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Paintit,white7

詐欺臭い好条件の提案に、心揺れる主人公であったが――?


「ま、全ては契約書類見てからだな」

 すっと膝を詰めてきた女を押し戻し、冷静に言った。


 ○


 こんな誘導にひっかかって、簡単にほいほい判を押す俺ではない。赤紙には『裏面契約事項ニツキ熟読スベシ』と書かれていたので、引っくり返して精査する。果たしてコイツの言ってることは少しでも本当なのか――。大体にしてこの御時勢、しかも何の学歴も職業経験もない俺に、そんな好待遇の職場が言い寄ってくるなどありえない。初めからこのイカレ女の言う事など話百四十四分の一くらいで聞いていた――

 ――ので、俺は酷く驚いた。

「い……一分の一スケール」

「なぁにそれ? ガンプラの話?」

 違う。そんなでかいガンプラがあってたまるか。驚いたと言うかもう恐ろしい事に、この女が言っていた条件は全て本当だった。法的に完全な契約書だ。穴は無い。絶対あるはずなのに、ない。俺はいざグリーンにナイスオンさせて、さぁこのパットで沈めてやるぜ! と意気込んでいたら旗の下に穴がなかったゴルファーのような心境になった。もしくは間違いの無い間違い探しを渡された幼児。

「この契約書に俺が判を押した時点で、契約は成立する」

「だから?」

「契約が成立したのに提示された条件を反故にすれば、遡ってその契約は無効になり、雇用主は損害賠償の義務を負う」

「法律の講義はごめんだわ。だから?」

「とりあえすここは、契約しといて損は無いということだ!」

 朱肉に親指を押し付け、じゅわっと赤いインクで染める。そしてそのまま、㊞と書かれた箇所にぐりぐりと、決して消えないように指紋をなすりつける。

「……ふっ」

 罠に掛かった獲物を嗤うように、女が声を漏らした。俺は間違っていないはずだが、心胆が震えるような恐怖が背筋を襲う。いや……そんな……ぬかりはないはずだが……。

「良かったの? それで。ちゃんと契約内容は読んだのでしょう?」悪魔が、赤い舌を見せつけながら言う。

「よ……読んだ。何か問題なのか?」

「いえね、契約条項の最後」

 慌てて、俺は赤紙をひっくり返し該当箇所を読む。そこには、こう書かれていた。

『本契約ニオケル業務ニオイテ、契約者ガ死傷スル可能性ガアル事ヲ、契約者ハ了承スル』

 と。

「つまり死ぬかもしれないってこと。仕事に、文字通り命を懸けていいの?」

「はぁ?」

 何を言ってるんだコイツは。

「金を貰う仕事には、命を懸ける。当たり前のことじゃないか」

 女は、俺から目を逸らして息を吐いた。なにやら呆れられているらしい。

「憐れね。雇う側としてはとても好都合だけれども、率直にそれでいいのかとも思ったりもするわ。人生、お金が全てじゃないでしょうに」

 全く、これだからお貴族様は。

「説教はたくさんだ。お前は俺の姉さんでもなんでもなく、さっきまではただの他人で、今からはただの仕事仲間なんだからな。ああ、改めてよろしく」

 右手を差し出して、握手を求めると、女は少し表情を緩ませて応じた。

「そういえば、自己紹介していなかったわね。私は『ファナ・アヴァイル』。正式に編入されたら、お前の上司になるわ」

「それはどうも、ボス。俺は『クシモリ・アマツ』という」

「ふん。女みたいな名前なのに、なんだ男か」

「俺の業務内容には、アンタのネタ振りに付き合うことも含まれているのか?」

 というか女みたいな名前か? これ。

 ファナは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ふん。義務ではないけど、私の機嫌を損ねると色々不都合が起きるかもしれないわよ? だからとりあえず追従ついしょうしておきなさい」

「それ、自分で言ってて空しくないか?」

「黙りなさい」

了解(ヤー)

 記憶を頼りに、敬礼してみる。そういえば最初“徴兵”と言われていたけど、契約書には“軍”という単語が一言もでてこなかった。これはどういうことなんだろうか。というかよぉく考えてみると、やはり十六歳の未成年が例え本人が同意していたとしても、軍に入れたりするのだろうか? 戦時中の日本、つまり大日本帝国でも確か、徴兵年齢は二十歳だったわけだし、かなり怪しい。

「なぁボス、俺の仕事って具体的にどんなものなんだ? 契約書には、抽象的な言葉しか書いてない……というかあからさまにぼかしてるんだが」

「そこに気付くとは、利口ね」

「誰でも気づくと思うぞ。この契約書の文面をそのまま鵜呑みにすると、俺は“学生”になることになる。こんなのおかしいだろ」

 そうなのだ。この契約書は、契約書の体裁を繕った『入学届け』になっていて、給料は名目上『奨学金』になっている。貰えるものが貰えて、後ろ暗い仕事じゃなければ体裁はどうでもいいが、どうしてこんな回りくどい真似を。

「そうね」つまらなそうにファナは。

「うちの部隊は、どうしても未成年を使わなくちゃいけないのだけど、未成年を軍属にするのってかなり難しいのよね、この国じゃ。だから、名目上『国連が設立した学園』、ということにしてるの」

「『どうしても未成年を使わなくちゃいけない』……? それって、どういうことなんだ?」

 マトモに考えれば、そんな手間をかけてまで未成年を徴用する理由なんてないはずだ。

「まぁ、それはおいおい、私じゃない誰かが説明してくれるわ……それより、外を見なさい」

「見えないが」

「あら」

 戦闘ヘリの火器管制室に、窓などないのだった。

「仕方ないわね。それなら精々、降りてからの絶景に期待しておきなさい劣等種。ここが……こここそが人類の未来を開く栄光の橋頭堡――」

 高らかに、少し紅潮した声で女は告げる。


「反抗拠点島『オノゴロ』なのよ」

「はぁ」

 

 人類? 反抗拠点?

 正直、ノリ切れなかった。

 

つづく。


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