夜に電話が鳴って3
その日の夜。
夕方茜ちゃんと別れてから、名残惜しいLINEが始まった。
うだうだと相手をしていたら、いつの間にか9時前になってしまい、お風呂に入るからと切り上げようとしたら、バスタオル姿の私が見たいだの写真を送ってほしいだの宣うのだ。
興奮したメッセージが続いたので、ちょっと既読スルーすることにした頃、お母さんが帰って来た。
「あ、お母さんお帰りなさい。」
「あなたお母さんがこの時間帰ってくるといつもリビングで携帯いじったり、ゴロゴロしたりして、少しくらい勉強なさい。夏休みの宿題は終わったの?」
帰ってくるなりお母さんがそんな事を言った。
う。そう言えば、あんまり考えてなかったかも。
「えとー。夏休みの最後に友達と合宿してやるつもりだから。」
どさくさ紛れの言い訳を言ってみる。
こんなことをすぐ思いついてしまう私はホントズルいやつだ。
「そんな一夜漬けみたいなことして意味あるの?毎日コツコツとやらないと成績も上がらないわよ?」
そうこうしている間にもちゃんと洗濯物が稼働を始め、お母さんはシャワーを浴びにお風呂へ行ってしまった。
・・・相変わらずブレないなー。
「・・・はー。まあちゃんとやんなきゃな。」
1人ゴチていると、タイミングを見計らったかのように今度は美奈からの電話が掛かってきた。
私は応答のボタンにスライドさせながら外へ出た。
流石に家の中でこのまま電話するとか気まずい。
「はいはいー。もしもし?」
「めぐみちゃん!」
電話口の美奈のテンションは妙に高い。
どうやらうまくいったみたい。
「よし。じゃあ明日の作戦を伝えるね。」
「え!?私まだ何にも言ってないよ?」
「・・・はいはい。で?どうだったのよ。」
未だに興奮冷めやらぬといった風だったので、ここは一旦落ち着かせるために、美奈の話を聞く必要があるらしい。
「うん!ちゃんと言えたよ!あ、でも君島くん、電話越しでは沈黙したり、スルーしたりして、こんなので良かったのかなって・・・。でもでも!凄く久しぶりな感じがするって言ったら私もだって言ってくれて、それは嬉しかったかな。」
なるほど。言葉を失うほど赤面してしまうパターンね。スルーはいきなりのこと過ぎて思考が追いつかないパターンかな。
そりゃ彼女になりたての娘から久しぶりの電話で好き好き言われりゃあそうなるでしょうよ。
「美奈、上出来よ!多分君島くん電話切ったあとニヤニヤし過ぎてボーッとしてる所に親御さんが部屋に入ってきて何その顔!気持ち悪い!とか言われちゃう感じだと思うわ!」
私は見えないだろうけど右手でグッジョブとやった。
「そ、それは言い過ぎだよ。君島くんがニヤニヤしてる姿なんて全然想像できないもん。」
私の発言に若干の戸惑いを見せる美奈。
「ふっ。わかってないわね。男なんて好きな女からの好きほど幸せなものはないんだから!美奈。明日もガンガン攻めるわよ!」
私は最早美奈の恋愛コーチのような気持ちになっている。
「は、はい!頑張りますっ!」
美奈も何だかんだでやる気に満ち溢れている。この子って思ったよりノリやすい性格だよね。
よーし!
「明日の作戦はズバリッ!お昼は手作りお弁当であーんしちゃって彼氏の心と胃袋ダブルゲット作戦!よ!」
私は気合いを入れ直してまずばっちりと分かりやすい作戦名から伝えた。
「・・・あーんて・・・。」
美奈がそのハードルの高さに戸惑っているようだ。
さっきから戸惑わせてばかりだけど、そこは大丈夫!
必ず私が説得してみせる!2人のラブラブな未来のためにっ!
「おほんっ!美奈。何度も言うようだけど、恋人同士が外で食事する時は、あーんしてあげるなんて、当たり前のことで、常識なのよ?」
「そ、そんな!?高校生にもなって人前であーんなんて!子供じゃないんだからっ!」
美奈は受け入れがたしといった風で、声量が上がる。
負けないわよ!?
「美奈!しっかりしなさい!恋人同士になるっていうことは、2人の時間を1から積み重ねるっていうことなの!言わば2人はまだまだ生まれたての赤ちゃんみたいなものなのよ!そんな2人がしっかりと恋人として大人になっていくにあたって、関係を深めるにあたって、皆が当たり前のように通っていく必要な儀式みたいなものなの!」
電話越しに美奈のゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「・・・わ、わかったよ。やってみるよ。」
えっと・・・ちょっと熱くなりすぎた・・・かな?
というかホント素直すぎ。
「だけど、無理はしなくていいから。例え明日は無理でもあなたたちにはまだまだこれからたくさんの時間があるのよ。少しずつ積み重ねていけばいいの。大丈夫。これは試練とか、そういう類いのものじゃないから。とにかく先ずは楽しんでね。」
と、あたしなりのフォローも入れておく。
「う、うん。・・・あの、ちなみになんだけど・・・。」
「ん?どした?」
「めぐみちゃんはこういうことは経験したことあるの?」
私は速攻で答えた。
「もちろんよ。」
さっき茜ちゃんとね・・・。
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家に戻ってくるとお母さんがお風呂から上がって玄関口に立っていた。
「あ、ただいまー・・・。」
「あなた、外で電話するにしてももう少し声を落としなさい。」
「あ。」
そう言えば途中から割と声が大きかったかもしれない。
「ご近所に丸聞こえよ。恋だの好きだの、恥ずかしいったら。」
わ、断片的に聞かれてたらしい。超恥ずかしい。
「あー。ごめんなさい。」
お母さんはそれだけ言うと、洗濯物を干し始めた。
「・・・でもね。」
「ん?」
洗濯物を干しながら、背中越しにお母さんは話を続ける。
「お母さんはあなたが高校生らしくしてくれる方がありがたいわね。勉強に、恋愛に、アルバイトに。きちんと頑張りなさい。」
え、何だろう・・・、珍しい。
でも・・・嬉しい。
私はお母さんの隣に立った。
「お母さん、洗濯物干すの手伝おうか?」
「あなたがやるとぐちゃぐちゃでしょ?それより勉強なさい。」
一瞬垣間見えたお母さんの本音?だけどそれ以外はいつものお母さんだった。
宿題するか・・・。
私は少しだけ上機嫌で机に向かうのだった。
茜ちゃんからのLINEの返事を忘れて。




