本業とアルバイト
一口に”祓い屋“といっても様々だ。強力な霊力で一瞬に浄化してしまう猛者もいれば、格好だけ真似て荒稼ぎをしている詐欺師もいる。
この国には公的な資格はないので、法外な金の要求や猥褻な行為を行う等、問題を起こさない限り罪には問われない。
だが、それは実に危険なことなのだ。
「ああ、島田さん来てくれはりましたか」
風泉寺の住職が山門の下まで私を迎えに出ていた。
長年修行を積んだ高僧が自転車に乗ったジャンバー姿の中年男を助っ人に頼むのは奇妙に思えるかもしれないが、私はこの世界ではかなりの有名人なのだ。
「遅くなりました。すぐに始めましょう」
私は本堂の裏手通用口に回り、用意された僧伽梨に着替えると住職の案内で護摩堂に入った。
「あれが、担ぎ込まれてきた男ですわ」
見ると、式服の“偽祓い屋”が寺男数人に抑えこまれている。
「なるほど。能力もないのにこの仕事をして憑かれたというわけですか」
その男の目はうつろで頭を左右にフラつかせながら意味のない呪文を訴えていた。
驚いたのはその男に取り付いた悪霊で、けたはずれの怨念を辺りに放っている。
完全に覚醒していないが、憑代となった男の生気を吸い続けているとやっかいな存在になるだろう。
「あいつの正体、分かりはりますか?」
住職が男の背後に立つ忌まわしき魍魎を指さした。
「ええ、数百年前に亡くなった修験道の行者ですね。禁術に手を染め、数百人を殺めた後捕縛され、生きながら葬られた者のようです」
「成仏させられまっしゃろか?」
「大丈夫です。ちょっと手荒くなりますが・・・」
私は寺から借りた数珠を手に錫杖経を唱えた。「九條錫杖 手執錫杖 當願衆生 説大施會・・・」
実はこうした数珠や経文を私は必要としない。しかし周囲を納得させられる演出も重要なのだ。
頃合いを見計らって私は眷属で身の丈3m程度の小柄な鬼達を呼んだ。
その姿が見える住職が腰を抜かす中、悪霊が首根っこを掴まれ引きずられていく。
様子がわからない寺男は住職の怖がりように顔を見合わせて不思議がった。
「し、島田さんみたいなすごい人が、何で裏方におりはるんかよう分かりまへんわ」
私はまだ震えの止まらない住職から過分の謝礼を受け取ると、自転車に乗り帰路についた。
こうしたアルバイトは現世で暮らす私のような者には不可欠な事だ。
冥界での本業には給料など出ないのだから。
帰宅途中で空がかき曇り、天地がグルリと回転して時間が止まった。
「第1647裁判長殿、お迎えに上がりました」
火車から転輪王が顔を出し、私を招き入れた。
置き去りにする自転車が、市によって持ち去られていなければ良いがと苦笑しつつ、私は車上の人となる。
今日の審判対象は仏教文化圏の者のようだ。
私は地獄の1647番・控室で閻魔大王の聖体を選び、着用して審問所へと向かった。
(補足説明をすれば、各宗教・文化圏によって様々な聖体が用意されている)
人類は大繁殖して今や80億。冥界がいかに時間の外にある世界とはいえ、とても一人の裁判官で賄えるものではない。だからこそ私は自らを2000体に文魂し、あらゆる文化圏に属する人々の最後の審判を行っているのだ。
「亡者が参りました」
引き立てられてきた亡者は、なんと先程私自身が捕まえたあの元行者だった。
その霊体からはまがまがしい波動が消え、今や小さくなって震えている。
「被告は延暦七年、大和の国に生まれ・・・」
下級官吏が高らかに亡者の経歴を読み上げた。
「焦熱地獄・血河漂処、1万年!」
私は元行者の罪に相当する刑罰を言い渡した。
( おしまい )