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6玉め!:さぬきちゃん、買い食いする


「おうどん天使にソバ天使、ねぇ。信じられない話だけど、目の前に実物がいる以上は本当のことなのかな」


 萬寿(まんじゅ)は、ふたりの自己紹介を改めて聞いてそのように呟いた。

 事実は小説より奇なりというし、天使のひとりやふたり本当にいてもおかしくはないのだろう。


「けど、なんでふたりとも普通の服を着てるんだ?」


 小結が問う。普段のふたりは、なんかよく分からない素材でできたヒラヒラのワンピースみたいな服を着ていたはずだ。


「これは、小結クンにお弁当を持っていこうとしたら(あね)さんに止められてね」

「そんなヒラヒラした服で出ていったら風邪を引くから、これを着なさいと言われ、ありがたく着てきたのです」

「まさかとは思うが、お前ら俺の母さんのこと姐さんって呼んでるのか」


 勝手にひとの母親の妹分になるんじゃねぇよ、と小結は思う。


「最初はお師匠さまって呼ぼうとしたんだけどね、さすがに恥ずかしいからやめてって言われた」

「私はできたらお姉様とか呼んでみたいんですけど、もうそんな歳じゃないからと断られました」

「あたりまえだろ」


 それを言われると、まだ姐さんのほうがマシに思えてきた。いや、どっちにしろ変な呼び方には変わりないが。


「ところでキミはもちろんおうどん派だよね、萬寿クン?」

「何をバカなことを。当然ソバ派ですよね、萬寿さん?」


 唐突にぐいぐい来はじめたふたりに愛想笑いを浮かべた萬寿は、そっと小結に耳打ちした。


「なんかこのふたり、押しの強さとか似てて姉妹みたいだな」

「推し麺が違うだけで行動基準は一緒だからな。あと、真面目に取り合うと疲れるから適当に相手しとけよ」


 そうは言われても、と萬寿は悩む。

 塩対応の小結とは違い、萬寿はわりと甘い男なのであまり邪険に扱うことはできないのである。


「うーん……。あ、そうだ。ふたりとも、ちょっと聞きたいんだけど」


 仕方がないので萬寿は、話題を変えることにした。

 その場しのぎもいいところである。


「ふたりとも、本当に天使なんだよね? その頭の輪っかとか背中の羽も本物?」

「そうだよー」

「当たり前じゃないですか」

「じゃあ、その背中の羽で空を飛んだりもできるの?」


 萬寿が訊ねると、ふたりは「もちろん」と言いながらふわりと宙に浮いてみせた。地上から三〇センチメートルぐらいのところでふわふわと留まってみせる。


「ほら、こんな感じにね」

「おおお……!? すげぇ! ほんとに飛んでる!」

「けどお前ら、普段は全然飛ばねぇよな」

「天界と違って地上では飛ぶのに余計なエネルギーが必要になりますので、歩いたほうが疲れないんですよ」


 こっちでは速度もあまり出ませんし、とにはち子は言う。


「そして余計な飛行をしたせいでボクはお腹が空いてきたよ。あー、誰か美味しいおうどんを食べさせてくれないかなー。もしくは、快くおうどん派閥の一員になってくれないかなーー!」


 と、大きな声で言ったさぬきは、何かを期待するような目でじっと萬寿を見つめる。

 萬寿は「また話題を戻された……!」と思い、何か話題を変えられるものはないかと辺りを見回して、コンビニを見つけた。


「……あ。お腹空いてるなら、そこのコンビニで肉まんでも食べない? 俺がおごるからさ」

「肉まん? なにそれ、肉うどんの仲間?」

「天界にはない食べ物ですね」

「じゃあちょうどいいじゃん。美味しいから食べてみなよ」


 ほらほら、と萬寿はふたりをコンビニまで連れていくと、肉まんをひとつずつ買い与えた。

 ちなみに萬寿はあんまんを、小結はピザまんを買った。


 コンビニの駐車場で袋を開けて、自分の分にかぶり付く。

 さぬきとにはち子は目を輝かせた。


「んむむ! 熱々ホカホカで、もっちりしてて美味しい!」

「具も肉汁たっぷりですね! うん、美味しいです」


 はむはむと一心不乱に肉まんを食べるふたりに、萬寿は「喜んでくれてよかった」と思う。


「すまんな萬寿。ウチのバカ天使ふたりの分まで」

「まぁ、みんなで食べたほうが美味しいからな」


 小結と萬寿も自分の分を食べていると、道路のほうから呼び掛ける声が聞こえてきた。


「おーい! 萬寿と、小結じゃないか。学校終わりの買い食いか?」

「あ、兄貴」


 コンビニの駐車場に一台の車が入ってきた。白と黒のツートンカラーで、天井の上には赤いランプがついている。


 言わずと知れたパトカーである。

 運転席の窓を開けて、若い警察官が顔を出していた。彼が萬寿の兄、栗田大福(だいふく)だ。


「お久しぶりッス。大福さん」

「おお、小結も相変わらず元気そうだな」

「また今度メシでも連れてってくださいよ」

「ははは、給料が出た後でな」


 大福は気さくに笑いながら、小結たちの後ろで肉まんをくわえたままじっとしているふたりの女の子に目を向けた。


「お前らのツレか?」

「ええ、最近ウチに遊びに来るようになった俺の従姉妹ですよ。肉まんを食べたことがないってんで、萬寿におごってもらったところッス」

「萬寿お前、女の子の前だといい格好しようとするなぁ」

「いや、今回のはちょっと違うんだよ、兄貴」


 萬寿が言い訳をしようとすると、パトカーの助手席に座っていた男が大福に話しかけた。


「大福。お話し中のところ悪いが、事案が入った。現場に行くぞ」

「おっと了解しました、白峰部長。それじゃあな、萬寿もさっさと家帰れよ」


 そう言い残すと、パトカーは赤色のランプを点灯させて走り去っていった。


「今の人、萬寿クンのお兄さんなのかい?」

「身体の大きな人でしたね。あんな狭いところによく入っていられますわ」


 肉まんを食べ終わったさぬきとにはち子が、小結のソデを引いて聞いた。


「そうだよ。あんまり悪いことしてると、大福さんに逮捕されちまうぞ」

「ボクは悪いことなんてしないし、全然大丈夫だよ」

「ソバ天使一品行方正と言われた私も、お世話になることはありませんね」


 ヒトの弁当を勝手に麺類にするのが何かの罪になって連れてってくれたらいいのに、と小結は無言でそう思った。


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