工藤淳也の独白2
椎名と別れた俺は、自身の親が経営する焼き肉屋、牛藤へとやって来た。
「ん?あんた、何しに来たんだい?」
 
入り口にいる俺に気づいた母さんが声を掛けてきた。
実の息子に向かって随分と雑な扱いしてくれるよな。
まあ今更気にも留めないんだが。
「ああ。芽以さんているか?」
「は?芽以?何で芽以に用があるんだい?ていうか今日はめぐみちゃんと友達の女の誕生会じゃなかったのかい?」
「いや、女って。母さん言い方な。」
訝しげな顔でそんな質問をぶつけてくる。
さらに母さんは俺の方に近づいてきた。
「・・・お前まさか、何か聞いたのかい?」
「え?あ、・・・。」
返答をしない俺の手を掴んで睨み付けてきた。
「ちょっとこっちへ来な。」
「お、おいっ!何だよ急に!?いてーっての!」
母さんの態度が急に威圧的なものになり、耳を引っ張られて事務所に連れてかれた。途中芽以さんと目が合ったが、こうなった母さんは誰にも止められない。もちろん親父ですらだ。
「で?あんたが何でここに来たか洗いざらい吐いてもらうよ。」
「何で取り調べみたいなん!?」
母さんは奥の部屋に俺を連れてくるや否や、椅子に座り、お互い向かいあった状態でぐぐっと身を乗り出してきた。今にも胸ぐら捕まれそうだ。
「いいから!あんたが知ってること全部話しな!」
あ、結局やはり、俺は胸ぐらを捕まれた。
何をそんなにヒートアップしてんだか。
「いや!だから!昨日芽以さんから変なメールがあったからさ、ちょっと確認したかっただけだって!」
「変なメール?」
一層母さんの顔が険しくなる。つーかこえー。
「あ、ああ・・・。何か、椎名にお金取られたとか何とか。」
ぼそぼそと呟く俺を見る母さんの目が見開かれ、怒りの色を帯び始める。まじこえーから。ほんと。
「で?他には?めぐみちゃんは何か言ってたかい?」
「いや、椎名は別に普通だったと思う。ある意味普通じゃなかったけどよ。」
「ある意味?」
「あ、いやっ!それに関しては別に関係ねーからっ!」
俺は無駄なことを口走ったと後悔した。
だけど母さんはその事には余り関心を示さなかった。
「芽以は他には何か言ってたかい?あんたは芽以に何か言ったのかい?」
「いや。それだけ。俺も何て返したもんかと思って返信してなかったからさ。直接聞こうと思ったんだよ。」
「ふーん。で?あんたはどう思ってるんだい?」
「は?何が?」
「相変わらず察しの悪い息子だねえ。めぐみちゃんが芽以のお金盗んだ件についてだよ。」
いきなりズバッとそんなことを言われて、俺は反射的に頭が沸騰した。このクソババア何言ってやがんだ。
「あ?ふざけんなよババア!椎名がんなことするかよ!もしそんな事があってもぜってー何かの間違いなんだよ!誰かにはめられたとかなー!まあ、アイツがそんなドジ踏むとも思えねーけどなっ!」
興奮する俺をこのババアは驚くでもなくあろうことかニヤニヤしながら見ている。何なんだよ!胸クソわりーな。
「わかったわかった。悪かったよ。あんたには言っとくけどあたしもそんな事思っちゃいないよ。ただちょっと聞いてみたくてね。あんたの意見を。」
「あ?何だよそれ。」
「というか本音?」
「本音?あー、そーだよ!俺にとって椎名は友達だからなっ!あんまり悪く言いやがると母親でもただじゃおかねえぞ!」
「うんうん。そうかい。わかった。よーくわかったよ。息子よ。悪かったね。私が悪かったよ。許しておくれ。」
「あ、ああ。・・・わかればいんだよ。」
急にしおらしくなった母さんを見て、俺はバツが悪くなり、とりあえず椅子に座り直す。
でも何だ?この白々しい態度は。なぜか妙に満足げにも見える。ホントに。クソババア。
「あ、あとさ。」
「ん?何だよ?」
「あんたわざわざ出向いてもらってなんだけど、このまま帰りなよ」
勝手にここまで引っ張ってきといて俺の当初の予定は成さず、このまま帰れとか、どんだけジャイアンなんだよ。
「あ?まだ芽以さんと話してねーけど!?」
「だから!あんたが話すと話がややこしくなるんだよ!いいからさっさと帰んな!あとこの件はすぐに解決するからあんたは一切首を突っ込むんじゃないよ!余計なことしたらはっ倒すからねっ!」
相変わらず母さんは強引だからな。しかしこれ以上ゆずる気はないんだろう。
「・・・わ、わーったよ!ただし・・・。」
「あー。もしかしたらめぐみちゃんは落ち込んじゃうかもしれないから、そん時はあんた元気づけてやってくれるかい?いーだろ?友達なんだから。」
俺の言葉を聞き終わらないうちにまたろくでもない事を言いやがる。
「なんでそんなことになんだよ!」
「うるさいねー!女の子ってのはわかっててもどうしようもない時ってのがままあるんだよ!いいじゃないか!あんたがめぐみちゃんに優しくしてあげれば。それでコロッといくかもしれないよ?」
「なっ!?・・・何言ってやがる!?このクソババアがっ!」
なぜか俺は怒りよりも動揺の方が勝ってしまう。まあ、言ってる意味はよくわかんねーが、アイツが落ち込んだりするんなら友人として、放っておく気はないけどな。
「はい、決まりだね!この話はもうおしまいだよ。忙しいんだからさっさと消えな!」
そう言って母さんはさっさと職場に戻って言ってしまった。
「ちっ!何だよクソババア。」
仕方なく俺は、クソババアの言うとおり、そのまま裏口から帰ろうとした。まああんなでも頭の回転はいいし、変なことはしないだろう。それくらいの信用は実の母親に対しては持っているつもりだ。
「淳也くん!」
裏口の扉に差し掛かった俺を、洗い場で皿などを下げる作業をしていた芽以さんが呼び止めた。
目が合ったかと思うと、芽以さんは笑顔で手を振ってきた。
昨日のメールが無かったかのように。
俺は、確認したい衝動を抑えて、手を振ると、そのまま帰宅したのだった。
 




