イレギュラーは続く
セラフィ准男爵を助けた翌日、予定通りルカの盾防御を見ていた。
円盾は扱いやすい部類に入る盾ではあるが、ルカと同じぐらいの高さの魔物やそれ以上の高さの魔物であればともかくも、犬や猫のような足元から攻撃をしてくる魔物もいる。
うちのパーティではタンク役であるルカに強敵担当を依存している部分があるため、特に要となる盾防御の性能が劣化しているようであればパーティ全滅につながりかねない。
心配してし過ぎるということはないだろう。
幾つかそういった足元から攻撃をする敵を訓練所で召喚してルカに受けさせたが、ルカの言うとおりあまり問題は感じ無い。
結局のところ、
「私も理解できてはいないのだが、ルカは手で攻撃を受けているわけではない様なんだよ。あくまで操衣術で鎧全体を操っているらしい。盾で受けるのもその一環だから、よほど小型……例えばノーラの使っているような盾にならない限りは問題はないらしい」
というシオンの説明に納得する形で盾防御の特訓は終了となった。
正直、ルカがどうやって鎧を動かしているのか謎が増えた感じもするんだが……操衣術だけに限ったことではないが、割りとこの世界のスキルは微妙におかしい気がする。
追加攻撃とか文字通り物理的に追加攻撃が発生するからな。
筋肉の動きどころか物理現象すら捻じ曲げてるというか。
いろいろ悩みもしたが、この世界ではそういう物理法則なんだろうと思い込むしか無いという結論に達した。
まあ、ぶっちゃげ魔法とか質量保存の法則とかその他いろいろに正面から喧嘩売ってるもんな。こちらの世界はこちらの世界の理で動いていると思うしか無い。
校内にある学食で昼食をとって、今日も巨人たちの庭へ向かう為に転移の間へ向かった。
転移の間に着いた所、ちょうど慌てふためいて男の事務員さんが駆け寄ってくる。
手に持っている書類のようなものに目を落とした後、俺を見るなり俺に手を振りながら呼びかけてくる。
「2期生のアキラさんですね!?……良かった、まだ学園に居てくれて」
俺のすぐ横まで来て、汗を拭いながら荒い息を整える。
まだ若い感じなのに、ずいぶん運動不足だな。冒険者と比べるのも酷かもしれないけど。
「そうですが……なにか?」
息が整うまで待って問いかける。
「……あなたにお客さまがお越しです」
「客、ですか?」
正直まるで心当りがないんだが。
「人違いでは?」
「昨日、巨人たちの庭に入られてますね?でしたら間違いはありません」
ああ、助けた人か。
再度礼にでも来たのだろう。
「それでしたら礼は不要と伝えていただければ」
「申し訳ないのですが、お客様は貴方が来るまで待つ、とおっしゃられておりまして。……正直な所、我々としても困惑しておりまして……。とにかく、おいでください」
手を取られて引っ張られる。
手を払おうと思えば簡単に振り払えるだろうが……
「ちょっと待ってください。うちのパーティメンバーは?」
しまったという表情をする事務員。
「皆様も申し訳ありませんが、一緒に来ていただけませんか?」
微妙な顔をする皆。
「早く会ってしまったほうが面倒がなさそうか」
ノーラが肩を竦めながら言い、結局全員で向かう事に。
連れて行かれたのは以前も来たことの有る学長室の隣にある部屋だった。
事務員さんがノックして、先に入り
「アキラを連れてまいりました」
と中の人に一礼して、俺達を招く。
入るなりまず目についたのは黒だった。
どす黒い様な黒ではない。むしろ黒いにもかかわらず輝いているかのように見える鎧。
一目で明らかに儀礼用と見て取れるその鎧に身を包むのは黒髪、黒目のまだ若い女性。
ソファーがあるにも関わらず座らずに立っている。
その一歩後ろで控えているのは昨日救った准男爵さんか。
この人はさすがに、ノーラから説明をもらわなくても誰か分かるな。
「……黒騎士」
迷宮に入れるのは基本的には冒険者学校を卒業した学生だけ、だが何にでも例外はある。
冒険者はどうしても実入りの悪い迷宮には来ない。かと言って迷宮を放置するわけにもいかない。
放置すればいずれ魔物を溢れさせる。
そういった迷宮を処理する専門の軍隊。しかも、その中でも特に腕前の高い人物だけが所属できるのが黒騎士。
昨日もこういった格好していてくれれば一目で分かったんだがな。
この格好は儀礼的なものだろうし、現場ではそりゃしないよな。
「で、では私はこれで」
事務員さんがあたふたと出て行く。
「……戻ってくるまで何時間でも待つ、と言っておいたのだが。何かの途中で呼び出すような事になっていたらすまない」
手で長い黒髪を払いながら話しかけてくる女性。
「まずは名乗らせてもらう。シルヴィア・アーラスティアだ。この度は部下の窮地を救っていただき、感謝している」
深々と頭を下げ礼をされる。
まいったな。
この人俺でも知ってる有名人なんだよな。黒騎士の隊長。
剣のアーラスティアをほぼ家出に近い状態で一度出たにもかかわらず、実力で上がってきてもう一度アーラスティアの名乗りを許された人。
「すいませんが、まずは頭を上げて頂けませんか。迷宮の中であれば、冒険者が冒険者を救うのは当然のことでしょう」
実際は見捨てられることのほうが多い事は知っているが、一応学園内ではそういう理念になっているし、学生としてはこの答えが妥当なところだろう。
「良い理念ではある……ただ、残念ながら現実ではそうではない。それは知っているだろう?……結局自分が生き残ることが優先される」
さて、どう答えたものか。
そう考えた瞬間、すっと後ろからノーラが前に出てくる。
「ご無沙汰いたしております。ノーラシュナットです。相変わらずの凛々しいお姿を拝見出来て光栄です。……立ち話もなんですし、どうぞお座り頂けませんか」
おそらくは貴族式の拝礼方法なのだろう。右手を左胸当たりに当てて深々と頭を下げる。
淀みない動作で礼を済まし、着席を勧める。この辺りはさすがは名門貴族出身、という感じはするな。
「久しいな!やはり冒険者を目指したのか。それが貴女のためにもよかろう」
手をとって喜んでいる。仲がいい……のか?
「覚えて頂いておりますでしょうか?リーゼリッテです。ご無沙汰させていただいております」
リーゼはノーラとは礼の仕方が違うな。スカートを少しだけ持ち上げて軽く頭を下げる。
「もちろんだ。久しいな」
ノーラは手をとった時にノーラの方から手を差し出していたが、リーゼはシルヴィアさんが手を出すのを待っていた。
なるほど、家の格の違いなのか継承権の問題なのか、よくわからないが明確なルールが有るんだな。
参ったな。知らないぞ?そんな宮廷ルールみたいなのは。
「礼を言いに来たら旧友とも会えようとは、今日はなんと良き日なことか!しかし、だ。今日は旧交を温めに来たわけではない」
俺の所まで歩いてきて俺の目の前で片膝を突いてしゃがむ。
「言葉では到底表しきれぬが、貴殿に感謝を。……アキラ殿」
参ったな。頭をかく。
「……顔を上げてください。先ほども申しましたとおり、冒険者が冒険者を救うは当然。そのように畏まられると、こちらのほうが心苦しいです」
苦笑いしつつそういったあと、気が付かれない様に少しだけ深く呼吸をする。
「ご挨拶が遅れました。このパーティでリーダーをしております探索者のアキラです。孤児院育ちゆえ儀礼を知らぬ所がございます。ご容赦いただきたく」
取り敢えず一種礼と呼ばれる執事さんがよくやる右手を左肩の当たりに置く礼をする。
だいたいどこでも通用するらしい、学校で教えられる唯一の礼儀作法だ。
「儀礼など、必要な場所で必要最低限振る舞えればよいのだ。このような場所では使う必要もなければ、私にとっては部下の恩人。気にされることはない」
鷹揚な態度でそう告げてくれる。
そう言ってくれると気が楽なんだけど、だからといっていつもの口調に戻すわけにもいかないだろう。
「光栄です。さ、どうぞ席へ」
俺から促していいのかはよくわからないが、元の世界だったら客を座らせてからこっちが座るのが礼儀だからな。
こっちの世界でもその作法が通じることを祈りつつ、着席を促す。
事務員さんが用意したのであろう、3人がけのソファーが3つあり、机を挟んで向こう側に一つ、入り口側に2つと並べられていたため、必然的に部屋の奥側の席に2人、入り口側の席に全員で座る。
こちらは左からルカ・シオン・俺・ノーラ・リーゼ・ミランという順だ。
俺のちょうど前あたりにシルヴィアさんが来る形になる。
もちろん礼をしに来たというのは嘘ではないだろうが、それだけで終わるということは無いだろう。……面倒な交渉になりそうだな。
いろいろ調べて書いたのに敬語が怪しい感です。
間違っている部分などありましたらご指摘をいただけると幸いです。




