鋼の巨人
距離を詰めるためにスピ―ドを上げたすぐ後だった。
シュターキ・ゴーレムが正面に立ちはだかる人物を無視し、なんと飛び越えた。
……正直、ゴーレムが飛ぶなんて前代未聞かも知れない。
驚きはあったが、更に体のギアを切り替えて速度を出す。
この迷宮は天井も結構高いため、ゴーレムは頭をぶつけるような無様なことはなく、まだ逃げ切れていない怪我をした戦士とそれに肩を貸している後衛の所にあっけなくたどり着く。
飛び越されてしまった立ちふさがっていた人物が慌てて細長い両手剣で背中から切りかかるも、その硬い皮膚にあえなく弾かれて体勢を崩す。
ゴーレムはまるでそれが狙いだったかのように振り返り、素早く拳を振り下ろす。
刹那。
本来ならば直撃するはずだったゴーレムの拳が地面を穿つ。
「痛っつつつ……」
左手を振りながらつい言葉に出してしまう。
戦士殺しの鉤爪越しなのにこっちにダメージってのは割にあわない。
こちらにゴーレムが近づいてくれたからギリギリで間に合ったな。
ゴーレムの腕の部分を外側から戦士殺しの鉤爪でぶん殴った。なんとか逸らすことには成功したらしい。
かなりシビアなタイミングだったが。
『鎧通し』のスキルじゃ効果はないってことなんだろうな。
通常武器無効なんてそうそう出会う相手じゃないから検証はできてなかった。そういう意味では収穫と言えなくもない。
ただ、その収穫の支払いはなかなか高く付いた。
痺れてしまって左手には力が入らない。
殴りつけた左腕は硬い岩でも殴ったかのような感触だった。
武器越しだったからよかったようなものの、これ素手で殴ってたら確実に骨が折れてただろうな。
リーゼをちらりと見る。まだ回復魔法の詠唱中だ。
「リーゼ!一度回復後『破邪の剣』だ!」
「無意味だ!効果は無い!」
視線を転じる。
既に体勢を立て直した人物、思っていたより細身の男性を鋭く見る。
返ってくるのは真剣な眼差し。驚いたことに嘘じゃないらしい。
このゴーレム神聖魔法弱点なのに神聖魔法の破邪の剣(通常武器無効相手に通常武器が効くようになる)が効果なしだと?
「魔法も駄目だ。なんとか逃げるしか無い!」
「ミラン!雷、火、風と単発でいいから全部通してみてくれ!」
「『サンダー・スパーク!』」
ミランの得意な大技がまず入る。巨大なゴーレムが今はミランには背後を見せているということもあって、複数の雷が背中に突き刺さる!
……バシッバシッという大きな音とともに雷は表面で弾かれる。
まるで全部弾かれたかのように一瞬見えたが、全部は弾かれていない。
少なくとも8割は弾かれたようだが、一応効果は出てはいるようだ。
ゴーレムはまるで魔法になんの効果も無かったのように機敏に動き、俺に攻撃を仕掛けて来る。
かなり素早い動きではあるが、避けられないほどではないな。
「ルカ!そっちを!」
ほうほうの体で救出され始めた前衛組の方を指す。
ルカは俺の意図を読んでくれたのだろう。
その戦士たちを後ろにかばうような形で立ちふさがる。
「シオン、ルカの後ろでチャージ!」
シオンの一刀に掛けるのはリスクも高いが、ルカと組ませてであればルカがどうとでも防御してくれるだろう。
付き合いが長いだけあって戦闘時の息の合い方はダントツだ。
リーゼが破邪の剣の詠唱を終え、戦士殺しの鉤爪にぼんやりと白いオーラのようなものが乗る。破邪の剣は単体魔法だが、そのかわりやや効果が高めだ。
左手はまだ痺れが残っている。これで殴るのは少しキツイか?
とはいえ、何事も検証が必要だ。
懐に上手く潜り込んで軽く殴る。
全力からは程遠い力で攻撃したにも関わらず、更に痺れが増す。
それでもやはり少しは通った気がするな。
魔法全般の効果が無いわけじゃないだろう。ただ効果がかなり薄い。
変異型とはいえ、魔法を無効にするようなスキルは持っていなかった筈だが、疑わしいのはスキル『頑丈』か。
この手のスキルは魔物しか所有しておらず、情報も少ないため検証は難しいが、全ての攻撃を何割減とか、その手の文字通りダメージを遮断する系統のスキルだろう。
ちらりと最初からいた戦士を見るが、結果は予想通りという感じの表情だ。
たしかに、これは効果が無い、と説明するだろうな。
ゴーレム系は退治するギリギリまでは特に何事もないかのように行動するし、どの程度ダメージを与えているかわからないが、ほとんど与えてないと思ったほうがよいだろう。
それにこのゴーレム、普通の魔物よりかなり賢いようで、こっちをぬかりなく値踏みしている風がある。
俺に命中させれないことを早々と悟ったのか、俺へ攻撃はとたんに止み、俺を躱して俺の後ろに行こうとしている。
上手くゴーレムの行き先に先回りしようとすると、そのタイミングで攻撃してくる。なかなかいやらしい敵だな。
とにかくこの戦士が邪魔なんだよな。
「こいつは俺が引き受けるから下がってフォローしてくれ」
「断る!こちらの不手際だ。私が引きつける。部下を頼む!」
部下ってことは軍人か?
まあ、こいつが何者かは現時点では割とどうでも良い。
そこにいられると疾風の短刀が使いにくいだろうが。
「無事な人数の多いこっちが引き受けたほうが確実だ!」
問答している暇ですら惜しいが、引き下がる様子はない。
「『ファイア・ニードル』」
ミランの火魔法がゴーレムの顔近くに放たれるが、やはり同様だ。
「効果は2割程度に減衰していると思ってくれ!」
ミランに向けて声を掛ける。無駄な事をやっているわけではないというサイン。
無駄なことかもしれないがやってみるか。
俺も詠唱を開始する。
その間も猛攻を受けるが、素早いと言っても図体がでかいし攻撃は手だけだし、よけれなくもない。
まあ、足にも注意は払ってるんだけどね。さっきのジャンプと良いさりげに蹴り技を持っている気がするし。
「『鎧劣化』」
黒い靄のようなものがシュターキ・ゴーレムを覆う。
こっちは弾かれないのか?たまたま通ったのか?
どちらにせよ1度だけではあまり意味が無い。
再度詠唱を開始し、3度ほど多重に掛ける。特に弾かれることもなく全て通る。
この手の劣化魔法は1度だけではあまり効果は出さない上に、シオンの一刀の前にはあんまり意味が無いからここまで使ってきていなかったんだが、使い所かもしれない。
ちらりと後ろを向く。
戦士達はようやく立てる程度には回復したのか、ノーラやパーティメンバーに肩を借りながらではあるものの、かなりの距離を稼いだ。
そのタイミングを逃さず、シュターキ・ゴーレムは再度ジャンプしてルカの手前まで行く。
魔物にしては賢いやつだが、引っかかってくれたか。
「しまった!」
わざと慌てた風で背後から効果のないことが分かっている右手の短剣を投げ付ける。
当然のことだが、硬い背中に弾かれる。
振り返ってこちらを攻撃しようとするシュターキ・ゴーレム。
それはさっき見せてもらったぜ!
攻撃に合わせて懐に飛び込みつつ一言だけ指示を出す。
「シオン!」
「一刀両断!」
振り返ったってことはシオンにとっては最大のチャンス。
背中に大技で攻撃が決まる。切り返しの刀に付与されている退魔の効果はやや減衰はあったようだが、弾かれることなく発揮された。
俺もまだ軽く痺れの残る左手ではあるが、連続攻撃技『刺突』を繰り出す。
弾かれた感がだいぶ違うな。
5割は確実に通ったはず。
「GYAAEE!」
かなり効果は出たんだろう。
大きく声を上げるゴーレム。するとあっという間に赤く変色していく。
そして、先ほどよりも更に早い速度でシオンに攻撃していく。
大技の後ということもあってシオンは無防備だが、ルカがそこに割り込む。
「シールド」
ボソリとスキルを使う。一撃目は弾く。
連続攻撃が更に襲うが、そちらも弾く。
そして、今まで一度も見なかった蹴り技が入る。
一瞬だけヒヤリとしたが、
「キャッスル」
城壁のように身を硬くするスキルをルカがボソリとつぶやいてこちらも受ける。
ずずずっと後ろには下がったものの、受けきった。
流石はルカ。
ゴーレムはバーサーク状態だろう。さらなる連続攻撃をルカは凌いではいるがこの状態が長く続くのは望ましくない。
背中にはシオンが傷つけた深い傷。
ここを狙えばいけそうか。
戦士の位置を把握し、ちょうど戦士の目線に重なるように移動する。
懐からこっそりと疾風の短刀を取り出す。この位置取りだと戦士には見えてはいないだろう。
ゴーレムは暴れまわっているものの、傷は深いし狙いがずれることもない。
「刺突!」
傷跡に短刀を刺す。
ほとんど抵抗なく刺さる。
「GAYEE!」
更に暴れまわるが、ルカが弾いてくれている。
ミランの単発雷魔法が背中側に落ちる。
もう一度背中の傷に攻撃を加えると、こちらを振り返って連続攻撃をしてくる。
さすがの速さだ。
蹴りまで交えた多彩な攻撃に回避に専念するしか無い。
この状態では少し前まで見せていた賢さなど全く感じさせない。
ただ、この状態になると多少の前衛では凌ぐことも難しいだろうし、賢さなど不要といえなくはないのかもしれない。俺で避けるのが精一杯っていうんだしな。
紙一重で蹴りをよける。避けるのは結構ギリギリだが、狂ったような攻撃はそう長くはなかった。
シオンの一刀が再度入る。
ミランの攻撃魔法が決まる。
回復を終えたリーゼが神聖魔法で攻撃を入れる。
そして、急にゴーレムは倒れると共に掻き消える。
がらん、大きな音を立てて落ちる盾と素材。
戦士に見られないように素早く疾風の短刀を懐の隠しに忍ばせる。
何とかなったな。
多分、最初の状態のほうがいやらしい敵だったとは思う。
大暴れモードに入ってからはルカを押す程の攻撃力ではあったが、やや単調な風は有った。
単純に火力だけで言うなら明らかに増加はしていたけども。
ルカが近づいてきて俺に告げる。
「もう無理」
見ると盾がかなり変形してしまっている。
「……一旦引き上げだな。そっちも送ろう」
倒せるとは思っていなかったのか、やや呆然としている風の戦士に声を掛けた。




