水の星のプリンセス
この作品を、偉大なる先達、E.R.バローズ、H.C.アンデルセン、神坂一の諸先生方に捧げます。
※軽い性愛描写があるためR15タグを設定してあります。
「参ったなあ」
俺は自分の船の上で途方に暮れていた。周り一面、見渡す限りの海。そりゃ当然だ。ここは惑星アクアリス。海陸比99対1という水の惑星なんだから。
よりにもよって、目的地とは言えこんな星に不時着しないといけなくなった運命を呪いたくなる。一応「銀河連邦」に所属しているとはいえ、保護観察惑星。つまり惑星の文明度が恒星間航行レベルに到達しておらず、原住民に対する過度の干渉が禁止されている星なのだ。もちろん宇宙港はあるが1つだけ。この船でそこに到達するのに、どれだけかかることやら。
せっかく小さいとはいえ宇宙船を手に入れて運送業者として独立したばかりだというのに、その肝心の船をいきなり壊す羽目になるとは。全長100メートル、2千トン級の高速武装貨客船「オウル」号。それが俺の愛船の名前だ。中古だが、元は連邦軍の艦隊随伴型駆逐艦だったものが民間放出されたのを改装しているので宇宙空間での加速力は非常に高い上、ワープ能力も民間船にしてはハイレベルだ。軍艦だった頃の武装はもちろん外されているが、民間の警備会社や傭兵会社が持てる装備で再武装してあり、一応口径10センチのタキオン・ビーム砲と亜光速ミサイルくらいは積んでいる。治安のいい銀河系中枢星域の定期航路ならともかく、渦状肢先端部付近の辺境航路を飛ぶ貨客船なら宇宙海賊対策に一定以上の武装は必要だ。
その紡錘形の優美な船体の一部、右舷船尾方向に大きな損傷があるのは、宇宙海賊の12センチタキオン・ビーム砲が防御力場を貫通したのを喰らってしまったためだ。その海賊船は粉々に吹き飛ばしてやったけどな。どうやら、今回の積み荷を狙ってきたらしい。
積み荷は、今この星で流行している疫病の治療薬の材料になる植物の種とその治療薬を作る精製装置だ。種のエキスを抽出精製してしまうと酸化が進んで半日と効果が持たないらしく、現地で精製する必要があるんで俺が材料と精製装置の両方を急送することになったワケだ。いや、多く流通する種類の薬ならきちんと酸化防止したカプセルになったりするんだろうが、レアな病気らしくて、きちんと薬として作る方が高くつくので、より安い精製装置レンタルの方を選んだらしい。輸送の依頼料もそんなに高くはなかった。
それでも人命に関わる仕事だから普通なら駆け出しである俺に回ってくるような仕事じゃないんだが、空いてる船が他になかった上に緊急を要する仕事だったんで俺にお鉢が回ってきた。問題は、この種が麻薬の原料にもなるってことで、海賊はそれを狙っていたらしい。
自動修復装置が強化セラミック樹脂を吹き付けて内側の穴をふさいでいるから、この傷から海水は入ってこないし、元が大気圏内空戦や潜水戦も想定して作られた軍艦だからこうして海に浮くこともできるものの、長いことこうしていたくはない。外装以外の主立った損傷は主機関部だけだが、それこそ宇宙を飛ぶための最重要にして最も高価なシステムだ。まず、この船自体を修理設備がある所まで持って行くか、それだけの設備を持った救難船に来て貰わないといけないのだが、こんな田舎星の宇宙港にマトモな救難船がいるかな?
救難信号は発信しているのだが、この星の宇宙港の管制官からは連絡が無い。もしかしたら自動の誘導装置しかない無人港かもしれない。…そうだとすると最悪だ。恒星間通信の原理は船をワープさせるのと同じ超空間歪曲だから、それを行える主機関部が故障中のこの船だと、他星系への救援も頼めない。
いや、自動装置があるなら救難信号を受信すれば自動的に他星系へ中継してくれるはずだから、待っていれば航宙保安庁か銀河連邦警察の救難船が来てくれるだろうが、何週間待つ羽目になることやら。
長期航行に備えて食料は積んであるし、蒸留装置があるから、これだけ水がある星なら渇きの心配もいらない。日常生活に必要な機器は補機で動かせる。襲ってきた宇宙海賊は撃破したから、何かに襲われる心配もない。命の危険は、当面はないだろう。だからといって、こんな水以外何も無い星に数週間も島流しなんてあんまりだ。
いやまあ、初仕事を受注した運送業者としては、期限までに荷物を届けることが最優先。幸い、既に目的地であるこの水の星まで着いているのだから、搭載艇で積み荷さえ届けてしまえば依頼は完了だ。だが、この星で何週間も待ちぼうけしてる間は次の仕事は受けられない。少しでも実績と信用を積みたい駆け出しとしては痛すぎる。船の修理費も必要だし。
とりあえず壊れかけてた主機関部をだましだましして大気圏突入までは無事にできたものの、宇宙港にたどり着く前に完全に壊れてしまったので、宇宙港からは1万キロメートルも離れた海域に着水する羽目になってしまった。補機の出力だと、この星の0.98Gの重力下では重力制御装置を使って船を飛ばすのは難しいだろう。様子見に上甲板に出ては見たものの、見回してみても本当に海以外には何も無い世界だ。とりあえず、搭載艇に荷物を積んで、配達先に連絡でも入れようか。
そう思ったとき、フッと気配というか、視線というか、そんな物を感じて振り返る。
「「あっ!?」」
驚きの声は二つ。俺の声と、彼女の声。
水面から顔を出していたのは、長い金髪を海に流したとびっきりの美少女だった。いや、これで男の娘だったりした日には目も当てられないが、声からも女の子だろうと思える。
「あなたは、他の星から来た方ですね?」
きれいな連邦標準語での問いかけが来る。言葉は通じるようだ。保護観察惑星とは言っても、原住民が自ら連邦の事を学ぶことは禁止されていない。彼女は、きっと他の星や銀河連邦に興味があるに違いない。
「あ、はい、病気の治療薬の材料と精製機器を届けに来ました。俺…いや、私はオウル高速輸送社の社長兼船長、ハヤト・トーゴーと申します」
よく分からないが、こんな美少女(推定)が悪人なワケがない! と言うわけで、勝手に地元民の代表と見なして丁寧に名乗る。よしんば一般市民Aだったところで、どこで評判が依頼人に伝わるか知れたものではないのだから、丁寧な態度を取っておくに越したことはない。独立したんだから、これからは自分で営業もしなくちゃならないんだし。
「まあ、やはり薬を届けに来てくださった方でしたのね。私は依頼をしたアンドレ三世の娘でエリアルと申します。皆、首を長くして待っております。ご案内いたしますので、お薬の材料と機械を持ってきていただけませんか?」
嬉しそうに答える美少女。何とこの子は依頼人の娘だったようだ。丁寧な態度をとっておいて正解だったな。案内してくれるならちょうどいい。
ん、待てよ? 仲介業者の話だと、依頼主ってのは確かこの星の王様だったはずだ。って事は、この子はこの星のお姫様なのか!
「お姫様直々のお出迎えとは恐縮です」
「あら、お気になさらないでくださいな。よその星の方だと、王政なんて古いとお考えではありませんの?」
「いやいや、王様がいる星も結構ありますよ」
慌てて頭を下げると、それが面白かったのか、彼女はコロコロと笑って答える。たしかに銀河連邦を構成する惑星には民主主義の星が多いが、惑星ごとの主権は尊重されるので王政が残っている星もたくさんある。
っと、こんな無駄話をしてる場合じゃないか。
「それでは、船に上がっていただけますか。搭載艇を出しますので」
そう言いながら、左腕の腕時計型情報通信端末~21世紀中頃に当時の高性能携帯電話型端末がこの腕時計形になってから300年くらい変わってないのは、これ以上小さくすると操作性が悪くなるためだ~を操作して、船首方向の搭載艇格納庫の上面扉を開放する。洋上への着水も想定して設計されているので、上面扉のみが開放され、万能型搭載艇がせり上がってくる。
「上がれと言われましても…」
「あ、すみません、右の方にある梯子を使ってください」
「ああ、これは足場だったんですね」
船体の点検整備に使う梯子を指さすと、納得してくれたようで、そちらに向かって泳いでいく…の、だ、が!?
「ひれ!?」
彼女の下半身は、どう考えても魚の形状をしていて、まるで伝説の人魚のように大きなひれが一つついているだけだったのだ!
「あ、そういえば他の星の方は常に足しか使わないのでしたね」
そう言いながら、梯子に手をかけた彼女が軽く何かを念じるような顔をすると、それと同時に彼女の下半身が姿を変え始める。全体を覆っていた鱗が小さくなると同時に数を減じて、上半身と同じような白い皮膚に吸収されていく。ひれだった部分は左右に分かれ、先端部から指が形成され、普通の足の形に変わっていく。
「私たちは魚類から進化した人類ですから、足をひれの形に変えることができるのです。むしろ、普段はひれの形で生活する事の方が多いですね」
そう言いながらも、しっかり足は使えるようで、梯子に足をかけて上ってくる。
なるほど。よく考えてみれば、この星の人類も古代銀河帝国人の末裔なのだ。俺のような地球人と同じように。
銀河系には何百万もの居住可能惑星があり、それらの多くに「人類」が住んでいる。元は無人で、地球や、他の星から出た人類が植民した星もあるが、この星のように土着の人類が存在している惑星も多い。そして、それら諸惑星の人類は、ほとんど同じ姿をしているのだ。もちろん、皮膚の色などは違いが多い。それはそうだろう、地球人だって肌や目、髪の色なんか全然違う人々がいるんだから。
だが、外見で言うと、二足歩行して、四肢を持ち、指は5本、感覚器は頭部に集中しており頭頂部に髪があって、目と耳と鼻の穴は2つ、口は1つで歯がある…というような特徴はほぼ同じなのだ。
そして、それらの「人類」は出自が違っても同じ形に進化しているのである。例えば、俺たち地球人はほ乳類、猿の進化種族だが、アルデバラン人は同じほ乳類でも牛からの進化種族なので頭に角の痕跡がある。アンタレス人なんかは同じ姿をしていても節足動物、蠍の進化種族なのだ。外骨格の上に皮膚ができているし髪も生えているので外見上は地球人と変わらないように見えるが、外骨格内には中腕と呼ばれる四肢以外の腕が退化した痕跡や、毒針のある尻尾が退化した痕跡も見られるし、2つある目の瞳はよく見ると複眼になっている。同じように、は虫類や両生類どころか昆虫類や軟体動物から進化した人類もいるのだから、魚類から進化した人類がいてもおかしくない。こうした変身能力を持つ人類は他にもいるし、先祖の種族の特徴を残している人類も多い。以前に会ったことがあるカメレオン進化系のヴェガ人の保護色能力なんて、ほとんど光学迷彩の域に達していたものだ。
もちろん、これは収斂進化の結果なんかじゃない。それにしては似すぎているのだ。これは全て、はるか太古、数万年前に銀河系を支配していた古代銀河帝国人の仕業である。彼等が銀河中の炭素生命が居住可能な惑星の大半を探索し、そこに彼等の遺伝子をバラ撒いていったらしい。そして、それらの進化の行方を見届け、誘導して、最終的にはどの惑星でも「人類」と呼べる存在が支配種族になるように方向付けをしていったのだ。
それだけの文明を誇った古代銀河帝国がなぜ滅びたのかは明らかになっていない。文明の痕跡として、ときどき超技術の産物である「遺産」が見つかることがあるが、古文書などはほとんど残されていないのだ。何か不可避の災厄でも襲いかかってきたのか、自然に衰退していったのかすら分からない。
しかし、これだけ多様な種族を元に「人類」を育成していったのは、そのうちどれか一つでも生き残らせる事によって、自分たちの遺伝子を残したかったのだろうと推測されている。だから我ら「人類」は古代銀河帝国人の「末裔」と自認しているのだ。
その「人類」を作る最終調整段階で、彼等は外見の統一性以外にもひとつの仕掛けをしていった。いかなる星の、どのような生命形態から進化した種族であろうと、「人類」は23対46本の遺伝子を持ち、2つの性を持つ。「人類」である限り交配が可能なのだ。ほ乳類系の地球人と節足動物系のアンタレス人ですら交配可能なのである。地球人とアンタレス人の生物学者が両方とも頭を抱えているのだから、古代銀河帝国人の技術は凄いものなのだ。ちなみに生まれた子供の種族は、どちらか片親の方になるが、反対の親の形質を一部受け継ぐこともある。
しかし、外見の統一性や生殖可能という共通点があるからこそ、「人類」はお互いの文明や文化の違いを乗り越えて、統一政体である「銀河連邦」を結成できたのだ。もちろん、大半の人類は恒星間航法の開発に至る前に、自惑星内や自星系内での過酷な戦争を経験して、その反省から異星種族との平和的な共存を望むようになったものだし、そうした経験が少なかった種族の大半は最初から平和的な性格を持っていたという背景はあるにせよ。
だから、今の銀河系には一応恒星間戦争は無い。惑星破壊ミサイルが飛び交い、何億人も死ぬような戦争は既に過去のものだ。
しかし、人類の精神的進化はその程度であって、同じ人種同士による地域紛争だの内戦だのは存在するし、犯罪だっていつまでたっても無くならない。宇宙海賊だの星間マフィアだのもいれば、恒星間企業の暴走だの、連邦組織の腐敗だのも無くならない。だから、「戦争」こそ無いものの連邦軍は平和維持活動や海賊退治に引っ張りだこだし、銀河連邦警察の予算は毎年増えている。それでも警邏や護衛の手は足りないから、警備会社だの傭兵会社だのといった民間武装組織の護衛船をつけないと安心して飛べない宙域だって銀河辺境には多いのだ。まあ、だからこそ俺のような小さな武装船1隻持ってるだけの弱小運送業者が活躍する余地もそこにはあるんだけどな。
そんなことをつらつらと考えていると、彼女が上甲板まで上がってきたので何気なくそちらを見たのだ、が…
「どうかなさい…?」
俺が硬直したのを見て、エリアルが不審そうに聞いてきたが、その声が途中で止まる。彼女自身も気がついてしまったのだろう。
海中にいたのだから、彼女は水着を着ていた。彼女の瞳の色と同じ、鮮やかなブルーのビキニをまとっている…上半身には。
先ほどまで、彼女の下半身は魚の形をしており、そこに衣類はまとっていなかった。そして、人体の変身能力があるからといって、衣類まで変形したり、空中からわき出してくるワケでは無い。
それが意味することは、つまり…
彼女の顔が火が付いたように紅潮する。いや、きっと俺の顔も同じような色になっているだろう。そして…
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!!」
彼女の悲鳴と軽い破裂音と共に、俺の左頬には鮮やかな紅葉がくっきりと刻まれたのである。
これが、俺とエリアルの運命の出会いだった。
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「何を考えているんですか?」
つっ、と白い指先が俺の頬をなでる。視線を移すと、はにかみながら微笑むエリアルの顔がある。
「いや、上甲板で初めて会った時の事を思い出してたんだ」
そう答えると、エリアルの顔が、あの時のように赤らむ。
「あの時は、わたくしが悪かったのに叩いたりしてごめんなさい。あの頃は、めったに足なんて使ってなかったので、衣類の事はうっかり失念してたんです」
「今はもう慣れたろ」
「ええ、いろいろありましたからね。足を使うことにも、この船にも、すっかり慣れました」
そう、多くの事があったのだ。エリアルが素足で泳いできたのだから、目的地の王宮はほんの数キロ先の海底だった。そんな距離、万能搭載艇を使えば発進準備の時間の方が長いくらいの距離だったはず。
それが、いきなり襲ってきた宇宙海賊のステルス搭載艇から逃げるために空に飛び上がる羽目になって、数百キロの追いかけっこのあげくに相打ち。種と精製装置を背負って海中を泳ぐ羽目になった。海洋惑星であるアクアリスに行くことになった時点で、海中で生活できるようにとあらかじめ海中呼吸可能なように遺伝子改造を済ませていたのだが、そうしていなかったなら、その時点で詰みだっただろう。
さらに途中で襲ってきた、この星土着のサメ系肉食魚だの、巨大亀だの、大タコだのを撃退したり、宇宙海賊の刺客を返り討ちにしたりもする羽目になった。その刺客から、実は宇宙海賊の背後には、アクアリス人の少女しか生成できない女性ホルモン~他種族には若返り効果がある~を狙った恒星間製薬企業がいて、疫病騒ぎもその企業の陰謀だったことが分かって、エリアルの願いでその陰謀を叩きつぶす事になったりもした。
何とかそれに成功して疫病も無事おさまったが、船の修理ができる救難船が来るのを待つ間に、今度はこの星に隠されていた古代銀河帝国の「遺産」である「太陽黒点制御装置」を狙ってエリアルを誘拐した連邦秘密情報局のエージェントと対決する羽目になったり、それを何とか制して秘宝を封印したら、今度はこの星の保守派に狙われたエリアルを守ることになったものの、実はその背後にはこの星の水資源を狙う近隣星系の独裁者の陰謀が隠されていて、修理したばかりのこの船で独裁者の宇宙要塞に特攻同然の強行突入をする羽目になって、またボロボロにしたりとか、本当にいろいろあったのだ。
長くも短くも感じる濃密な時間。その結果として、俺とエリアルの間には、切っても切れない深い絆が生まれた。そして、俺もこの星に愛着を持つようになっていった。
「これからは、ここがエリアルの、いや、俺たち一家の家なんだからな」
俺の船、オウル号の上甲板。初めてエリアルと出会った場所。
そして、これから2人で新しい家庭を作っていく家でもあり、仕事の場でもある。
さまざまな事件を経て、この星は保護観察惑星から、正式な銀河連邦の一員を目指すことになり、他星系との交流や交易が始まることになった。保守派の貴族たちや鎖国派の民衆を前に「未来のために他の星と交流を始めよう」と切々と訴えたエリアルの大演説は今も目に浮かぶ。あれを見て、彼女は本当に王女なんだというのを実感できた。
この星には豊富な水資源~海水だが高精度逆浸透膜法を使えば簡単かつ安価に真水と塩に分離できるし、ほとんどの「人類」は生存のために水と塩を必要とする~や水産資源があり、銀河でも希な美しい海は立派な観光資源だ。他星系との交流や交易をできる下地はあるのだ。その資源を生かすには、輸送手段が必要。つまり、俺の本職である運送業はこれからのこの星には絶対必要な仕事なのだ。
幸いに、と言うべきか、オウル号は外見こそ以前と大して変わっていないものの、中身は魔改造と言ってもいいようなトンデモ宇宙船になっている。宇宙海賊から奪った「光学迷彩投影装置」あたりは民間でも金さえ出せば手に入る物だが、「タキオン・レーダー遮蔽装置」なんてのは、それこそ連邦秘密情報局でなきゃ持ってないような機器だったのを頂けたし、古代銀河帝国の「遺産」である「モノポール・ドライブ」~駆逐艦の主機と同サイズで大型戦艦級の出力を持っている上にエネルギー源の補給も不要という反則動力炉~や「亜空間防御力場」~エネルギー兵器の攻撃をほぼ全て亜空間に逸らしてしまう無敵バリアーだ~なんぞは金をいくら積んだって買える代物じゃない。そのおかげで、戦艦級の出力が必要な独裁者の秘密兵器「ショートレンジワープキャノン」~実体弾なので弾数に限りはあるし照準が難しい上に射程距離も短いものの、防御力場を無視して攻撃できるので「遺産」である亜空間防御力場すら効果が無い超兵器だ~なんてのまで搭載できた。
その分積載量が少し下がったのは貨客船としては痛し痒しだが、もともと小型船だから大量輸送よりは高価な小型荷物や旅客の急送の方が得意分野で、そっちに特化したと思えば悪くはない。
まあ、今はその船足を見せているワケでは無い。惑星上、それも海洋航行中では自慢の加速度もパルス・ワープ航法も見せようがない。海底神殿での結婚式が終わったばかりで、この星の「聖地」に向かっている途中なのだ。アクアリス人の慣習では、階級や地位にかかわらず、結婚してから最短でも1週間、長いと1か月くらいは「聖地」での新婚生活で「子作り」に励むらしい。たいへんイイ伝統ではないか! 地球にも「蜜月」なんて言葉があるくらいだし、しばらくは仕事を忘れてハネムーンを楽しませてもらおう。
そんな事を考えていると、遠くにうっすらと陸影が見えてきた。
「もう『聖地』が見えてきましたね」
「ああ。そう言えば、俺は来たことが無かったな」
「わたくしもです。ここは、結婚した者か医療関係者しか来てはいけないのです」
「そうなんだ?」
「ええ、この『聖地』で子孫を残せるようになった事が、わたくしたちアクアリス人がこの星で生き残る上で一番のアドバンテージになったのですから。それ以外の目的で立ち入る事は許されません」
「そうか、この星では陸上が一番安全な所なんだ」
「そういう事です」
「聖地」とは、この星に1パーセントしかない陸地の総称である。ほとんど海洋生物しか存在せず、空を飛ぶ鳥もいないこの星において、唯一陸上に上がれる能力を獲得したことが、アクアリス人がこの星の知的生命体として支配種族になった大きな原因だと、以前は考えられていた。今では古代銀河帝国人の誘導があったことも分かっているが、それでもアクアリス原産の他の海洋生物ではなく、アクアリス人の祖先である生物が古代銀河帝国人に選ばれてアクアリス人に進化させられたのは、やはり唯一陸上生活ができるというアドバンテージがあったからだろう。
そして、生物にとって最も「安全」が必要なのは、妊娠、出産の時期に他ならない。
「アクアリスの歴史にも多くの戦乱がありました。しかし、どんな状況であろうと『聖地』を争いに巻き込む事だけは避けられてきました。敵対し、憎み合う者同士でも、『聖地』にいる時だけは決して争わない。この『聖地』こそがアクアリス人にとって最も大切な所だということを、誰もが理解しているからです」
そう語るエリアルの横顔に、黄金色の夕日が差す。この星の伝統的な婚礼衣装~水棲人らしく露出度は高いが色とりどりの布で多彩に装飾されている~を着たその姿は、いつにも増して清らかで、神々しかった。
そのエリアルが、こちらを振り返って、恥ずかしげな笑みを浮かべる。その顔が紅潮して見えるのは、夕日のせいだけではないはずだ。
「この『聖地』は愛の営みをする所です。やっと、あなたと愛し合うことができる…」
はにかみながら、そう口にしたエリアルに、俺はもう我慢できずに思わず抱きしめてしまい、誓いのキス以来の口づけをかわすのだった。
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「いい湯だった」
「お清めと言ってくださいな。この星では真水で水浴するのは聖なる儀式の一つなのですから」
「ああ、悪い」
船を岸辺に停泊させ(この星には洋上船は存在しないから港も無い)、宿泊施設に着くと、すぐに夕食をとってから一休みして「水浴」をしたのだ。海中生活を送っているアクアリス人には湯に浸かる風習はないが、儀式としての水浴があり、南方の海に住む人々のために温水の水浴場もある。俺はその温水で水浴をしたのだ。風呂と言うには少しぬるかったが気持ちよかった。
星中の新婚夫婦や、出産を計画している夫婦がやってくるので、「聖地」には宿泊施設が多い。エリアルはこの星の王女だし、俺は一応この星を救った英雄ということになってるので、最上級の宿泊施設が使える。宿泊施設にもランクがあって、最下級の施設なら食料は自炊になるが無料で使うこともできるので、貧乏だから子供が産めないということはない。
さて、聖なる儀式の一つである水浴が終わったということは、次は新婚夫婦として、いや人類として、いやいや生物として最も大切な行為、子孫を残すという行為が待っているのだ!
俺も成人年齢には達しているが、まだ経験はない。視聴年齢制限付き立体動画には随分お世話になってるけど、アレはファンタジーだから参考にしちゃいけない。優しく、してやらないと…
「エリアル…」
「なんでしょ…」
振り向いたところを抱き寄せ、優しく口づけを交わす。今までは唇だけだったが、初めて舌を絡ませてみた。ああ、これだけで、こんなにも気持ちがいいものなんだな。
「あん、慌てないでくださいな。そのための部屋は、あちらですわよ」
唇を離すと、エリアルが奥の部屋を指さして諭してきた。
「ゴメン、我慢できなくて」
「いいですわ。さあ、参りましょう」
その部屋には、ダブルどころかクイーンサイズの大きなベッドが置いてあった。そして、もう一つ。床に赤ちゃん籠のようなものが置いてある。以前にエリアルの部屋でも見たことがある物だ。
これは本当に赤ちゃん籠であって、アクアリス人が生まれた時に最初に赤ちゃんを入れる籠なのである。この籠は産まれた時の記念品として持っている人も多いようで、エリアルもその一人なのだろう。親のものを再使用する事は無いようで、亡くなった時に棺に一緒に埋葬する事が多いようだ。
…確かに必要なものではあるが、使うのはまだ先なんじゃなかろうか?
そんな風に思いながら赤ちゃん籠を見ていると、エリアルが声をかけてくる。
「あら、そんなにじっくり見るなんて、気が早いですわね。でも、気持ちはわたくしも同じですわ。幸いにも、今日は排卵日ですから、きっと子供も無事に作れるはずです。それでは、もう始めましょうか」
「あ、ああ…」
振り向くと、浴衣のような形の水浴着をゆっくりと脱いでいるエリアルがいた。
初めて見る彼女の産まれたままの姿…いや、下の方は初対面の時に見てしまったのだが、胸を見るのは初めて…で!?
「そんなに、まじまじと見ないでくださいな」
「いや、その、胸」
「あまり大きくはないんですけど…」
「いや、大きいよ。形もいい。だけど、先っぽが…」
「え?」
初対面の時からビキニの水着からあふれんばかりに存在を主張していたその胸は、大きさも形も最高のものだと言っていいだろう。決して俺の欲目だけではないはずだ。
だが、その胸の先に、地球人ならあるはずの桜色の先端がついていないのだ!
「あ、そうでした。地球人はほ乳類で、子供に胸から母乳をあげるから形が違うのでしたね」
おう、何てこったい! アクアリス人は魚類系だから母乳をあげないんだ!!
「産まれた子が地球人だった場合はどうすればいいのでしょう?」
「ああ、いや、大丈夫だ。地球人でも母乳の出が悪い母親のために、ほ乳瓶も粉ミルクもある」
「そうですか! それなら安心ですね」
そう。そんな事はささいな事だ。胸なんてどうでもイイ! 大事なのはエリアルと愛し合う事なんだ!!
そう思って、俺も水浴着を脱いでエリアルに向き直る。すると、頬を染めたエリアルが今度は彼女からキスをしてきてからささやいた。
「それじゃあ、さっそく始めますね。これは親にも見せないこと。恥ずかしいけど、愛するあなただけにしか見せないんですからね」
そして、例の赤ちゃん籠にまたがるようにして腰を下ろす。
お、おおおお、M字開脚ですかっ!? これはいきなり大胆なポーズっ!!
俺のボーイも張り切っておっきしちゃいますよ!
「あん、早いですわ。もうちょっと待ってください」
「あ、ゴメン」
思わず襲いかかりそうになった俺を軽くたしなめるエリアル。いかんいかん、優しくしようと誓ったばかりじゃないか。焦るな、俺、今夜はまだ先が長いんだ。
「でも、早くしたいのも分かりますわ。それではいきますよ。うーんっ!!」
…いや、ちょっと待って、エリアル、なんで顔真っ赤にして力んでるの?
あ、俺の視聴年齢制限付き立体動画コレクション~結婚前に処分しちゃったけどね~にも放尿プレイ物はあったけど、スカトロ物は無いよ。それはノーサンキューだから!
第一、赤ちゃん籠が汚れちゃうじゃないか。それとも、そういう物を穢すプレイがアクアリス人にはあるんだろうか?
そんな事を思っている俺の目の前で、エリアルの下腹部が軽く膨れる。え?
ぽこん!
そんな音と共に、彼女の秘所からは、直径5センチほどの透き通ったピンク色の美しい宝玉のようなものが産まれ出ていた。ただ、宝石のように硬くはなさそうで、ゼリー状にプヨプヨしている。中心部には、濃い赤色の小さな玉があって、目玉のようにも見える。
彼女から産まれた美しい玉は、部屋の明かりを反射してキラキラと輝きながら赤ちゃん籠の中心に鎮座していた。
「こ、これは!?」
「初めて見ましたか? これが、私たちアクアリス人の卵です」
そう言うと、エリアルは俺が今まで見た中でも最高に素敵な笑顔で俺に呼びかけてきた。
「さあ、あなたの精をこの子にかけてあげてくださいな」
一発ネタ小説を最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
この話を思いついたのは、そもそもE.R.バローズ「火星のプリンセス」を読んだ時に、ヒロインのデジャー・ソリスが卵生生物であるという事に衝撃を受けたからです。そこで「何で卵生なのにおっぱいがあるの?」という疑問を持ってしまったのが始まりでした。
そのとき、以前に思っていた「人魚姫って胎生なのか卵生なのか?」という疑問が複合した上に、はるか過去に読んだライトノベル草創期の名作「スレイヤーズ」第1巻、ヒロインのリナが敵に捕らえられ陵辱されそうになったシーンでの敵役の魚人ヌンサの名台詞「卵を産め」が交錯して、こんな作品が生まれてしまいました。
というわけで前書きではバローズとアンデルセンと神坂一の三先生にこの作品を捧げたわけですが、こんなモン捧げられても困るだけでしょうねえ(笑)。
オチまで読んで「そりゃないよ」とお笑いいただければ幸いです。