出会い
賑やかに過ごした週末から二週間が経った
本来なら絵理子達と会う予定だったが、仕事の都合で来られなくなったと連絡があったのは二日前だった。「独りで出掛けたら駄目よ。今回は諦めなさい。時間はあるんだから‼」絵理子はさきが独りで出掛けたら帰ってこない気がしてならないのである。、保も絵理子が行けないのであればと延期を提案してきた。
「分かりました。そんなに信用ないのね。」「前科があるでしょう?」「前科って…」苦笑いのさきである「とにかく、延期だよ。さきちゃん」保からも念押しの連絡があった。保は絵理子が悲しんだり寂しい想いをさせない前提なので、「はーい職場の人とお出掛けでもするわ」と答えた「ゴメンねぇ。行けなくて❗でも絵理子の気持ちは僕も理解できるから。さきちゃんのせいじゃないけれど心配なんだよ。」「ありがとう保さん…また次回にね。」電話を切ってさきは、ため息をついた
さて今週はどうしようか?職場の人達からハイキングに誘われたのを用があると断ったばかりなのだ。横浜に帰ろうかな?「急に帰ったらびっくりするわね‼」さきは、黙って横浜に帰ることにした
その翌日、部屋に着いた頃、着信があった「もしもし?」「足立さん、お疲れ様です。」「お疲れ様、元気?」「ええ。元気です。お仕事は順調ですか?」「うん順調だよ。週末残念だったね。絵理子君達行けないんだって?」足立はどうやら保と連絡をしたらしい「ええ、でもサプライズで横浜に帰ろうかと思っているのよ」さきが答える「そうなんだ。それじゃあ、僕も戻ろうかなぁ…」ぼそっと呟く「うん?」「姉貴が海外から戻って来るんだ。面倒だから帰らないつもりでいたけれど、清水さんが帰るなら向こうで会えないかなぁ?学生時代に集めた資料も見てもらいたいし。」足立は帰りたくない家に帰る理由を探している様だ「お姉さんと久し振りに会うんでしょう?」「面倒な姉貴なんだって…」「お祖父様やおばあ様の傍に居てあげないの?」「姉貴と一緒にいるのが苦痛なんだよ」「よくわからないわね。私は一人っ子みたいなものだから」「とにかく会おうよ」「はぁ、良いですよ。どこで待ち合わせますか?」「西口、地下街の入口で4時はどうかなぁ?」「土曜日ですよね?」「うんそう。じゃあ土曜日にね」あっさりと時間が決まって電話は切れた久し振りに横浜に帰る予定を高橋と吉田に連絡しておいた「父と母に驚ろかせたいので黙って欲しいんです」さきの電話に高橋は「ご主人様も奥様もお出掛けの予定はございますが泊にはなりませんので楽しみです」と答えた
翌日、横浜に帰るので火曜日迄休みを貰った
土浦の土産は時々両親が遊びに来ているので特に珍しいものはない。でも何かないかと探していると勤務先の所長が土浦のマスコットが書いてあるクッキーを勧めてくれた。早速、5箱買って来た
就業時間が終わり手早く片付けていたさきに「ちゃんと帰っておいでよ」「気を付けてね」と同僚達は笑顔で送り出してくれた
マンションに戻って、最小限の化粧品などをショルダーバッグにいれて昼間買ったお土産を抱えて電車に乗り込んだ
乗り替えをくりかえして自宅着いたのは九時半を廻っていた
「ただいまー」元気な声で声を掛けたら「さき、どうしたの?何かあったの?」「お母さんただいま。お父さんは?」「今お風呂よ。驚いたわ‼」「でしょう?」「ただいま、高橋さん、吉田さん」「お帰りなさい。さきさん」満面の笑みで迎えてくれた
「さき、お帰りなさい」万里子は優しく抱き締めてくれた「何を騒いで…さき、?」風呂から出た父宏が浴衣を着てリビングへやって来た「お父さん、ただいま」「あ、あぁお帰り。万里子黙ってたのか?」「いいえ、母さんもさっき驚いた所よ」さきがイタズラが成功して悦んでいる顔を見て宏は嬉しそうである
「さきが帰ってきているのに明日はイベントがある。早目に抜けるか?」宏が呟く「いけません。私は火曜日迄休みを取ってあるの。日曜日はゆっくりしましょうよ。それに、私も明日は出掛けるので…」「そうなの?」「ではあなた明後日のために明日はしっかり仕事に励みましょう❗」万里子も笑ってウィンクする
翌朝、六時に目を覚ましたさきは、久し振りに自転車に乗り近所を回ってみた2ヶ月しかたたないのだから当然だがどこも変わらない静かな町である
30分程して、家に帰るとコーヒーの香りが広がって、パンのトーストの甘い香りもしている「さき、お帰りなさい、朝食も準備万端よ。吉田さんが焼いたパンがあるの」「わぁ、ありがとうございます。わざわざ朝からパンをこねたんですか」「偶々ですよ」「吉田さんのパンは美味しいもの。貰って行きますね」「沢山食べてください」「ありがとうございます。お手数をかけてすみません。でも甘やかさないでくださいね。独り立ち出来るように修行中ですから」「ずっとこの家に居てください。独り立ちなんて…」「家を出るって言う意味じゃないのよ。大人として自分の事は自分で出来るようになりたいんです。私もいつかは結婚して子供を持つことになるでしょう?その時、何も出来ないと困るでしょう?」「充分家事の出来るお嬢さんですよ?」「ありがとう、吉田さん」「さきさん、もしかして好きな人でもできたんですか。」「いえ、それが全然です」「そうなんですか?少し会わない間にキレイになったと思ったんです。大人っぽくと言うか」「お土産を奮発しなくちゃいけないわね」吉田とさきの会話を聞いて万里子がニコニコしている「そんなんじゃあないんです、なんだか説明出来ないんですけど凄く大人びてしまったような…」吉田の戸惑いの言葉に「お年頃なんでしょうねぇ」万里子も頷きながら答えた「奥さま…」万里子も気付いていた。さきの表情が土浦へ行く前と今現在と違うことを。以前から大人びた子供だった。記憶を失い、両親が分からず、自分すら誰なのか分からない不安は想像を絶する。ましてや六歳の子供がその不安とたまに見た怖い夢、震えるさきを抱きしめていながら傍にいても救えない無力さをずっと感じていた万里子達だ。20年は長かった様な短かった様なすっかり大人の女性になった養女としてさきを引き取ったのは、偶然の出逢いからだった
「沙依子ちゃんに似た雰囲気の子が保護されたんです」昔からの知人が始めたばかりの児童養護施設でさきは保護された「記憶を無くして自分の事が全く分からないらしいんです」気の毒な位怯えているその女の子は不安と恐怖に押し潰されないかと心配で仕方なかった「こんにちは」声を掛けてもじっと見つめるだけで言葉を発しなかった
「きっとショックで記憶を失ってしまったんでしょうね。お医者様も体に特に問題は無いとの事でした」施設を運営している尾崎竜也は清水夫妻と一緒に起業した仲間の息子である「竜也さんこの子はどうなるの?」心配そうに万里子が訊いた
「そうですね。正式に保護されれば市役所に届けを出してうちの預かりになるでしょうね」「怯えていて可哀想ね。親が引き取りに来ることは無いのかしら?」「その為に暫く預かり扱いになるんですよ」「もし引き取りに来なかったら私が引き取るわ」「万里子、そんな勝手なことを…」宏が横から口を挟んださきが保護されて2週間経った頃、万里子が言い出した
「この子は独りで闘っているんですよ」「それはこの子だけじゃない。この施設に預けられている子供達は皆がそうだよ」「この子には何か感じるんです」「万里子、無茶を言わないでくれ」「あなた、お願いします。さきちゃんを引き取りたぃんです」「沙依子の身代りじゃあ可哀想だ」「違います。沙依子の事とは別の話です。さきちゃんが気になって仕方ないんです。まさか沙依子の子供とは思いませんが、なんだか不思議な感じがするんです」「よく考えてみなさい。さきちゃんは実の親御さんが現れる可能性もあるんだから。記憶を無くしたり、気の毒なのは私だって同じだ。今じゃなくて引き取ってから、何年も経って迎えが来たときに無条件で引き渡せるか?」「さきちゃんが幸せになれるならそれが一番ですわ」「それは答えじゃない」「どんな人物であろうと渡さなくてはいけないんだ。たとえ、さきちゃんの親に問題があっても、最悪な状況でもだ。わかってるかいる」宏の言葉は、万里子に問いかけていると言うより自分自身に問い掛けているようなキツい言葉だった「…」「清水さん、真剣に考えていることはよく分かりました。」竜也は、さきの身辺が分からないこと、事件性も考えられることから他の預かっている子ども達への影響を考慮して早目に清水家に引き渡す手を打つことにした。「さきちゃんの記憶が戻った時点で手放す事も了解頂けますか?」「勿論です」万里子は即答した「施設としてはさきちゃんが他の子ども達へ与える影響を考えて清水さんご夫妻にさきちゃんを託します。手続きは、此方で済ませますので、必要な時は、此方へ出向いてもらうことになります。今日これからさきちゃんを連れて帰ってください、」「これから?良いんですの?」万里子が尋ねた
竜也はさきが保護されたときに身に付けていたものを全てひとつの袋に入れて宏に手渡した「警察や市役所、病院はこちらで連絡しておきます。出向く必要があれば連絡します。」「ありがとう、竜也さん」「お礼を言うのはこちらの方です。なにかしらトラブルを抱えてしまうかも知れない子供を引き取る方はそうそう居ませんよ。迷惑が掛かるかもしれないのに。」「私達はこの子を守ります」宏も力強く答えた「あなた…」万里子が宏に手を伸ばす「さきちゃんが可愛いのは、万里子だけじゃないさ、ただ、また手放すときが来たらと思うと遠くから見守る方が楽かと思って黙っていただけだよ。沙依子から与えられた宿題かもしれんなぁ…」しみじみと呟く宏の顔は楽しむことにシフトしたようだ「さきちゃんこれからこの二人がお父さんとお母さんだよ」「お父さんとお母さん?」「そうだよ。今は意味も分からなくて、嫌に思うことがあるかも知れない、でもさ、どこの家にも仲の悪い親子、兄弟って居るものだから。心配しないで甘えていればいいよ❗」「甘える?」「いっぱい好き嫌いして良いよって事だよ」「うーんよく分からない…」「嫌なことがあったら僕に電話して下さい。清水、ううん新しいお父さんとお母さんに僕が話してあげるからね。分かった?」「うん、嫌なことがあったら先生に電話すれば良いの?」「そうだよ。でもねきっと大事にしてくれるから心配しないで‼」「…」
六歳の子供がどこまで理解できるだろうか、清水夫妻とは長いつきあいだ「大切にすることはあっても虐げられる事は考えられない」さきの不安を少しでも減らしてあげたいと言う気持ちで送り出したのだった
「さぁここが今からさきちゃんの家ですよ」そういって案内された家は一見すると二階建ての家は少し広い家と言う感じだった「近いうち引っ越す予定だけどね」養父がしゃがんでさきの目線にあわせて話してくれた「引っ越す?」さきは連れてこられただけでドキドキしている上に引っ越す事の意味が分からない
「あなた、いきなりそう言われてもさきちゃんは混乱するわ」養母は同じ様にしゃがんで笑いかける「少し離れたところに新しい家を作っているのよ❗これから見に行きましょうか?」「おいおい、さきちゃんは疲れているんじゃないか?急に連れ回しては目が回るぞ。熱が出たらどうする」心配そうに声を掛けてくるこの人もきっと優しい人なんだと子供心に思った
「急だから服とか準備出来てないし、買い物するのがいっぱいあるの。準備してきます」万里子は自室に戻って行った。そこへ「お帰りでございましたか」また1人、大人の男が現れた「高橋さん、ただいま」「お帰りなさいませ、こちらがさき様ですね」突然現れた高橋に怯えているさきに、にこりと手をさしのべ「ようこそ、さきお嬢様、私は高橋と申します」呆気の取られるさきの手を握り「ヨロシクお願いします」と頭を下げた「高橋さんはオジサン?」「そうですね。確かにオジサンです」ニコッと笑ってさきを見つめる
「この人の事は高橋さんて呼ぶんだよ?」宏が教える「オジサンなのに?どうして?」「親戚ではないんだよ。お兄さんじゃないしおじいさんでも無いだろう?だからうちの家では高橋さんて呼んでいるんだ」「ふーん。じゃあ私も高橋さんて呼んで良いの?」さきは養父に尋ねる「勿論ですよ。さきお嬢様」高橋が答えた
「高橋さん、お嬢様はやめた方がいい。今時は物騒な時代だからね。さきで良いよ」「ではさきさんとお呼びします」高橋と養父の話がまとまった頃、養母万里子が出掛ける支度をして戻ってきた「さきちゃん、出掛けましょう❗」「少し、休まないのか?」「日用品やら着替えやら買う物は沢山あるんです」「まとめて買わなくてもさきちゃんが混乱するぞ」「選ぶなら本人の好きなものにしたいじゃないですか」「完全に舞い上がってる。必要があれば良いが、無駄に買い与えるのは感心しない」「わかっていますわ。あなたは高橋さんとお部屋の片付けをお願いします」「分かった。行っておいで」手を振る宏に降り返しさきは万里子と出ていった「では、我々はさきちゃんの寝床をセッティングするかな?」宏は高橋と自室の隣の部屋に入った。「このお部屋にするのですか?」「うん。新築の家はもっと離れた部屋を考えるが何せ急に決まったものだから…けれどこの家ではまだ慣れないさきが泣いたりしたらすぐ分かるようにしておきたいんだ」「成る程。その通りですね。さきさんが独り泣いているのは見たくないものです」「うん。しかし、同じ部屋で寝るのもどうかと思ってしまうんだよ。」「ベッドはどうなさるんですか?」「そうだった。客室のベッドを運んでおくか」「子供が独りで寝るには大きいと思いますが、奥さまが添い寝することも有りますでしょうし。」「そうだな。では高橋さん運ぶの手伝ってくれ。」「少し、お待ちください」「でも先ずは、この部屋を部屋らしく要らないものを運ばないと!」「ええ応援を呼びました、少しお待ちを。旦那様は運ぶ荷物をチェックして下さい」「誰を呼んでくれたんだ?」「我が家の息子達です」「ほう…しかし学校は?」「夏休みですよ」「そうか、夏休みか…」5分で高橋の息子達は現れた「お待たせいたしました」声を挙げて部屋に入って来たのは息子二人とその友人四人、総勢6人の若者達だ
「せっかくの休みに済まないね。ヨロシクお願いします」宏は頭を下げた「そんな、いつもよくしてもらっているのはこちらの方ですよ」高橋の息子達はあっという間に不要な本や箱等を離れの空き部屋に運んでくれた。「ベットを置いて、タンスとかいつ来るんですか」「学習机も必要ですよ?」「う~ん急に決まったものだからまだ何も揃えいないんだ」宏が答える「今からでも買いに行けば良いじゃないですか?商店街の人なら喜んで現品を売ってくれますよ❗」「そうですよ。大きな家具店は、注文してから配達してもらってとにかく、時間が掛かるんですよ」「商店街の家具屋なら在庫あるなら即配達可能ですし。」「うちの知り合いが家具屋してますけど連絡しましょうか?」高橋の息子の友人の独り木田が声を掛けた「近いならその店に案内してくれるかな?」「はい。良いですよ。好みの家具が有れば良いけれど」「では行こうか?」車二台で近所の商店街にある家具屋へ向かった「ここです。」先程木田が家具屋に連絡をしてあったので主が出迎えてくれた「突然に申し訳ないです。」宏は店主に失礼を詫びた「とんでもない。お客様に謝られたらうちの立場がないですよ。どうぞ、気に入って貰えるのが有ればいいのですが、どなたがお使いになるんですか?」「六歳の女の子です。とりあえずレースのカーテンとレール。ベッドは今はいいとして、学習机。」「こちらの机は女の子がによく選ばれています、どうですか?」「ではこれでいいかな?」「オジサン、もっとしっかりした机が有るでしょ?」「もう少し、大きな子が使うタイプだよ。女の子が喜びそうもない。」「見せてもらえますか?」「ええ勿論です。これです」「ほう…サイズは調節できるんですね?」「ええ。でも女の子が喜びませんよ?」「私が気に入りました。娘が嫌がったら私が使います」「よろしいんですか?」遠慮がちの店主をよそに机を気に入った宏は運び出す手配をしている「是非にこんなに近くにあるお店で手に入るとは思わなかった。カーテンとこっちの可愛いタンスも一緒にお願いします」慌てる店主を落ち着かせるように木田が「このお方はちゃんとした会社の役員さんだからお金は有るよ」「そう言う事じゃなくて、この机結構高いから飾りのつもりで置いてあるんだ。先代の置き土産だからさ❗」「売り物じゃなかったんですか?」「売り物だよ。売れたら嬉しい、でもずっと売れないから形見にでもしようかと思ってたから。良い人に大事に使ってもらったらオヤジが喜ぶよ」「強引で済みません。こういう机を探していたんですが何処かもの足りなくて、ぴったりだったものですから、どうしてもこれが欲しくて」かなり力が入った宏に高橋の長男が「清水さん、ご自分の机を買うのは良いですよ❗でもさきちゃんの机は?」「そうだった。明日本人を連れて来るよ。時間がないしね」1時間後、タンスやカーテンをセットし、女の子用の壁紙を張り替え大分良い環境になった
「何故この机が?さきお嬢様の為ではありませんよね?」執事の高橋の言葉に「ああこれは私のものだ。ついに見つけてしまったんだよ。ずっと探していた机が…。」満足顔の宏をみて「そうですか、それでは仕方がないですね」淡々と流した「君達も本当にありがとう。助かりました。みんなのお陰で娘の部屋が女の子の部屋に大変身出来た」宏が頭を下げた「夏休みなのでまた力仕事が必要であれば声を掛けて下さい」
宏は6人全員にそれぞれ一万円の謝礼を包んだ
若者達は受け取ったものの恐縮して半分を戻して来た
「僕らはほとんどが未成年です。酒もタバコも飲みません。せいぜい食べ放題で腹を満たせれば十分です。良い運動になりました」「そうかい?半日拘束しちゃったらバイト代は少ないだろう?」「いいえ、過剰な謝礼は良くないです。十分です。ありがとうございました」そういって若者は引きあげていった
「良い躾がされている子達だ」「恐縮です。私も意外でした」「君に遠慮したのかな?」「さぁどうでしょう。最近、食べ放題の店を荒らしているらしいです」「頼もしいねぇ今時の若者は食べ歩きが趣味なのか」宏の感想に高橋が頷く「うちも新企画で起こして見るかな?」「それも一案ですね」
宏達の騒動とは別に万里子はさきと一緒に日用品や衣服を買い求めた「歯ブラシやらスリッパはこのお店で探しましょうか?」デパートで日曜雑貨のコーナーでグルグル探していると「好きなものは特に無い」と言って万里子に任せてしまった「さきちゃん好きな色は?」
「緑色と黄色です」「ピンクとかは?」「う~んよくわからない」この売り場へ行く前に他のフロアで衣服を買い求めたがとりあえず一週間分と下着肌着、靴下、ワンピース、ブラウス、スカート、ショートパンツ等とても一週間では着られない数を買ったのである、それに付き合わされたさきは既に疲れてしまった。「靴を買えばもうおしまいね。帰りますよ」「靴はこれで良いです」「汚れたり、濡れたら乾くまで履けないわ。直ぐ済ませるわね❗」万里子はさきの足のサイズを確認して二足の靴を買った。お出掛けの靴とスニーカーである。
「さあ帰りましょう」万里子の声にほっとしたさきは顔を上げた
「疲れた?」「うん」「ごめんね。待ちくたびれたわね。これで、当分さきちゃんのお買い物はしなくて良いかな」「お腹空いた」「そうね。パフェ食べようか?」「パフェ?」「アイスクリームと果物が入っているの」「アイスクリーム好き」「そう?じゃあ食べに行こうか」デパートの最上階にあるレストランでさきはアイスクリームを食べた「大きいパフェは食べきれない」入口にあるサンプルを見てさきが呟いた「残しても良いのよ?」万里子は優しく声を掛けた「駄目。大きくなったら食べるの」「さきちゃん、誰に教えてもらったの?」「分かんない」きっと育って来た環境で母親に言われたのであろう。躾も礼儀も良くできる子供を何故独り残してしまったのであろう。大事に育てられたのが想像できる分不思議で不安で仕方ない万里子であった。
「お母さん、ごちそうさまでした」さきの声にはっとした「さきちゃん、今、」「ごめんなさい。まだお母さんて呼んじゃいけないの?」「違うの、違うのよ。久しぶりだから嬉しくて」震える声と涙ぐむ万里子を見つめ、さきは固まる「えっ?」万里子はさきをぎゅっと抱き締める「いっぱい呼んでね❗これからずっと」「うん。お母さん、良い匂いがする」「匂い?」「うん。良い匂い…。」さきも万里子に抱き着く「さあ家に帰りましょう」さきの手を引いて駐車場へ向かった
「お母さん、お父さんは、何のお仕事をしているの?」「う~ん。忙しいお仕事を任されているの。さきちゃんがもう少しお姉さんになったら分かるわ。忙しいからなかなか会わない事も有るわね。でもさきちゃんの顔が見たくて早く帰ってくるでしょうねぇ~」万里子は半日一緒にいるだけで近づけた気がした。さきとずっと一緒にいられます様に祈った
「ただいま~」「戻りました。」さきと万里子の賑やかな声に驚いて宏と高橋が慌てて出迎えた「お帰り」「お帰りなさいませ。奥様、さきさん」「随分楽しそうだね?」「ええ楽しかったわ。ねぇさきちゃん」「うん。アイスクリームを食べてきたの。冷たくておいしかったの」さきが元気に答える「ずるいな。二人だけかい?」宏が話しかける「お父さんと高橋さんにもお土産買ったの」さきは唯一てに下げた紙袋差し出した「そうかい?ありがとう」「ありがとうございます」高橋も微笑む。
「お部屋はどうなりましたか?」万里子が宏に尋ねた「うん。出来る分はなんとか。後は、さきの好みだね」そう答えて宏は万里子とさきを部屋に案内した
「まぁ、随分と部屋らしくなりましたね、さきちゃんのお部屋よ❗」万里子がさきの手を引いて部屋を覗いた
「壁紙を花柄に変えて明るい感じにしたんだよ」宏がさきにそばにしゃがみこんで話す「わぁ~可愛い❤」さきは嬉しそうだ「タンスも黄色のパステルカラーにしたんだ。気に入ったら嬉しいねぇ」「買ってきた服をしまいましょうね。」万里子がデパートの袋から衣服を取り出した「可愛いお洋服がとても悦んでいるわ。ねぇさきちゃん」万里子が声を掛けた「机は明日一緒に選びに行こうね?」宏が声を掛けた「机?」さきが聞き返す「勉強するときに使うでしょう?」「来年は小学校に入るでしょ」万里子はさきの小学校の事を考えた「さきちゃん、字は書ける?」「あいうえおは書けます」「そう。勉強したのね」「分からない。勉強したのかな?」さきには覚えが無いが読み書きが出来るのなら習っていたのだろう「それじゃあリビングでお名前書いてみて」「うん」リビングに戻ってローテーブルに紙を広げてさきと書いた「上手ねぇ」「上手?」「ええ、清水さきがが今のあなたの名前ですよ。書けるかしら?」「し、み、ず」と声をあげながら字を書いた「上手いねぇさきちゃん」宏は嬉しそうに声を掛ける。「ありがと」ニコニコして答えた
「明日はお父さんと机を買いに行こうね?」「ハーイ」「良い子だ」「夕食にしようか?」「はい直ぐ支度します。万里子は事前に準備していた食事を仕度し始めた
「では私はここで」高橋が帰宅して親子三人になった「さきちゃん夕御飯が済んだらお風呂に入ろうね❗」万里子は食事をテーブルに並べながら声を掛ける「はーい」さきは右手を挙げて元気に答える
「ご馳走さまでした」さきは手を合わせて頭を下げた「さきちゃん、お利口さんねぇ、キチンと挨拶ができて。園で教えて貰ったの?」「ううん。竜也先生も言ってた。でも分からない」「良いのよ。無理に思い出さなくてもいつかはっと思い出すこともあるわ、気にしないで。さきちゃんのパパとママはちゃんとしていた人だってことはわかるもの」「そうなの?」「これからゆっくり思い出せるだろう。心配しないでいいからね」宏も優しく言い聞かせる「お風呂に入ろうか?さきちゃん」万里子の声に頷く「パジャマどれにしようか?」万里子に手を引かれ部屋に向かう。ついさっき買って来てパジャマと下着、肌着を選んでバスルームに向かう「脱いだ服をどこに置いたら良いの?」さきは脱いだ服をふたつ折りにして脱衣かごを待っている「園で籠に入れていたのかなぁ」万里子はニコニコして訊ねる「うん洋子ちゃんに教わったの」「そう。お利口ね」「洋子ちゃんが?」「二人ともよ」万里子に頭を優しく撫でられにっこりさきは笑った「えへへ」さきは、撫でられた所を同じ様に自分で撫でた。
あれから二十年が経とうとしている。さきは26歳になった。
なんとさきは家出した愛娘沙依子の娘で清水夫妻にとって孫娘だったのである
「こんなことが起こるなんて、でも沙依子はどこへ行ってしまったのか」まだ見付けられずにいるのだ
「さあて、我々は仕事に励むかな?」宏が万里子と出掛けていった「久しぶりに賑やかな朝食でしたね」吉田がさきに笑い掛ける
「愉しかったですねぇ。明日は、私が仕度します。吉田さんも休んでくださいね。」一緒に食器を片付けて一段落したさきと吉田。「一緒に仕度したり、片付けるのも楽しいんですよ」
「もう少し、待っててください。後四ヶ月あるので」「ええ。ちゃんと戻ってきてくださればよろしいんです」「それは私も同感です」高橋が声を掛けた
「高橋さん、おはようございます」さきが声を掛ける
「さきさんもお出掛けになるんですか?」「はい。横浜で待ち合わせなんです」「時間は?駅までお送りしますよ?」「いやだ。高橋さん。独りで電車に乗れますよ?」笑って答えるさきに「今日は、旦那様もおいでになら無いので時間が空いてるんです」と真剣に答える高橋「休んでくださいよ。吉田さんもですよ❗」
本来、土日は休みの二人ださきは休んで欲しいのだが「特にすることもないので」と答える二人であった「私は昼前には出掛けるのでお昼ごはん
準備はいらないですよ」「そうですか…。」
10時過ぎにさきは自宅を出た(つい早めに出てしまった、ユックリしていると吉田がお昼の準備をしそうだったからだ)
「あれ?さきくん」名前を呼ばれて振り向くと足立が立っていた「あら、早いのね…透さん」どちらも早めに出てしまった様で横浜駅の改札で会ってしまった
「外の用があるの?」足立が声を掛けた「いいえ。たまにはショッピングでもと思って…透さんは?」「僕はうるさい家に居たくないから逃げ出して来た」「逃げ出すって…どんな家族なのよ❗大袈裟ねぇ。」「本当に煩いんだ。君は知らないからそんな呑気な事が言えるんだよ」「あらそうですか?でも、あなたが可愛くて仕方が無いんじゃない?」「そんなんじゃないよ❗」「でも柱に隠れてそっと此方を見ている女性が二人いますけれどもしかして家族の方かしら?」「追いかけてきたんだな。異常だよ」「確認したら違うかもよ?」「そこの門を曲がって確かめるよ」そういってさきの手を引いて前に歩き出した「私も行くの?」「当然でしょ❗」足早な足立「どうして❗あっ着いてきてるわ。ユニークな家族ね」さきは楽しそうに話し掛ける「全くもって迷惑だよ」捨て台詞を吐くと足立は角を曲がってさきの手を離して走り出した「ちょっと…」独り置いてきぼりになったさきは呆れて壁に寄りかかる「透、どこに行った?」「逃げちゃったじゃない。母さんどんくさいから」「私は悪くないわ。あなたが見つかったからでしょう」見失った二人はお互いのせいだと責め合っている
「あのう。こんにちは。足立さんのご家族の方ですか?」さきは近寄って声を掛ける「えっ、あらあなた、さっきまでうちの透と話していた人ね」「はい同僚で清水さきです。初めまして」「初めまして。透の姉です。冴子って言います。こっちは母の君子です」姉らしい女性はきつめの言葉で答える「透と待ち合わせているのはあなたなの?」母親の方は目付きも鋭い「私は一時頃の約束です。まだ早いですから他に予定があるのではないですかねぇ」「じゃあどうしてあなたと会ったの?」「偶然です。私は出向で、土浦に居るんです。久しぶりに戻ったのでショッピングでもしようかと早めに出てきたんです。足立さんとは別行動ですよ❗」「これから会うんでしょ?」「はい。その予定です。そこでひとつ、お願いがあります。このお土産を持ち帰って頂きたいんです。連絡がとれない場合は会えない可能性もありますので、渡せない可能性もありますから。」「会うんでしょう?その予定ですけれど。お二人が追って来たことが不本意だったようで雲隠れしてしまいましたから。お二人にも責任が無いとは言えませんよね。」「確かに透がへそ曲げると大変よ。ちゃんと謝らないと❗」「あら心配しただけでしょう?」「透さんは、同期でもトップの評価を受ける方です。充分に大人だと思いますけど、何を心配なさるんですか?」「年が離れているし、二人きりの兄弟だからねぇ。親もこんな感じだから心配なの」「どういう意味よ。冴子」「今此処で恥をさらすこと無いでしょ?」「恥って?」「祖父母に預けられて育ったのよ。私と透は❗」母親に敵意を向ける透の姉
「あのう、この話は私とは無関係ですからそろそろ、失礼します」さきは、言い争いを始めた二人に土産を渡せたのでこのまま足立と会わないで帰っても良いのだが、どうしたら良いかしら?と躊躇していたが、とりあえず自分の用で本屋に向かって歩き出した。
本屋に入って直ぐに足立が電話を掛けてきた
「さき君、ゴメンね。巻き込んでしまって」「本当に酷いですよ。足立さん」「うんゴメンね」「何かご馳走してもらわないと気が済まないわ。駅ビルの中の高いものご馳走してください」「ええ、でも…」「早く❕お昼時間だから混んじゃうわ」「う、うん」本屋で待ち合わせしたさきは足立を引っ張って駅ビルの最上階にあるレストランに入った
「何でも好きなもの頼んでよ。」「そうですね…、ハンバーグステーキとシャーベットとか?」「良いよ。好きなもの頼んで」「ではそれで。透さんは?」「僕は同じものを、あでもシャーベットはいいです。アイスコーヒーをお願いします」「畏まりましたぁ~」とお辞儀をしてウエイターの男性は離れていった
「土浦のお土産はお姉さんに預けましたよ?」「えっそうなの?」「透さんと会えるか分からなかったし、荷物になるので持ち帰って下さいってね」「そうなんだ。ありがとう。二人とも面食らってたでしょ」足立自身も多少驚いた様子だ「ええ失礼な人と思ったでしょうね?でもずっとお付き合いがある関係と言う訳じゃないし。はっきりした方が良いでしょう?」さきの言葉に足立は少し困った表情だった。
「その時の二人の顔を見たかったよ」「他人事みたいに言わないで下さい、元は透さんが逃げ出したからでしょう?」「そうだった。ごめんね。でも、珍しくてさ。」「珍しい?何が?」「うちの姉は凄くキッツい性格でさ、母も自分目線でものを考えて生きてきた人だからさき君と会話が成り立ったって事が不思議なんだよ」「ん?普通にお話しただけよ?」
「それがなかなかうまく出来ないんだよ?さき君とは何故うまくいったのかな?」「お姉さんがいたからかしら?」「いやぁ、姉貴はもっと尖ってるよ❗考えられない」「普通にお話ししていたわよ?」淡々と話すさきに不思議な感覚を覚える
「同じタイプじゃないのに…。」「何がですか?」「いやぁ独り言だよ。気にしないで‼」「目の前に人が座っているのに独り言って失礼でしょう?」「あぁ…。ごめんなさい。今日は謝ってばかりだ」「本当にね、透さんは学生時代も彼女とデートしている時ってこんな感じだったの?」「う~ん。僕は聞いてる一方だった。たまに話に夢中になる人は研究テーマの同じ人でお互いの意見を言い合ってたって感じだった」「今は?付き合いないの?」「だって職種が違うし、大体どっかの研究員になってるからね。」「透さんは何故そうならなかったの?」「うちの親みたいになるのが嫌だったから」「勉強は好きなんでしょう?」「うん。でもそれは仕事にしたくないと思っていたからね」「そうなの…。」「この後どうするの?」「ショッピングでもしようかと…。」「さき君は映画とか見ない?」「最近は行かないです」「僕は独りでもよく行くよ。学生時代もデートコースのひとつだった」「映画が好きなのね?」「うん。こどもの頃から映画によく行ってたから」「では今日も何かお気に入りがあると良いですね⁉」「一緒に行かないかい?」「映画かぁ…たまには良いですけど。好みの問題ですよ」「とりあえず行こうよ」ランチを済ませてさきは足立と二人で映画館の集まる施設に向かった
「今日はさき君の好みの映画にしようよ。今日は色々と迷惑を掛けたし。」「それはランチをご馳走してもらったからもう済みました」
「でもさき君といると楽しんだ。」「…。」「ゴメン、迷惑だった?」「そうでもないですよ❗絵理子さんと保くんも一緒だったらもっと愉しかったかなぁとおもっただけです」「そうだね、このあいだは愉しかったなぁ…また一緒に行きたいな」「そうね、声を掛けるわ。でもみんな仕事してるから揃うのは難しいわね…。」「お」「」「」「」「」「」




