帰り道
夕方になって、私と工藤くんは君島くんを置いて先に家路につくことにした。
私たちはお互いに、明日バイトと部活があるという正当な理由もあったし、流石にそこまで野暮じゃない。
せっかくの誕生日に2人きりで過ごす時間も必要だろう。
「美奈楽しそうだったねー。」
とぼとぼと駅までの道のりを2人並んで歩く。夕焼け空はどこか寂しげだったけれど、真夏の太陽は赤々として、すごく綺麗だった。
「・・・そうだな。」
危うく独り言になるかと思うほどの間が空いて、工藤くんはボソリと呟いた。
「プレゼント喜んでくれて良かったね。」
私は工藤くんの視線が前を向いたのを確認すると、彼の顔を少しだけ覗き込んで言葉を続ける。
「ああ。何かでも君島のプレゼントで霞んじまったな。」
君島くんのプレゼント。
柳葉向日葵という花をイメージした花の髪飾り。
私はあの後、余っているケーキを頬張りながら、何の気は無しに花言葉を調べていた。
花言葉はいくつかあったけれど、君島くんがその花に込めた想いは多分『君のそばにいるよ』なんだと思う。
流石にこれには私も赤面してしまい、周りに悟られないようにひっそりとしているのに苦労してしまった。
美奈ママは気づいていたみたいだったけれど。
「それはしょうがないよ。あんなの貰ったら誰だって喜ぶもん。しかも自分のためにわざわざバイトまでしてくれてだよ?」
私は花言葉の事には触れずに答えた。
自分のためにわざわざそこまでしてくれた事だけでも十分に嬉しい事なのだから。
「ああ。おまえも言ってたもんな。」
「ん?」
「あー、でも椎名はネックレスがいいとか言ってたっけ?」
「あ、あー。あれはまた別の理由がありまして。」
変なことをしっかりと覚えてるもんだ。
そもそもあれは芽以さんのフォローをするために言ったものであって、私としてはネックレスが重いと言った工藤くんの意見の方が賛成だったりする。
しかしまあ当の本人すらうろ覚えだったのに。
もっと違うことに脳みそを使った方が建設的ではなかろうか。
「理由?」
工藤くんは急に顔を上げてこっちを見てきた。
別にそんな所、食いつかないでほしかったんだけど。
「とにかく!いつまでもうじうじしないでよね!私が気を遣っちゃうじゃない!」
私は依然として元気がない工藤くんに活を入れつつ話を逸らした。大丈夫だとは思うけど、このままの流れで芽以さんの話になったりって気分でもないし。
「なっ!?・・・。そうだな。すまん。椎名も辛いだろうに。マジで。」
なんか調子狂うなー。いつになく弱気な工藤くんは。
「別にいいわよ。私は工藤くんほど落ち込んでないし。」
私は目の前の石ころをコツンと蹴った。
その石は、思っていたよりもずっと遠くまで転がっていって、道の脇の電信柱に当たるかと思ったら、その手前で止まった。
「そうなのか!?・・・ってんな訳ないよな。俺に気ぃ遣ってくれてんだよな。椎名ってほんといいやつだよな。」
はあ・・・。
私は彼に聞こえない位の短いため息が、自然と口から漏れた。
私じゃダメなのかもしれないけど、何とかしてあげられないものか。
「もうっ!・・・だーかーらっ!」
私は工藤くんの首をヘッドロックで締め上げた。
「ぐがっ!?何だよ!?」
工藤くんの首に巻きつけた腕を掴んでくる。
大分密着しちゃってる気はするけれど、彼の場合は言葉でどうこうよりも、勢いでいっちゃった方がいいように思えたのだ。
「あんたがそんなんだとこっちまで調子狂っちゃうのよ!バカ!」
さらに力を込めて締め上げる。
「ぐ・・・ぐるじい。・・・てか、いい匂い。」
密着しているのと、彼の言葉を受けて、流石に私も恥ずかしくなってくる。
そもそも何でこんなこと男の子にしちゃってるんだろう。
急に頭が冷えてきて動揺の色が隠せなくなってきた。
「う、・・・うるさい!さっさとテンション上げなさいよね!」
「わ、わかったから・・・ぐるじい・・・。」
いよいよ苦しそうに手をばたばたし始めたのでそこで手を離した。
我ながら、何をやってるんだろう。
「ゲホッ!ゲホッ!・・・椎名!殺す気か!?」
「そ、そうね!ばーか!」
今更になって心臓が早鐘を打っていることに気づいて、聞かれたのではないかと心配になる。
顔が赤くなっているのもわかる。
そんなところを見られたくなくて、私は未だに咳き込む工藤くんを置いてすたすたと駅へと入っていった。
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小久保駅に着いて、自転車置き場に向かう2人。
流石にここまで来ると私は落ち着きを取り戻した。
どうしてあんなムダなことをしちゃったんだろう。
私のバカッ。
さっきよりは少しだけ辺りも暗くなってきた。
「あ!そう言えば今日のケーキ代払ってねーや!いくらだ!?」
少しだけ普段の調子を取り戻した工藤くんが聞いてきた。
私は唐突過ぎて、さらに1人で考え事をしていたことも手伝ってビクッとなったけれど、彼の声のトーンがいつもの感じなのに安心することもできたのだった。
「あー。いーわよ。私が勝手にしただけだし。バイト代も入ったしね。」
「・・・そーなのか?・・・椎名そんなお金余裕あんのかよ。」
財布を出した手を止めて訝しげな表情をする工藤くん。
その表情に違和感を覚えたけれど、私は特に気に留める事もなく。
「んー。まあアルバイトも紹介してもらったし?傷心してるみたいだし?」
本当に受け取るつもりは無かったので色々と理由をつけて断ろうとする。
「何だよそれ。・・・まあいーや。わかった。サンキューな。」
それで工藤くんはあっさりと引き下がってくれた。
だけれど、それはそれであっさり過ぎなんじゃないかという気持ちも芽生えてくるわけで。
「いや、工藤くんのためじゃないし。」
結局気がつくと口から皮肉がついて出てしまった。
「わーってるよ!」
「あっそ。」
そうこうしているうちに自転車置き場まで来て、私は自転車に乗り込んだ。
だけど、工藤くんは自分の自転車には乗らず、私をお見送りでもするようにその場で立ち止まっている。
「あれ?工藤くんは行かないの?」
私は自転車に股がったまま振り向いて声をかけた。
自転車のライトをオンににする。
「ああ。ちょっと店寄ってくわ。」
どうやら牛藤に用があるらしい。
「そ。まだ食べたりないの?」
「ちげーよ!まあ。まだ食えるけどな。ちょっとな。」
何だか含みのある言い方だ。
少しだけ気にはなるけれど、追及してほしくないみたいなのでこれ以上は聞かないことにした。
「・・・あっそ。」
私はふと寂しい気持ちが胸に去来している自分に気がついた。
それと同時にこの気持ちは、焦りだろうか。
・・・何よ、これ。
ヤダ。・・・こんなの認めない!
「工藤くん。」
「ん?」
私は1つ呼吸を置いて工藤くんに伝わるように言った。
「失恋を癒やす一番の薬は、新しい恋かもよ?」
私は自転車にまたがって笑顔を向ける。
今日はお店で芽以さんが働いているはずだ。これから顔を合わせるだろう。今の傷心を癒すのは、きっと自分に好意を向けてくれる女の子だったりするんだろう。なんて。
「なっ!?・・・そ、そうかもな・・・。」
ひきつった笑みで答える工藤くん。そりゃ鈍感だから気づいてないんだろうけど、芽以さんに押せ押せで来られたら、彼も満更ではないかもしれない。けっこう工藤くんて惚れやすそうだし。
「じゃーね!」
「お?おお・・・。じゃーな。」
私は勢いよく自転車を漕ぎ始めた。
右手を振って振り返りはしなかった。
あとは若い2人に任せて私は退散よ!的な?
頑張れ芽以さん!
私はそんな事を自分に言い聞かせているのだった。
そして新しい恋にでも目覚めなさいよ!工藤くん!
その方が私も面倒くさいことうだうだ考えなくて済むんだから!
内心の葛藤だか、妄想だか、もやもやだかを振り払うように、私はさらにペダルを漕ぐ足に力を込めた。
自転車で5分程で家につく。
けっこう飛ばしたからすぐだった。
自転車を停めて鍵を抜いて、部屋への階段を上り、部屋の鍵を回した所で私は違和感を感じてしまった。
・・・。
・・・ん?
なんだか・・・。
「これじゃあ私と恋しない?って言ってるみたいじゃない?・・・。」
「・・・。くはっ!私っ!バカッ!もう!ほんとバカッ!」
私は思わず頭を抱えて天を仰いだ。
恥ずかしさでもうどうにかなってしまいそうだ。
視線の先の天井の電灯は、チカチカと切れかけだった。




