夜に電話が鳴って6
私が洗濯物を全て干し終えた頃、電話が鳴った。
工藤くんだ。
「はい。椎名よ。」
私はいつもとは違い、少し低めのトーンで電話に出る。
『お、おう・・・。』
歯切れの悪い声。
まあ大体想像はつくんだけど、本当に分かりやすいというか。
そしてそこが彼の良いところなんだろう。
これだけのやり取りで、そう思える位には彼の事を理解しているし、嫌いではない。
「何怖じ気づいてるのよ。」
『なっ!?べ、別に怖じ気づいてなんかねーし!』
強がるような、やけになったような声音が帰ってくる。
はー。
・・・分かりやすい。
「まあそういうことにしといてあげるわよ。」
私はリビングのテーブルに腰掛けた。
『何かどーしたもんかなと思ってよ。』
すると今度は素直な感想が帰って来た。
彼の方もいつの間にか、あっさりと本音を白状してくれるくらいには仲を深めたのだなあと改めて実感する。
「ほら怖じ気づいてるんじゃない。」
『だからっ!・・・。そーかもな。』
工藤くんはまたまたあっさりと肯定してきた。
「まあ素直。」
部屋の中は、今干したばかりの衣類の洗い立ての匂いに包まれていて、妙にスッキリした空間だなあなんてことを思いながら話していた。
『うっせ。おまえは大丈夫なのかよ?君島と。』
軽口を叩いていると、今度は話の矛先が私の方へと向けられる。
「え?別に、普通だけど?」
私が君島くんに好意を抱いていたことは最早本人にはバレている。
その上で私は振られた。
というか、好きだったけど今は私の事は大切な友達だと思っているということを言われて、最終的にお互い大切な友達としてこれからも付き合っていこうと、そんな話をしたんだけれど。
だから私はそういうつもりで明日も君島くんと接するつもりだ。
そして2人の中にわだかまりや未練みたいなものはもう残っていない。
もちろん親友の美奈とも。
彼女とは電話でも最近良く話してるしね。
でも、そんな事があったということは工藤くんは全く知らない。
工藤くんにしては珍しく、私たち2人のことを何となく察したようで、度々そんなことを言ってくるのだけど、今や割と的外れだったりする。
だからといってその事に関して弁解するような事でもないのでいつもさらっと流してしまうんだけど、それでいーよねと私は思ってしまっていた。
『はあ・・・まあいーや。どのみちいつかは、てか新学期には顔合わせんだしな!当たって砕けろだ!』
というか、まあいーやって、私の事はあんまり興味ないんですか?
別に全然構わないけど。
うん。全然構わないけど。
「いや、一回砕けといてまた砕けないでよね。意味わかんない。」
何かをする時に勢いは大事だとは思うけど、勢いだけというのもいただけない。
『うっせ。』
さっきから人をうるさい呼ばわりしてきて私は少しムッとなった。
私も最近彼の扱いは雑だなあとは自覚しているけれど、そういう相手に逆に雑にされたりすると、煮え切らない気持ちになるのは理不尽なのかな。
「何よ。そっちから電話してきといて、そんな事言うならもう切るわよ?」
私は椅子にもたれて天井を仰ぎ見ている。
うちの天井は古いアパートなので、木目が見てとれるのだ。
何となく眺めていると、人の顔だったり、特殊な模様に見えたりしてしまう。
そんな事を考えながら話半分な私はちょっと酷いかな、なんて思わなくもない。
『ああ、まあここでうだうだ言っててもどうしようもねえもんな。すまねえな、椎名。ちょっと楽んなったわ。』
私が思っていたよりも早い段階で話が収束していく。
何だかやけに素直過ぎて張り合いがない。いつもならもう少し長々と無駄なやり取りをしている気がするのに。
・・・あほ工藤のくせに。
まあいいけど。
うん。全然いいけど。
「あっそ。」
『あ、ところで椎名、お前今日・・・。』
「んー?」
『いや、いいわ。忘れてくれ、じゃな!』
そう言って工藤くんは、最後は思わせ振りなことを言いながら、あっさりと電話を切ってしまった。
あまりに唐突過ぎて電話越しにツー、ツー、ツー・・・と聞こえてくる音をしばらく聞き続けてしまう。
何だそりゃ。
・・・もう!私を何だと思ってるのよ!
私は電源オフした携帯をテーブルの財布の横に放り出し、隣の部屋の布団にごろんと寝転んだ。
「全く・・・。バカ工藤。」
視線を上にやると、壁に掛けられた時計が8時の針を指していた。
まだ早かったけれど、私のまぶたは開くことを拒否し始めていて、特に起きてる用事もなかったので、近くに転がっていたリモコンで、部屋の電気を消してそのまま眠りに落ちていくのだった。
もうすぐ美奈の誕生日。
・・・おやすみなさい。




