Paintit,white4
スラムの路地裏で出会った少女。彼女はどうやら、貴族であるらしいが……?
○
女は何故かまた仁王立ちして待っていた。
そして何故かさっぱりとした笑顔で、口を開く。
「清々しいほど外道ね。手を振っていたけど、知り合いじゃなかったの?」
「眼が見えないくせによくそこまで状況がわかるもんだな。まぁ知り合いと言えば、そうだ」
「それを有無を言わせず射殺? 中々見所のあるクズね」
「誤解だ」
まぁ端から見たらそう見えるのかもしれないが……俺はなんとか弁解を試みる。
「あのな、あいつらは仕事仲間だが強姦魔でもある。生かしておいたら、お前のその減らず口は二度と聞けなかっただろうな」
「なら、お前は私を助けたと言うこと? 仲間を裏切ってまで?」
「それもある。けど前からあいつら、俺の姉さんにしつこく言い寄ってやがったからな。いつか殺そうと思ってたんだ。気にするな」
「ふーん」
なぜか残念そうに女は言う。まぁこいつほどの性悪だと、相手が真性のクズだったほうが好感を持つのかもしれない。
「それにしても、随分と殺しなれているようだけど、そういう仕事をしているの?」
「いや、普段は裏方に徹してる小悪党……」
じゃなかった、今日からは、
「改め、正義の味方だ」
「正義の味方ぁ?」
女は、蔑むような声色で言った。どこまでもむかつくやつである。というか、こんなところで暢気に会話している場合じゃないことに、俺は何度も気付いては忘れまたいま思い出した。
「いいから早く逃げるぞ」
「だったら早く私を抱いて走りなさいこの駄馬が。ああ、くれぐれも繊細なガラス細工を扱うような細心の注意と、一国の女王に謁見するときのような敬意を忘れないように」
「……俺がブッダだ」
「は?」
「俺がガウタマ・シッダールタだと言ったんだ!」
横抱きに女を抱き、俺は再び走り始める。目が見えないんじゃしょうがない、目が見えないんじゃしょうがないと自分に言い聞かせながら。
……この危険地帯も、もう少しで抜けるはずだ。こいつを統治領域に届けたら、絶対この女の両親から大金をせしめてやる。
「ねぇ」
「なんだ金蔓」
「残念ながら、私を安全地帯まで送り届けてもビタ一文でないわよ」
「え?」え?
「だってお前、貴族だって……」
「金は無くとも心は錦。かっこ精神的かっことじ、貴族というわけ」
「……わーい」
言葉とは裏腹に、がっくりと自然に首がうな垂れた。すると、抱え込んでいる女の顔と俺の顔が、不覚にも鼻先がついてしまう程に近づく。女の顔に、俺の髪がかかった。
「降ろさないの? 無駄骨よ、これ」
「……降ろせない」
「なぜ」
「正義の味方だから」
ぷっ、と耐え切れず漏らしてしまった感じで女は笑む。
「なぁにそれ。もしかしてさっきの発言は、寒いギャグじゃなかったの?」
「真剣だ」
「どうしてまた、そんなものになろうとしたの?」
「好奇心は猫を殺すんじゃなかったのか?」
「私は猫じゃないにゃあ♪」
「猫じゃねーか」
「いいから話なさい、命令よ。従わないと言うなら、お前だけ所得税が2000パーセントになるのだわ」
なんでお前にそんな権限が……と思ったが、どうせこいつの性格だと話すまでしつこく聞き続けるだろうし、ツッコむのを止めて俺は素直に従うことにした。どうやら、俺は急速に大人の階段を登りつつあるらしい。
つづく。