夜に電話が鳴って8
私は冷蔵庫にあったお粥とバナナを食べて、すっかり満腹になった。
まともな食事は2日ぶりだったけれど、けっこうぺろりと食べれるものだ。
そして、お腹いっぱいになると、元気になって、ちょっとへこんでた気持ちも楽になった気がする。単純なものだ。
とにかくいつまでも落ち込んでいてもしょうがない。
明後日で夏休みも終わる。
そろそろ気持ちを切り替えないとね!
うん!こういうところは私のいいところよ!
私は自分を鼓舞しつつ、もう一眠りして、風邪を完全に根絶しようかと思っていると、電話が鳴った。
あ。工藤くん。
工藤くんとは美奈の誕生会以来会っていない。
まあ時間にすると5日程度だけど、最近色々あったから、かなり久しぶりな気分だ。
「もしもーし。」
『お、おう・・・。』
何だか妙に歯切れが悪い。辛気くさいなー。私としては、ちょっと嬉しかったのに。あ、本当に。ほんの少しだけだけれど。
「何よ!何か用?」
私は少し乱暴な言葉づかいになってしまう。
最近はいつもこうだ。工藤くんとのやり取りは少し乱暴で、だけど、それが割と心地よかったりもして。
あ、でもそれって野蛮な感じがして女の子としてはよくないかもしれない。
『いや、・・・元気かと思ってな。』
「何よそれ。あ、誰かに風邪引いてるって聞いたとか?」
工藤くんの周りには私が風邪でバイトを休んだってことを伝えそうな人がけっこういる。
予想では陽子さんか芽以さんだろうか。
『ま、まあな。芽以さんにさ・・・。』
やっぱり。ということは芽以さん、工藤くんに何かアプローチをしたのだろうか。
「あ、あんた、最近芽以さんとデートしたとか!?」
ちょっとカマをかけて聞いてみる。だけど、ちょっとどもってしまった。普通に聞けばいいことなのに。
『なっ!何でそんなこと言うんだよ!?』
当たりっぽい。本当にわかりやすい男だ。まあ、それがいいところでもあるんだろうけど。
それにしても、芽以さんはあれから頑張っているようだ。もしかしたら、告白、なんてこともあったのかもしれない。
私は若干胸が苦しくなる。
おそらく風邪のせいなんだろうけど。
「まあいいじゃない。あたしは何でもお見通しなのよ!うふふ・・・。」
『いや!別に一緒に飯食っただけだし!』
ご飯食べただけか。って何をほっとしているのだろうか。
「それを世間一般ではデートって言うんじゃないの?」
私は少しだけずるい気もしたけれど、反応を探るようにそんなことを言った。
『うっ!うっせっ!じゃあこの前の日曜日もデートなのかよ!』
「は?日曜日?違うわよ?だって誕生会は4人だったじゃない。」
美奈ママも入れると5人でお誕生会をしただけだ。何がデートなのだろうか。意味がわからない。そんなに私の質問でテンパったのだろうか。
『ちげーよ!あの後2人で帰っただろーがよ!』
・・・あ。
・・・まあ、言われてみればそう取れなくもない。
なんだかそんなことを考えていると、こっちの方が熱くなってきた。風邪なのだから無理はよくない。
「・・・気持ち悪い。」
私は内心の動揺を隠すようにそんなことを言う。
『だから!その単語やめて!言葉の暴力だから!』
「はいはい。じゃあそろそろ切るわよ。私、病み上がりだし。」
結局何の用だったのかわからなくなる。
まあ心配して電話をくれたのだろうし、元気なのがわかればいいのだろう。
私は早々に電話を切ろうとした。
特に用事も無さそうだったし、病み上がりで長電話するのも微妙だし。更に言うとこのまま喋り続けているとボロが出るんじゃないかなんていうことも思ってしまった。
『あっ!ちょっと待てよ!』
「ん?何よ?まだ何かあるの?」
工藤くんは尚も食い下がってきた。
何だろう。歯切れは悪いし、かといって電話は長い。
言いにくいことでもあるのだろうか。相談ごととか?芽以さんのことだったらどうしよう。べ、別に友達として相談に乗ってあげるだけだけどさ。
なんて良からぬことを考えていたけれど、次に告げられた用件は全く違った内容のことだった。
『・・・俺明日、バスケの試合あんだよ。』
バスケ?そうか。工藤くんはこの夏からキャプテンを務めているらしかった。ちょっとはプレッシャーとかがあるのだろうか。というよりバスケの知識のない私にそんなことを言うということは。
「そうなの・・・。まあ、頑張って。」
私は不意にそんな素っ気ない返答を返してしまう。さすがに自分でも何を言っているんだろうかと思ってしまった。
『一応明岩六校の一位を決める新人戦みたいな大会でよ、見に来てくれよ。』
やっぱりとは思ったけれど、随分と突然の誘いだった。
どうしていきなり私なのだろう。
「え?あたしが?・・・美奈と?」
なんてすっとぼけてみる。
『いや、ちげーよ!・・・お前に来いって言ってんだよ。』
お前に来いって。
美奈じゃなくて?芽以さんでもなくて?
「・・・あ、もしかして芽以さんも来るの?」
『いや、・・・あー!そうだ!あのな!一つ条件があんだよ!』
急に焦ったように喋る工藤くん。
今日はちょっと変だ。
しかも意味不明だ。
ちなみに言うと私もだけれど。
「は?条件?それって普通あたしが言うべきことじゃないの?」
『うっせ!俺のチームがもし優勝したらよ・・・。』
・・・え?何?どーいうこと?
私は息を飲んだ。この流れ、・・・何!?
『お前元気になれよ!』
・・・。
・・・?
「元気になる?何それ?」
『いや・・・。何か元気ねーみたいだからよ。とにかく明日絶対来いよ!10時から明岩市民体育館でやっからな!』
そして一方的に通話を切られた。
・・・。
何なのよ、一体。
あほっ!
あほ工藤!
私は珍しく彼に色々と振り回されたのだということに気づいて急に腹が立ってきた。
いつもなら逆の立場なのに、何だか終始落ち着かなかった。
私の予定も考えろっての。
まあ明日は幸か不幸か予定はないんだけど。
・・・。
しょうがないやつだなー。
何なのよ、元気になれって。
それで励ましのつもりか。
というか私が元気ないとでも思ってたの?
・・・。
それって風邪のことよね?
あの工藤くんがそんなことに気が付くとは思えないしね。
とは思いつつ、私はクスクスと笑ってしまった。
工藤くんらしいと言えば工藤くんらしいのかもしれない。
テンパったような、焦ったような、でも、バカみたいにまっすぐで、どこか憎めないのだ。
・・・。
しょうがない、行ってやるか。
私は早まる動悸を抑えつつ、このまま風邪がぶり返したらいけないと思い、再び横になるのだった。




