和解の果てに
結局私たちは今回の件について、陽子さんからは何もお咎めなしという形で話がついた。
もしかしたら1ヶ月謹慎処分とかの方が償いができて良かったのかもしれないけれど、普通にこれからもシフト通り出勤することが決まった。
あのあと皆からは一体何があったんだろうみたいな目で見られたけれど(一部の人を除いて)、ごちゃごちゃと言い訳がましく弁明するつもりもなく、陽子さんもそれを望まず、そのまま私たちは帰宅することになった。
芽以さんは、陽子さんと話した時こそ大号泣だったけど、泣いたらスッキリしたのか、帰る頃にはケロッとしていて、別れる頃には笑顔で手を振ってさよならするほどで、この立ち直りの早さは見習うべきなのか、私としてはもう少し反省すべきでは?と思わなくもなかった。
そして当の私はというと、帰り道、無言で1人とぼとぼと歩いて帰り、家の中に入るや否や、自転車を漕いだ記憶がなかったため、職場に置き忘れてきたんではないかと思い、慌てて家の自転車置き場を確認すると、しっかりと自転車が停めてあって、自分の記憶力のなさにちょっと引いた。
とにかく私は、色々な事が手につかなかったように思う。
気がつけば帰宅してから一時間ほど経過しており、その間何もしていなかったし。
何をしていたと敢えて言うなら、ぼーっとしていただけだったのだ。
私はどうしたんだろう。
この胸のモヤモヤは何?
羨ましかったのかな。
それももちろんある。
職場の皆を家族みたいだって心から言える陽子さんはとても素敵だと思えた。
でもそれだけじゃない。
この感情は、何だ?
どうしてこんなに私は呆然としてしまっているんだろう。
何も手につかないとはこのことだ。
そんなことを1人考えていると、玄関の扉が開いて、この家のもう1人の住人が帰宅した。
「ただいま・・・て、あなた!どうしたの!?」
帰って来て私の顔を見たお母さんは、慌てふためいてそんな事を言う。
「え?何が?娘の顔を見るなりいきなり何よ。酷いなあ。」
私はお母さんの焦った顔を尻目に笑った。
「何かあったの?」
お母さんは私のすぐ隣で今までにはないほどの、私の中のお母さん像からは考えられないほど優しい声を出す。
「まあ、あったと言えばあったよ?でももう解決したから大丈夫。私って要領だけはいいんだから。」
私はもう一度お母さんを見て微笑んだ。これでお母さんも安心だろう。
「・・・?どうしたの?お母さん?」
またまた意外にも、今度はお母さんてば何も言わずに私の事を抱き締めてきた。
しかもけっこう強い力で。
こんなことするなんて、お母さんらしくない。
私の中のお母さんは、もっとさらっとしていて、口数も少ない方だし、感情を行動で示すとか、とにかくこんな言い方実の親に対して酷いかもしれないけれど、何に対しても無関心な人のはずだ。
「・・・痛いよ。お母さん。お母さんてば。」
とは言いつつも、私は一向にされるがままで、自分から動こうとはしていない。
最初からそんな気も毛頭ないんだけど。
「いつもほったらかしにしてごめんなさい。母親らしいこともしてあげられなくて。ただ、こんなお母さんでも、今ぐらいこうさせてちょうだい。」
は?お母さんてば、だから一体どうしたのよ。
私はいよいよ訳がわからない。
というか、妙にくすぐったくなるからいい加減やめてほしいんだけど。
「え?だから何言ってるの?私はだいじょう・・・。」
・・・?
あれ?
・・・私、もしかして、泣いてるの?
突然視界がぼやけて、電灯が白と銀色のシルエットに変わる。
その後ゆっくりと頬をぬるい水滴が伝い、お母さんの服の裾にぽとりと落ちて、鈍色の染みを作った。
お母さんは私の背中に回した腕に、より一層、そして優しく力を込めて、その力で絞り出されるように、私の目から次々と水滴が伝ってはこぼれていった。
私・・・。やっぱり泣いてる。
「ぐっ、うっ!・・・おかあっ・・・さんっ!・・・私!」
もう目を開けていられなくて、歯を食いしばって涙をこらえようとしたけれど、全く自分自身の涙腺をせき止めることができなくて、どんどん瞼の防波堤を越えてさらにどばどばと、みっともなく溢れてきては、お母さんの服の染みが広がっていく。
何これ。
高校生にもなって、何やってるのよ私。
どうしようもなく泣いてしまって、涙をこらえようにも全く歯が立たない。
目を開けても視界は相変わらずぼやけっぱなし。
視覚を塞がれた私は聴覚がやけに鮮明になって心臓がドクンドクンする音や時計の秒針の音、風が窓に当たってカタカタ鳴っている音まで耳に入ってきて、自分は思っているよりは冷静なのかな、なんてことを考える。
・・・こんなの嫌だ。
私らしくない。
・・・。
でもさ、
私らしいって何よ?
私は私らしく行動した。
その結果がこれ。
人を傷つけて、周りに迷惑かけて。
こんな結果なんて望んでなかったのに。
でも望まない結果を招いた。
全然良くない。
そりゃさ、
最悪の結果とまでは言わないけどさ。
でも私のせいじゃん!
陽子さんが怒るのも無理ない。
あんな素敵な人を怒らせて。
私、嫌だ。
そう。
そうなの。
今、私は自分がどうしようもなく嫌なの!
自分に、
こんな自分に失望してしまったの!
なんてズルいんだろう!
なんて生意気なんだろう!
・・・嫌だ。
嫌だ!
突然頭に何かが乗っかってくる。
お母さんの手で頭を撫でられる感触。
懐かしい。
その後に、ぽんっ、ぽんっ、と頭を叩かれる。
私はそれによってふっと我に帰った。
「お母さん。赤ちゃんじゃないんだから!」
さすがに照れ臭くて反応してしまう。
正直こっ恥ずかしい。
「赤ちゃんよ。」
「は?」
またまた今日は何言ってるんだろうこの人。
「あなたが赤子の頃をまだ昨日のことのように思い出せるわ。親にとっては赤ちゃんだろうが、高校生だろうが、自分の子供なの。」
「は、はあ・・・。そうですか。」
「そうよ。・・・どう?少しは落ち着いた?」
そう言って顔を覗き込む。
恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
なんだかんだ言ってお母さんなりに私を励ましてくれたんだろう。
なんだ私、高校生にもなって、親の前で号泣して、恥ずかしい。
落ち着いたっていうか、急に子供扱いされて、頭が冷えた、という方が正しいのかも。
「うん。・・・まあ。・・・ごめん。」
「どうして謝るの?」
今日は本当にやけに食いついてくるなあ。
まあこれも私のせいなんだけど。
「いや、・・・何となく。」
何だか適当な答えしか出せない。
色々考えることに疲れてしまった。
「あ、そう。・・・お風呂入ったら?」
お母さんは、急にいつものお母さんに戻った。
親子して、何やってたんだろうって顔してる。
「・・・うん。入る。」
淡々とやり取りをして、私はお風呂に入ることにした。
とにかくひとしきり泣いて、少しだけ、落ち着いたのは落ち着いた。
これじゃあ芽以さんと同じだなーなんて思いながら、私は服を脱ぐ。
洗濯機に服を放り込んで、起動しようとしてやめた。
今日はもう色々お母さんに任せちゃおう。
私はお風呂場に駆け込んで、シャワーをおもいっきり頭からぶっかけた。




