出勤2日目
8月13日。
「おはようございまーす!」
出勤2日目。
お盆とはいえ一応月曜日なので、昨日に比べてどうだろうか。
今日も顔ぶれは昨日と同じ。
話に聞くと、ホールにまだ女子大生が2人いるらしいけど、お盆はいないんだそうだ。
健さんは基本的には厨房だけれど、ホールの人手が足りない特に朝などは、そっちに行くそうだ。私もホールの方が良かったのかもしれないけど、せっかくなので、包丁の使い方なんかも習いたかったので、キッチンにしてもらった。まあ最初のうちはバイキングと洗い物だけどね。
私は着替えを済ませて厨房へと向かった。
ちなみに厨房のユニフォームは全身白でコックコートに長ズボン、帽子をTシャツと短パンの上から着る。あとはランクに応じてコックタイの色が変わる。工藤くんのお父さんはチーフなので白。アルバイトリーダーの川島さんは赤。他は青いコックタイをつけることになっている。
厨房に入るとチーフと川島さん、工藤くん、さらに茜ちゃんの姿もあった。
「あっ!お姉さま!おはようございます!」
茜ちゃんが私の顔を見るなり尻尾でも振るように近づいてきた。
周りの視線が一気にこっちに集まった。
「あ、茜ちゃんおはよう。お姉さまっていうのは?」
「私にとってお姉さまはお姉さまです!今日は一緒にバイキングと洗い物を担当することになりましたので、よろしくお願いします!」
「あっ、そうなんだ。オッケー。じゃあよろしく!」
「はいっ!」
茜ちゃんは昨日とは打って変わって私に満面の笑みで接してくれる。
だけど。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・茜ちゃん?」
「はい!お姉さま!」
「・・・ちょっと離れてくれるかな?」
「え!?なぜですか!?」
「いや。仕事できないよね?」
「くっ!これも乗り越えるべき試練ですね!わかりました!離れます!いちっ、にいっ、さんっ!はいっ!」
「・・・。」
「・・・茜ちゃん?」
「はいっ!」
「離れてないよね?」
「くっ!流石お姉さま!一筋縄ではいきませんね!残念です!」
「がっはっはっはっ!仲がいいこった!茜!椎名ちゃんに迷惑かけんじゃねえよ!さっさと働けや!」
そこでチーフが声をかけてくれて、茜ちゃんはようやく観念したように離れてくれた。
「わかってるもん!やればいいんでしょ!」
好かれるのはいいけど、極端だなあ。視線を前に戻すと工藤くんと目があった。
「おはよ。」
「お、おう。」
そうして2日目の朝が始まった。
「よし。これで準備オーケーっと!」
バイキングのコンテナを全て並べて、量が減りやすい焼き野菜やサラダのストックを作り始める。
「茜ちゃん!スライサーでお肉の塊を切って用意してくれるかな?」
「はいです!」
オープン10分前。なんとか間に合ったかな。
今日は昨日と違い、座敷の予約のお客さんがいないので、バイキングが昨日の倍は予想される。気を引きしめていかなきゃ。
「椎名ちゃん、ちょっといいかしら?」
「はい!」
そんな矢先に十花さんが手招きしてきた。
「椎名ちゃん、この野菜、痛んでるわよ?」
「あっ!すいません!」
見ると、キャベツが傷んで茶色くなっていた。さらにかいわれ大根に至っては触るとぬめりのような感触が伝わってきた。
「食べ物を扱うお仕事は、お客様に新鮮な食材を提供出来るように細心の注意を払わなければいけないの。特にこのバイキングの食材は、たくさんの人がトングで触ったり、常温に晒される時間が長かったりして傷みやすいから、気をつけてね?」
「あ、はい!すぐ取り替えます!」
あちゃー。私ってばこういう所だ。気をつけないと。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ふー。やっと一段落ってところかな。」
午後3時を過ぎて、ようやくお客さんもまばらになってきた。
「お姉さま・・・。疲れました・・・。」
茜ちゃんもヘトヘトのようだ。
「茜ちゃん。色々ありがと。助かったよ。先に上がってて。」
「はいー。」
茜ちゃんはふらふらとした足取りで事務所へと入っていった。
何だかんだで可愛いな。妹が出来たみたいで。
昨日の今日でこんなに好かれるとは思っていなかったけれど、茜ちゃんのお陰で2日目にして変に緊張し過ぎず働くことができた。
私はバイキングの片付けをする前に洗い物を済ませてしまおうと洗い場に向かった。すると厨房とホールの間の料理を受け取る場所で川島さんと十花さんが話していた。
「雅ちゃん。賄いお願いね。」
「ああ。何かリクエストはあるか?」
「んー。じゃあ今日はチャーハンが食べたいな。」
「・・・五分待ってろ。」
そう言って残った冷や飯を炒め始める川島さん。
んー?
「ねーねー。工藤くん。」
「ん?何だよ?」
先に洗い物をしてくれていた工藤くんの手伝いをしながら私はこっそりと聞いてみた。
「川島さんて十花さんとは普通に喋るんだね。」
「あー。高校の時の野球部のエースとマネージャーだからな。」
「へー。へー。」
「何だよ、そのへーは。」
「なんかいー感じだねー。」
「どーなんだろな。でも付き合ってるとかじゃねーみたいだけどな。」
「ほう。なるほど。お互いにきっかけが掴めない感じか。」
「いや。椎名おまえ、余計なことすんなよ?」
「余計とは何よ!失礼な。私の恋のキューピッドぶりには定評があるんだから!」
「おまえな。そんなことを俺の前で言うかよ!?」
私の親友美奈のことを、工藤くんは好きだった。というかまだ好きなんだろう。かくいう私も君島くんと美奈をくっつけようと裏で色々動いたりしたんだけど、君島くんに恋心がなかったと言えば嘘になる。言うなれば二人は共通の友人を持ち、その二人のことを好きだった男女ということになるのだ。
なんか考えれば考える程傷の舐めあい男女みたいに思えてきた。
やめよう。
そういうのって、なんか虚しい。
「うん。ごめん。」
「・・・あー。マジ謝りされても虚しくなるからやめろっての。」
彼のこうあっさりした性格はいい所だと思う。
「そうね。あ、じゃあ後私バイキング片付けるから、残りの洗い物お願いね!」
私は気持ちを切り替えて笑顔で答えた。
「わーったよ。」
工藤くんは右手をしっしっとやる。
・・・。
雑な扱いをしたことはここでは大目に見てあげよう。
そうして私は、再びホールの方へと向かったのだった。




