領主の館にて
月明かりのみが照らす闇の中。
一部の飲み屋などではまだやっているところもあるようだが、店は殆ど閉まっている。
これからやろうとしているのはどう言い繕っても盗みになってしまい、一般的な日本人として生きてきた身としてはどうしても抵抗があるのは確かだ。
アキラとしてもそういう風に躾けられている。
これは孤児院の方針ではあったが、今考えると割と深刻な事情も有るのだと考える。
……ようは害になる存在を生む孤児院などいらないということだ。
あくまでも良き隣人であってくれる存在を生む場所でないと不味い、ということだろう。
事は孤児院の存続にも係るし。
そう言っても生きていくうちに必然的に黒い部分を見ずにはいられない。
どうしても不平等な世界であるのだから。
ただ、その知識が役にたったのはありがたいが。
城塞まで辿り着く。
通行用の入り口兼検問所といった所があるが、既にしっかりと閉じられている。
城塞を端の方まで歩き、月明かりさえ余り届かない場所へ移動する。
今回初めて使ったが、怪盗のスキルはこういった視界が制限される場所での活動を有利にしてくれるスキルが本当に多い。
その上でキャッツアイの暗視スキルだからな。
使ってみたら明かりが全く届いていない場所も殆ど日中と変りなく見ることが出来た。さすがに日中よりは明かりが暗い、という程度だが。
正直、暗視スコープのような表示を予想していただけにかなりこの結果には驚いた。
フック付きのロープを魔法の袋から取り出し、くるくるっと回してから投げる。
……うまく引っかかった。特に苦労もなく城塞を登り切る。
登りさえすれば降りるのは簡単だ。ロープを回収して探せばすぐに階段がある。
外側から入られては困るが、内側からは登れないと困るはずだしな。
構造的に無いわけがないと思っていたぜ。
階段の出入口は鉄の扉で塞がれていたが、別にこの程度の高さなら問題ない。
あくまで塞がれているのは出入口だけで階段自体は吹き曝しだし、ひらりと飛び降りる。
そのまま領主の館まで走る。
地図で場所は確認していたし、特に迷うことなく付く。
まあたいていの場合、中心か端っこにある大きめの館なのだが。
さて、と。
こいつが犯人、という確証さえあれば手加減はしないのだが、確証はないことだし。
程々に手加減しておくか。
屋根まで登り、屋根裏部屋の窓をあえてスルーして、ロープで降り、空室の使用人室という部屋の窓を外側から上手く開けて中に入る。
この屋敷の大まかな見取り図はもらっているし、まずは許可証を作成している部屋に行く。
既に完成している許可証が数枚ある。
特に細かく色々記載されていたり、管理されている風はないため、一枚抜き取る。
この手の許可証は転移門に対応させる魔素の関係で偽造は難しいし、どうしても現物が必要だった。
……とはいえ、この手の地方都市からは王都までの転移門しかなく、王都にて乗換えという形が主流で、この街も王都直通の転移門が1つあるだけだが。
王都から先のことはとにかく王都についてから考えればいいだろう。
とりあえず、目的のものは手に入った。
これ以上はやらなくてもいいことではあるが、ここまで順調な上に屋敷中でも特に苦労がなかったため少しだけ欲が出る。
最も大切な物といえばやはり手の届くところに置きたいのが人情だろう。
さほど長い時間を掛けることなく、領主の寝室を探し当てる。
要所要所では不寝番の兵士が見回りをしていたが、ほとんどはあくび混じりで警戒は全くしていないようだ。
さっと入り口にとり付き、鍵を開けて入る。……さほど複雑な鍵でなくてよかった。
室内は真っ暗で、人がいるような気配はない。どうやら、一代爵はいないようだ。
探すまでもなく部屋の隅に壁に埋め込まれるような形で金庫のような箱がおいてある。
この鍵はかなり独特で、ぱっと見る限り簡単には開けれそうもないタイプだが、なんとなく開け方が分かる。
……怪盗という職業補正だろうか。
時間はかかったものの、1時間程度で解錠する。本来なら1日掛けても開けれないはずで、あまり深く考えずに怪盗を選んだものの、結構正解だったのかもしれない。
中にはすぐに目立つところに宝石や白金貨が見せびらかすような形でたくさんおいているが、これは多分ダミーだな。
横側に更に開けれる扉が巧妙に隠されている。
本命はこっちだな。
少し開けるのに手間取るが、その扉も開ける。
権利書のような書類が複数個入っている。
どれが不味い書類なのかはわからない。一瞬だけ迷うが、少なかろうが多かろうが盗まれたことは分かるはず。
だとすれば、どれか一つだけを持っていったりするのも無意味だな。そう考え、十数個はあるであろう書類をすべて魔法の袋に入れる。
書類だけしか入っていないと思っていたが、隅に青いガラスの破片のような指先サイズの小さな破片が有る。
なんだこれ?
まあ、念のためコレも持っていくか。
それ以外には手を付けずに、扉を丁寧に開ける前の状態に戻す。
この部屋には窓が無いため、あたりを警戒しつつ扉から出る。
そしてきた道を通って領主の館から脱出し、宿屋に戻る。
しかし、慣れないことはするものじゃないな。
時間がかかりすぎた。
既に夜2時くらいだろう。
皆はちゃんと休んでいるだろうか?……そう思いながら宿屋の扉を叩いた。
活動報告にも記載いたしましたが、先週末はウイルス性胃腸炎にやられて苦しんでいました。インフルエンザともども大流行しているようですので、みなさまもお体には十分にお気をつけ下さい。




