達の情報を掴んだんでしょうね?」

 ロバータが不思議そうに言った。

「まあ噂は飛び交っているからな。アタシもそれっぽいこと仄めかしていたし、そこから流れたのを巡り巡ってあいつが拾ったのかもな。とは言え所詮噂が元だ、正確な情報じゃないからカマをかけるためにあんなこと言ったんじゃないかな」

「晴君達を狙ったのも、私達を炙り出すため?」

「かな~? まあ一つだけ言えることは、今非常に気まずい状態だってことかな」

 葉子は晴の方を見る。晴は目を逸らしてしまった。

「どうするんです?」

「元々周りに適当ながら吹き込んじゃいたんだ。いずれこうなることは予想していた。それに……」

「それに?」

「アタシも、あいつとは距離を置きたかったことだし。今のアタシは、あいつといるには汚れ過ぎているからねえ。出来れば清廉潔白でいさせたいんだ」

「一樹君はともかく、武志君と真理さんとは一緒なのに?」

「晴はここにいる奴の中では、一番無垢だからねえ。元々小汚い奴ならともかく、綺麗な奴は綺麗なままでいてもらいたいんだ」

「おーい、そりゃどういう意味だ?」

 振り向くと武志と真理が葉子を睨み付けていた。

「どういうって、そのまんまだが?」

「そのまんまが解らねえよ。真理はともかく」

 それを聞き、真理は武志を睨んだ。

「私はともかく? 私に言わせれば武志君の方がよっぽど汚いかと……?」

「何でだよ!?」

 葉子は呆れ返って溜息混じりに言った。

「武志は古道具のレストアが趣味だったよな? 河川敷や空き地で棄てられた鉄屑拾って変人扱いされてたろ。中学の頃、粗大ゴミとして出された薄型テレビ拾ってきて周囲から変な目で見られてたでしょ」

「うっ!」

「真理だって、アンタ薬大好きだもんねー。この前とんでもない化学兵器作って、自室半壊させたらしいじゃん。どこの社長だ」

「ああー、あの悪臭で近所から文句言われまくった事件かー……」

 真理と武志の過去を知り、ロバータは一歩引いた。

「ロバータ、自分の持ち物はしっかり管理しなさい。目を離したら、武志にパクられた挙句、魔改造されて戻ってくるし、真理には変な薬盛られるかもな」

「しねえよ!!」

「しません!!」

 ロバータは三人から逃げるように、明に近付いた。

「どうしました?」

「どうもこうも、二人の危ない話聞かされたら居辛くなるって」

「危ないのは貴女もでしょう。昔はかなーり荒れてましたからねえ」

「もう、その話は忘れてよ……」

 明とロバータは小学四年生の時に出会った。その頃のロバータはかなり血の気が多いヤンチャで、何かあれば同級生と喧嘩に明け暮れていた。今のような性格に落ち着いたのは中学二年以降だ。

「にしても、明って私の正体知っても全然驚かなかったわよねー」

「ええ、貴女のことだから、血生臭いことやってても不思議ではなかったので」

「オイコラ」

「口調、戻ってますよ」

「おっと失礼」

 今でこそ良家のお嬢様を思わせるようなロバータだが、昔は口も悪かった。怒らせるとたまに昔の口調に戻る。

「それに、それ程変わってませんでしたからね。物腰が柔らかくなった以外は全くと言って良い程」

「そうですか?」

「だから、知っても目を瞑ることにしたんですよ。だって貴女が喧嘩してた相手は、いっつも弱い者苛めしてた不良なんですから。昨日だって、ね?」

「まあ、あれは葉子の『遊戯』に乗っかっただけですし? てか基本そうだから」

 そんな二人の会話を聞いて、晴は一樹が言った言葉を思い出した。

「お前が犠牲になることを、奴は望んでいない」

(藻利の奴が言ってたこと踏まえると、葉子も実はほとんど何も変わっていないのかな……? 昨日の事だって、そもそも……)

 葉子とロバータの双方を見ながら、これから二人とどう付き合えば良いのか、そもそも付き合い続けても良いのか、そんなことを思いながら、晴は天井をぼんやりと見上げた。

~あだ名~

一樹「『千の無貌』って、俺のことらしいが、なんでそんなあだ名が?」

葉子「元ネタは、クトゥルフ神話のアウターゴッド・ニャルラトテップだろう」

一樹「複数の分身を持つ奴か。だが俺は変装が得意でも無いし、ましてや多重人格者でもないぞ? 多分」

葉子「いやそこは自信持って言えよ……。由来はアンタが複数の戦闘スタイルを持っていることかららしい。基本格闘技で攻めるが、相手の武器を奪えばそれも駆使して戦う。大抵の武器はそつなく扱えるところが、由来じゃないか? 元ネタは無数の顔を、アンタは無数の技を」

一樹「それでもイマイチピンとこないな。逆にお前はストレートだな、『白い悪魔』だと」

葉子「いつからあたしゃフィンランドの死神になった?」

一樹「戦闘スタイル的に相方の方が当てはまるか。でもあいつは黄色・紺・緑で白は無いからな」

葉子「だね」

一樹「だが異名に恥じない暴れっぷりは有名だからなお前。何しろ、やる時はとことん追い詰めるからな。そのせいか、一度追い詰めた奴らがお前の顔を見た瞬間、十人も仲間が一緒だったのに逃げ出したからな。拷問じみたやり方で精神的に追い詰めたのが効いたらしいな」

葉子「そりゃあな。だが単純に痛めつけりゃ、逆恨みで逆襲を受ける恐れがある」

一樹「だから徹底的にボコボコにするのか?」

葉子「ああいう手合いはね、自分が悪かろうが相手が良かろうが、とにかく自分の感情にだけ従って暴れるんだ。苛つきが治まるまで、もしくは満足するまでな。だ・か・ら、その大本である感情を壊しちゃえば、復讐する気も起こらなくなるのよ。恨みは恐怖で塗り潰すのが一番ってね。勿論、逆襲への備えも怠らないが」

一樹「うへー、やっぱお前だけは敵に回したくないわ。てか心壊すって、陰湿な悪役にいそう……」

葉子「心じゃ無い、感情だ」

一樹「……?」


~幽界~

ロバータ「前々から気にはなっていたんですけど、幽界ってその……、あの世なんでしょうか?」

葉子「『幽』という字には単に人の目に触れられない物や事を指す場合もある。まあ少なくともここは、アタシ達が住む現世から本来捉えられない『異世界』程度に思った方が良い」

ロバータ「死後の世界とは違うんですね……」

葉子「ああ、だから必要以上に恐れる必要は無いな。だが、それでもアタシ達は本来はこの世界にとって招かれざる客、ここにいるべきじゃない存在だ。用心しろよ」

ロバータ「分かってますよ……、用心しか出来ませんし」

葉子「ついでに言うとだ、この常夜通りは幽界における商店街だ」

ロバータ「うん? まあ確かにお店みたいなのがたくさん……」

葉子「違うそうじゃない。ここに来る際通っただろう、あの政木通り」

ロバータ「え、どういうことですか?」

葉子「幽界にも緯度・経度・海抜といった概念は存在する。この街は政木通りと同じ座標に存在するんだ」

ロバータ「へえー、面白い偶然ですね」

葉子「偶然じゃ無い、必然よ。と言うのも、幽界は現世にとって鏡合わせのような世界だから」

ロバータ「いや、ここ政木通りと全然……」

葉子「発展の形が違うから当然でしょう。幽界の地図を見ると、人為的に変えられた地形以外は現世とほぼ違いは無い」

ロバータ「地図!?」

葉子「流通は少ないがな」

ロバータ「どこで、いやどうやって手に入れたの……」

葉子「ヒ・ミ・ツ。まあいずれ見せてやるさ」


~暗黙のルール~

ロバータ「今まで何度も来ましたけど、何でわざわざ仮面を付けるんですか? 今更ですけど」

葉子「現世に住む人間が、幽界の住民を化物と呼び恐れるように、こっちの住民もまた現世出身のアタシらを警戒する」

ロバータ「そうなんですか? むしろこっちの住民からしたら、人間なんて取るに足らないイメージなんですけど」

葉子「現世の人間も、幽界の妖達も、自分達と異なる存在に対してはいつだって排他的だからな。というか、現世の住民同士でもそうだ。そのあたり昔より緩和されたかも知れないが、正確には異物とされるものが変わっただけだ。やはり異物を排斥する本質は変わっていない。非常識な振る舞いをする屍人が、社会的に抹殺されたりな」

ロバータ「そうですね……」

葉子「そして仮面の話に戻すが、これは一言で言えば、変装・擬態だ」

ロバータ「顔を隠すだけで通せるんですか?」

葉子「あからさまでなければな。少なくとも、『現世の住民』であることが知られなければ良い。勿論、知った上で接触してくる輩もいるが。だが身元が知られれば、妖によっては問答無用で殺しにかかってくる気性の荒い奴もいる。気をつけな」

ロバータ「その場合、交戦許可は?」

葉子「下すまでもない。ここじゃ現世の法なんか無意味だ、解るでしょう? 好きなようにぶっ放せ」

ロバータ「了解です」


~宵闇堂~

ロバータ「相変わらず、ここは変な物ばかり置いてますねえ」

葉子「店主も物件も立地も何もかもだろうが」

鵺「失敬な、現世の価値観で勝手に決めつけないでもらえるかい」

葉子「それもそうだな。なんせここには、アタシ達の武器を筆頭に、現世由来の物も結構多い」

鵺「普通の人の手に負えず、結果的に流れてきた物とかあるからねえ。ようちゃんの武器なんて曰くの塊みたいなものだよ?」

ロバータ「そ、そんなに?」

鵺「もっと言えば、君達が被っている仮面だって、もっとヤバい物だよ? まあ君達がよく知っているだろうけど」

葉子「確かにな。普段はただの変装道具だけど、解放することで通常の数倍の力を引き出せる」

鵺「君達はその調整も出来るようだね。だから複数の『顔』を作れるわけだが」

葉子「ああ、怪力になったり俊敏になったりな。ロバータは怪力になるのと、神経が研ぎ澄まされるってとこだな」

鵺「怪力になるのは共通なんだね」

葉子「あの重火器ぶっ放すんだから、それなりの腕力がないとな」

ロバータ「そりゃ片腕で連射するんですからそりゃあね」

鵺「アサルトライフルならまだしも、汎用機関銃ってそう使うものじゃないぞ……」


~不知火~

鵺「不知火は重量が変化する、人間からすれば摩訶不思議な妖刀だ」

葉子「ああ、最初の頃はすっぽ抜けそうになったり腕が上がらなかったりしたもんだ」

鵺「そりゃ君を好いてなかったからねえ」

葉子「しょうがないから、鞘を鈍器として使ったもんだ」

鵺「ここの連中と一悶着起こしたときはそうやってたねえ……。エラいシュールな光景だったよ」

葉子「鞘の方が素直だったからな。振り回したもんが当たれば、痛いことには変わりないしな」

鵺「そうしている内に、刀の方が折れた形になったわけだ。刃物として使ってくれないことを屈辱に感じたんだねえ」

葉子「ぞんざいに使う気は無かったんだ。だがいくらこっちが丁寧に扱ってやっても、肝心の道具の信頼性が欠けていたら意味が無い。ところでこの刀、重量が変わる意外に、相手の距離感を狂わせる能力もあるのか?」

鵺「ああ、その妖刀は敵にも使い手にも、あらゆる五感を狂わせにかかる。刀身から妖気を発して、感覚を狂わせるんだ。最悪、精神にも悪影響を及ぼす。だが君の場合、元々そんな戦闘スタイルを取っていたようだね?」

葉子「剣術を習って慣れた頃だ。自分なりにどうすれば勝てるか、優位に間合いを維持できるかを考えていた。そこで相手に悟られない程度に持ち方を変えることにしたんだ。鍔に近いとこをか、離れたとこを握るか。後、握る手の感覚も狭めたり広げたりとかな」

鵺「この世界に入る以前からしてたんだ~? 生まれ持ってのワルだね」

葉子「戦略といえ。ルールの許す範囲内で色々工夫を凝らしていたんだ、反則はしてないぞ」

鵺「どうかねえ」

葉子「そもそも、ここには法自体が存在しない世界だろう? アンタがそんなこと言えた義理か?」

鵺「こりゃ一本取られたね」


~尾裂~

葉子「尾裂は一転すると酷く刃こぼれしているように見えるが、実はこの形が残るように丁寧に研がれている」

鵺「良い目の付け所だねえ。その通りだ」

ロバータ「でも、なんでわざわざこんな風にするんですか?」

葉子「外傷の痛みっていうのはな、空気の触れる傷口の表面積で決まる。分かりやすく言うと、表面が粗いとどんな小さな傷でも見た目以上に痛むんだ」

鵺「その逆も然りってね。鮮やかな切り傷ならどんなに大きくても、斬られたことにすら気付かない。この尾裂の場合は、言ってしまえば敵を痛めつける拷問用具っていう側面もあるよ」

ロバータ「拷問!?」

鵺「というのは半分冗談で、実際は大きく痛覚を刺激し、相手の戦意を下げる意図があったんだよ」

葉子「深刻なダメージを受けていても、痛みが伴わなければ相手は平気で戦い続ける。その一番の例が米比戦争ね。コルトガバメント開発のきっかけになった戦争」

ロバータ「それがどうしたんですか?」

葉子「当時の米軍の拳銃は、38口径ロングコルト弾を使用していた。だが相対するジャングルで白兵戦を仕掛けるフィリピンのモロ族に対して、38口径はストッピングパワーが足りなかった。そこで新型拳銃と共に、より威力の高い銃弾が開発された。アメリカ人の大口径至上主義が蔓延した原因でもある。まあこれは、痛みとは違うかも知れないが」

鵺「何にしても、相手がダメージを受けている自覚が無ければなかなか反撃を止めないものさ。45口径は打撃力で、尾裂は痛覚で、方向性は違えど相手を行動不能にするというとこは同じだ」

葉子「まして尾裂は妖刀だ。刀身の構造は元より、自ら発する妖気でさらに痛覚を倍増にする。激しい痛みを覚えれば、相手は戦意を削がれる」

鵺「おまけにこの構造のせいで、傷も綺麗に治ることがない。運良く生き延びたところで、次はその古傷がウィークポイントになってしまうだろうなあ」

ロバータ「こんなの考えた人は相当悪趣味だったんでしょうね……」

葉子「だが戦いを有利に進めるやり方としては、ありだ。そしてそれを考えようとすると、どうしても相手から見て嫌らしくなるものだ」


~三狐神~

鵺「三狐神は元々農耕用具の一つだ。武器では無い。だが破壊力は抜群だ」

葉子「だがかなり血に濡れている」

ロバータ「解るんですか?」

葉子「ああ、妖気に混じって微かに漂っている」

ロバータ「百姓一揆で使われたんでしょうか?」

葉子「実際の百姓一揆は、フランス革命と比べりゃ遙かにぬるいぞ。今で言う集団訴訟やデモ・政治パフォーマンスに近い。大量殺人や大規模な破壊活動に発展したことは無いらしい」

鵺「確かにこの大槌は農民の所有物で、血に濡れているが、人の他に獣の血も付いてる。所有者は人や獣を殺して回っている」

ロバータ「何があったんです?」

鵺「かいつまんで話すが、こいつの所有者の村は当時大飢饉に見舞われていた。それ以前にも、獣害や盗賊による略奪も頻発していた。そして飢饉で弱った隙を突かれて盗賊達に、残り少ない食料と金品を奪取されてしまった。その結果、周囲で餓死する者が出た。家族・友人・仕事仲間もみんな」

ロバータ「……」

鵺「飢餓に追い詰められた彼は、他の餓死した村人達の死体に手を出したんだ。それも、全員」

ロバータ「全てですか!?」

鵺「ああ、だがそれでも彼は、満たされることは無かった」

葉子「人肉は海綿状脳症のリスクや倫理観以前に、栄養価が高くないそうだ。まして飢え死にした死体なんて、いくら食っても足りないだろう。おまけに、激しい飢餓で脳の機能が麻痺し、満腹感を得られなくなっていた可能性もある」

鵺「村人を食い尽くした彼は、この大槌を手に取った。もうここ先はからお察しだ」

ロバータ「狩り、ですか?」

鵺「ある意味はな。でも復讐という意味合いもあっただろう。自分達の糧を食らい、奪っていった奴らから、今度は自分から食らい尽くしに行ったんだ。飢餓に見舞われていたとは思えない程の怪力を発揮し、盗賊は勿論、獣すらも寄せ付けない程だ。そして、目に付いた獲物を片っ端から叩き潰し食らった。悪鬼の如くな。そのため、獣や人々は彼を恐れるようになった。熊すら怯んだという」

ロバータ「流石に、それは冗談ですよね……?」

鵺「さぁーてね。だがそんな彼を恐れたのは、彼自身とも言われている。一連の狩り・復讐劇は狂気との葛藤の連続だったとか。まあそんな生活も長続きはせず、最期は投獄され処刑された。処刑の前に、今風に訳すると『もう鬼になってまで食わずに済む』という辞世の句を残したそうだ」

ロバータ「元を正せば、飢饉や盗賊のせいなだけにやるせないですね……」

葉子「ああ、『哀しき悪役』って奴だな」

鵺「ともあれ、元の破壊力に加え、相手を威圧する妖気を放っている。上手く使えば、敵への牽制や抑止力として使えるはずだ。何十、いや何百とも解らんが、犠牲の上で存在する武器だ。くれぐれも、粗末に扱わんでくれ」

葉子「当たり前だ」


~紅~

鵺「7.62ミリ64式小銃カスタム・紅。ベースとなった64式小銃は、同時期の7.62アサルトライフルに比べ、意図的に連射速度を落とし、二脚を装備することでフルオートで驚異的な命中精度を獲得している。まあ命中精度と言うよりは、集弾性が高いと言うべきか」

ロバータ「アサルトライフルのアの字も知らない時期に作ったって言うのがまた驚きですよね」

鵺「いや、この時期ではアサルトライフル自体が新しいカテゴリーだったからな。アメリカは勿論、イギリスやフランス・ソ連もどこの国だって同じ黎明期だった」

ロバータ「そして、その黎明期に思い切りずっこけたのがアメリカ……、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ」

鵺「M14だったな。64式は毎分500発に対しこっちは700と、リコイルが凄まじく“アサルトライフル”としては失敗だった。64式及び紅に話を戻すが、こいつは全ての部品を徹底的に復元・修理してあるから、ガタつきは無いはずだ」

ロバータ「64式と言ったら黒いビニテだもんね、確かにこれはそんな物無くても全然部品が外れる気配が無いわ」

鵺「ただオリジナルを完全に復元したわけじゃ無い。特に照門、リアサイトだがこいつはもう調整できないよう完全固定してしまった」

ロバータ「あー、発砲時に反動で倒れてしまうって欠陥があったんでしたっけ?」

鵺「固定する機構が無かったからな、これが煩わしいだろうと思った。連続射撃しても、サイトが倒れて照準を見失うことは無いはずだ。代わりに光学照準器は充実させた。狙撃用のスコープなんかは元々あったが、ハンドガードに外付けする形でレールを取り付けた。これでレーザーポインターやフラッシュライトも併用できる。レーザーポインターと合わせ、新規にドットサイトやホロサイトも作っておいた」

ロバータ「M14EBRを彷彿させるわね」

鵺「実際それイメージしながら改造した。ついでに消音器も用意したから、敵に気付かれたくないって時には役立つぞ」

ロバータ「なるほど、で銃剣は?」

鵺「え?」

ロバータ「日本の銃と言ったら銃剣は欠かせないでしょう」

鵺「え、使う気なのか?」

ロバータ「当然でしょう、使わない方がおかしい」

鵺「銃の信頼性が成熟しきった今、銃剣なんて時代遅れじゃ……。CQBじゃ、銃剣の分長さが増して取り回しが……」

ロバータ「CQCには使えるでしょう!? 組伏してグサリとやれば、イチコロよ」

鵺「本音は?」

ロバータ「ナイフに持ち替えるよりは早い! かといって、銃本体で殴ったら痛んじゃうし……」

鵺「君、口で言う分には合理的かも知れないが……」

ロバータ「何言ってるんですか!! 銃剣の無い銃なんて、格好悪いでしょう!? 角の無いカブトムシと同じです!!」

鵺「そ、そうか? いや角の無いカブトムシって、それただのカナブン……」

ロバータ「訓練において敢闘精神を養う目的もあれば、平時において相手を威圧するお守りにもなる。確かに現実的な見方をすれば、直接攻撃するにはもう時代遅れなのでしょうが、心理面においてはまだまだ役立つ物です。何より、物の縁を結ぶ貴方が、これと縁が深い付属品をないがしろにしてどうするんですか!?」

鵺「うーん、それもそうだねぇ……、考えを改めるよ」


~銀~

鵺「銀の元は十四年式拳銃だ」

ロバータ「ルガーP08に似てるわね」

鵺「だが内部のメカニズムはモーゼルC96に近い」

ロバータ「ところで、これに使われる弾倉が、以前資料写真で見たものと比べてだいぶ違う気がするんですが? しかもこれ、16発は入りますよね」

鵺「ああ、折角だから、ダブルカラムマガジンも作っておいたんだよ。ベレッタとかP226とか、やっぱ弾数が多い方が良いだろう?」

葉子「試作品だが、一応十四年式にもダブルカラムマガジンが作られたことはある。まあ結局、シングルカラムで8発入りの弾倉が採用された。ところでかなり基礎設計が古いオートマチックだが、使い心地は?」

ロバータ「これといって不便は感じませんよ?」

葉子「アタシが知る限りじゃ、弾倉交換に力が要るとか聞いたんだがな」

鵺「その辺りはしっかり改良してある。ガバやベレッタと比べても遜色は無いはずだ。内部のメカニズムを崩さずに使いやすさを向上させるのは苦労したんだぞ?」

ロバータ「その上、消音器や光学照準器も充実してる」

鵺「小型のACOGやホロサイトなんかも付けられるようにした。というか新規に作った」

ロバータ「ここまで来ると、もはや別物ですね」

鵺「改良・改造と言っても、やり方次第では原型から大きく形が変わってしまうもんだ。……ところで、光学照準器もそうだが、こいつには銃剣も無かったんだぞ。なんでわざわざ付けようとした?」

葉子「流石の旧日本軍も、ピストルにまで銃剣は付けなかったからな。何故?」

ロバータ「ナイフに持ち替えるのが億劫だからですよ」

葉子「しかも二挺拳銃なのに、撃つときは一挺ずつよね? ガンマンみたいにバンバン撃たないの?」

ロバータ「ああ、これは装填する際の隙を埋めるためですよ。一方が撃ち尽くしてしまったら、もう一方で継続し、その間に装填も済ませる。その繰り返しですよ」

葉子「こんな古い銃でそんな芸当出来るまで改造するとはね……。鵺、アンタ苦労したなあ……」

鵺「労いは良いさ……」


~弥作~

葉子「弥作とは、アタシらにとっちゃ縁起でも無いねえ」

ロバータ「どうしてです?」

葉子「狂言『釣狐』、その題材である白蔵主の甥の名前が弥作っていうんだよ」

ロバータ「それがどうしたんです?」

葉子「そいつ、猟師なんだ。狐狩りの」

ロバータ「ええ!?」

葉子「白蔵主が登場する話は、白狐が僧侶に化けている。というか白蔵主という僧侶に、白狐が化けているんだ。話によってはその結末は様々で、僧侶に化けて甥に狩猟を止めるように説得するが見破られて狩られたり、白蔵主を殺してなりすまして金の無心に来た甥を追い返すが結局猟犬に殺されたり、罠にかかるがなんとか逃げ切ったりな」

ロバータ「うわあ……、確かに縁起悪いですね」

鵺「だが性能は一級品だぞ? 元である三十八年式歩兵銃は現代のアサルトライフルの小口径高速弾に通ずる所があるんだ。弾丸が小さくなるって事は軽くなり、より遠くまで飛ばせるようになる。弾丸の携行数も増える。だから、開けたところでの命中精度は他国のボルトアクションライフルを凌駕していたとも言われている。と言うのも他国のライフルは、より重く大威力の弾丸を撃ち出す方向だったから、弾道が山なりになりがちだった。三十八式はほぼ真っ直ぐの弾道だった」

葉子「ガダルカナルでの戦いじゃ、米兵はこいつの独特の発砲音にビビっていたって話だ」

ロバータ「でもこれ、狙撃専用ってわけではないですよね?」

鵺「三十八式に限った話じゃないが、第二次大戦中は出来の良いボルトアクションライフルは狙撃用の改造を施されるのは決して珍しい話じゃなかった。そして三十八式の狙撃銃型には九十七式の型番が与えられた」

ロバータ「と言うことは、これは厳密には九十七式?」

鵺「いや、三十八式だよ。それにスコープをポン付けしただけの緩い改造だ。ああちゃんと調整してあるから安心してくれ」

ロバータ「スナイパーライフルというより、さしずめマークスマンライフルってとこですか。中距離での精密射撃には良い相棒になりそうです」

葉子「ちなみに三十八式も含め、旧軍のライフルは色んなとこに放出されて、今はハンティングライフルとしてハンターに使われているわよ? なかなか好評だとか」

ロバータ「疫病神にもなりそうですね……」


~八尾~

鵺「旧軍時代は、日本はユニークながらも優秀な機関銃を生み出してきた。だが戦後は、この有様って感じだ」

ロバータ「62式……、壊れやすいとか弾が詰まるとか、悪評が多いですね」

鵺「ついでに言うと、開発に携わった会社は、これの後もデータ改ざんして粗悪な機関銃を納品していたからなあ。まあそれはともかく、八尾は現役時代に散々言われていた欠陥を一つずつ潰してようやくまともかそれ以上の性能と信頼性を獲得した。特に機関部と銃身は入念に改良を加えておいたよ」

葉子「ネットで見た限りじゃ、どうも薄い銃身に固執したせいでなった欠陥みたいよねこれ」

鵺「ああ、薄い銃身で過熱しないようにしたため、内部機構が複雑化して整備性が他の機関銃と比べ下がってしまった。他にも遊底の後退延長が長すぎるから、これのせいで遊底が逆鉤まで下がりきらず、引き金引かなくても撃ち続けるなんて言う珍事を起こしている。あまりにも酷いんでね、内部メカニズムと銃身は他の機関銃から移植することになったよ」

葉子「そもそも、ベルト給弾の汎用機関銃や分隊支援火器を、信頼性落としてまで軽量化するって発想がおかしいの。携行性とかは二の次で良いのよこんなの」

鵺「ただ全く軽量化してないわけじゃない。これって完全に死荷重だろって思うとこは軽量化しといた」

ロバータ「銃床がスケルトンになってる。確かに射撃姿勢さえ安定すれば、別にこれは必要ないですしね」

鵺「ついでにグリップも肉抜きしてやはり軽量化してある。余程乱暴に扱わない限り壊れない程度の強度は確保してあるから、心配要らない。とはいえ、やはり実用的な性能と信頼性を確保するにはこの程度が限界だった。後は、フレームを複合材にでも変えない限り無理だな」

ロバータ「充分ですよ、多少重くても問題ありません。それに私、箸より軽い物なんて持ち歩きたくありませんから。腕が萎えちゃいますし」

鵺「箱入り娘っていうより……」

葉子「監獄に入れたい娘って感じよね、アンタ……」


~狂気の腕輪~

鵺「剛忌輪は、装着者の理性と引き替えに身体能力を向上させる性質がある」

ロバータ「私達の仮面と違って、随分と嫌な副作用があるみたいで」

葉子「仮面だってノーリスクってわけじゃないぞ?」

鵺「本来はね。君達とは相性が良かっただけさ、偶々ね。それで、理性と引き替えになると言ったが、これは同時に強い洗脳効果もあるんだ。理性が弱った所をつけ込むって感じだな」

ロバータ「そう言えば、使用するリスクも代償の一つだって言ってましたけど、これってあえて利用されたりとかしませんでした?」

鵺「鋭いねえ、その通りさ。ヤクザの界隈で言うところの、鉄砲玉にされることも珍しくなかった。どうせ使った後は廃人になってしまうからねえ」

葉子「ところで、それは量産型の話よね? 試作型はどうなの?」

鵺「試作型は剛力を得ても、理性を失うことは無かったらしい。しかも、腕輪を通して他の装着者を操ることも出来たとか……」

葉子「腕輪というより、首輪のように見えてきたわ……」

鵺「実際そう」

ロバータ「あまり聞きたくないですけど、腕輪そのものはどうやって作られるんです?」

鵺「聞きたくないのに知りたがるなんておかしい子だね~、まあ矛盾を抱えるのが人間だけど。作り方だけど、まず生け贄を用意します」

ロバータ「うんうん」

鵺「薬を盛ります」

ロバータ「薬?」

鵺「ああ、アヘンとかね。この呪具は薬物で酩酊状態にした生け贄の血に、腕輪を浸して作ったらしい。この手の薬物は麻酔作用や興奮作用を引き起こすのは、誰でも知ってるだろう?」

葉子「小学校からさんざん言われてきたよ。あたしゃイカれてもこんな物に手を出したくないね」

鵺「生け贄は興奮状態になって、痛みも感じなくなる上にリミッターが外れて常人の倍の力を発揮できるようになる。負担も大きいけどな」

ロバータ「そうなった生け贄から、血を搾り取ったと……?」

鵺「いーや、流石に興奮状態の生け贄を相手に数十人も殺すのは難しい。だから生け贄同士で殺し合わせた」

ロバータ「また蠱毒方式ですか……」

鵺「蠱毒はあくまで生き残った一匹を使うものだけどね。これは共食いされた奴も含め全部使う。最後の一人は飛び道具を使って念入りに処分した。近付くのは危険だしね。まあこいつの眼目は、薬物でリミッターの外れた生け贄の身体能力を、生き血を染みこませた呪具を仲介して装着者に与えるとこだ。ただし、発狂した精神状態もそっくり移してしまう」

葉子「試作型は、そこを克服しているのよね?」

鵺「ああ。でもそれは手間だって言うんで、量産型は省いたんだ。その結果前述の欠陥が出てしまったわけだから、制作を依頼した奴はこれの利用計画を一部変更した。捨て駒として使うことに決めたんだ」

ロバータ「つまり、装着者が生還しても元に戻らないから、死んでも構わない部下に使ったって事ですか!?」

鵺「部下だけじゃない、内通者や裏切り者、捕虜なんかにも使われた。人材を本当にただの『資源』扱いしてるとこを見ると、依頼者はかなり冷酷なサイコパスだったみたいだねえ。合理的かもしれないけど」

葉子「だけど、そいつらは天下を取ることも出来ず、歴史の闇に葬られた」

鵺「運用の仕方が臭い物に蓋してるだけのようなものだしねえ、暴走を止められぬなら敵対勢力を壊滅させるまで、死ぬまで暴れさせるって感じだし。倫理観もそうだが、こんな無責任な使い方する輩は、天下を取っても長くは保たんだろうて……」

葉子「でしょうね。というかこんな奴に仕えたくないし、むしろ噛み殺したいわ」


~門~

葉子「それにしても、アタシらに来て欲しくなかったら自分で管理しろよっての」

ロバータ「幽界の住民は、現世の私達を嫌っているんでしたね」

葉子「そうだ、しかもコイツは現世からは殆ど肉眼で観測できない」

ロバータ「肉眼ではねえ、じゃあ暗視装置とかサーマルスコープとか……」

葉子「いやそれもどうかと……。まあとにかく、こいつは深夜に開くことが多いんだが、稀に夕方に勝手に開いてることもある」

ロバータ「それはどうして?」

葉子「幽界の住民は深夜の時間帯に現世に往来する。だから深夜には勝手に開くようになっている。だが中にはアタシらみたいに時間関係無く門を開くことの出来る奴が存在する」

ロバータ「開閉は自分で出来る者と出来ない者がいるってことですか?」

葉子「そう。一応開けっ放しにしても自動的に閉まるんだが、門を作るための術そのものが古くて劣化しているみたいでねえ、閉まりが悪くなっている。そもそもこの術は日の光に反応して閉じるようになっているから真っ昼間なら問題無いんだけど、夕方はその力が弱まって上手く閉じないのよ。その僅かに開いた隙間に、現世の住民が紛れ込むことが多々ある。そうなって蒸発した奴を、俗に『神隠しにあった』っていうんだ」

ロバータ「つまり、夕方に誰かが開けっ放しにしたのを放置したせいで中途半端に閉じた状態になっていると?」

葉子「そういうことだ、全くアタシは気にしちゃいないが、防犯意識低すぎるよなあ……」


~政木通りの住民~

晴「何て言うか、凄かったね……」

明「ここの人達はみんな顔見知りでね、多少の無茶なら聞いてくれるんですよ」

晴「お前のコネもそうだけどさ、暴漢相手に色んな物持ち出しててさ……」

明「ここの人達は自営業が多いから、自衛意識が強いんですよ。トラブルの際は警察に頼るより自分達で片付けるって人が多くて。というより、信用していないのかな……」

晴「なんで?」

明「ここの人達は今でこそカタギですけど、ヤクザから足を洗った人も多くて」

晴「ヤクザ!?」

明「懲役刑に服した経験から、そういう商売に目覚めたとかで」

晴「へー、随分変わった転職だね……。というか、警察目の敵にしていたから頼らないの?」

明「それもあるのでしょうが、裏社会に精通していたからなのか、警察の汚い一面も嫌々見せられていたんでしょうね、汚職とか。まあこれはあくまで一例です。最初からカタギだとまた事情が違ってきます」

晴「と言うと?」

明「そっちの場合、これまで余所でトラブルに巻き込まれた際警察の無能ぶりに嫌気が差したパターンですかね。聞いた話によると、冤罪で捕まって人生無駄にしちゃった人とか、犯人取り逃がされて大きい損害出した人とか、捕まったは良いけどなあなあで済まされた人とかね。特に冤罪は、誤認逮捕を認めたくないが故に容疑者の無罪の証拠を隠蔽されたり……」

晴「うわ、悪質……」

明「だからここの人達、お上の不祥事にはかなりうるさいですよ。飲食店も多いですけど、お巡りさんはここでの飲み会は避けているとか」

晴「うへー……」

明「ただし、それは生活安全とか交通のような普通の警察の話。公安警察は別で、むしろ情報収集のために入り浸りになっているとか」

晴「身近な場所なのに闇深いなここ……」


~情報戦~

一樹「敵はどこから入手したか知らんが、的確にナイトバーカーの正体に目星を付けた上で狙ってきているな。あいつを襲えば、牽制に使えると」

明「ですが彼女自身、明確ではないくとも正体を仄めかしてましたからね。推測や脚色で希釈された、噂をアテにした可能性も」

一樹「まあ確かに学校内じゃ、信田が正体だと疑う奴は多いからな。そこから他校や不良に伝わった結果、今回の犯人に漏れたのか」

明「それにしても、事実とはいえあまりに的確過ぎません?」

一樹「当てずっぽうにしたってな、怪しい奴は真っ先に狙われるんだ。実際信田は髪が白髪だってこともあってかなり浮いていた。喧嘩相手からも、奴の攻撃性に加え異常な加虐嗜好から異端視されていた。そして何より、狂信的とも言える美学・哲学だ。奴はことあるごとに人間・化物・屍人という言葉を口にする。こんな変質者、無視する方が難しい」

明「確かに、それもそうですね……」

一樹「後は簡単だ、あいつの人間関係を洗い出せば良い。そうすりゃ自然とあいつに辿り着く。あと和木、お前も気をつけろよ」

明「何がです?」

一樹「信田の人間関係から保名も目を付けられる可能性もある。そうすりゃお前も狙われる」

和木「ええ、解ってます」


~疑惑~

一樹「気になっていたんだが、俺そんなゲイに見えるのか?」

明「初対面での言動がマズかったんじゃないですか? 彼、『可愛い』とか『女の子みたい』って言われるの嫌いみたいで」

一樹「実際そんな見た目だし仕方ねえだろ。てか、俺は最初会った時も、見た目のことしか言ってねえぞ」

明「それでもコンプレックスに言及すると嫌がられますよ?」

一樹「それを言うなら、お前はどうなんだ?」

明「僕ですか?」

一樹「お前、よくあいつとくっついてるじゃねえか? クラスの間で噂らしいぞ。お前らデキてるってな」

明「おやおや、いつの間にそんな話が?」

一樹「俺は泉にどう思われようが知ったことじゃないが、少なくとも周りはお前のこと危険人物と見てるぞ。特にお前と中学が同じだった奴は」

明「人聞きの悪いですねえ、可愛いからって一緒にいてはいけないんですか?」

一樹「そういうわけじゃないがな……。もう一つ付け加えておくと、お前は性同一性障害って疑惑も持たれてるぞ」

明「ますます人聞きの悪い……。僕は男だって認識はありますし、晴君が男だって事も解っています」

一樹「流石にこれは悪意があり過ぎるな。だがこれはどうだ?」

明「え?」

一樹「バイセクシャルって噂もあるんだよ。保名ともデキてるって話だ。実際よくつるんでいるしな」

明「まあ否定はしませんよ、小学生時代からの付き合いですし」

一樹「え、本当にバイなのか……?」

明「彼女との付き合いが、です」

一樹「なるほど、でどっちが好きなんだ?」

明「は?」

一樹「男と女、どっちが好みなんだ?」

明「迷いますね~、晴君は可愛いし家事とか出来る幼妻って感じで、ロバータも綺麗だし柔らかな雰囲気で……」

一樹「いや本気で迷うなよ……。やっぱお前、バイじゃないのか……?」

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