転職の儀
町の中を見回しながら広場へ行って買い物をする。
建物はほとんどレンガ造りで、学園都市と言うこともあってかしっかりと区画整理されていて、整然としている。上下水道も完備されていて、細かなゴミなどは散らかっている物の、十分にきれいな状態といえる。衛兵による巡回も行われていて、治安も高いレベルで維持されているようだ。
そのまま広場に出ると、食事所や雑貨屋、武器屋・防具屋、魔法屋などなどが複数軒を連ねている。
品物を眺める人々の中には、人間だけでなく、猫耳がかわいい『ミュウ族』や尖った耳が特徴的な『エルフ』、がっちりした体系の『ドワーフ』等々、異種族も多い。
この世界では人が10人いれば、5人は人間で残りは異種族であるものの、特に偏見や差別といったものは存在しない。
昔には争いもあったらしいが、今ではなくなっている。
種族的な好みなどの関係で、エルフとドワーフは仲が悪い等の俗説もあるし、それは的を得ている部分もあるのだが、『冒険者』として協力しあうことが出来ないほど仲が悪いわけでもない。
俺は、ここまで来てようやく異世界に来た、という実感を噛み締めていた。今までは何と言うか、映画やよく出来たTVでも見せられているかのような気分も少しだけしていたのだが、そういった気分も吹き飛んで、実に爽快な気分だ。
冒険者としての生活も今から考えるだけで胸が躍る。
正直に言って、もう一度学校に入る必要がある、と言う点に少し萎えていたけど、そんな気分も吹き飛んだ。むしろあまりい成績を収める事が出来なかった大学生活のリベンジと前向きに捉え、精一杯やっていくことを心に誓う。
・・・それからはあっという間に1ヶ月が過ぎていった。
俺はその間『探索者』の授業を受けていた。『探索者』は罠の発見や解除のために必須とされる職業の、一番下級職にあたる。大学の授業のように、色々な授業を選択して取る事が出来たので、何とか時間を都合して魔法の講義もとった。魔法のある世界に来て魔法を使わないなんて損だしな。
この世界の魔法は世界に満ち溢れている『魔素』を利用することで発動できる。魔法は大きく3種類に分けられており、いわゆる攻撃魔法の『物理』、個人能力の上昇等の『補佐』、回復や破邪の『神聖』と分けられる。さすがに1ヶ月で全ての魔法を覚えると言うのは無理なのはすぐに分かった。どれを学ぶかはすごく悩んだが、『物理』はさらに火・水・土・風・雷の5種に分かれるため、これは無理だとあきらめた。『神聖』も悪くなかったのだが、こちらはどうにも向いていないのか、発動が出来なかった。そのため、消去法的に『補佐』のみを学習していた。さすがに『補佐』を学ぶ魔法使いは少なく、講師役の先生に色々聞けたため、ある程度はものになってきたところだ。
しかし、授業で教えてくれるのなんてほんの一部で、後は実技のみ・・・しかもほとんど自習メインという学習方法には驚いた。学ぼうとする者には色々教えてくれるが、そういう姿勢のない人物には何も教えない。ある意味でドライな世界だ。
大学でそういった講義を行う先生がいて、慣れていた俺みたいなのはおらず、戸惑っている奴が多数だったが、さすがに冒険者になりたくてこの学校に入っただけはあるのか、この段階で弾かれるような人物は少数派だった。
俺は、といえば『人間』としては上出来、と言うレベルを維持していた。
もともと手先が器用ですばしっこい『ミュウ族』や、第六感とでもいうのだろうか、直感的に罠などの察知力が高い『グノーム族』のような異種族には及ばないのはしょうがない。
魔法では先天的に魔素の操作に長けている『エルフ』には及ばない。
「怪盗」として高いレベルのスキルは使えるものの、今までそういったスキルを使ったことも無いわけで、必死にやっていって食らいついている状態だ。
せめて探索者に絞っていればもっと評価も高かったのだろうが、ここで高い評価をとることは目的ではないし、現状でも十分なレベルだろう。
そして、「転職の儀」の日がやってきた。
これまでの授業についてきていて、ある程度スキルを習熟していれば、そのスキルでなる事ができる「職業」に「転職」することができる。
わざわざ「転職」をしなくても、そういう仕事や勉強をしていれば自然とその「職業」にはなれるとされてはいるものの、冒険者はやや特殊な技能が必要とされるため、最初は「転職」を行うのが一般的だ。
「転職」は専門の施設さえあれば、どこでも行うことが出来る。誰もが違和感無く使っているが、「俺」としてはなぜ出来るのかが気になってしまう。「アキラ」も詳しいことは把握していない。確かに思い返して見れば日本でも例えば電話等、便利で違和感無く利用していたけど、細かな仕組みを理解してはいなかったな。どうやらこれもそういった類のものらしい。
今回入学の入学者数は、4~500人と言うところのようだ。
4列に分けられてずらずらと「転職の間」と呼ばれる施設の中に入っていく。一人ひとりの回転は速く、あっと言う間に順番が回ってくる。
シャワーの個室のような小さな部屋に水晶が置いてある。水晶に手をかざして、軽く魔素を通すと転職可能な「職業」が脳裏に浮かんでくる。
怪盗、補佐魔法使い(下級)、探索者(下級)の三つが浮かんでいる。
下級職に転職するメリットもないし、実際は怪盗にもう一度転職する必要は無いのだが、あまり深く考えずに、「怪盗」を選んでしまった。
突然、全身を軋むような痛みが襲う。
「ガッ・・ハッ・・・」
まともに立つ事ができない。
全身を襲う痛みに耐えかねて倒れこんでしまう。
俺の状態に気づいたのだろう、現場監督として立っていた先生があわてて駆け寄ってくる。
「魔素不足者だ!!救護班!!」
部屋の隅で待機していた僧侶たちが駆け寄って来て『神聖』魔法を唱え始める。
4人がかりで『神聖』魔法を唱えているのだが、まったく効果が無い。
その様子を見て駆け寄ってきた別の先生が上級『神聖』魔法を唱えるが、痛みが治まっている気はしない。
「どれだけ不足してるって言うんだ!?」
矢継ぎ早に魔法を唱えてくれ、少しずつ痛みは薄れてきた。その代わりとばかりに襲ってくるのは猛烈な飢餓感。
最初に駆け寄ってきた僧侶のうち一人がリンゴ?のような果実を取り出す。夢中で食らい付く。あっと言う間に食べてしまうがまだまだ足りていない。
「もっと・・だ。もっとくれ・・・。」
このままでは気が狂ってしまいそうだ。他の僧侶が取り出したリンゴのような果物も全て食べるが、まだまだ足りない。最初にリンゴ?を出してくれた僧侶(女の子)が気を利かせてたくさん持ってきてくれたようなので、食べて食べて食べまくる。リンゴ程度の大きさがあるというのに、5秒程度で食べてしまう。
食べている間にも上級魔法による回復魔法がかけられていく。5分ほどもそうしていただろうか?ようやく飢餓感が薄れ、痛みも去っていく。
「ありがとうございます、もう大丈夫です。」
立ち上がって礼を言う。
「いったい何個食べたんだ。・・・というより、どうやったらこれだけの魔素不足に陥る事ができるんだい。」
どうやら、転職するとたまに『魔素不足』と言う状況に陥る事があるようで、たいていはあのリンゴ?を一つ食べれば回復するらしい。
思い当たるのは「怪盗」に転職したことだけだが、さすがにそれをここで言うわけにも行かない。
「ちょっと思い当たることは無いです・・・。」
われながら苦しい言い訳をする。先生が苦笑いをしながら、
「数年に一度お前みたいなのがいるんだよな。まあ、たいていはその後優秀な成績を残しているし、期待させてもらうぞ。ああ、そうそう、消費した『ラビの実』は卒業までのノルマになるからな。せいぜい、頑張ってくれ。・・・で、何個だ?」
「・・・54個です。」
「これはまた、新記録だな。・・・大変だと思うが、頑張ってくれ。」
哀れみに満ちた顔でぽん、と肩を叩かれる。
「はぁ?・・頑張ります。」
『ラビの実』について知識が無い。女僧侶さんが片付けているリンゴならぬ『ラビの実』を鑑定してみる。
物品名:『ラビの実』 分類:消費品 品質:熟練 効果:『魔素回復(下級)』
熟練品質の消費品かよ!この手のアイテムで『実』というなら、ダンジョンのドロップ品だ。せめて『薬』なら買えるんだが・・・。『ラビの実』がどの程度発見しやすいのかは分からないが、どうもかなり重いノルマを受けたことになりそうだ。
肩を落としながら『生徒手帳』の発行場所へ移動する。
『生徒手帳』は、学園都市で発行される『冒険者見習い証明書』のようなものだ。こういう名前の癖に魔法のアイテムで、自分のスキル状況や職業などが表示できる。
入学時に配ってくれればいいのだが、それだと学習に差し支えるとかで、転職時にあわせて発行することになっている。確かにスキル熟練度が分かればマスターしたらとりあえず学習はしなくなるよな。転職に必要な数値と言うのがあるのかは分からないが、ぎりぎり学習するとか、抜け道もありそうだし。
用意されていた『生徒手帳』に、個人識別のために魔素を軽く通してから『固定』化する。
その後は入学式のときにも使った「講堂」にてパーティー編成があるので、向かいつつ『生徒手帳』を見てみる。いったい転職で何が起こったのか我ながら気になるのだが、書いているのは職業とスキルの熟練度程度で、それ以外は表示されていない。
さすがに怪盗と言うのが出ているのはまずい、と思って『正体偽装』を使うと、職業やスキルの表示が変わる。とりあえずは「探索者(下級)」として表示されるようにする。
魔素不足でばたばたしたせいか、少し遅れて「講堂」に付く。
明日からは「擬似迷宮」での実地学習だ。
そのためにパーティーを組む必要がある。ただいきなり言われてもパーティーを組むというのは難しい。特に今までそれぞれが必死に専門職を学んできているわけで、職業が違うと接点はあまり無いし。そのため、いわゆるオリエンテーションに近いものを行い、パーティーを編成する。
パーティは最低で3人、多くて6人とされている。3人というのは、標準的なダンジョンの通路で戦闘するとなった場合、自由に戦おうとすると3人が限度だからであり、最高が6人なのはそれ以上だと連携が取りにくいという事が過去の経験上明らかになっているためだ。
無論、十分に経験を積んだ冒険者ではその限りではないのだが、まだまだ駆け出しの多い学生の間は最低3人、上限6人というのは、どの学園都市でも同じ決まりだ。
あらかじめ言うと、俺は決して高い水準を他のパーティー要員に要求してはいなかったし、自身の才能をある程度把握していると自負しているため、売り込みも難しいとは思っていなかった。
何せ探索者は絶対にパーティーに一人は必要だし。
オリエンテーションが終わり、即席パーティーが連れ立って何組も講堂を出て行く。
俺はといえば、首尾よくほどほどのパーティーを探し当て、そこに参加するという目的を果たす事ができた。
・・・と言えればよかったのだが。
講堂に一人取り残される俺。
「あ、あれ?」
見事に売れ残ってしまった。
いまいちうまく落とせなかった件。
うまく書くのは難しいですね。