美奈への誕生日プレゼント
ひとしきりピザを食べたところで、美奈ママがお誕生日ケーキを持ってきてくれた。
結局ピザはほとんど全て平らげたけれど、私のお腹はまだまだ腹6分目を訴えていて、他の皆もお腹いっぱいという感じは見受けられない。
高校生の食欲の恐ろしさを改めて実感する瞬間だった。
「じゃあそろそろケーキにしましょうね。」
「え!?2つ!?」
テーブルの上に2つ並べられた苺のホールケーキに美奈が目を丸くしている。
「めぐみちゃんが1つ買ってきてくれたのよ。」
「そうなの!?めぐみちゃん!ありがとう!」
「いーのいーの!バイト代も入ったしね!」
私は少し照れ臭くなって手を振る。
喜ばせたくてしたことなんだけど、いざお礼を言われると、いつもむず痒くてどうしたらいいかわからなくなってしまうのだ。
だけど人を喜ばせることをすることは嫌いではないっていう、我ながら面倒くさい性格だなあと自覚している。
「そう言えばそうなのだったな。高野から聞いたのだ。」
君島くんが会話に入ってきた。以前電話で美奈には話していたからまあ当たり前と言えば当たり前だけど、やっぱり君島くんも知っているのかと思うと胸がもやっとしなくもない。
あー。こういう気持ちもいい加減面倒くさい。
「おー。俺んちの焼き肉屋だぜ!バイト探すっつうから紹介したんだ。」
工藤くんがなぜか得意気に割り込んできた。
何よ。急にイキイキしちゃって。
「あのね。別に私は工藤くんがどうしてもって言うから行っただけで、どこでもよかったんだからね。」
念のため訂正しておく。
「なっ!?んだよ!そんな悪くねーだろ!?」
「まあ・・・別に嫌とは思ってないわよ。」
何だかんだ私も今の職場は気に入ってはいるので割とすんなりと引き下がる。
ただ、どうしても最近工藤くんの言動にはいちいち引っ掛かりを覚えてしまうのだ。困ったものだ。
「フフフ・・・何だか2人、ちょっと会わないうちに親しくなってないかな?」
「やめて!」
「やめろっての!」
美奈の何気ない一言に対する反論が見事に被ってしまう。
2人同時に否定の言葉を浴びせる形になってしまい、さらに語気も荒くなってしまったもんだから、途端に申し訳なさそうな表情になる美奈。
「あ、・・・あう。・・・ご、ごめんなさい。」
私たちは今度は2人して慌ててフォローする羽目になってしまった。
「あ、いや、高野はなんも悪くねーから!」
「そ、そうよ!今日の主役はあんたなんだからもっと堂々としてていーのよ?美奈?」
「う、うん・・・。わかったよ。」
一連の流れが全て息ぴったりなのが癪だったけれど、意外にあっさりと立ち直ってくれて、私は胸をなでおろした。
「と、とにかく、皆でハッピーバースデーしましょ!」
「そうね。じゃあろうそくに火をつけるわよ?」
そこでタイミングよく美奈ママがチャッカマンで2つのケーキのろうそくに火を灯した。
「あ、隼人くん。カーテン閉めてくれる?」
「了解したのだ。」
美奈ママに言われて、リビングのカーテンを閉めると、少しだけ部屋の中が薄暗くなった。
そして皆でハッピーバースデーの歌を歌って、美奈はおもいっきり息を吸い込んでケーキの火を消した。
「おめでとう!美奈!」
皆口々におめでとうを言い、拍手をする。
美奈はとても幸せそうだ。
そして少しだけ君島くんと目を合わせて、微笑みあっていた。
・・・やっぱり正直ちょっと羨ましいかな。
「あ、そうだ!美奈!私と工藤くんからのプレゼントよ!」
内心の気持ちを包み隠すように私は持ってきたプレゼントを渡した。
「ありがとう。開けてもいいかな?」
「もちろん!あ・・・大した物じゃ無いんだけどさ。」
今考えると女子高生が貰って喜ぶようなものなのか甚だ疑問ではある。
そんな懸念を他所に、美奈は丁寧に包みを開けて、中から工藤くんと芽以さんの3人で選んだ猫の置時計が姿を現した。
「わっ!かわいい!」
美奈の表情が華やかに笑顔になった。
「そ、そう?そう言ってくれると選んだ甲斐があるわ。」
美奈はそれなりに気に入ってくれたようで、猫の置時計をしばらく眺めている。
嬉しそうだ。
「工藤くんもありがとうね。」
美奈は一緒にプレゼントを選びに行った工藤くんにもお礼を言った。
美奈に見つめられてあせあせと手を振る工藤くん。
少し前に告白した相手にあんな目で見られたらそりゃあ焦っちゃうでしょうに。
普段から男の子とあんまり積極的に話す方ではない美奈だからこそ無自覚にこういうことができてしまうんだろう。
美奈ってば、罪な女ね。
「お、おう!高野なら気に入ってくれると思ってたぜ!」
親指をおっ立ててはいるけど、この人最初ゴリラの被り物選んでるからね。さすがにそれは言わないでおいてあげるけど。世話が焼けるわ。
「あ、あー。高野。私からもプレゼントがあるのだが。」
おずおずと君島くんも手をあげる。どうやら先ほどからどう切り出したものかとタイミングを伺っていたらしい。彼には珍しく、少し挙動不審だった。
「う、うん。」
美奈はほんのりと頬を赤く染めながら返事をする。
私と工藤くんは何となく2人から少しだけ離れた。
君島くんは、後ろ手に持っていた20センチ程の縦長の眼鏡ケースのような入れ物を取り出した。
「あー、その。私の父親の勤務してるホテルでお盆に短期バイトをさせてもらってな。」
パカッとそれを開くと中には黄色の直径10センチ程の花の形をした髪飾りが入っていた。向日葵のような造花が3つほど連なって並んでいるもので、君島くんのことだから何か意味でもあるのだろうか。
「わあ・・・。」
美奈はとっても幸せそうで、頬が上気して目がキラキラと輝いている。
「付けてもいいかな?」
「ああ。もちろんなのだ。」
君島くんは、その髪飾りをつける美奈のことをとても優しい眼差しで見ている。美奈は後ろで髪を留めるゴムを外して、その髪飾りで改めて後ろで束ねて留めた。
「あー。その花は、私的には柳葉向日葵のつもりなのだ。」
君島くんは咳払いを1つした後にそんな事を言った。
柳葉向日葵?ただのひまわりじゃなくて?
「え?どういうこと?」
美奈も何か意味があると思ったのだろう。
というか、君島くんのことだから絶対意味はあるんだろうけど。
「あー。後で花言葉を調べてくれ。」
君島くんは鼻を擦りながら答える。
何だか相当照れている。
しかも今皆の前で言えないようなことらしい。
「あ、うん。ありがとう。君島くん。」
君島くんの気持ちを察したのか美奈も深くは追及しなかった。
「ちょっとあなたたち!のろけるのは2人の時にやってもらえるかしら?」
完全に2人だけの世界を作っている君島くんと我が娘に、美奈ママがナイスなツッコミをいれる。
「ふえっ!?あ、ご、ごめん!何か!私ったら!?」
「今更慌て始めてもダメよ?はいごちそうさまでした!」
何だか私は2人の幸せそうな顔を見て、嫉妬を通り越して諦めの境地に達してしまった。
もう大丈夫だ。
今の私は心から友人の2人を祝福できる。
やっぱりこの2人は、この2人でいることが自然で、お似合いで、とてもじゃないけど邪魔なんか出来ない。
私は改めて、今の関係に落ち着けたことに安心してしまうと同時に、私のことを大切な友人だと思ってくれた2人に感謝するのだった。
だけど、隣を見ると工藤くんが寂しそうな顔で俯いていた。
彼の心はまだまだ複雑らしい。
「どーん。」
私は工藤くんの肩をおもいっきり押してやった。
「いてっ!何すんだよ!殴んなよな!」
殴るとは人聞きの悪い。別に痛くもないだろうにしかめっ面の工藤くん。
「べっつにー。」
普通はそんなもんなんだよね。
そこまで至らない私は、やっぱり強い想いではなかったのか。
はたまたそれ以外の何かが原因なのか。
そんなことはどうでもいいんだけどね。
そんなことよりも、私は工藤くんが変に落ち込んだりしないかということの方が気掛かりだった。
男の子の方が、恋愛関係のあれこれは引きずりやすいって言うもんね。
全く。しょうがないんだから。
私は工藤くんの俯いた表情がしこりのように胸に残り続けていることには気づかないフリをして、お誕生会の時間を過ごしていくのだった。




