表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

2玉め!:にはち子、実力行使に出る


「えー、お見苦しいところをお見せしました……」


 (たわら)家の客間で座布団に正座するソバ天使は、向かって座る小結に小さく頭を下げた。


「改めて自己紹介を。私はソバ天使の、にはち子と申します。こちらのさぬきちゃんを含めるおうどん天使たちとは、敵対関係にあります」


 そう言って、隣に座るさぬきをにらんだ。

 さぬきはだらしなく伸ばした足をぱたぱたさせて、知らん顔をした。


「……にはち子、ね。俺は小結(こむすび)、この家の者だ」


 小結は、目の前の優等生系少女(かたぶつおんな)の名前を聞いて「変な名前してるな」と思ったが、こちらからケンカを売ることもないと思い、口にはしなかった。


「変な名前でしょー? なんか呼びにくいから、ボクはいつも『にはちー』って呼んでるんだー。ね、にはちー?」

「大きなお世話ですよ!? それからその、にはちーというのはやめなさいってば! なんだかワンちゃんみたいで嫌です!」


 速攻でケンカを売りにかかったさぬきと、案の定怒り出したにはち子にげんなりしながら、小結は言うべきことを言う。


他人の家(ひとんち)でケンカしてんじゃねーよ。とにかく、お前らが仲悪いのは分かった」

「当然だね」

「当然ですね」

「そして俺はうどん派にもソバ派にもならん。お前らの争いには興味がないから、とっとと出ていってくれ」


 これ以上騒がしくするのはやめてほしい。

 せっかくの日曜日であり、小結はのんびりしていたいのだ。


「そんなこと言わないでおくれよ。ボクのおうどんを食べたら絶対おうどん派になるからさ!」

「そんなわけありません! そして貴方は私のソバを食べてみるべきです。必ずやソバの魅力に気付きますから!」


 しかし、ふたりは聞く耳を持たず自分たちの麺の良さを推してくる。お互いが好き勝手に喋るので、何を言っているのか小結には聞き取れない。


「ちょっと! ボクがプレゼンしてるんだから静かにしててくれないかな!」

「何を! 貴女こそ少しはこちらに譲りなさいな!」

「ボクが先!」

「私が先です!」


 お互いが立ち上がり、むむむっとにらみ合う。


「こうなればやはり、実力行使しかありませんね!」

「応ともだ! どっちが先か勝負しようじゃないか!」


 するとふたりは、どこからともなく武器を取り出した。

 さぬきのほうは、うどんを伸ばすときとかに使う太い製麺棒を。

 にはち子のほうは、ソバを切るときとかに使う麺切り包丁を。


 どちらも向き合ったまま武器を構えた。

 おお、とうとう下界でも血で血を洗う抗争が、


「……おい」


 始ま、……らなかった。


 ふたりのやり取りを見ていた小結が、にはち子の手首を掴んだ。


「な、何を……! って、痛い痛い痛い!? は、離してくださいー!」


 思い切り握りしめられて、にはち子は痛みのあまり叫んだ。

 引っ張ってもびくともせず、にはち子の手からぽろりと麺切り包丁が落ちる。小結は畳に落ちる前に包丁をキャッチした。


「刃物はダメだろ。さすがに見過ごせねーぞ」

「隙あり!」


 敵が武器を取り落としたのを見てさぬきが製麺棒で殴りかかった。血で血を洗う抗争に卑怯などという言葉はないのである。


「お前も」


 そして小結は、振り下ろされた製麺棒を片手で受け止めた。


「あれぇっ!?」


 まさか受け止められると思っていなかったさぬきからぐいっと棒を奪い取ると、小結は手の甲を使ってさぬきの脳天をゴツンと叩いた。棒を使って殴らなかったのはせめてもの情けである。


「みぎゃっ!!」

「ケンカするなっつっただろうが」


 武器を取り上げられたふたりの天使は、しばらく痛みにもだえた。

 それから半泣きのまま、ふたりそろって小結を糾弾した。


「痛い! 痛いですよ! アザになったらどうするんですか!」

「そうだとも! タンコブになったら訴えてやるからね!」


 ふたりは身を寄せ合って手を取り合い、ぎゃーぎゃーと好き勝手にわめいている。

 小結は、こいつら実は仲良いんじゃねーのと思った。


「ちくしょーめ! 今日のところは邪魔が入ったから、引き分けにしてあげようじゃないか、にはちー!」

「それはこちらの台詞です! 首を洗って待ってなさい、さぬきちゃん!」


 最後には、お互いに対して捨て台詞を残すと、ばたばたと玄関から出ていった。


 小結は、取り上げた武器がいつの間にかなくなっているのを確認すると、とりあえず玄関から塩をまいて自室に戻った。


「マジで何だったんだ、あいつら……」


 なんにせよ、パートに出ている母が帰ってくるまでにケリがついて良かった。

 そう思いつつ、小結は自室のベッドにもぐり込んで寝た。

 すべては夢だった。そう思わなければやってられなかったのだ。


 やがて帰ってきた母に起こされて晩ご飯を食べ、お風呂に入ったころには、小結は昼間のあれこれをすっかり忘却していた。どうでもいいことはすぐに忘れる主義なのだ。


 ぐっすりと眠って清々しい朝日とともに目覚め、学校に行くために制服に着替える。

 朝ご飯を食べて身だしなみを整え、さぁ今週も頑張ろうかと玄関戸を開けた先には。


「今日こそはボクが先だろう! 大人しく順番を譲りたまえよ!」

「何を言いますか! 私のほうが先に敷地に入ったんですから、私からに決まってるでしょ!」

「何をー!」

「このー!」


 ふたりの天使が、家の前の道路上で取っ組み合いのケンカをしていた。

朝っぱらから何事かと、道行くご近所さんたちが奇異の目でふたりを見ている。


「あら、小結どうしたの? なんだか外が騒がしいけど?」


 家の中から聞こえてきた母の声に現実逃避をやめ、我に返った小結は。


「お前ら……、俺の家(ひとんち)の前で、ケンカすんな!!」


 天使ふたりの脳天に、それぞれ重いゲンコツを落とした。


つづく?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ