不自然
私は悶々とした気持ちを抱えながら玄関の扉を開ける。
靴を脱いで家の中に入るとそんな想いを払拭するべく、早速お風呂に入ろうと鞄をテーブルに置いて、お風呂場に向かう所で、横目に映った物に違和感を覚えてふと立ち止まった。
ん?
私は振り返ってリビングのテーブルを見て、その違和感の正体に気づいた。
「この封筒・・・お給料袋じゃない?」
昨日の夜にテーブルにぶちまけた鞄の中身が並べられていたのだけれど、鞄に入れていたポーチの下に牛藤で貰ったお給料袋らしきものが見えていた。
整頓してくれたのはお母さんだろうとは思うけれど、朝出ていく時は急いでいたので財布と携帯しか見ていなくて、気づかなかったのだ。
「中、入ってないよね?」
今日の午前中に美奈の誕生日ケーキを買う際に財布に二万円が入っていたのを確認していたから、入っていたとしても残りわずかだと思うけれど。
手を伸ばして中を確認して、私は思わず目を見開いた。
「うそ・・・。」
思わず1人きりのリビングだというのに声が漏れてしまう。
そこにはもらったままのお給料が入っていたのだ。
「・・・?・・・どういうこと?」
私の財布に入っていた二万円は何だったのか。お母さんが食費として入れてくれたんだろうか。
にしてもそういう時は大体、千円札をテーブルに置いていくだけだ。
今日は友達のお誕生会で出かけると言ってあったからそれもないと思うんだけど。
ますますわからない。
どう考えてもお金が二万円増えているということになる。
こんな奇妙なことがあるのだろうか。
とにかく後でお母さんが帰ってきたら聞いてみよう。
何かしらわかるかもしれない。
「うーむ。このまま待ってても状況は変わらないし、一旦お風呂入っちゃうか。」
汗はかいていたのでそのまま深く考えもせずに、私はシャワーを浴びることにした。
まさかこんな形でもやもやした気持ちが払拭されるとは。
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夜9時を回って、お母さんが帰ってきた。
「ただいま。」
「あ、おかえり、お母さん。」
私はお母さんと目を合わせた。
最近は何だかお母さんと目を合わせる回数が多くなった気がする。
ちょっと前まではただ一緒に暮らしているだけって感じだったけれど、今は一緒の時間を過ごしている。そんな気持ちだ。
「ん?何かあったの?」
私の雰囲気を見てお母さんが聞いてきた。そういうことにもすぐに気づいてくれるようになったことにも嬉しさが込み上げてきた。
お母さんは冷蔵庫からお茶を出してコップに半分くらい注ぎ、くいっと飲み干す。
「あのさ、お母さん、私の財布にお金入れてくれた?」
「お金?」
お茶を冷蔵庫にしまう手が止まる。
「財布に二万円入ってたから。」
「は?知らないわよ?お給料じゃないの?」
改めて冷蔵庫にお茶をしまって、コップをさっと水洗いする。
お母さんはどうやらそんなお金に心当たりはないようだった。
「あー。お給料袋からお母さんが財布に入れてくれたのかと思ったんだけど、違うんだね。朝、鞄の中身が片付けられてたから。」
「昨日確かにテーブルの上は片付けたわよ?だけどお金は何もさわっていないけど。」
「・・・ふーん。」
「何?お金が増えたの?そんなことがあるの?そんな財布があれば、お母さんも仕事しなくて済むわね。」
大方私の勘違いだとでも思っているのだろう。
お母さんはまるで手品ねとでも言わんばかりに、別段気にする様子もなくお風呂に入っていった。
最近は家事を少しだけ私が手伝っているため、余裕が出来たのか湯船に浸かるようになって長風呂なのだ。
ちなみにお風呂のお湯も私が準備している。
小さなことかもしれないけれど、私もきちんと家事をこなしているのだ。
話が少し逸れてしまったけれど、俄然お金の謎は深まるばかり。
一体これはどういうことなんだろう。
やっぱり私の勘違い?
でも自分の所持金を万単位で間違えるなんてことがあるだろうか。
私は改めて財布のお札を数える。
中を確認すると、一万五千円が入っていた。
そしてお給料袋にも6日分のお給料として三万円弱のお給料が入っている。
やっぱりどう考えてもおかしい。
二万円多い。
だからってどうするの?
誰に返すでもなく、かといって自分で使うにしても得したかもしれないけれど、正直気持ち悪い。
どうしよう。
エアコンの冷風を吐き出すコオーッという音と、時計の秒針がカチコチと時を刻む音が、私を責め立てるように同時に耳に響いてくる。
そしてお風呂場から聞こえてくるお母さんの鼻歌が私の心をほんの少しだけ軽くして。
・・・。
よし!一旦考えるのやめっ!
結局これについては今いくら考えたってどうしようもないし、わかり得ないのだから、うだうだ悩むことはやめにすることにした。
だって返す相手なんて、どこにもいないんだもの。




