初出勤2
お盆休みの日曜日の昼間。
そんなタイミングに焼き肉を食べたいと思う人はたくさんいるもんだ。
11時にお店がオープンしてから一時間程経つけれど、ひっきりなしにお客さんが来て、今や一時間程待ってもらうくらいになっていた。
さらにたった今、お座敷にご予約のお客さんも30名近くいらっしゃって、厨房もホールもまるで戦場だった。
私と工藤くんが受け持っているバイキングは、今日は予約のお客さんがコースのため、テーブル席の方のみの用意となり、そこまで忙しくはならなかった。
「やってるねー。」
「おう!茜!おせーぞ!早く持ち場について肉の準備しろい!」
「わかってるわよ。お父さんてば。」
茜ちゃんがご予約のお客さんと同時にやって来た。どうやら注文されたメニューを用意するのを手伝うらしい。茜ちゃんは私の方をチラッと見てきて、彼女を見ていた私はバチっと目が合った。
「おはよう。茜ちゃん。ユニフォーム似合ってるね。可愛いよ?」
「なっ!?」
私は試しに褒めてみた。可愛いと思うのは嘘じゃない。私の読みではツンデレ属性なんだもん。
「・・・あ・・・あ・・・。」
彼女は口を開けたまま顔を赤くしてしばらくわたわたしていたけれど。
「ふ、ふんっ!」
とそっぽを向いて行ってしまった。あ、可愛いかも。好きかも。
昨日は気を遣ってあまり話さず帰ったけれど、今日から一緒に働いていくのだから、それなりに仲良くしたかったのだけど、思っていたよりもずっと好印象になった。
まあ工藤くんの妹だもんね。
私は一生懸命洗い物をする工藤くんを見やって背中をぽんと叩いた。
「?何だよ?」
「バイキングの様子確認してきまーす!」
私は再び仕事に戻ったのだった。
そして、あっという間に時間が過ぎた。
「しかしまあ、椎名って要領いいよな。」
「ん?そうかな?工藤くんが悪いだけじゃなくて?」
「・・・悪かったな。要領悪くて。」
時間は3時半を過ぎて、私たちはバイキングの片付けをしながらようやく一息つくことができた。
とにかくお盆のお客さんの入りは凄まじかった。
テーブル十席とはいえみんなコンテナの中の肉やら野菜やらを皿にもりもりに持っていくものだから次々に交換しなければならず、用意していたストックも一時間くらいで切れてしまうのだ。結果、新しいコンテナを随時用意しつつ、ご飯やカレーやお味噌汁を交換したりととにかくひっきりなしに動き回る羽目になった。
まあ暇な仕事よりはこうやって常に体を動かして、あっという間に時間が過ぎてくれる方が私としてはありがたい。
だけどある意味部活で運動するよりもずっと疲れるかもしれない。
本当に食べ放題恐るべしだ。
私は初日とはいえ最初の一時間でわりと要領を得て、工藤くんは途中からはお座敷から大量に下げられてくる洗い物をひたすらに処理していた。
「めぐみちゃん!さっすがあたしが見込んだだけあるね!もうバイキングは任せられそうだよ!」
そんなことを考えていると、陽子さんが声をかけてきた。
「はい!まあそんなに難しいことでもなかったので!明日は一人でもやれそうです!」
いつの間にか陽子さんに見込まれていた私はとにかく初日にして手応えを感じていた。
「まああんまり無理しない程度に頑張んな!明日もよろしくね!今日は上がっていいよ!あ、あと淳也は洗い物片付けてからね!」
「はい!ありがとうございました!」
「げ。俺は居残りかよ!」
「じゃあ工藤くん!お先!」
工藤くんの羨ましそうな視線に見送られながら私は初日を無事乗り切ったのだった。
事務所に戻ってくると、茜ちゃんがぐったりしていた。
「茜ちゃん?どした?」
「はい!?あ!・・・何よ!ざまあ見ろとか思ってんでしょ!?」
茜ちゃんは私をジロッと睨んだ。
茜ちゃんは私の仕事っぷりが気になっていたようで、最終的になんなくこなしてしまっている私を見て悔しそうな表情をしているのには気づいていた。
逆に茜ちゃんはというと、オーダーを間違えたり、お皿を割ってしまったりでミスを連発して、一時頃には厨房を追い出されていたのだ。
まあ中学生を駆り出してまで仕事の手伝いをさせるデメリットが出てしまったのかな。
あんな戦場みたいな場所に慣れていない中放り込まれることを考えると私でもぞっとしてしまう。
しかしまあ、私は無実なのに、酷く嫌われたもんだ。
私は意を決して茜ちゃんとちゃんと話してみることにした。
どうせいずれ通る道なら早いに越したことはない。
「あのね!茜ちゃん!」
「・・・何よ!」
再び茜ちゃんは私を睨んだ。
「私!本当にお兄さんのことは何とも思ってないから!」
それだけ告げると、茜ちゃんは疑心暗鬼な表情だ。
「!?嘘よ!だって淳兄にべったりじゃない!」
ああ。ほら来た。
「・・・いや。仕事だから。それに別にそんなに引っ付いてる訳じゃないし。」
「色目を使って、優しくて単純で騙しやすい淳兄のことを利用してるんじゃないの!?」
何でそーなる。
「・・・いや。誘ってきたのあっちだから。色目とか私苦手だよ?」
「あなたみたいなかわいくて胸はそこまでだけどスタイル良くて要領よくて、気だても良く、こうやって今みたいに人の気持ちを察することのできる女の子が淳兄の友達なんて信じられないっ!」
ん?
「・・・ありがとう。胸意外は褒めてくれて。ていうかなんかそんな言われ方したら嫌われてる気がしなくなったよ?」
「別に嫌いじゃないわよ!ていうかあなたみたいな人憧れるくらいよ!・・・というか待って!?嘘でしょ!?あなたって実はいい人なの!?淳兄なんかの本当の友達になってくれるなんて!?いいの!?本当にいいの!?淳兄だよ!?考え直した方がいいんじゃない!?」
んん!?
「・・・え!?お兄ちゃんのことは好きなんだよね!?」
「好きよ!だってあんなに単細胞でバカな人!他に見たことない!茜がついててあげないと、きっとお兄ちゃんは騙されて借金作ってホームレス生活よ!血の繋がった兄妹として、ほっとけるわけないじゃない!」
んー。・・・この子なりの兄妹愛なんだろうか?
「えーっと・・・お兄ちゃんが単細胞ってのは・・・否定はしないよ。」
この子なんだか・・・すごい勢いね。
「・・・信じられない・・・!!そこまでわかっていながら、あのアホ兄の友達でいられるの!?」
そして驚愕の表情をする茜ちゃん。
いや、信じて、茜ちゃん。
というか完全にお兄ちゃんをバカにしてるからそれ。
この子こういうキャラだったの?
ちょっとズレてるっていうか・・・。
やっぱり工藤くんと兄妹なのね。
私はこの子に完全に圧倒されてしまったけれど、乗り掛かった船だ。
今さら椎名さんは引かないよ!?
私は一つ深呼吸をして。
「お兄ちゃんて、まあ悪い人じゃないじゃない?一緒にいても気はおける存在というか。ほら、嘘とかつけないタイプだし?あとまあ・・・人情に熱かったりとか?」
茜ちゃんはさっきから驚愕の表情を浮かべたまま私の顔をじっと見続けている。
・・・やがて。
「・・・天使。」
疑心暗鬼な表情を一変させて、茜ちゃんは私をキラキラした眼差しで見つめてきたのだった。
「・・・へ?」
なんかこの子、・・・急にデレた。
最終的に茜ちゃんの中で、天使椎名の降臨ということで落ち着いたようだ。
なんか私、初日から選択を誤ったかな・・・なはは。
すごーく疲れたけれど・・・嫌われるよりはいいか。




