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サヴァイブ・ダークリー  作者: 文楽 求馬
平和を知らない子供たち
9/49

平和を知らない子供たち 2

 ○


 公道に出る前、充分に基地内で練習を積んだためか、運転自体に全く問題は無かった。簡単だ。車はハンドルを切ったほうへ転回するし、アクセルを踏めば加速、ブレーキを踏めば減速する。人間に比べて車のなんと素直なものか。霊長類であるならば、絶対にできないわけがない。交通ルールとウインカーの出し方とバックの仕方はまだ分からないが、なに、直ちに致命傷になることはない。つまり確実に安全だ。みなデタラメに時速二十キロの低速で走る車を怪訝な目で見ていたが、誰も止めようとも、警察を呼ぼうともしなかった。どうやら完璧に誤魔化せているらしい。ちなみに、人間はピンチの時ほど『絶対』とか『確実』という強い言葉を使いたがる傾向があるらしいな。いや、余談だ。

 細い道に入るのが怖かったと言うわけでは断じてないが、島の外環を回る大きな道路を一周すると、大体の地形が頭に入ってきた。一周するのに車でおよそ一時間。ファナは狭いと言っていたが、これは島としては大分大きいのではないだろうか。少なくとも、俺が暮らしていた隔離領域よりは遥かに広い。大陸の人間とは規模の感覚が違うんじゃないか? そんな気がする。

 しかし、狭く感じると言う点では、俺もファナに同意出来た。

 この島は、その『島』という呼称から連想されるような、何か朴訥とした、風光明媚な土地ではないのだ。自然は中心部に人工的に作られた緑地帯ぐらいしかなく、周縁部には大規模な工場や、基地が建てられており、全く緑が無い。

 それはまるで、意図的に排除でもしたかのように。

 眩い太陽の光と、広大な蒼海にそぐわない、それは灰色で敷き詰められた機械都市だった。なにかチグハグで不安を煽る環境だ。そういえば、ファナは反攻拠点島オノゴロ……とかこの島を呼んでいたか。なるほど、物騒な名前が付く訳だ。

 大体島の状況を確認し終えた俺は、言われた通り学園を目指すことにする。学園は、 島でも一際目立つ位置にあるので、その場所自体はすぐに分かった。北端に位置する、最初に降り立った基地と、中心部に位置する市街、そのちょうど延長線上だろうか、島の南端部の小高い山。その頂上付近を均して作ったであろう平地に、大きな建物が立っている。まるで西洋の城のような外観のそれが、学園だ。これは看板をみたから間違いない。山の頂上付近にあるため、高度が高く、島全体を睥睨するかのように校舎はそびえている。なんだか、とても偉そうだった。

 まるで誰かのように、とは言ってない。

 学園の正門へと続く坂道は、今走っている二車線の道路と比べると遥かに細く、曲がるのに少々の勇気を要した。あくまで少々であって、無事道に入れた時に、安堵でほっと胸を撫で下ろしたりなんて決してしていない。一端乗り入れてしまえば、後はすこし蛇行しているものの、道なりに進むだけだった。俺の精神は集中から解放され、来るべき学園生活へと飛んで行く。思えば、学生なんてものをやるのは初めてだ。研究者であった姉から、義務教育レベルの算数と、なんとか本が読める程度の国語とを教わりはしたが、果たして周りのレベルに付いていけるのだろうか。そもそも、俺が入るのは何学校なのだろう。順番を守るとするなら小学校からだが、果たして十六歳でも入れるものなのか、小学校。年齢から行くと妥当なのは高校課程だが、流石に園卒がいきなり高校は手続き的にも、学力的にも無理だろうし……。

 うーむ。

 犯罪学なんてものがあったら、実地に裏打ちされた確かな知識が山ほどあるのだが。ちなみに今、無免許運転がその膨大な知識に、新しく加わっていたりする。

 しかしまぁ、あくまで実態は軍隊なのだろうから、恐らくこの俺の心配は杞憂に終わる。肉体にも自信はあまりないが、こっちのほうは心配しなくても、おいおい追い付くだろう。学力とは違って一般と隔絶している、という程の差はない。人を使うのも得意だし、使われるのも慣れている上、頭が筋肉でできているような奴らと死線を生きるのは、元々俺の日常だ。うまくやれるだろう。

 けれど改めて考えて見ると、俺はあまり、と言うか全然、こんな高給を持ってスカウトされるほど特異でも有能でもないのだな、ということに気付く。どうしてファナは俺を? そう言えば未成年を集めているとか言っていた。そのために体面上学園という形を取っていると。

 現時点では、分からない事だらけだ。

 果たしてこの門の先に何が待ち受けているのか……。鬼や蛇程度なら良いのだが。

 正門にようやく辿り着き、車を止めた、その時だった。

 ガコン、と突如、車体に大きな衝撃と音が走った。何かにぶつかったのかと思って、音がした左側面に慌てて目線を向けると、

 人だ。

 陶器製人形(ビスク・ドール)を原寸大にまでに大きくしたような、非現実的なまでに華奢で優美な容貌。無駄なものを全て削ぎ落としたような、研ぎ澄まされた長身痩躯。混じりけなしの純金の髪が、眼窩で光る赤い目を覆っている。一見して性別が分からない中性的な顔立ちだが、純白のブレザーに鮮やかな赤色のネクタイ、その着ているものからかろうじて男と分かった。さっきの音は、まさかこいつが……

と考えている最中。

 ガコッ!

 今度は俺の目の前で思い切りドアを蹴りやがった! 血相を変えて、車を降りる。

「なにやってんだ、お前!」

「……」

 男は何も答えない。ただ、珍しい物でも見るかのように俺の全身を眺めている。ナメやがって……学生風情が。


つづく。


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