ゆるふわもふもふ
「暇ですねー、お嬢様」
「そうですね……何か遊びたい気分です」
お嬢様、と金髪の少女の事を呼んだこのメイドの名はセナ。一方お嬢様と呼ばれたこの少女の名をシエッタ=シェルフィードと言う。
この2人は今、とてつもなく大きな問題に直面し、頭を悩ませていた。
それは……
「暇ですね……」
「さっきから同じことしか言ってないですよ、セナさん?」
暇、なのである。
ここ、フィール王国の中にあるシェルフィード家の一室であるシエッタの部屋には、遊び道具が1つもないのである。
すなわち、2度目であるが暇なのである。
「セナさんだなんて言わないで下さいお嬢様。私はお嬢様の部下のメイドであり、お嬢様はこの王国を管理するシェルフィード家の次女様なのですよ。いくらお嬢様がまだ13歳とお若いからって……私など、呼び捨てで構いません」
「そんな! 私はどなたに対しても敬意を払いたいと思っているだけですよ。ですから、さん付けで呼ばせて下さい」
シエッタは頭を下げながら、懇願するようにセナに言った。
「分かりました、分かりましたから! 頭を上げて下さいお嬢様!」
「ふふっ、良かったです。これでこれからもセナさんと呼ぶ事が出来ます!」
「くっ……そ、それよりもですね! 私良い遊びを思いついたんですよ! こんな遊びはどうでしょうか?」
『さん』付けで呼ぶだの呼ばないだの、いつものやり取りを強引に断ち切ったセナは、何とかこの暇を潰すべく……ほわほわとした笑みを浮かべているシエッタに小声で耳打ちをした。
「――」
やがて、セナの話を理解したシエッタは感嘆の息を漏らして喜んだ。
「それは良いですね! 是非それで遊びましょう!」
「もう1回! もう1回だけお願いしますお嬢様!」
「セナ、もうこれで24回目ですよ? これ以上やっても……」
「いいえ、次で本当の本当に最後です! 次こそは必ず勝って見せます!」
あれからしばしの時が流れ、日が傾きだした頃。
セナはフィール王国の城下町まで遊び道具を買いに行き、お目当ての物を買ったかと思えば、猪の如くシエッタの待つ部屋へと猛突進した。
……ちなみに、途中通行人と何度もぶつかったのだがセナの視界には何も映っていないようで、普段なら行儀良く謝罪をするところを別人のようにスルーしていたという事は蛇足だろうか。
「うーん、でもこの『すごろく』と言う遊び、サイコロを振ってゴールまで進むだけじゃないですか。しかも何度サイコロを振っても6の面しか上を向かないとなると……」
「それはお嬢様の運がおかしいだけですってば! 何でお嬢様がサイコロを振ると6の面だけが上を向くんですか! ちゃんとした1から6まである6面体のサイコロですよ!?」
「セナさん、その言い方だと6の面しかないサイコロもあるように聞こえますよ」
そう、セナが買ってきたのは城下町で人気の遊びの1つである『すごろく』である。
ルールは至ってシンプルで、遊ぶ人は自分の番に1回『サイコロ』と呼ばれる6面体の石を投げるだけ。
後はサイコロの面に書かれた数字の分だけ自分の駒をゴールへ近づけ、誰よりも先にゴールへと辿り着いたら勝ちと言うものである。
その他の説明は省かせて頂くが、このすごろくという遊びにおいて、シエッタは24連勝目だったのである。
「……むぅ。どうして私がサイコロを振ると、6の面しか上を向かないんでしょう?」
「お・じょ・う・さ・ま? いい加減ご自身の幸運を自覚して下さい!」
「そう言われても……」
シエッタは困惑した表情で、セナが持ってきたサイコロをまとめて6個、テーブルの上にころころと投げる。
するとものの見事に、全てのサイコロが6の面を上にして止まった。
「ほら、6しかでませんよ? 他にも1から5まで書かれた面があるみたいですけど」
「ほら、じゃないですよ!! お嬢様は一体どれだけの幸運の持ち主なんですか!?」
セナも最初のうちはシエッタが卑怯な手段で6の面を上にしているのではないか? とも思ったのだが、何度サイコロを振りなおしてもらっても、あるいは何度別のサイコロと交換しても、シエッタがサイコロを振ると6の面しか上を向かないという事が判明した時は驚きのあまり失神しそうになったものである。
もちろんサイコロ自体に仕掛けはないし、シエッタはそう言う不正を行う人物でもない。
セナがシエッタに何度もサイコロを振ってもらったり色々試してもらったのは、こうもサイコロが6の面しか上を向かないとなると、いよいよ目の前の光景が信じられなくなっただけなのである。
つまりごく自然に、当たり前のように6の面が上を向くのである。
「……あ、じゃあもう1回だけ遊んでも良いですよ?」
「ほ、本当ですかお嬢様!?」
シエッタは何かを思いついたかのように、嬉々とした表情でセナにそう言った。するとセナは座っていた椅子など気にもせず、テーブルから身を乗り出す勢いでシエッタに顔を近づけた。
「ち、近い! 近いですよセナさん!」
「あっ、すみませんお嬢様……あまりにも嬉しくて、つい」
シエッタはセナからパッと目を逸らし、セナをぐいぐいと押して元の席に座らせた。そしてコホンとわざとらしく咳をつき、セナに真剣な面持ちでこう言った。
「ですが、ただ遊んでも面白くないですし……罰ゲームをつけましょう。私が勝ったらセナさんは私の事を呼び捨てで呼ぶ。私が負けたらセナさんの言う事を1つだけ何でも聞いてあげますよ?」
「な、何ですって!? これが闇のゲームと言うものなのですね、恐ろしくて身が震えます……!」
セナは途端に顔を真っ青にし、自分が負けたらお嬢様の事を『シエッタ』と呼ばなければならないと言う恐ろしさに恐怖した。なにせセナはただのメイドである。言うなれば貴族――それも王族の人間に対してただの一般人であるセナが呼び捨てをするのだ。あまりにも畏れ多すぎて、何が何だか分からなくなりそうになる。
しかし、考えているだけではセナの気持ちなどシエッタには伝わる訳もなく――
「そうですか。では、すごろくで遊ぶのはこれで終わりにしましょうか」
シエッタはそう言って、すごろくで遊ぶために使ったコマやサイコロを片づけ始めた。
「……やります」
「はい? 何か言いましたかセナさん?」
シエッタの耳には確かにセナの声が届いていたのだが、まるで聞こえていなかったとばかりに聞き返す。
「やりますっ! 次はとっておきの作戦もあるんです、絶対に負けません!」
「……分かりました。では、罰ゲーム付きのすごろくを最後に遊ぶ事にしましょう」
言質は取りました、とばかりにシエッタは無邪気に微笑み、片づけていた駒やサイコロを再びテーブルに置きだした。
なお、セナは『お嬢様の表情がまるで獲物を狩る悪魔のようだった』と後に語る事になるのだが、当の本人は――
(これで私が勝てば、ようやくセナさんが私の事を呼び捨てで呼んでくれる……! 今まで何度も頑なに断られ続けましたが、こうもあっさりと承諾してくれるだなんて……『すごろく』ってすごいです!)
などと間の抜けた事を考えていたとは思いもよらなかっただろう。
「それではいざ尋常に……勝負です、お嬢様!!」
こうして、セナは絶対に負けられない戦いに――単身で乗り込んだ。




