押し通る
最悪の予想というものは得てして的中するものである、とは誰が言った言葉だったか。
階段を上がってから初めて敵を見た時にそう感じた。
明らかに変わっていてくれていればいい。強くなっていれば戻るだけだし、弱くなっていれば階段を上がったのは正解だったといえる。
しかし、残念ながらどちらでもない。目に見えて大きな変化はなかった。
この世界では迷宮は大きく三種類に分けられる。
単層型と段階型と複層型だ。
単層型は文字通りで迷宮内に階段のような階を分ける仕組みがなく、1つの階からなる。
魔物は概してさほど強くないが、迷宮が広くなる傾向がある。
先日まで入っていた海の迷宮は地形による上下が多少あったものの、この迷宮に分類される。
段階型は迷宮を分ける区分け毎に魔物の生態がガラリと変わるのが特徴だ。
多くの場合階段のようなハッキリとそれと分かる物により区分されており、入口に近いほど弱い魔物が出てくる。
大抵の場合、5階層程度までしか存在しない。
……本来我々が挑戦しようとしていたのはこの種の迷宮だった。
複層型は段階型と同様に迷宮を分ける区分けがあるものの、その区分けを通ってもあまり魔物の生態に差がない。
その代わり、奥に入れば入るほど少しずつ魔物は強くなっていく。
この種の迷宮は多くの場合、一つの階はさほど広くはないが、深い。
上記に分類されない特殊なタイプの迷宮もあるが、まずこの迷宮は複層型と考えていいだろう。
複層型の中には100階を超える迷宮が有る、という話を聞いたことも有るが、それ故に一定の間隔毎に転移門が設置されている事が多い。
複層階型だと上がったのが正解か不正解なのかはハッキリとしないが、おそらくすでに破壊された転移門以外にも転移門は有るだろう。
転移門はたいていの場合、迷宮側からは無制限に転移できることが多い。
戦闘でパーティが壊滅した場合に許可証などを持ってくる余裕が無い場合も有るためだ。
この迷宮がどの程度の階層なのかは分からないが、我々のためだけにすべての転移門を破壊しているということはさすがに無いと思いたい。
本来、ボギーキャットですら1期生を殺すには十分な戦力なのだから。
……それに賭けるしか無いか。
「やはり次の転移門を探すのが最も安全、だろうな」
「そうですね。『敵』が何者かは現時点ではわかりませんが、転移門の前でお出迎えするほどの準備はしていないでしょう。」
ひとりごとのつもりだったが、ミランがニコニコと笑いながら肯定してくる。
「割りと余裕があるな」
少しだけ意外だ。
「脅威がハッキリとしていてわかりやすい、というのは楽でいいですよ。……少なくともどこに落とし穴があるかも分からない日々に比べれば、ですけど」
苦笑を交えながら答えるミラン。
そういえばノーラの従兄弟なんだったか。なら、ミランもこう見えて貴族なのか。
やはり足の引っ張りあいとかが有るんだろうな。
かなり切実な響きに苦労内容をなんとなく察してしまい、それ以上は踏み込まないようにする。
その後、1時間ほどで上る階段を見つける。
この迷宮がどの程度重要度の高い迷宮かは分からないが、1階毎に転移門を置くほどの余裕はさすがにないだろう。
維持費だのなんだのでコストが出るらしいからな。
まだ空白の部分もあるが、この階には転移門は無いと断定し、階段を更に上る。
その後も迷宮探索を続け、この迷宮に来てから4時間ほどが立ったので角部屋で一旦休憩を取る。
1日潜っていることを想定して昼食や水筒を持ってきていたのは運が良かったと言えるが、ちゃんとした食事が取れるのはこれが最後だ。
非常食のようなものは何個かあるので、いきなり食料が尽きるわけではないが、時間をかければ掛けるほど厳しくなっていくだろうし、そういう意味でもタイムリミットは有る。
食事後の休憩時間に地図を再度見直す。
便宜上、我々が飛ばされてきた階を1階とした場合、1階、2階はおそらく6割程度の完成度だろう。3階が7割程度、現在は4階を探索していて、3割程度だ。
転移門が設置されている可能性が最も高いのはこの4階か5階辺り。もしそこになければ10階になるだろうか。
不安はあるが、それを見せてはいけないな。
食事をしながら、この4階と5階はすべて探索する事をみんなに説明する。
30分ほどの休憩の後に探索を再開する。
4階の探索を終えるまで更に2時間を要したが、結局4階には転移門は発見できなかった。
5階に上り、同様に全部を探したものの、この階にも転移門は存在しなかった。
この時点ですでに17時を過ぎている。
このペースで進めると今日中の脱出というのは難しいだろう。
6階をすべて探すべきか悩みながらも6階に上がる。
……結論から言うと、6階をすべて探す必要は無かった。
目の前に立ちはだかる真っ黒い扉。
「ある意味ではビンゴ、か。」
「……探していたのとはコレではないですけどね」
苦笑しながらミラン。
「押し通ればいいんじゃないか?」
少し冗談めかしてシオン。
「積極的には賛成したくないが、コレで終わりのほうが精神的には良いかな」
ノーラもシオンに同調する。
「私はどちらでもいいわ。でも、そろそろ魔素がきついから、コレで終わってくれると嬉しいかな。」
リーゼも肯定的なようだ。
ルカも頷いている。
ストレートに言うと、ボス部屋だ。
複層型のダンジョンではボスが複数箇所にいることもあるが、基本的にボス部屋でボスを倒すと、一方通行だが迷宮の入り口につながる道があることが多い。
魔素の循環のためにそういった仕組みが必要だという説が強いが、正直な所よくわかってはいない。
しかし、今の我々にとっては何故有るのか、というのはどうでもいことだ。
つまり、ここでボスを倒せば出口が有る、ということなのだから。
正直、ここまでの戦闘もぎりぎりだった面が強いが、それゆえにまだ余力のある今の内に最後の勝負を仕掛けたいということだろう。
確かに、これから1階まで戻って更にその下の階を捜索して転移門を探すよりはマシかも知れないな。
ラビの実を全員に1つずつ配り、食べて少しでも魔素を回復する。
「いいな?行くぞ」
そう皆に宣言し、重い扉を開けた。




