森の迷宮
なんだかずいぶんと楽をしている気がする。
もちろん入れるようになった迷宮の話だ。
実際に入る前に執事さんから説明を受けたところによると、この迷宮を管理し始めたのは最近、レスティア公爵で管理している山の中に発生した迷宮で、地理的に奥まったところにあるために今後発展する可能性が低いとのこと。
調査隊が一度入っているものの、ボスを発見、一度討伐した所で調査を終了しているため、迷宮の地図は完成しておらず、どのような魔物が出るかもおおまかな範疇でしか判明していない。
ただ、出現する魔物の程度から難易度の高い迷宮ではなく、迷宮の種類が単層型であるというのも確実だとのこと。
「迷宮の地図を完成させ、どのような魔物が出没するかの調査をお願いします。魔物が落とした素材は不要なようであればこちらで市場価格よりやや割り増しして買い取らせていただきます」
「なんだかずいぶんとこちらに有利なように聞こえるけど?」
「正直なことを申し上げるなら、調査用に別の冒険者を用意する費用を考えれば、ずいぶんと格安ですみますからな」
にこりと微笑まれる。そして、片目だけを開いて更に続けて言う。
「とはいえ、これはそちらにもメリットが有ることです。こういった依頼は冒険者にはわりと多いですよ。迷宮地図の調査を複数のパーティに依頼するのはよくあることですし。それに提出された地図について当方は遠慮無く文句をつけさせてもらいます」
十分に含みを持たせているな。
なるほど、こちらとしてはそう言った経験が積めるというのがメリットということか。
何より客の立場として遠慮無く問題点を指摘してくれるというのは、採点してくれるといっているのと同意。
「更に申し上げるなら、迷宮探索で必要な知識やスキルが有るようでしたら、私の知識でよろしければなんなりとお伺い下さい」
「……今回の迷宮に限らず、ということですか」
「迷宮探索で必要な、と申し上げました」
この執事さん、なかなか油断できないな。
こっちの世界では特に迷宮に関して秘密主義が蔓延している感すらあるので、これは非常に有り難い申し出とも言える。
ノーラによると以前は冒険者として結構な腕前だったらしいし、そういう人から情報を得れるのはこちらに取っては万金に値する価値が有るだろう。
もちろん、取り入れれる事、取り入れれない事の取捨択一は必要だろうが。
「そうそう、当然のことですが、必要であれば迷宮のボスも退治頂いて結構ですよ」
「……ドロップは?」
「予めご説明しましたとおり、不要ならばこちらで引き取らせていただきます」
予想以上の好条件だな。ボスも魔物調査の一環で退治できる上そのドロップはこちら持ちとは。
執事さんは急に声を低めて、耳元でささやくように言う。
「正直に申し上げまして、貴方様にはどれだけ感謝しても感謝しきれぬのです。こちらもこの程度で恩が返せるとは思っておりません。何より、ノーラ様を連れて帰ってきてもらわないと困ります故」
なるほど、そういう意図なら納得できるな。
コチラが一流どころの冒険者ならともかく、一期生を相手にするにしては待遇が良すぎると思った。
その後に迷宮内部の敵の詳細も確認して、転移門から転移してきた。
聞いたとおり森自体が迷宮化している。転移門周辺には魔物よけの結界が張られているが、見える距離に全長2メートル程度のイノシシに似た魔物がノシノシと歩いている。
そのヴィルトボア踏みしめたと思わしき獣道があちこちに続いている。
もらった簡易的な地図を見ても早速書いてない道があるな。
早速ヴィルトボアと、ビエネというこちらも1メートル程度の蜂と戦ってみた。
そして前述の感想につながる。
もちろん、油断は大敵だ。命にかかわる。
ただ、ヴィルトボアの攻撃方法は主に突進で、命中したらタダでは済まない破壊力がありそうだが、突進前にはいきなり両足が光るので回避は簡単だ。
あとはまあ、噛み付き攻撃だが、こちらも回避には苦労はない。
本来ならば固い皮膚に攻撃が弾かれる為苦戦はするのだろうが、俺は疾風の短剣があるから全く苦労はない。
バターでも切るかのようにさくさくと切れる。突進準備中等は回避もほとんどしないから楽なものだ。
シオンも苦労してはいない。元々剣術士という職業は硬い相手でも攻撃を通しやすい利点がある。むしろ、切っても切ってもダメージに直接繋がりにくいタフネスが有るから苦労していた程度だ。
とは言え、先程からコツでも掴んだのか、ほぼ一刀で前足に部位欠損を通している。
足がなくなれば厄介な突進がなくなる上、殆ど移動もできなくなる。後はまあ、噛み付きを避けながら首筋にトドメを入れてやるだけだけの作業だ。
コイツには前衛ではルカが一番苦労している。盾で受けるのはさすがにつらそうだ。
武器がメイスなので固い皮膚に対して相性は悪くないのだが、回避するというには全身鎧が邪魔をする。
軽くて強度のある全身鎧はあるけど、当然高いからなぁ。
大体はルカの相手してるボアが突進に移る前に俺とシオンがボアの処理をして支援に回れるから突進で苦労しているタイミングは割りと少なかったが。
ボアには大きくて皮膚が鎧のようになってる奴と牙が長くて噛み付きを主流に行ってきたやつがいるが、体当たりをルカが受けると苦労する程度で苦戦はしない。
ビエネは最初だけ苦戦した。素早い動きでこちらの攻撃を命中させるのが難しい。
ただ、ビエネに遠距離攻撃の手段がなく向こうが攻撃してくるときはこちらに近寄ってくるしか無い事がわかってからは一転。
攻撃してくるときにカウンター気味に攻撃を返すだけでいい相手になった。
ビエネには毒攻撃をしてくる種類と、こちらに体当たりする際にまるで風の魔法のようなかまいたちを起こす種類もいたが、どちらもさほど苦労はなかった。
まだボスには挑んでないが、やはり適正な難易度の迷宮は楽だな。
それになんだか、この街に来たあたりからちょっと体が軽いんだよな。
敵よりもむしろマッピングの方に苦労しながら、迷宮を進んだ。
なんだか久しぶりにスラスラかけた気がします。
何時もこんな風だといいのに……。




