夜の散歩はデートじゃない
腕の時計に目をやると、時間は6時前だった。
私は2メートルくらい先の地面を見つめながら、さっき外に出た時よりも、心持ち辺りは暗くなっていて、まもなく夜のとばりが下り始めるのか、なんてそんなどうでもいいことを考えながら歩く。
隣の工藤くんに目を向けると、緊張しているのか、前を向きっぱなしで、1つ1つの動作が妙にぎこちなく感じた。
「工藤くん。」
「ん?」
「何か面白い話してよ。」
「は?」
私は沈黙しているのが何だか居心地悪く感じて、そんなめんどくさい難題を吹っ掛けてしまう。
「面白い話!どうぞ!」
「ふ・・・布団がふっとんだ!」
半分固まって、彼はそんなことを咄嗟に口走った。
ある意味予想以上だ。
「・・・。」
「いやっ!いきなりそんなん出るかよ!」
思いっきり抗議の声をあげてくる。
「にしてもそれはないでしょ。」
「わっ、悪かったなー!しょうもなくて!」
拗ねたように私の隣を進んでいく。
「ほんと!しょうもない男なんだから!ちょっとは反省してよね。」
「え!?マジトーン?」
私たちは一体何を言い合っているんだろう。
思いの外私の声色が冗談ぽくなかったのか、工藤くんはポケットに両手を入れたまま、こちらを向いて、立ち止まる。
「そうよ。いつも私、工藤くんに本気の話しかしてないわよ?」
私は2、3歩先で振り向いてまたまた真顔で答える。
「いやいや、それなら気持ち悪い発言とかどうなんだよ?」
「・・・。」
「え!?え!?椎名さん?急に黙らないで!?」
「ご想像にお任せします。」
「フォローしてくれてないよっ!?」
本気で涙目になりそうな勢いだ。変なやつ。まあこういうやり取りがいつの間にか私たちらしいと言えばらしい感じにはなってるんだけど。
こういうのっていつからだったのかな。
気づけばいつも私たちはこんな他愛ないやり取りばかりを繰り返している。
でもそれが妙に心地良かったりして。
最初はこんなんじゃなかったのに。
ほんと不思議なものだ。
「椎名さん?」
微妙なタイミングで考えごとを始めた私に、心底不安そうな目で呼び掛ける工藤くん。
あ、ほったらかしだった。
「はいはい。わかったわよ。半分冗談だから。」
「ふいー。そうかよ。」
冗談が半分だけということには気づいていない工藤くんだったが、そこはスルーしてあげることにする。
これ以上傷つけるほどS気質じゃないし。
ポタッ。
ポタッ。
「うん?」
不意に私の頭や肩に、水滴が落ちてくる。
その間隔が段々と狭まり、それが雨だと認識した頃には、地面のアスファルトも、もはや半分くらいは染みを作っていて。
空を見上げると、私の頭上の雲は灰色なのに、目の前はオレンジ色の光が見え隠れして、白い雲が広がっていた。
夕立。
いつの間にか暗い雲が広がっていた。
心持ち暗く感じたのはそのせいだったらしい。
あんまり上を向いていなかったということに、この雨に気づかされる。
「ちょっと雨宿りしよう!」
私はどんどん酷くなる雨足を、鞄を傘代わりにして頭上に掲げながら、後ろを振り返らずに走り出した。
「あ、おい!ちょっと待てよ!」
雨音のポタポタからザーッと変化したノイズを受けながら、工藤くんの足音を聞いて、ついてくるのを確認する。
確かこの先に公園があったはず。
子供の頃何度か足を運んだ記憶があったので、私は一直線にその公園へと向かった。
確かそこに、3メートルくらいの小高い土の山の中に、直径1メートルくらいの土管を入れた遊具があったはずだ。
夕立なら1時間もしないうちに止むだろうからそこで一時、雨をしのごうという算段だった。
でももう、凄まじいまでのどしゃ降りで、身体は相当濡れてしまったので、雨宿りに意味があるのかはわからないけれど。
「あっ!」
私が公園の入り口に差し掛かった所で、工藤くんが何かに気づいたように声をあげた。
「ん?」
あまりの声量に私が振り向くと、思ったより近くに工藤くんがいてぶつかりそうになるのを既のところで避ける。
「え?何?」
「え?あ、いや、何でもねーよ!早く行こうぜ!」
そう言って私の横をすり抜けて土管の中へと走って行く。
結局理由はわからなかったけれど、私はどしゃ降りの雨に相当濡らされてしまったし、その後をタッタと追いかけていった。




