こんな気持ちは初めてだよ
ピンポーンと何回聞いたか分からないような音が鳴る。扉の奥から足音が聞こえる。あいつだ。がちゃりと扉が開く。
「…おはよう」
女としてあいつに会うのは初めてだ。なんだかぶっきらぼうに言ってしまった。
「おお!俺好みの女子!」
第一声がそれか。しばき倒したろうかと思ったがこの身体では返り討ちに遭ってしまうのは間違いない。でも、それはそれで…いやいや!何を考えているんだ俺は!そっちの系の趣味は全く持ってないぞ!
「ま、あがってよ」
「お、おう」
なんか新鮮な気持ちだな。
お邪魔します、と言ってからあいつの家にあがる。間取り自体は同じだが置かれているものによってこんなに雰囲気が変わるのかといつも思う。あいつの部屋の床に座る。いよいよ本題だ。
「信じられないことが起こったな」
「まさか俺もあの都市伝説が本当だったとは思わなかったぜ」
やはりこいつは都市伝説を信じていない。まあどうでもいいが。
「そういや、どうやら俺は生まれてからずっと女の子だったとして認識されているな」
やはりか、とあいつは言う。
「卒業アルバムを見てみろよ」
そう言うとあいつは小学校の頃の卒業アルバムを取り出した。
卒業アルバムの写真には男の俺に置き換わるように女の俺が写っていた。運動会の写真も、遠足の写真も。男の俺がこの世に存在したという痕跡が全くない。俺自身もずっと女の子だったんじゃないのかと思ってしまうほどに。しかし…
「でも、なんでお前は俺が、そして俺自身が記憶を保っていられるんだ?」
「俺が立てた仮説だが、書き込みを行った人物と対象となった人物は記憶を保持することができるんだと思う。だから俺はこのサイトを見つけられたんじゃないのかな」
「でも願い事がこんないとも簡単に叶ったら世の中混乱しちまうぜ」
「多分、混乱しててもそれが当たり前に思えるんじゃないのかな?」
妙に納得した。常識自体が変わっていたら気が付けるわけがない。あーだこーだ思考を巡らせる。そんな時、ちらっとあいつを見るといつになく真面目な顔をしている。こんな顔、初めて見た。
「お前…そんなに真面目な顔をしてどうしたんだ?」
「パンツ、何色だった?」
こいつは真面目な顔の使いどころを間違っている。
「答える義務はない。」
顔が自然と赤らむ。何を聞いているんだコイツは…。
「やはりか」
「なんだよ、『やはりか』って偉そうに」
声を落ち着けていて真顔をとりつくっていても、お前の鼻の下は伸びてるぞ。
「いや、思考が身体に引っ張られているんじゃないのかなってさ」
こいつ…ふざけているように見えても意外と真面目だ。確かに朝から俺は男の時には感じなかったような気持ちを感じている節がある。感じるといえば…いやいや、なんでもない。
「現に今のお前の座り方を見てみろよ」
「へ?」
女の子座り…だとぉ?
「女のお前は男のお前に置き換わるようにして存在している。だからところどころ振る舞いが実に女の子っぽいんだよ、多分」
くっ、なんだか小っ恥ずかしい!急いで座り方を直す。
「あらま…、可愛かったのに…」
少しは黙っておけ!
おほん、と俺は咳払いをする。
「結構気になっていることがあるんだけど…」
なんだ、とあいつは言う。
「昨日の更新直後から今日の朝までの記憶がない。なぜだと思う?」
「そういや俺もないな」
お前もか。何が起こったのだろうか。
「そうだ!検証パート2行くぞ!」
あいつはおもむろに言い出した。こいつはよく思いつきで行動することがある。
「時計を見ていてくれ!」
俺は言われた通りに時計を見ることにした。もうここまできたらとことん付き合ってやるか。あいつはなにやらスマホをいじっている。
「んっ」
一瞬目眩がした。思わず声も漏れる。時計の針を見ると1分弱飛んでいる。
「な、何をしたのよ?」
わたしはハッとなって口を押さえる。
「口調を変更するくらいだったら、というよりは変化が少なければそれに比例して飛ぶ時間も短いのか」
彼は言う。
「どんなことを書き込んだのよ?」
彼はスマホを見せてくれた。
「『男勝りな』っていう項目を消したんだ」
「も、元にもどしてよぉ!」
わたしは涙目になりながら言う。だって考え方まで女の子になっちゃうなんて、もうわたしじゃない!
「あ、ごめんごめん」
彼はわたしの勢いに負けたのか焦ってスマホをいじり始めた。
「…ふぅ、まだこっちの方がいいぜ」
おれは元に戻った口調で喋る。
「俺も男勝りな子好きだぜ」
やはりコイツの趣味は御しがたい。俺は背の小さな可愛い女の子が好きだ。最も、なるのは嫌だが。
…いいことを思いついたかも。
「ねぇ、ちょっと俺にも書き込ましてくれよ!」
「お!なんか悪い顔してんな!気に入ったぜ!」
お前のそういうところは昔っから好きだぜ。
たたたっと文章を打ち込む。コレであいつも俺の同士よ!
「何打ち込んだんだー?」
「更新されてからのお楽しみ!」
結構時間が飛びそうだなと思わずほくそ笑んでしまった。俺は喜々として更新ボタンを押した。