卒業後
シルヴィアさんたちと別れた後、迷宮には行かずにいつもの食事処に行って今後についての話し合いの場を持った。
冒険者ギルドの話はぼんやりと考えていた程度だったので当然何の話もしてなかったし、もらった金額についての話もしないといけないしな。
まだ食事というには早い時間のため、おやつ的な軽い物と飲み物だけを注文する。
「さて、何処から話そうか」
「急な話ではありましたが、そういう考えなのであれば、それを見たいと言う点でパーティ内の意思は統一されていると思いますよ」
ミランがニコニコと笑いながら答える。
「しかし、良かったのか?俺はあの指輪を理解していないが、貴族になれるのであればそういう選択肢も……」
特にシオンやミランは一度は手にしていたしな。
ちらりと視線をシオンに転ずる。
「あの誓いはそれほど安い覚悟でしたものではない。言っただろう?お前の行く手を遮るものは全て切る。……もちろん、惜しくなかったといえば嘘にはなる。名前だけとはいえ騎士爵を維持するなら、ああいったものはあって困らんし。だが、無ければ困るというものでもないさ」
「そう……なのか?」
「ま、騎士爵をシオンが継ぎたいというのであればともかく、家として存続させたいだけなら希少クラスの武具なりを1、2個用意できればそれでいいでしょうしね」
ノーラがシオンの肩に手を乗せながら話に入って来る。
「冒険者はしてないが一応兄がいるし、元々そこまで継ぎたいわけでもない。家として存続させたいのも両親や祖父・祖母への恩返しであって、私自身に貴族の世界への興味はない」
シオンはバッサリと答える。
「ルカは?」
早速おやつを食べているルカに聞く。
「……食べれれば、いい」
珍しく一言じゃなかったな。
「ルカは兄も姉も多いからな。冒険者になったのも一流になれば食いっぱぐれる心配がないからだし」
シオンが相変わらず手のかかる妹を見るような表情でルカを見ながら言う。
「ん」
1人モグモグと食べながら頷くルカ。口の横についてるかけらをシオンが取ったりとホントこの2人は迷宮から出ると仲の良い姉妹モードになるんだよな。
ノーラに視線を転じる。
「……正直な話をしておくと、私達は冒険者を続けるのに時間制限がある」
慌ててリーゼを見る。
「私なんて卒業したら即結婚が決まってたのよ?」
自嘲気味に微笑みながら爆弾を落とすリーゼ。
回復役がいなくなるのはさすがに困る、と思って半分腰を浮かせたが過去形なことに気がつく。
「多分、レスティア老が手を回してくれたんだと思うけど、立ち消えてるわ」
安堵したような表情ではかなげに笑うリーゼ。
「だが、おそらく猶予は卒業後2,3年だ。……コレがあって更に1年稼げるかどうかだろう」
指輪を右手で軽く宙に弾いて手で取りながらノーラが告げる。
「あまり時間がないのか」
参ったな、そこまでは考えていなかった。
「結局、私たちは家の方針で嫁がされてしまうわ」
寂しそうな表情のままリーゼが告げる。
ノーラは逆に吹っ切れたような表情で口を開く。
「正直なことを言っても良い?とりあえず私が貴方の第一妻、リーゼが第二妻、必要ならシオンやルカも娶ってしまって貴方が子爵あたりの爵位をもらうって手もあったわよ?」
「は?」
なんだ、その予想外の方向性は。
「格を調えるには准伯爵辺りが必要なのではないですか、姉様」
笑いながらミランがノーラにツッコミを入れてるけど理解が追いついていない。というか、突っ込む所はそこじゃないだろ、ミラン。
「そのあたりは祖父君が何とかしてくれるでしょ。あ、なるべく早い段階で祖父君と話しておいたほうがいいわよ。ヘタするともう男爵くらいは用意してると思うから」
「……いろいろ言いたいことはあるけど、その、まずそんなに簡単に爵位なんて用意できるものなのか?」
簡単に言ってるけど、爵位なんてそう簡単にもらえるものじゃないだろ?
「あの鎧1つで男爵は固いわよ?」
ノーラからさらりと告げられた驚愕の事実。傷知らずの皮鎧か。さすがは逸品というべきか?
「それにファーランティアの部下を1人飛ばしてるでしょ?祖父君に渡した資料は私も見てないけど、あれから祖父も父も忙しそうにしていたし、何人か爵位は飛んでるでしょ。……言い方は悪いけどもう貴方の席は空いてるのよ?」
「姉上。……そこまでにしておきましょう」
ミランが言葉を挟む。
「そうね。まずは祖父君と話した方がいいわ。祖父なら、表面には出さずに支援する形をとるくらい簡単に出来るでしょうし。何よりしっかり説得しないと、ほんとにそうなっちゃうわよ?」
ノーラはずいぶんとイタズラっぽい表情で告げる。
なんというか……。どう答えればいいのかわからないな。
「……ああ、先ずはレスティア老からだな」
押し切られるかのように、それだけを答える。
しかし、その話以降はノーラの発言が蒸し返されることもなく、冒険者ギルドを作るという方針は何の反対意見すら無くパーティ内の共通目標として決まった。
タイムリミットが有る為、早く有名になる必要があるということもあり、今までの実力的にはやや格下の迷宮に行くという安全策から、ちょうど互角程度の迷宮にもチャレンジするという方針に決まった。
貰った金額についても揉めること無く六等分し、武具の強化に務める方針となった。
……正直順調に決まりすぎたため、後日皆になぜ反対しなかったのか聞いたことがある。
「今までも何度も驚くべき事がありましたが、それらに僕らは救われてきました。最初探索に突いての話を聞いたときもずいぶん突拍子もない話にも聞こえたものです。今更、冒険者ギルド程度では驚きはなかったというか、それも最終的には僕らの利になるのだろうな、と何の疑いもなく信じる事が出来ましたからね」
とはミラン。
「貴族なんていいものじゃないわよ?特に格が上がれば上がるほどね。騙し騙されの世界だから。まだ冒険者ギルドに可能性を見たかったわね」
とはノーラ。
横でリーゼが大きく頷いていたのが印象的だった。
シオンは、ただ一言だけだった。
「愚問だな」
ルカは、なぜ反対する必要があるのかとばかりの表情で首をひねって終わりだった。
全く、信用されたものだなと思ったね。
それからはあっという間に時間が過ぎていった。
2期生での競技祭は実力的に相手になるパーティがいない事もあり不参加、3期生は2次職になっていたこともあり、免除扱い。
主席パーティとして卒業を迎えることが出来た。
当然、卒業までの間にレスティア老とも何度か話し合いをした。最初は難色を示していたが、レスティア老に取ってもメリットは有るようで、一定の協力はしてもらえることにはなりそうだ。
時はあっという間に流れ、学園を卒業して1年後、学園からの強い要望として内密に『まつろわぬもの』戦で見つかった迷宮の攻略に挑むことになった。
「なんだか随分昔の気がするな」
迷宮の入り口を眺めながら感慨深く呟く。
卒業当時から更に冒険者としての格を上げ、現在では3次職が狙えるほどに成長した。
「じゃ、行くか」
逞しさを増した皆を見渡してゆっくりと迷宮に入っていく。
そして彼らはこの迷宮の挑戦から帰ってくることは無かった。
それが公式記録として残されているものの全てだ。
「全く、死んだ事にされてしまうとは……」
「さすがは祖父君、だな」




