閑話 ノーラ視点
我が家では祖父が最高権力者だ。
表情からでは何を考えているのかは推し量ることができず、様々な実績を持つゆえ現在四大公爵筆頭として見られている程の、・・偉大すぎる祖父。
父も優秀ではあるが、祖父の偉業の前にはどうしても霞む。
そんな家で育った私は、祖父のお気に入り、と呼ばれていた。
祖父は1日に30分間だけ、孫を一人だけ私室に呼ぶ。
呼ばれた孫は祖父に飲み物や軽食を用意したりなど、本来ならばメイドがやるべき仕事を任される。
ただ、孫側にとっては明らかなメリットがある。
祖父はその30分の間に様々な『気付き』を教えてくれる、ということだ。
『気付き』とは何だ、と言われると少し難しい。
それは新しい視点であったり、発想であったり、様々で一様には言えない。
言えないのだが、教えを受けることで視野が広がることは確実だ。
そして孫は多いため、この祖父の世話係は非常に倍率が高い。
私はこの世話係になると他の従兄弟や兄弟より長くその地位を維持するため、『お気に入り』と言われていた。
とはいえ、私としても『祖父のお気にり』という地位を維持するのはなかなかに難く、簡単に『お気に入り』なんて言葉で片付けてほしくないのだけど。
私は早い段階で、祖父が30分の間に『気付き』だけではなく、『試験』を入れていることに気づいた。
祖父が殆どの場合さり気なく出す質問に『祖父の満足する』答えを答えなければならない。
正解か間違いかは翌日までわからない。
間違えていれば違う孫が呼ばれるだけ。答え合わせも何もない。
正解すれば変わらずに世話係を続けられる。それだけだ。
間違えてしまうと、もう一度自分の番が回ってきても同じ質問はない。
そして、ある程度以上連続で間違えると二度と呼ばれることがない。
祖父から目を掛けてもらえてるうちであれば、ある程度は家の中で認めてもらえる。
それを利用することで学園行きを勝ち取ったのだ。
私はどうしても見も知らぬ男に嫁ぐ、という未来だけは阻止したかったのだ。
しかし、最初に行った学園でファーランティア家のボンボンに絡まれるとは思いもよらなかった。
彼は私が一般生徒として入ってきているのを利用して、その権力を利用して無理矢理に囲おうとしたのだ。
私は継承権こそ低いが、四大公爵の筆頭の孫に当たるのだから、せめて妻として迎えるのが普通なのだが・・。
もちろん、ある程度は意趣返しも入っているのだろう。
ファーランティアを最も格下に位置づけたのは祖父だと言っても仕方ないのだから。
学園の中立性をある程度高く評価していた私は対応が遅れた。
まさか、ファーランティア家の第3継承権という程度の人物が学園に影響を及ぼせるとは思ってなかったのだ。
気がついた時にはもはや遅かった。
転校して形跡を消すという手以外に取れる手段が思いつかなかった。
転校手続きをするために一度家に戻った後で祖父から呼ばれたときは、学生資格取消で嫁にいけという話が出るのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。
しかし、祖父の口から放たれたのは、今考えるとあれも『気付き』だと思える『質問』だった。
「お主に、どうしても陥れたい人物が居るとして、如何とす?」
当時の私はこれに答えねば学生資格取消か、と思っていただけに必死だった。
なので、こう答えた。
「最も下策なのは、自らが掘った落とし穴に自らが誘導することでしょう。」
「中策は他人に穴を掘らせ、他人に誘導させることとなります。」
「最も上策は相手に穴を掘らせ、相手が落ちること、となるでしょう。」
「その様なこと、どの様にして成す?」
「相手がその穴をほったことを忘れるほどの時間を入れるか、あるいは迂回路を幾つも用意することで『その場』と気づかせない、など方法はありましょう。・・私の実力ではできて中策まで、ですが。」
顔色一つ変えずに、祖父は私に退出を命じた。
翌日に転校書類が揃っているのをみてひどく安心したのを今でも覚えている。
正解だったかどうかは今でも分からない。
ただ、祖父にとっての合格ラインは超えていたのだろう。
故に、安心して利用することができた。
私がしたことは大したことではない。
クルトやミラン、もちろん私自身もそうだが、『噂』を流したのだ。
まず、奴らの印象がやや黒くなるように、
「自分たちのために迷宮から他のパーティを追い出した」
「あくまで途中で一緒になったパーティ同士が協力したという形で割と無理矢理に迷宮を攻略した」
等と、『本当だけど悪意のある言い方』をしたのだ。
前者は実際うちのパーティが味わった事実だし、後者は8番入り口でクルトが協力して隠し扉を開けている。
完全な嘘は広まらないが、事実を混ぜると必ず広がる。
その間に、奴に取り入ろうとしてこっぴどく追い返されたパーティが出てくる。
しかし、取り入れられたパーティもある。
なぜだ、と訝る人たちにこう囁くのだ。
「彼らは自分たちにとって実利をもたらす人物以外を取り入れる気はない。だから、実利を与えるしかない。」
どうしても取り入りたい、と目が眩んでいれば眩んでいるほど、必ずこう返す。
「どうすれば、実利を与えれるんだ、と。」
そこで、答えを間違えずにこう告げるだけでいい。
「さあなぁ。噂で聞く限り、競技祭で圧倒的な実力を見せつけたいようではあったが。おおっと、相手チームに何かしようというのはやめたほうがいいぞ。ハッキリと競技場の上でわかるように決着を付けたいようだし。」
さて、こう聞いた『どうしてもボンボンに取り入りたい人物』がどうするだろうか。
決勝まで自分たちで上がって手加減する、などということができるほど腕前があれば良いだろうが、そこまで自分の腕前に自信があるものなどいないであろう。
それより、もっと確実に『恩』として売れる行為に走るのはある程度明確だった。
あいつが競技祭で組み合わせをいじることはある程度確信があったし、それも含め『不正を厭わない』という印象になるだろう。
上がそうなら下もそれに習うのが普通。
確実に不正行為が行われるはず。だがどんな不正かわからなかったため、ハッキリと何が起こるとは伝えれなかった。
あとは、学園長に決勝戦が始まる当日に届くようにクルトに依頼して何らかの不正ありを報告させるだけだ。
結果としては予想以上に上手く言ったというべきか。
ここまで大規模な不正をしてくるとは思っていなかったが。
後は、祖父と父に手紙を送るだけだ。
「ファーランティアの第3継承権所持者が学園の競技祭で不正をしておいて負けた」と。
嘘は何一つついていない。
事実のみを報告してるよね?。
・・悪意があることは認めるけど。
この報告で奴は継承権の維持は不可能だろう。
奴の敗因は、学園内の自分たちの噂に無頓着すぎた、ということだろう。
奴らに売り込む気がまるでないアキラのような例外をのぞいて、売り込もうとして情報を聞き出そうとしたら誰でも聞けるほどに広まっていたのだから。
「彼らの欲する実利を」という点が目眩ましになり、下手にご注進に走るような人物がいなかったのも勝因ではあるが。
これで随分学園内の空気が綺麗になるだろう。
追求についてはあまり意識していない。
噂の元をたどるというのはとても難しいことだし、仮に辿られたところでコチラはなんの嘘もついていないのだ。
本当のことをただ少し誇張して、あちこちで話しただけ。
私は、祖父に心のなかで感謝しながらも、自身に出来る限界を痛感していた。
おそらく、父や祖父ならもっと上手くやっただろう。
こういったことを日常的にはできないからこそ、冒険者を目指した自分は正解だったかもしれない、などと思いながら。




