ボス退治
一旦屋敷に戻り、早速執事さんに報告する。
執事さんは報告を聞いた瞬間に右眉を大きく上げる。演技ではなく、真剣に驚いた風だ。
さっとこちらを見渡し、特にけが人がいない事を確認したのだろう。
「まずは無事のご帰還。おめでとうございます」
「最初の討伐報告時には報告はなかった……んですか?」
「もちろんで御座います。ボスの退治まで含めて調査を依頼しているのですから、分かっていることであれば事前に伝えておりますよ」
大げさに頷いた後で少しだけ心外な表情をして訴える執事さん。
さすがに知ってて嵌めたということは無いようだ。
と、なればかなりレアな引きを引き当てたとも言える。
「しかし、想定外ではあります。……問題なく退治できるのであれば、この際攻略済迷宮としてしまうのがいいかもしれませんな」
執事さんがつぶやく。
ボスを一定数退治することで迷宮を枯らす。枯れた迷宮はもうボスを産むこともなくなる。
魔物の出現率も極端に下がり、ひっそりと時間を置いて迷宮がなくなっていく。そういった迷宮を攻略済迷宮と通称する。
迷宮の大きさにも寄るが、1ヶ月から半年程度で迷宮としての形をほとんど維持しなくなると聞く。
少し疑問になったことを確認する。
「あの迷宮はさほど難易度が高いとも思いませんでしたが、攻略済としてしまって良いのですか?」
ボスはともかく、迷宮内をうろつく雑魚にはさほど苦労しない印象なのだが。
「先日も申し上げましたとおり、あの迷宮には発展性がございません」
「それは聞きましたが……」
「あの迷宮は良くも悪くも割に合わないのですよ」
執事さんによれば、俺達のように魔法の武器を持っているパーティであれば、もっと他に収入の高い迷宮がいくらでもあり、わざわざあの迷宮に入る必要性が低いらしい。
逆に魔法の武器のないパーティではヴィルトボアに苦戦しがちだという。
「ヴィルトボア自体は魔法に弱い魔物ではありますが、魔法で倒してしまいますと最も収益の良い皮をドロップしませんので。かといって通常攻撃で倒すには少しばかり時間を取られてしまいます」
そういえばそう言っていたな。皮は鎧や小手などの防具によく使われる。
魔法抵抗こそ無いものの、切ったり突いたりするいわゆる斬撃系の攻撃に一定の耐性を持つ。
特に支援者のいない駆け出しから一歩踏み出した程度の冒険者にとっては、まずはこれで作られた防具を揃えるのが第一目標と言ってもいい。
素材を取ろうと思えば苦戦し、素材を諦めるとそれ以外の収益はあまり良くないと。
うちのパーティは現状でドロップを選ぶほど余裕が無いわけではないし、あまり気にしてはいなかったが、苦労する割に利益が悪いならたしかに来ないだろうなぁ。
「要は格上が来るには美味しくなく、格下が来るには分が悪い、ということでして。故にこの迷宮の処理には頭を悩ませていたところではあります」
確かに、それなら納得は出来る理由では有る。
「更にはボス2体となりますと」
頭を振る。確かに頭の痛い問題だろう。
「こちらである程度処理しても?」
残りの日はあまりないが、予め対策しておけばさほど苦労はしないだろうし、ボスだけあってドロップは結構多いからな。
「やっていただけるのですか、と申し上げたいところですが、まだまだいけませんな。こちらからさらに譲歩を引き出すべきでした」
う、確かに。見え見えの手に引っかかったかもしれない。演技に見えないからこの人上手いんだよなぁ。
「もはや迷宮内での事につき私から教えれることはありませんが、こういったことであればまだまだ指摘の余地はありそうですな?」
やり込められた感はあるが、冒険者にとってはクライアントとの交渉も仕事のうちだしなぁ。
「迷宮にもよりますが、ボスは大抵は4,5時間後には復活していることが多いですな。……無論、別途の危険手当はお出しいたしますよ」
なら、3時間程度休憩してから再度アタックだな。
いつもの打ち合わせ場所でボスが2体いたとき、そうでない時を軽く打ち合わせる。
まあ、2体いたとしても先程と同様に俺が引きつけておくだけだが、ボスの直線上に入らないように、万一入ってもすぐに動いてもらう為にもある程度打ち合わせは必要だ。
小休止後に再度ボス部屋に行くが、次はケーニギンビエネだけで、シュタルトボアはいなかった。
ボス部屋の中に岩がないからすぐに分かるな。
特に苦労もなくケーニギンビエネだけを退治し、小休止を挟んで再度ボス部屋に行ったが、シュタルトボアが出てくることはなかった。
うーん。でも確か確率が単純に5割だとしても、2回連続ハズレなら、25%で有り得るし、100回単位で試算するなら10連敗は9%近く発生するんだっけ?
つまり、2・3回連続で引かない程度だとまだなんとも言えない。
翌日の朝になって再度行った所、ようやく2体でお出ましになる。
4時間後のボス回復時点ではなく、一晩休んだため時間的に7,8時間程度経過していたので、時間経過が関係する可能性もそれなりには有るか?
……まあボスが2体同時に出るなんてレアだとは思うし、仮にそのレアな状況を他の迷宮で拾ったとしても、その迷宮でこちらの迷宮と同じような湧き方をボスがするとは限らないが、それでも情報は無いよりは有った方がいい。
結局は時間的な余裕が取れなかったため、確実なパターンと言うものは取れなかった。
取れなかったとはいえ、ボスを10回単位で退治できたので、わりと素材的にはホクホクで、不要な素材を買い取ってもらった金額は結構な財産になった。
これでルカやシオンも武具が新調できるんじゃないか?という程度には。
7日目が経過し、8日目の朝、執事さんから学園の掃除完了の報告を受け、ようやくのことで学園に帰れることになった。
ご指摘がありましたので、解説を。
あくまで、「100回の試行回数のうち10連続で失敗が発生する可能性」を計算しております。
正確に統計学の確率計算を行えば数値はおそらく異なってくるのでしょうが、5割で10連敗が発生する確率は(1-0.5)^10、それに試行回数である100を掛けて0.097。
約9%という数値になります。
(厳密に言うと上記計算には間違いがあるのではないか、と取ることもできます。10回試行しない限り10連敗は発生しえませんので、掛けるならば10連続が発生しうる最大数である90を掛けるべきで、それだと0.087となります。)
なお、上記はあくまで数学の素人による計算方法であり、統計学ではいろいろと計算方法があるようで、参考にするサイトに寄っては数値が異なっていたりします。
なんで同じ数値から計算を起こすのに同じ答えにならないんですかね?
数学はなかなか興味深い学問です。
(その中でも特に確率論は興味深く、モンティ・ホール問題などでググると「わかった、分からん」という気分になることうけあいです)
概略として9%と記載させていただきました。これはあくまでも「アキラ」が認識している数値であり、実際に正しいとは限らない、とご理解いただけると幸いです。




